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艦隊建設
蒼龍型空母
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万能空母もとい蒼龍型空母一番艦の蒼龍は1925年4月12日に横須賀海軍工廠にて竣工した。
同月には姉妹艦らも続々と竣工するため、日本海軍はある程度の空母の確保に成功した。
この蒼龍型空母はいざとなれば駆逐艦となら砲戦を行える程度の砲撃力を有しており、それでいて艦載機数も多い。
だが、公試中に艦がかなり動揺することが分かった。
蒼龍型は乾舷より上に重量物が集まってしまってたのである。
これは東郷の懸念通りであった。
それでも転覆するようなことは万に一つもないが、艦が動揺してしまうと着艦がやりにくくなる。
空母にとってそれは致命的だった。
そこで艦政本部はバラストを追加することでこれを解決した。
だが、その関係で蒼龍型の排水量は14500トンとなったのである。
これでは軍縮条約内で蒼龍型は9隻しか作れないことになる。
それでも、艦政本部は蒼龍型の安定性を向上させることに重きを置いたのである。
そのおかげもあり、バラストを追加した後の蒼龍はほとんど動揺せず傑作空母となったのである。
蒼龍型空母は4姉妹ともバラスト追加工事を終え、1925年10月には航空戦隊を組んで艦隊勤務を開始した。
二番艦飛龍、三番艦雲龍、四番艦祥龍である。
蒼龍型空母は全て龍の字で統一することが決まっていた。
これは残る5隻についても同様である。
4隻の空母は早速搭乗員の訓練を開始したが、やはり鳳翔より大きな飛行甲板は搭乗員を安心させるに満足なものだった。
ただ、惜しむらくはその艦載機自体が定数を満たせていないのである。
この時期になると日本も国産軍用機を生産していたが、やはり外国製には見劣りし値段も高い。
海軍内では”軍縮条約を結んだばかりで戦争はそう起きない”という考えが大半を占めており、今現在の艦載機を配備してもそれは”血税の無駄”であるという考えが主流となっていた。
蒼龍型空母に求められているのは対艦性能と対潜性能であり、現在の飛行機ではそれらを成しえることは出来なかったのである。
だが、そんなことをしていては海軍の搭乗員が育たたない。
そこで、当時蒼龍と飛龍からなる第一航空戦隊を率いていた高橋三吉少将は”練習機の配備”を請願。
練習機なら使い古した後に民家に払い下げることが出来るので、海軍の懐は痛まない。
それでも各空母に30機程度であるため、搭乗員たちは機体を使いまわす他なかった。
高橋は苦渋の思いだったが、無いよりはましである。
それに日本海軍もしっかり新型機の開発を行っていたのである。
同月には姉妹艦らも続々と竣工するため、日本海軍はある程度の空母の確保に成功した。
この蒼龍型空母はいざとなれば駆逐艦となら砲戦を行える程度の砲撃力を有しており、それでいて艦載機数も多い。
だが、公試中に艦がかなり動揺することが分かった。
蒼龍型は乾舷より上に重量物が集まってしまってたのである。
これは東郷の懸念通りであった。
それでも転覆するようなことは万に一つもないが、艦が動揺してしまうと着艦がやりにくくなる。
空母にとってそれは致命的だった。
そこで艦政本部はバラストを追加することでこれを解決した。
だが、その関係で蒼龍型の排水量は14500トンとなったのである。
これでは軍縮条約内で蒼龍型は9隻しか作れないことになる。
それでも、艦政本部は蒼龍型の安定性を向上させることに重きを置いたのである。
そのおかげもあり、バラストを追加した後の蒼龍はほとんど動揺せず傑作空母となったのである。
蒼龍型空母は4姉妹ともバラスト追加工事を終え、1925年10月には航空戦隊を組んで艦隊勤務を開始した。
二番艦飛龍、三番艦雲龍、四番艦祥龍である。
蒼龍型空母は全て龍の字で統一することが決まっていた。
これは残る5隻についても同様である。
4隻の空母は早速搭乗員の訓練を開始したが、やはり鳳翔より大きな飛行甲板は搭乗員を安心させるに満足なものだった。
ただ、惜しむらくはその艦載機自体が定数を満たせていないのである。
この時期になると日本も国産軍用機を生産していたが、やはり外国製には見劣りし値段も高い。
海軍内では”軍縮条約を結んだばかりで戦争はそう起きない”という考えが大半を占めており、今現在の艦載機を配備してもそれは”血税の無駄”であるという考えが主流となっていた。
蒼龍型空母に求められているのは対艦性能と対潜性能であり、現在の飛行機ではそれらを成しえることは出来なかったのである。
だが、そんなことをしていては海軍の搭乗員が育たたない。
そこで、当時蒼龍と飛龍からなる第一航空戦隊を率いていた高橋三吉少将は”練習機の配備”を請願。
練習機なら使い古した後に民家に払い下げることが出来るので、海軍の懐は痛まない。
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高橋は苦渋の思いだったが、無いよりはましである。
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