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第1章 3度目の人生
[12] パルティアン王国王立アカデミーの編入試験
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今、私は、3度目の人生を歩み始めた。
その中で最も避けなければならなかったのは、アカデミーの入学だった。
なぜなら、1度目と2度目の人生、両方ともアカデミーでの出来事が原因で私は短命に終わっている。
だから3度目は、アカデミーに行かないことを選択した。
私が行きたいと言わなければ、入学することはないはず。
そう思っていた。
ある日、私はレノドン伯爵の書斎に呼び出された。
そこには、スカビエス夫人も居た。
「御機嫌よう。お父様、スカビエス夫人」
私はスカートの裾をそっと持ち上げ、足を一歩引くと膝を折って静かに礼をした。
「お前をアカデミーに編入させようと思う」
レノドン伯爵が脂ぎった顔で単刀直入に切り出した。
私の心臓がきゅっと強く縮んだ。
「理由をお聞かせいただけますでしょうか」
「何だ。行きたくないのか?」
レノドン伯爵が不機嫌そうに言う。
するとスカビエス夫人が声高らかに補足した。
「ピオニー、3ヶ月前にダリアンが入学して、教養やマナーを一層身に付けるけたの。すばらしいことだと思わない?」
私は黙っていた。
私より一つ下のダリアンはこの春、15歳で第1学年に入学した。
王立アカデミーは、皇族や貴族と優秀な庶民であれば、15歳以上で入学できる。
そこでは、礼儀作法やダンス、音楽、領地や自国、他国に関する幅広い知識と交友関係を広げる場として、機能している。
だが果たして、ダリアンの教養やマナーは入学前と変わっただろうか。
ノックもせずに私の部屋に入ってくるし、食事の時にはペチャクチャと喋りながら食べる。
父の友人が令息を連れてくれば、ベタベタと触り、なまめかしく寄り添う。
変わったところなんて、皆目見当がつかなかった。
私がここ数ヶ月の記憶を遡っていると、レノドン伯爵が書類を突き出した。
「お前には、アカデミーの第2学年の編入試験を受験してもらう。申込書だ。1週間以内に書いて、家令に渡せ。わかったな」
私は眉をひそめた。
「1年前、私にはアカデミーはもったいないと仰ってましたが」
スカビエス夫人がニヤリと笑った。
「何度も言わせないでちょうだい。アカデミーで教養やマナーを身に付けることは、将来を思えばすばらしいことよ。社交界で活躍する時にも役に立つもの。『深窓の令嬢』と言われるよりずっとね」
私はすぐに合点がいった。
編入試験は入学試験よりはるかに難関であることは周知の事実。
もし落ちれば、私の『深窓の令嬢』の名は剥がれ落ち、『出来の悪い子女』としての噂が瞬く間に広まるだろう。
さらに翌年には、15歳の子女たちと肩を並べて第1学年からやり直し――しかも妹のダリアンが姉の先輩になるなど、屈辱以外の何物でもない。
私が社交界で『深窓の令嬢』と噂されていることに怒りを覚えたスカビエス夫人とダリアンらしい企みだ。
私を表舞台に引きずり出し、辱めるつもりだ。
その証拠にスカビエス夫人とダリアンは、夏の編入試験の日まで、実に楽しげに私の勉学を妨げ続けた。
購入した過去の入試の問題集はいつの間にか、厨房の窯の火にくべられ、受験用のノートはすべて水をかけられて文字が流れてしまった。
「スカビエス夫人は暇なのね。こんなにいろいろ仕掛けて来るなんて」
私は自分の部屋で水をかけられた数冊のノートを見ながら、マリアドネに愚痴った。
「使うお金もなくなって参りましたし、憂さ晴らしも兼ねてるのでしょう」
マリアドネは床の掃除をしながら、無遠慮に答える。
「私も合格する気なんかないのだけど」
「編入試験がダメでも、来年には年下の皆さまと普通に入学するのでは?」
「そこでも試験で落ちようと思う」
