復讐は、冷やして食すのが一番美味い

Yuito_Maru

文字の大きさ
19 / 26
第1章 3度目の人生

[16] 獣人キャンディ

しおりを挟む
 救護院は、町の外れにあった。
 ミネルバ男爵領――そう呼ばれているが、4代目の当主だった男爵が治めていた期間は短い。
 今の当主は、キルコス傭兵団の副団長であるマルクスだ。
 没落した4代目のミネルバ男爵の爵位と屋敷、そして領地を、彼はまとめて買い取った。
 その資金を母が出したとマルクスから教えてもらった時、私は正直、驚いた。
 母にそこまでの資産があったとは、知らなかったからだ。
 その領内でもさらに奥、「裂け目の地」と言われている岩や断崖絶壁しかない地の近くに救護院はあった。
 私が屋敷につくと、マルクスと家令のロバートが私を待っていた。
「お土産」
 私はロバートに焼きたてのパンが入っている袋を渡した。
「みんなで分けて」
「フルノスのパンは美味しいからみんな喜びます」
「あなたもでしょ」
 袋を受け取るロバートの満面の笑みに釣られて私も笑った。
 私は2人の後について屋敷の中に入り、庭園を抜け、更に奥の森に入った。
 しばらくすると、ミネルバ男爵の屋敷と同じくらい大きな屋敷の前に着いた。救護院だった。
 救護院の前では子供たちが楽しそうに遊び、親たちが洗濯をしたり、布団を干したりしている。畑に水を撒いている者もいた。
「この光景、いつきても和むわ」
 私が呟くと、マルクスもうなずいた。
「ええ。みなが楽しそうに、安心して過ごしている姿を見ることで我々は報われている気がします」
 マルクスの言葉に、私は笑みを浮かべた。
 誰一人として辛い目に遭わせたくない。今も。これからも。
「ところで、キャンディは?」
 ロバートが救護院の扉を開けた。
「3階のお部屋で休んでおられます」
「治療師や医師の見立ては?」
「だいぶ傷はいえましたが、折れていた骨が元に戻るにはあと、1ヶ月くらいはかかりそうです」
 獣人は治りが早いほうだが、それでも1ヶ月も要するのはよほど酷くやられたに違いない。
 私は怒りを感じた。
「それと……長い間、拷問を受けていたようです」
「薬物は?」
 ロバートは、言葉を探すように少し間を置いた。
「自白剤が2種類、幻覚剤が3種類、他にもいろいろ」
 私はため息をついた。普通の人間なら、とっくに死んでいる。
「会話はできるの?」
 マルクスもロバートも頭を左右に振った。
「会話は出来るはずですが、彼は誰とも話したがらないのです」
 扉に木でつくられた棒付きの飴がぶら下がっていた。派手な色が塗られている。赤や黄色、ピンク、オレンジ、青。束ねた棒に鈴がついている。
「これは?」
 ロバートが微笑む。
「木工のクラスで子供たちが作りました。キャンディさんのお部屋だからと」
「可愛い」
 私の心がポッと温かくなる。
「私一人で入っていいかしら?」
 マルクスとロバートは顔を見合わせ、うなずいた。
 私は扉を開け、部屋に入った。
 簡素な独り部屋。正面に窓があり、青空が見えた。窓は少し開いていて、冷えた風がタッセルで束ねたカーテンを揺らした。窓の外からは、子供たちの声が聞こえる。
 壁の右側にベッドがあった。キャンディは、枕を背もたれにし、本を読んでいた。
「キャンディ」
 銀色の髪、白い肌。顔は傷だらけだったが、牢屋で見た時より、薄くなっていた。骨折で吊っている左腕。包帯が巻かれ、固定された右足。どれも痛々しかった。
 キャンディは本を閉じ、私を見つめた。
 キャンディのアースアイが私を捉える。
 私はベッドに近づき、もう一度、名前を呼んだ。
「キャンディ、ようやく会えた」
「ピオニー……僕も会いたかった」
 私の鼻は不意に痛くなり、目に涙が滲んだ。
 ああ……私たちはようやく会えた。長い間感じられなかった安堵を今、感じた。
「今、何度目の人生?」
 キャンディの問いに私は驚いて、すぐに声が出なかった。
「やっぱり、あなただったのね……北限の狼は」
 キャンディはうなすいた。
「うん。長くなるから、ここに座って」
 キャンディはベッドを叩いた。私は、キャンディの言う通り、彼のそばに座る。
「でも、先にあなたを感じたい。いい?」
