零式艦上マルチロール機

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大増産!

一号作戦終結

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三菱が2000馬力級エンジンの開発に成功していた頃、一号作戦は佳境を迎えていた。
ついに国民党軍を重慶前面までに押し込めたのである。
作戦中に日本陸海軍は合わせて300機以上の航空機を喪失したが、兵力は増強されており4500機に達していた。
だが、重慶には40万の国民党軍が立て籠もっており攻略には難儀を極めていた。


「ここは徹底的な爆撃を加えるしか道はないか」
重慶攻略に当たっていた第三軍司令官の岡村寧次中将は前線司令部でそう呟いた。
「そのようです。1週間ほど徹底した航空攻撃を敢行した後、全軍を突撃させましょう」
参謀長の服部卓四郎大佐の言葉に岡村は頷く。
「すでに民間人への退避勧告は派出した。気兼する必要はないな」


航空総攻撃は1941年2月4日から始まった。
成都などの飛行場の拡張などに時間を要したが、その甲斐あってこの総攻撃に1800機もの航空機を動員することが出来た。
内176機が九九式双発多攻であり、残りを単発多攻が占めている。
もはやフライングタイガースは壊滅状態にあり、重慶上空は日本軍機の裏庭と化した。
重慶市内は常に噴煙が立ち込め、40万の国民党軍は大打撃を被っていった。
この航空攻撃は夜間となっても継続され、1週間にわたって爆発音が途切れることは無かった。
こうして国民党軍の士気は壊滅し1週間もしないうちに重慶から撤退した。
もぬけの殻となった重慶には日本軍のラッパが虚しく響き渡った。
一号作戦の目標は達成されたことになるが、国民党軍は有史以前から覇者を育ててきた巴蜀の地の最奥に撤退し、漢の高祖である劉邦のように捲土重来を願って継戦することを決めた。
こうして支那事変は継続することになる。
ただ、悪い話ばかりと言うことは無くこの大攻勢によって国民党軍の兵力を大幅に削ぐことに成功。
そのおかげもあり、大陸戦線に張り付けておかなければならない兵力を削減することが出来少し余裕が出来た。
余剰兵力は太平洋などに送られていくことになる。


1941年3月15日。
この日、タンク以下ドイツ技術団が帰国の途に就いた。
彼らは零式多攻一二型を分解してドイツに持ち帰っていった。
「次があれば、日本へは旅行として来たいものです」
タンクは和田に向かってそう言った。
「そうなるように全力を尽くすのが我々軍人の使命です。また来られた際には我が国の名所を共に周りましょう」
和田も朗らかに笑いながらそう言い、2人は固い握手を交わした。
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