婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 王都ヴァレント、王立行政庁。
 辺境開拓総監就任式の熱気を引きずるまま、セリナは早朝の庁舎に足を踏み入れた。巨大なアーチ型の窓から差し込む光が、大理石の床に淡い模様を描き出す。昨日の輝かしい祝賀の余韻は消え去り、官僚たちの緊張した視線と、これからの過酷な任務を思わせる資料の山が、現実を突きつける。

「総監セリナ、こちらが今期の予算案です」

 老齢の財務監査官が控えめに資料を差し出す。そこには「特別補助金二百万タレント」「技術隊員九百名配置」「辺境特区法案第一案」などの文字が並ぶ。
 セリナは無言で頷き、資料を抱えて執務室へと進む。

 執務室の厚い扉を押し開けると、中央に大きな机が置かれ、その向こう側には王都行政長官エドワード伯爵が座していた。彼の鋭い眼差しが、資料を持つセリナの頬をひと睨みする。

「辺境開拓総監セリナ、まずは就任おめでとう。だが、今日からは貴女も王都の一員だ。辺境だけを見ていればいいわけではない。貴女には、この都の治安・財政・外交もフォローしてもらう必要がある」

 エドワードは手元の書面をトントンと叩く。

「特区法案は貴女の意見を盛り込む形で修正しよう。王都貴族院との調整も期待している」

 給仕係が淹れたばかりの紅茶を差し出すが、セリナは手を動かさず、ただ深く息を吐いた。

「ありがとうございます。しかし私は、辺境で民のそばにいたいのです。都の政務は、適任の者にお任せください」

 机越しに沈黙が訪れる。エドワードの額にわずかな皺が寄る。

「辺境開拓総監に任じたのは、貴女が最前線で鍬を振るう現場力を持つからだ。都に留まっては、誰が現地を引っ張る?セリナ、一国の総監が、現場にいないとは何事だ!」

 セリナは覚悟を込めて答えた。

「対策本部は総監府の中央支部が管轄し、辺境に置かれた現地支部が実務を回します。私は現地支部長として、これまで通り、村々と共に再建を進めます」

 エドワードは息を吸い、窓の外に目をやる。遠くにそびえる王城の尖塔が、冷たいシルエットを描いていた。

「……分かった。しかし、貴女の意志が揺らいだとき、都はいつでも手を差し伸べる。それを忘れるな」

 セリナは短く礼をすると、静かに退出した。
 大理石の廊下には書記官が資料を運び、参事官が声を潜めて話し合う。セリナは背筋を伸ばし、足音を軽く響かせながら歩む。

(都の期待と重圧は大きい。だけど、あの声を聞いて確信した──私は民のそばにいるべきだ、と)

 かつての婚約破棄騒動でも、社交界でも、自分らしく生きる場所は辺境だった。王都は華やかな舞台だが、私の場所ではない。
 昼下がり、アレイスターが待つ王都城壁外の馬車小屋にセリナは駆け込んだ。彼は地図を広げ、渇水地帯の改修プランを練っている。

「セリナ、どうだった?」

 アレイスターは手を止めず、問いかける。セリナは地図から視線を上げ、微笑んだ。

「決めてきました。王都の役目は辞退する。私は辺境の地で、民と共に歩む」

 アレイスターは一瞬驚いたが、すぐに深く頷く。

「わかっていた。君の本懐は、辺境にある。君が民と共にいれば、国全体が救われる──そんな気がするんだ」

 その言葉に、セリナの胸に温かな光が満ちる。

「ありがとう、アレイスター。あなたがいるから、私は迷わず進めるのです」

 彼は軽く微笑み、地図を馬車のハンドルへ乗せた。

「行こう、次の現地調査へ。夕暮れ前にロストリル村に到着する。準備はいいか?」

 セリナは力強く頷き、羽織っていた外套を整えた。

「ええ、行きましょう。私たちの民が待っている」

 夕暮れ、王都を背に馬車は走り出す。
 石畳の通りを抜け、緑深い平原へ向かう。この道の先にあるのは、ほこり舞う工事現場ではなく、再興を願う村々の笑顔だ。王都の灯りは徐々に遠ざかり、辺境の地平線に夕陽が沈む。

「ここが、私の場所だ」

 セリナは窓越しに西の空を見つめ、心の中で誓った。

(これからも、私は、この地で生きる──)

 馬車の車輪が刻むリズムは「未来へ向かう鼓動」となり、二人の足跡を辺境の土に濃く刻み込んでいった。
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