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第1章 3度目の人生
[15] 幼馴染
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午後の授業は1つだけで、あとは部活動だが、私は部活動に参加しないことに決めた。
帰ろうとして、送迎場に行ったが、迎えの馬車はいなかった。
スカビエス夫人の命令だろう。徒歩では屋敷まで1時間ほど掛かる。
身体には良いが、病弱設定が疑われてしまう。
私は平民が利用する辻馬車の停留所に向かうことにした。
街に出て、最新の魔道具を見て回るのも気晴らしになりそうだ。
そこから、辻馬車を拾って別邸へ帰ろう。
そう考えると、一気に気持ちが晴れ、足取りが軽くなった。私も単純なものだ。
「ピオ!」
私は歩みを止めた。私をピオと呼ぶのは、お母様とあいつしかいない。
ゆっくりと振り返ると、優しそうに微笑む男がいた。
アッシュグレーの髪、茶色の瞳。誰からも好かれるような微笑み。
私は黙って、見つめた。
1度目の人生では私の婚約者だった裏切り者を。
2度目の人生では、婚約者が居る分際で、周囲に誤解を与える執拗な追尾者だった男を。
私の心は屈辱と怒りで震えた。心臓の鼓動が耳の奥で響きわたる。
私は誰にも気づかれないよう小さく深呼吸した。
「久しぶりだね。こんなところで会えるなんて嬉しいよ」
「……ごきげんよう。カンビセス様」
バードック・カンビセスの顔が曇った。
「何だか、とても他人行儀だね。数年ぶりに会うからかな。昔みたいにバードックって呼んでほしいな」
イケメンがシュンとしたしおらしい顔をした。
私は、今まで、多くの女がこの顔に心を許してきたのを知っている。
守ってあげたいという母性本能が刺激され、心を開いてくれているという安心感を与えられるからだ。
実際に私も1度目の人生ではそうだった。
だが、今では、善人ぶったバードックの笑顔や気を引こうとして、しおれてみせる顔やしぐさにうんざりしていた。
「何か御用でしょうか」
バードックは再び顔を曇らせたが、すぐに微笑した。
「まずは、そうだな。入学おめでとう。編入試験で飛び級なんてすごいじゃないか」
「ありがとうございます」
「同じ学年になると思っていたから、僕はとても残念なんだけど」
私は黙っていた。
この男は、誰もが自分に興味を持たないと気が済まないのだ。
私の不快な気持ちを気にすることなく、バードックは私をエスコートしようと手を差し伸べた。
「馬車がないようだね。邸宅まで送ってあげるよ。いろいろ話したいこともあるし」
「……いいえ。王女様の婚約者様とご一緒では、私が困ります」
私の拒絶にバードックは怯むことなく話し続けた。
「でも、どうせ通り道だし。そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな。それより、小さい頃、君の庭でよく遊んだじゃないか。あそこでお茶でもしながら昔話に花を咲かせるのはどうかな」
バードックが近づいてくる。私は、後ずさりした。
バードックが言う母と共に造ったあの庭は、もう私の庭じゃない。
スカビエス夫人とダリアンが至る所に数多くの神話彫像や動物彫像を勝手に置くために多くの花や木を捨て、無機質な庭園に成り下がっていた。
しかも、ダリアンに会いに何度も本邸へ訪問しているのだから、そんなことくらい知っているはずなのにふてぶてしい。
「前触れもなく訪問されると、家の者も困りますので」
「……ピオ、どうしてそんな悲しいことを言うの。君と僕との仲じゃないか」
「私よりダリアンのほうがカンビセス様と気心のしれた仲なのではございませんか」
「何か、誤解があるようだね」
バードックが再びシュンとしたしおらしい顔を作った。
「僕はダリアンにピオと会いたいと何度も言ったんだよ。でも、ほら、彼女は嫉妬深いでしょう。だから、一度も君を呼んでくれなくてね。僕も悲しかったよ」
バードックは上目遣いで私を見た。
私とバードックは仲がいいわけではないと遠回しに言っているのに、バードックの返事は意味不明の繰り返しだ。
私はこの堂々巡りの会話にいらだちを募らせ、眉根を寄せた。
「とにかく、送るよ。馬車の中でゆっくり話をしようよ」
バードックが私との間を詰める。私は慌てて後ずさりする。
私は辺りを見回した。
まだ、生徒が数人いる。興味と好奇の熱を帯びた視線が、こちらを探っていた。
分をわきまえて話さなければ、どこであげ足を取られるかわからない。
私は、両手で鞄を持ち、周囲に聞こえるよう、なるべく大きな声を出した。
「王女様がお待ちではございませんの?」
バードックが立ち止まった。先ほどまでと違って私の声が大きかったせいで、驚いた顔をしている。王女様の婚約者だとようやく自覚したようだ。
周囲の生徒もひそひそと話し出した。
バードックは焦って辺りを見回した。
「いや、でも……」
「私はこれで失礼いたします」
私は足早に辻馬車の停留所に向かった。
バードックは人目を気にして、追ってこなかった。
アカデミーにある平民向けの辻馬車の停留所から街までは20分足らずだった。
最新の魔道具を見ようと思ったが、バードックに遭ったせいで気が変わった。
私は停留所で降りると路地を抜けて、『フルノス』と書かれた看板のパン屋に向かった。