「編入試験も落ちて普通の試験でも落ちるとなると『出来の悪い子女』丸出しですね」
「フフフ。そこが狙いよ」
私は小さく含み笑いを漏らした。
試験の当日。
私は風邪を引いて熱があり、すこぶる体調が悪かった。
そのため、60%くらいの正答率で十分だと考えていたはずなのに、気づけば反射的に正解を書き込んでいた。
剣術に至っては熱で朦朧として、かえって闘争心が湧いてしまって自制がきかなかった。
アカデミーから戻ると、失敗したという後悔に押しつぶされるように私は3日ほど寝込んだ。
その間、マリアドネは溜息をつきながら、看病してくれた。
それから1週間後。
アカデミーの校長室に呼ばれた私とレノドン伯爵、スカビエス夫人は試験の結果を渡され、目を丸くした。
私は、レノドン伯爵とスカビエス夫人が座るソファの横の椅子に座り、様子を窺っていた。
「これは、一体、どういうことですの?」
スカビエス夫人の声は怒りで震えている。
校長は、試験結果を説明した。
「礼儀作法などの教養や外国語を含む筆記試験、更に選択科目にされた剣術、すべて歴代上位の成績ということです。この結果は、職員満場一致で第2学年ではなく、第3学年へ飛び級となりました」
ああ、なんてこと。具合が悪かったからって、歴代上位の成績になるなんて。
私は、眩暈を覚えた。
スカビエス夫人は怒りを露にし、手にある試験結果をテーブルの上に乱暴に投げ出した。
レノドン伯爵は、スカビエス夫人を横目で見つつ、校長に問いかけた。
「ふ、不正行為などは……」
法曹界で裁判官を務めていたこともある校長の目が細く、鋭くなった。
「我がアカデミーで不正などあるわけがない!」
冷たく言い放たれた声に私ですら圧倒された。
レノドン伯爵の額からは、どっと汗が噴き出ていた。
校長は、咳払いをした。すぐに冷静になったらしい。
「うむ。失礼。きちんと説明いたしましょう。アカデミーの編入試験会場には生徒が1人に対し、教師が1人、職員が2人いて監視しています。そのうちの1人は魔導士です。しかも、魔法や魔道具が使えないよう封印術も施しています。ですから、不正行為など行うことは出来ないのです」
「はあぁ……」
レノドン伯爵は、止まらない汗をハンカチで拭いながら、情けない声を上げた。
「も、申し訳ございません。万が一、と思った次第ですの。実母を失ってから、病気がちで家庭教師をつけることもままなりませんでしたから」
スカビエス夫人がレノドン伯爵の代わりに、慌ててとりなす。
私は思わず吹き出しそうになった。
家庭教師なんて、お金がもったいないと言った口で言うから。
校長も何かを察したのだろう。
「ご自身のご息女の優秀さを疑うとは、私も初めての経験です」
と言い、私を見た。
私は、内心ぎくりとしたが、気づかぬふりをして淑女らしく微笑んだ。
校長は、視線をゆっくりと、レノドン伯爵とスカビエス夫人へ移した。
「ピオニー嬢は、残り半年間をアカデミーで学び、その後、上級アカデメイアへの進学も可能でしょう」
「はあ? 何ですって?!」
「ま、まさか……」
スカビエス夫人とレノドン伯爵から驚きの声が上がった。
上級アカデメイアへ進学は、相当優秀でないと進学できない。アカデミーから進学できるのは5%以下だ。
居ても立ってもいられず、私は手をそっと挙げた。
「あの、発言してもよろしいでしょうか」
アカデミーに入学するとしたら、今後の計画が大幅に変更になる。ここは、辞退するのが賢明だろう。
「どうぞ」
校長は目を細めた。
「折角の機会ではございますが」
「そうです。このような機会は滅多にないですぞ、ピオニー嬢」
「は、はい?!」
「使いようによっては、とても有意義な時間になるということです」
「……そうでしょうか」
半年間で何が出来る? 私は思案を巡らした。
ああ、そうね。奴らに少しは思い知らせるのも良いかもしれない。
私は、校長の目を見つめ、微笑んだ。
