お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

文字の大きさ
2 / 15

2

しおりを挟む
私はその場にへたり込むようにして、玄関の段差に座った。
お屋敷の人たちは私を避けるように離れた部屋から私の様子を伺っている。そして、どこかピリピリとした雰囲気があった。
派手な格好の人や強面の人にじっと見られて落ち着けるはずもなく、私は膝の上に置いた手が震えないように抑えるので精一杯だった。

「どう見ても堅気だよな」
「あの会長が笑ってんの、初めて見たかもしれねぇ」
「最近やけに機嫌がよかった理由か」

ひそひそ声で交わされる会話の主語は、きっと私だろう。私にきこえているのに気付いた他のヤクザさんがひそひそと喋っていたヤクザさんたちをお屋敷の奥に追いやった。
10分くらい経って、からりと玄関扉が開く音がして私は顔を上げる。

「え……」
「こんなとこに置いてけぼりにして、悪かったなぁ」

何事もなかったかのように自然な動作で、春斗さんは扉を開けて立っている。微笑むその整った顔は、私の知ってる春斗さんだった。でも、私の目を奪ったのは春斗さんの顔じゃなくて、赤く染まっているその脇腹だった。
春斗さんは何気ない仕草で脇腹を抑えているけれど、赤く染まる範囲は徐々に広くなっていく。

「春斗さん」

その怪我はどうしたんですか。
問いかける言葉が喉につかえて出てこない。
あまりにも非日常で、モノクロ写真に赤いインクを零したみたいに、妙に鮮やかに映った。

「ちょっと面倒な客やったから、丁重にお帰りいただいたわ。大丈夫や、こんなもん大したことない。半分くらいは返り血や」

春斗さんは平然とそう言っているけれど、横に立つ吉井さんは難しい表情で部下らしき人に医者を呼ぶよう指示を出していた。

「ただの来客だって、どうして……」
「いきなり来た思ったら、返せとかわけわからんこと言われたんや。帰れ言うたら逆ギレされた。ほんま、頭おかしい奴の相手なんてするもんやないなぁ」

まるで変なクレーマーに絡まれたような言い方だった。
思わずそう言うと、春斗さんは僅かに目を見開いて、しばらくして愉快そうに笑い始めた。

「ははっ、クレーマーか」

遠巻きにしながらも周りに集まっていた人たちがぎょっとした顔で春斗さんを見る。まるで夜中に突然鳴り出したラジオを見るような、そんな不気味なものを見る目だった。

「クレーマーっちゅうよりは、ドロボウやな。人のモン取ったらドロボウって言うやろ?」

春斗さんは意味深な笑みを浮かべるけれど、どういうことなのか私にはわからなかった。
そのどこか退廃的な微笑みに、私の体が本能的に震える。その泥棒とやらは、どうなったんだろう。
考えるのは危険な気がした。

「組の問題や。楓には関係ないで?」

私の怯えを見透かして落ち着かせるように、春斗さんは優しい声音で言う。周りのヤクザさんたちが、いよいよ恐ろしいものを見る目で春斗さん……ではなく私を見ていた。
沈黙がこの場を支配する。ピリピリしているようでどこか甘やかなこの雰囲気は異様だった。誰かが一声発するだけで、何が起こるか全く予想がつかない。逆を言えば、何が怒ってもおかしくない雰囲気だ。
誰も何も言わない。少なくともこの場にいる人たちはそうだ。

「会長、外の連中が……ヒッ!」

玄関扉を開けて中に入ってきた若いお兄さんが春斗さんに向かって何かを言いかける。
その瞬間、パンと乾いた音がして少し遅れて火薬のような匂いが鼻をついた。
見れば、春斗さんが怒りの形相で拳銃を構えて、その若いお兄さんに突き付けていた。
扉には黒っぽい穴が空いて、お兄さんの頬からは鮮血が滴り落ちていく。

「自分、誰がそんなデカい声で報告しろ言うた?黙れや」

お兄さんはその剣幕に怯えきった様子でこくこくと頷くと、近くにいた人に小声で何か伝えてすぐ出ていった。
その姿を目で追っていたら、ぴしゃりと扉が閉められる。そしてグイっと顎を掴まれて、私は無理矢理春斗さんと目を合わせることになった。

「こっち見とき、楓」

まるで別人のような表情と声音。目はうっとりと細められて、その奥にちらちらと熱が見え隠れする。
一瞬、私はこの人が怪我をしているということを忘れそうになった。それくらい平然と、春斗さんは私の前に立っている。

「……会長、守谷医師せんせいが来ました」

そんな吉井さんの声がかかるまで、私と春斗さんは見つめ合っていた。
やがて扉が開いて、白衣姿の男が顔を出した。

「守谷医師。あんたが来てくれるとは思わんかったわ」
「……たまたま俺が受けたから来ただけだ。中立の俺にとっちゃ、怪我人はただの怪我人だ。先客と金払いのいい方を優先しはするが……大人しく縫われてろ」

お医者さんらしき壮年の男の人はちらりと柱に空いた穴を見ると、はぁと呆れたようにため息をついた。

「怪我人が怪我人増やすんじゃねぇよ」
「余計なこと言うからや」
「……まずその頭から治療してやろうか」
「冗談。ほな、よろしく頼むわ、医師」

春斗さんの不穏な言動にも全く動じず、お医者さんは使える部屋の確認をしていた。そしてちらっと私を見て、一瞬だけ同情の色を浮かべる。けれどそれは本当に一瞬で、すぐに春斗さんの脇腹に視線を戻した。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。

下菊みこと
恋愛
失敗したお話。ヤンデレ。 私の好きな人には好きな人がいる。それでもよかったけれど、結婚すると聞いてこれで全部終わりだと思っていた。けれど相変わらず彼は私を呼び出す。そして、結婚式について相談してくる。一体どうして? 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...