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ヤクザさんの夕ご飯
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「あー、終業ギリギリにキャンセル連絡って、何?」
既に残業コース確定していたのに、突然見つかった先方からの発注内容の変更というかキャンセル。曰く、他社製品の方が安くて融通が利く。
……私その他社に心当たりあるけど、おすすめしませんよ。
それを説明すべく、急遽始まった資料作りと下請け業者への連絡。上への説明。
「はいはい、私の作成した資料が悪うござんしたよ。潰れてしまえあのクソ業者」
安いからいいって、逆じゃない?
アパートの階段を上りながら意味もなくシャドーボクシングを初めてしまう。帰りにコンビニで買ったサラダの入った袋がその度にガサガサ音を立てた。
飛び交う指示にはいはい言い続けすぎて癖になりそう。ちゃんとノーと言える人間になりたい。
「ただいまー」
といっても返事をしてくれるような人はいない。防犯にいいみたいなことを聞いて、とりあえず言っていたら習慣化してしまっただけ……のはずだった。
「ああ、夕飯できてるぞ」
「はいは……って、えっ!?」
今、何か返事が返ってきた。そして同時に、なんだか部屋全体にお出汁のいい匂いが漂っていることに気付く。
私はパンプスを脱ぎ捨てて部屋に駆け込んだ。
待って、なぜお隣さんが当たり前の顔してここにいるの?今日のファッションはスーツの上から例のエプロンと両手のそれは鍋つかみですか?意味わからん。
私はパッと壁に目を向ける。
昨日まであった大穴はなくなって、すっかりピカピカ……ではなく程よく生活感のある壁に仕上がっていた。そのおかげで妙にしっくりくる。確かに新品ピカピカだったら浮くか。
「ちょうどできたぞ」
そう言ってお隣さんはその壁に近付いて、消えた。
いや、どういうことですかっ!?
私の部屋のコンロで、見慣れない土鍋が中火にかけられている。こたつの上には鍋敷きと取り皿と箸。
人の部屋で何してんのっ!?
「ああ、仕上げに嬢ちゃんのとこのコンロ、勝手に使わせてもらった」
「いや、それも突っ込みたいですけど、今どこから出てきました!?壁がなんかピラピラしてるんですけどっ!」
こたつに置かれたものを見ている間に再び出現したお隣さん。そのあとの壁の下の方が、なんだかひらひら揺れている。
「ちょっと壁に細工させてもらった」
「どこがちょっとですかっ!」
壁が直ったというのは大きな間違いで、壁紙の紙がのれんみたいになっているだけだった。直ってない!むしろ悪化しているっ!
「最初はちゃんと直そうと思ったんだが、こうしとけば俺の居処が敵にバレて突撃されたとき、隠れるのにちょうどいいのに気付いてな」
「いや、せめて一言あってもいいでしょう!まあ一言あったところで認可するわけありませんけど!?」
「今は開けてあるだけだ。閉じることもできる」
壁を開けたり閉じたりできること自体がそもそもおかしいんですけど。
「別に夜中に忍び込んだりはしねーよ。あいにくそういう趣味はない」
……なんか、しれっと馬鹿にされた気がするけど、気のせいだよね?まあ色気とかそういうものはありませんし、別にいいですけどっ!
ああ、なんか突っ込むのめんどくさくなってきた。
とりあえずあれか、私の部屋はお隣さんの緊急避難場所になったわけだ。
「いやいや、私をヤクザさんのいざこざに巻き込まないでくださいよ!」
「それについては悪いと思っている」
え、それだけ?と思ってたら、お隣さんはエプロンのポケットから分厚い封筒を出した。
「とりあえずそれで頼む。足りないなら言え」
「足りないならって、これ100万……?」
厚み的にそんな感じがする。お隣さんは頷いた。
「とりあえず食いながら話そう。煮えすぎちまう」
そう言って目の前の鍋敷きの上に土鍋が乗せられる。お隣さんがおもむろに蓋をあけると、ぶわっと湯気とともに優しい出汁と醤油の香りが広がった。
既に残業コース確定していたのに、突然見つかった先方からの発注内容の変更というかキャンセル。曰く、他社製品の方が安くて融通が利く。
……私その他社に心当たりあるけど、おすすめしませんよ。
それを説明すべく、急遽始まった資料作りと下請け業者への連絡。上への説明。
「はいはい、私の作成した資料が悪うござんしたよ。潰れてしまえあのクソ業者」
安いからいいって、逆じゃない?