「では、明日から編入してください。善は急げです」
唖然としたのは私だけではなかった。
レノドン伯爵とスカビエス夫人は青ざめて呆然としていた。
その中で最も避けなければならなかったのは、アカデミーの入学だった。
なぜなら、1度目と2度目の人生、両方ともアカデミーでの出来事が原因で私は短命に終わっている。
だから3度目は、アカデミーに行かないことを選択した。
私が行きたいと言わなければ、入学することはないはず。
そう思っていた。
ある日、私はレノドン伯爵の書斎に呼び出された。
そこには、スカビエス夫人も居た。
「御機嫌よう。お父様、スカビエス夫人」
私はスカートの裾をそっと持ち上げ、足を一歩引くと膝を折って静かに礼をした。
「お前をアカデミーに編入させようと思う」
レノドン伯爵が脂ぎった顔で単刀直入に切り出した。
私の心臓がきゅっと強く縮んだ。
「理由をお聞かせいただけますでしょうか」
「何だ。行きたくないのか?」
レノドン伯爵が不機嫌そうに言う。
するとスカビエス夫人が声高らかに補足した。
「ピオニー、3ヶ月前にダリアンが入学して、教養やマナーを一層身に付けるけたの。すばらしいことだと思わない?」
私は黙っていた。
私より一つ下のダリアンはこの春、15歳で第1学年に入学した。
王立アカデミーは、皇族や貴族と優秀な庶民であれば、15歳以上で入学できる。
そこでは、礼儀作法やダンス、音楽、領地や自国、他国に関する幅広い知識と交友関係を広げる場として、機能している。
だが果たして、ダリアンの教養やマナーは入学前と変わっただろうか。
ノックもせずに私の部屋に入ってくるし、食事の時にはペチャクチャと喋りながら食べる。
父の友人が令息を連れてくれば、ベタベタと触り、なまめかしく寄り添う。
変わったところなんて、皆目見当がつかなかった。
私がここ数ヶ月の記憶を遡っていると、レノドン伯爵が書類を突き出した。
「お前には、アカデミーの第2学年の編入試験を受験してもらう。申込書だ。1週間以内に書いて、家令に渡せ。わかったな」
私は眉をひそめた。
「1年前、私にはアカデミーはもったいないと仰ってましたが」
スカビエス夫人がニヤリと笑った。
「何度も言わせないでちょうだい。アカデミーで教養やマナーを身に付けることは、将来を思えばすばらしいことよ。社交界で活躍する時にも役に立つもの。『深窓の令嬢』と言われるよりずっとね」
私はすぐに合点がいった。
編入試験は入学試験よりはるかに難関であることは周知の事実。
もし落ちれば、私の『深窓の令嬢』の名は剥がれ落ち、『出来の悪い子女』としての噂が瞬く間に広まるだろう。
さらに翌年には、15歳の子女たちと肩を並べて第1学年からやり直し――しかも妹のダリアンが姉の先輩になるなど、屈辱以外の何物でもない。
私が社交界で『深窓の令嬢』と噂されていることに怒りを覚えたスカビエス夫人とダリアンらしい企みだ。
私を表舞台に引きずり出し、辱めるつもりだ。
その証拠にスカビエス夫人とダリアンは、夏の編入試験の日まで、実に楽しげに私の勉学を妨げ続けた。
購入した過去の入試の問題集はいつの間にか、厨房の窯の火にくべられ、受験用のノートはすべて水をかけられて文字が流れてしまった。
「スカビエス夫人は暇なのね。こんなにいろいろ仕掛けて来るなんて」
私は自分の部屋で水をかけられた数冊のノートを見ながら、マリアドネに愚痴った。
「使うお金もなくなって参りましたし、憂さ晴らしも兼ねてるのでしょう」
マリアドネは床の掃除をしながら、無遠慮に答える。
「私も合格する気なんかないのだけど」
「編入試験がダメでも、来年には年下の皆さまと普通に入学するのでは?」
「そこでも試験で落ちようと思う」
「編入試験も落ちて普通の試験でも落ちるとなると『出来の悪い子女』丸出しですね」
「フフフ。そこが狙いよ」
私は小さく含み笑いを漏らした。
試験の当日。
