零式艦上マルチロール機

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緒戦

真珠湾空襲

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南雲率いる第一航空艦隊は1941年12月7日午後10時ころにはハワイ海域に踏み込んでいた。
「どうやら奇襲で行けそうです」
そう言われた南雲はただ黙って頷く。
「3時間後に攻撃隊を出撃させる…異論はないな?」
南雲の問いに赤城の艦橋に詰めていた第一航空艦隊司令部の面々は頷いた。


1941年12月8日午前1時30分。
ついにオアフ島を射程圏内に収めた第一航空艦隊は第一波攻撃隊を出撃させた。
戦闘大隊2個、急降下爆撃大隊2個、水平爆撃・雷撃大隊3個の計7個大隊。
機数にして210機もの攻撃隊である。
これらは淵田三津雄中佐に率いられ、まさに一番槍で真珠湾を空襲する。
爆弾や魚雷などを投下した零式多攻はそのまま低空に舞い降りて機銃掃射を掛ける予定であった。
そうすることで第ニ波攻撃隊の負担を軽減することが出来る。
(壮観だな…)
淵田は九九式艦偵から整然と編隊を組み真珠湾へ進撃する攻撃隊を見ながら心の中でそう呟いた。


攻撃隊の群れが真珠湾へ到達したのは約1時間後の事であった。
第一航空艦隊の艦載機である零式多攻二二型は改良に次ぐ改良により、最高時速603㎞を発揮しており巡航速度も時速430㎞とかなり早かった。
そのおかげもあり、真珠湾まで1時間ほどの時間で到達できたのである。
淵田は真珠湾が見えた途端に奇襲の成功を確信し、母艦に”トラ・トラ・トラ”を打電。
その3分後には全軍に対してツ連送(全軍突撃)を打電し、ここに真珠湾空襲ならびに日米戦争が始まったのである。


第一波攻撃隊による空襲はまさに嵐のようだった。
碇泊している戦艦群に対して容赦なく爆弾や魚雷を叩き込み、艦上には20㎜機銃による機銃掃射を加えた。
流石は20㎜機銃であり、対空戦闘を行おうとしていた乗組員を一瞬にして肉片に変えて行く。
また、並行して飛行場への空襲も行われ駐機されていた航空機は無念にも地上で撃破されていった。
いや、ただ3機だけではあるがP40戦闘機が離陸に成功して勇敢にも零式多攻に立ち向かった。
零式多攻側もこの動きを察知しており、9機でこれの迎撃にあたった。
日米双方の戦闘機は向かい合って、どんどん近づいていく。
そして先に零式多攻の20㎜弾がP40に襲い掛かった。
これであえなく2機が粉砕されたが、残る1機が12.7㎜を猛射。
これに1機の零式多攻が被弾したが、装甲版がしっかりと受け止めて撃墜されるようなことは無かった。
空中戦はこれっきり生起することは無く、真珠湾上空の制空権は日本軍のものとなったのだった。
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