「どうぞ」
 私はキャンディに抱きついた。柔らかい銀色の髪。ラベンダーのような心が安らぐ香り。
「僕がピオニーを最初に見たのは牢の中だった」
 私はキャンディから身体を離して、見つめた。
 胃がキュッとした。
「私は疑うことを知らなかった。ダリアンとバードックにまんまとはめられた」
「レノドン伯爵とその家族も彼らの協力者だ」
 私はうなずいた。キャンディの言うとおりだった。
「次の出会いは、馬車だった」
 強制労働所へ運ばれる時だ。私の目から涙がこぼれそうになった。
「移動の途中で馬車から連れ去る予定だったんだ」
「でも、キャンディ……あなたは、刺されて、死んだ」
「いや、死ななかった。回復に時間はかかったけどね」
「そうだったの?」
「うん。動けるようになってすぐに、強制労働所へ行ったけど、君は……」
「暴行されて瀕死だった」
 私は言いながら、思わずキャンディから視線を逸らした。
 あの記憶が、今の私まで汚してしまいそうで。
 怒りと憎しみの奥に、拭えない嫌悪が張りついたままだ。
 私に執着した看守たちが代わる代わるもてあそび、絶望した私は男のアレを咬み千切った。
 噴き出す血を身体中に浴びた後、残りの看守たちから、全ての歯を抜かれ、殴る蹴るの暴行を受け、私は死んでいったのだ。
 意識が途絶える際、私は幻影だと思い込んでいた北限の狼に誓った。
 生まれ変わったら、今度こそ、人生を変えてやる。
 奴らに復讐してやる、と。
「あの時のあなたも血だらけだった」
「笑える。僕はいつも血だらけだな」
 私たちは微笑んだ。
「私たちは無事に会えた。ま、あなたは、また傷だらけだったけど」
 私は感極まって、再び、キャンディに抱きついた。
「ピオニー、泣きすぎだよ」
「だって……いつも一瞬しか会えなくて。それに、あなたの魔法がなければ回帰できなかった」
「……僕も嬉しいよ。でも、回帰が可能なのは3回までだ」
「わかってる。私も勉強した。大量の本を読んだわ」
「偉いな。回帰して、何年経った?」
「1年半」
「今度は相当準備をしたようだね。僕を見つけるくらいだから」
「ええ。2度目の人生の時に母が転落死で亡くなったの。1度目は病死だったのに」
「運命は少しずつ変わってくるんだ。回帰者、次第らしいけど。3度目はどうだった?」
「私が回帰した時には、母はもう亡くなっていたの」
「死因は?」
「2度目と同じ、転落死なのだけど、2度目も今度も遺体が見つかってない。川に落ちたのは間違いないから、流されたんじゃないかって執事は言ってたけど」
 私は、執事の言葉の裏を取るために墓に遺体がないのを確認していた。
「それで、スカビエス夫人たちが来る前に母の別邸の書斎に何かないか探したの。そしたら、秘密の扉があって、厩舎に繋がっていた」
「すごいね」
「扉には魔法が掛かってたけど、私の手は私が小さい頃に登録していたみたい。覚えてないんだけど。扉に手をかざしたら開いたの」
「厩舎には何があったんだい?」
「お母様の日記よ。そこにキルコス傭兵団のことが書かれていて、驚いたわ。初めは慈善活動の一環だったらしいけど」
「フフ。キルコス傭兵団に殴り込んだの?」
「まさか。でも、キルコス傭兵団でマルクスとマリアドネに会った時には目を疑ったわ」
「2度目の人生の剣術の師匠だろ?」
「嬉しかった。あっちは私を覚えてなかったけど」
「それは仕方がないよ。でも剣術は身体が覚えていたろう?」
「ええ。直ぐに鍛錬を始めたわ。お蔭で感は直ぐに戻った」
「そして今に至る……ってことか」
「キルコス傭兵団ならあなたを見つけられると思ったの。あなたがいなければ、今後の復讐も味気ないわ」
 キャンディは楽しそうに笑った。
「ありがとう……で、今後の計画は?」
 私はうなずき、キャンディを微笑みを含んだ上目遣いで見つめた。
「知りたい?」
 キャンディは目を細めて笑った。目じりの薄い皺が母と似ていた。
「もちろん知りたいね」
 私は身を寄せ、キャンディの耳元で、これからの計画を伝えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神守の少女、二度目の人生は好きに生きます〜因縁相手は勝手に自滅〜