アパートの階段を上りながら意味もなくシャドーボクシングを初めてしまう。帰りにコンビニで買ったサラダの入った袋がその度にガサガサ音を立てた。
飛び交う指示にはいはい言い続けすぎて癖になりそう。ちゃんとノーと言える人間になりたい。
「ただいまー」
といっても返事をしてくれるような人はいない。防犯にいいみたいなことを聞いて、とりあえず言っていたら習慣化してしまっただけ……のはずだった。
「ああ、夕飯できてるぞ」
「はいは……って、えっ!?」
今、何か返事が返ってきた。そして同時に、なんだか部屋全体にお出汁のいい匂いが漂っていることに気付く。
私はパンプスを脱ぎ捨てて部屋に駆け込んだ。
待って、なぜお隣さんが当たり前の顔してここにいるの?今日のファッションはスーツの上から例のエプロンと両手のそれは鍋つかみですか?意味わからん。
私はパッと壁に目を向ける。
昨日まであった大穴はなくなって、すっかりピカピカ……ではなく程よく生活感のある壁に仕上がっていた。そのおかげで妙にしっくりくる。確かに新品ピカピカだったら浮くか。
「ちょうどできたぞ」
そう言ってお隣さんはその壁に近付いて、消えた。
いや、どういうことですかっ!?
私の部屋のコンロで、見慣れない土鍋が中火にかけられている。こたつの上には鍋敷きと取り皿と箸。
人の部屋で何してんのっ!?
「ああ、仕上げに嬢ちゃんのとこのコンロ、勝手に使わせてもらった」
「いや、それも突っ込みたいですけど、今どこから出てきました!?壁がなんかピラピラしてるんですけどっ!」
こたつに置かれたものを見ている間に再び出現したお隣さん。そのあとの壁の下の方が、なんだかひらひら揺れている。
「ちょっと壁に細工させてもらった」
「どこがちょっとですかっ!」
壁が直ったというのは大きな間違いで、壁紙の紙がのれんみたいになっているだけだった。直ってない!むしろ悪化しているっ!
「最初はちゃんと直そうと思ったんだが、こうしとけば俺の居処が敵にバレて突撃されたとき、隠れるのにちょうどいいのに気付いてな」
「いや、せめて一言あってもいいでしょう!まあ一言あったところで認可するわけありませんけど!?」
「今は開けてあるだけだ。閉じることもできる」
壁を開けたり閉じたりできること自体がそもそもおかしいんですけど。
「別に夜中に忍び込んだりはしねーよ。あいにくそういう趣味はない」
……なんか、しれっと馬鹿にされた気がするけど、気のせいだよね?まあ色気とかそういうものはありませんし、別にいいですけどっ!
ああ、なんか突っ込むのめんどくさくなってきた。
とりあえずあれか、私の部屋はお隣さんの緊急避難場所になったわけだ。
「いやいや、私をヤクザさんのいざこざに巻き込まないでくださいよ!」
「それについては悪いと思っている」
え、それだけ?と思ってたら、お隣さんはエプロンのポケットから分厚い封筒を出した。
「とりあえずそれで頼む。足りないなら言え」
「足りないならって、これ100万……?」
厚み的にそんな感じがする。お隣さんは頷いた。
「とりあえず食いながら話そう。煮えすぎちまう」
そう言って目の前の鍋敷きの上に土鍋が乗せられる。お隣さんがおもむろに蓋をあけると、ぶわっと湯気とともに優しい出汁と醤油の香りが広がった。
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