私は風邪を引いて熱があり、すこぶる体調が悪かった。
そのため、60%くらいの正答率で十分だと考えていたはずなのに、気づけば反射的に正解を書き込んでいた。
剣術に至っては熱で朦朧として、かえって闘争心が湧いてしまって自制がきかなかった。
アカデミーから戻ると、失敗したという後悔に押しつぶされるように私は3日ほど寝込んだ。
その間、マリアドネは溜息をつきながら、看病してくれた。
それから1週間後。
アカデミーの校長室に呼ばれた私とレノドン伯爵、スカビエス夫人は試験の結果を渡され、目を丸くした。
私は、レノドン伯爵とスカビエス夫人が座るソファの横の椅子に座り、様子を窺っていた。
「これは、一体、どういうことですの?」
スカビエス夫人の声は怒りで震えている。
校長は、試験結果を説明した。
「礼儀作法などの教養や外国語を含む筆記試験、更に選択科目にされた剣術、すべて歴代上位の成績ということです。この結果は、職員満場一致で第2学年ではなく、第3学年へ飛び級となりました」
ああ、なんてこと。具合が悪かったからって、歴代上位の成績になるなんて。
私は、眩暈を覚えた。
スカビエス夫人は怒りを露にし、手にある試験結果をテーブルの上に乱暴に投げ出した。
レノドン伯爵は、スカビエス夫人を横目で見つつ、校長に問いかけた。
「ふ、不正行為などは……」
法曹界で裁判官を務めていたこともある校長の目が細く、鋭くなった。
「我がアカデミーで不正などあるわけがない!」
冷たく言い放たれた声に私ですら圧倒された。
レノドン伯爵の額からは、どっと汗が噴き出ていた。
校長は、咳払いをした。すぐに冷静になったらしい。
「うむ。失礼。きちんと説明いたしましょう。アカデミーの編入試験会場には生徒が1人に対し、教師が1人、職員が2人いて監視しています。そのうちの1人は魔導士です。しかも、魔法や魔道具が使えないよう封印術も施しています。ですから、不正行為など行うことは出来ないのです」
「はあぁ……」
レノドン伯爵は、止まらない汗をハンカチで拭いながら、情けない声を上げた。
「も、申し訳ございません。万が一、と思った次第ですの。実母を失ってから、病気がちで家庭教師をつけることもままなりませんでしたから」
スカビエス夫人がレノドン伯爵の代わりに、慌ててとりなす。
私は思わず吹き出しそうになった。
家庭教師なんて、お金がもったいないと言った口で言うから。
校長も何かを察したのだろう。
「ご自身のご息女の優秀さを疑うとは、私も初めての経験です」
と言い、私を見た。
私は、内心ぎくりとしたが、気づかぬふりをして淑女らしく微笑んだ。
校長は、視線をゆっくりと、レノドン伯爵とスカビエス夫人へ移した。
「ピオニー嬢は、残り半年間をアカデミーで学び、その後、上級アカデメイアへの進学も可能でしょう」
「はあ? 何ですって?!」
「ま、まさか……」
スカビエス夫人とレノドン伯爵から驚きの声が上がった。
上級アカデメイアへ進学は、相当優秀でないと進学できない。アカデミーから進学できるのは5%以下だ。
居ても立ってもいられず、私は手をそっと挙げた。
「あの、発言してもよろしいでしょうか」
アカデミーに入学するとしたら、今後の計画が大幅に変更になる。ここは、辞退するのが賢明だろう。
「どうぞ」
校長は目を細めた。
「折角の機会ではございますが」
「そうです。このような機会は滅多にないですぞ、ピオニー嬢」
「は、はい?!」
「使いようによっては、とても有意義な時間になるということです」
「……そうでしょうか」
半年間で何が出来る? 私は思案を巡らした。
ああ、そうね。奴らに少しは思い知らせるのも良いかもしれない。
私は、校長の目を見つめ、微笑んだ。
「では、明日から編入してください。善は急げです」
唖然としたのは私だけではなかった。
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