雪水砂糖
ファンタジー
 穢れから産まれる異形の化け物――禍憑(まがつき)と戦うべく存在する神守の家の娘、瑞葉は、従姉妹・花蓮の策略によって、何よりも大事な弟の光矢と共に命を奪われる。  弟の最期を目にした瑞葉の慟哭が暴走した神気を呼び起こす――そして目覚めた時、彼女は過去へ戻っていた。  二度目の人生は、弟と自らの命を守るための戦いであると同時に、これまでの狭い世界を抜け出し、多くを学び、家族との絆を取り戻し、己の望む道を切り拓くための戦いでもあった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 舞台は、日本風の架空の世界です。 《数少ない読者の方へ》  読んでくださりありがとうございます。 少ないながらもポイントが毎日増えているのが励みです。イイネを押してくださると飛び上がるほど喜びます。 タイトル変更しました。 元タイトル「神守の少女、二度目の人生で復讐を誓う」 書き進めているうちに、瑞葉が復習だけにとらわれるのではなく、二度目の人生とどう向き合っていくかが主題となりました。 たまに読み返して、名前や家格、辻褄が合わなくなった箇所をしれっと変えることがあります。作品を良くするため、何卒ご理解ください。

精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは
ファンタジー
精霊士養成学園への入園条件は三つ。  1.学業が優秀な平民であること  2.精霊教神官の推薦を得られること  3.中級以上の精霊の友人であること ※なお、特待生に関してはこの限りではない 全寮制のこの学園には、部屋姉妹(スミウ)という強制的な一蓮托生制度があった。 四人部屋の中の一人でも、素行不良や成績不振で進級が認められない場合、部屋の全員が退園になるというものである。 十歳の少女キロヒはそんな情報を知るはずもなく、右往左往しながらも、どうにか学園にたどり着き、のこのこと「屋根裏部屋」の扉を開けてしまった。 そこには、既に三人の少女がいて── この物語は、波風の立たない穏やかな人生を送りたいと思っていた少女キロヒと、個性的な部屋姉妹(スミウ)たちの成長の物語である。 ※読んでくださる方へ  基本、寮と学園生活。たまに戦闘があるかも、な物語です。  人を理不尽に罵倒する言葉が出ます。  あなたの苦手な生き物の姿に似た精霊が出る場合があります。

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

【完結】王都に咲く黒薔薇、断罪は静かに舞う

なみゆき
ファンタジー
名門薬草家の伯爵令嬢エリスは、姉の陰謀により冤罪で断罪され、地獄の収容所へ送られる。 火灼の刑に耐えながらも薬草の知識で生き延び、誇りを失わず再誕を果たす。 3年後、整形と記録抹消を経て“外交商人ロゼ”として王都に舞い戻り、裏では「黒薔薇商会」を設立。 かつて自分を陥れた者たち ――元婚約者、姉、王族、貴族――に、静かに、美しく、冷酷な裁きを下していく。 これは、冤罪や迫害により追い詰められた弱者を守り、誇り高く王都を裂く断罪の物語。 【本編は完結していますが、番外編を投稿していきます(>ω<)】 *お読みくださりありがとうございます。 ブクマや評価くださった方、大変励みになります。ありがとうございますm(_ _)m

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します

☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。 しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。 ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。 死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。 「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」 化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。 これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

処理中です...