「いらっしゃい!」
気の良い小太りの女主人が威勢よく声を掛けた。
店内には誰も客が居なかった。
「こっちが焼きたて! おススメだよ」
「じゃあ、これで買えるだけ、ちょうだい」
「あいよ! 毎度あり」
私は、大きな巾着袋と小銭を渡した。
女主人は焼きたてのパンを紙に包み、手際よく袋に入れて私に戻す時に小声で囁いた。
「お嬢、裏でテンマが待ってる。客人が会いたがっている」
私は微笑み、巾着袋の2つの紐をそれぞれの肩に通してパンを背負った。そして、入ってきた扉とは別の奥の扉に向かった。
パン屋の裏には小さな倉庫があり、小麦が積まれている。そこを抜けると女主人の言う通り、テンマが待っていた。
アカデミーにはキルコス傭兵団の『ツェル(影)』という私の護衛が潜んでいる。
彼らが気を利かして、テンマを連れてきたのだろう。
私はテンマに駆け寄り、飛び乗るとキルコス傭兵団の救護院に向かった。
帰ろうとして、送迎場に行ったが、迎えの馬車はいなかった。
スカビエス夫人の命令だろう。徒歩では屋敷まで1時間ほど掛かる。
身体には良いが、病弱設定が疑われてしまう。
私は平民が利用する辻馬車の停留所に向かうことにした。
街に出て、最新の魔道具を見て回るのも気晴らしになりそうだ。
そこから、辻馬車を拾って別邸へ帰ろう。
そう考えると、一気に気持ちが晴れ、足取りが軽くなった。私も単純なものだ。
「ピオ!」
私は歩みを止めた。私をピオと呼ぶのは、お母様とあいつしかいない。
ゆっくりと振り返ると、優しそうに微笑む男がいた。
アッシュグレーの髪、茶色の瞳。誰からも好かれるような微笑み。
私は黙って、見つめた。
1度目の人生では私の婚約者だった裏切り者を。
2度目の人生では、婚約者が居る分際で、周囲に誤解を与える執拗な追尾者だった男を。
私の心は屈辱と怒りで震えた。心臓の鼓動が耳の奥で響きわたる。
私は誰にも気づかれないよう小さく深呼吸した。
「久しぶりだね。こんなところで会えるなんて嬉しいよ」
「……ごきげんよう。カンビセス様」
バードック・カンビセスの顔が曇った。
「何だか、とても他人行儀だね。数年ぶりに会うからかな。昔みたいにバードックって呼んでほしいな」
イケメンがシュンとしたしおらしい顔をした。
私は、今まで、多くの女がこの顔に心を許してきたのを知っている。
守ってあげたいという母性本能が刺激され、心を開いてくれているという安心感を与えられるからだ。
実際に私も1度目の人生ではそうだった。
だが、今では、善人ぶったバードックの笑顔や気を引こうとして、しおれてみせる顔やしぐさにうんざりしていた。
「何か御用でしょうか」
バードックは再び顔を曇らせたが、すぐに微笑した。
「まずは、そうだな。入学おめでとう。編入試験で飛び級なんてすごいじゃないか」
「ありがとうございます」
「同じ学年になると思っていたから、僕はとても残念なんだけど」
私は黙っていた。
この男は、誰もが自分に興味を持たないと気が済まないのだ。
私の不快な気持ちを気にすることなく、バードックは私をエスコートしようと手を差し伸べた。
「馬車がないようだね。邸宅まで送ってあげるよ。いろいろ話したいこともあるし」
「……いいえ。王女様の婚約者様とご一緒では、私が困ります」
私の拒絶にバードックは怯むことなく話し続けた。
「でも、どうせ通り道だし。そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな。それより、小さい頃、君の庭でよく遊んだじゃないか。あそこでお茶でもしながら昔話に花を咲かせるのはどうかな」
バードックが近づいてくる。私は、後ずさりした。
バードックが言う母と共に造ったあの庭は、もう私の庭じゃない。
スカビエス夫人とダリアンが至る所に数多くの神話彫像や動物彫像を勝手に置くために多くの花や木を捨て、無機質な庭園に成り下がっていた。
しかも、ダリアンに会いに何度も本邸へ訪問しているのだから、そんなことくらい知っているはずなのにふてぶてしい。
「前触れもなく訪問されると、家の者も困りますので」
「……ピオ、どうしてそんな悲しいことを言うの。君と僕との仲じゃないか」
「私よりダリアンのほうがカンビセス様と気心のしれた仲なのではございませんか」
「何か、誤解があるようだね」
バードックが再びシュンとしたしおらしい顔を作った。
「僕はダリアンにピオと会いたいと何度も言ったんだよ。でも、ほら、彼女は嫉妬深いでしょう。だから、一度も君を呼んでくれなくてね。僕も悲しかったよ」
バードックは上目遣いで私を見た。
私とバードックは仲がいいわけではないと遠回しに言っているのに、バードックの返事は意味不明の繰り返しだ。
私はこの堂々巡りの会話にいらだちを募らせ、眉根を寄せた。
「とにかく、送るよ。馬車の中でゆっくり話をしようよ」
バードックが私との間を詰める。私は慌てて後ずさりする。
私は辺りを見回した。
まだ、生徒が数人いる。興味と好奇の熱を帯びた視線が、こちらを探っていた。
分をわきまえて話さなければ、どこであげ足を取られるかわからない。
私は、両手で鞄を持ち、周囲に聞こえるよう、なるべく大きな声を出した。
「王女様がお待ちではございませんの?」
バードックが立ち止まった。先ほどまでと違って私の声が大きかったせいで、驚いた顔をしている。王女様の婚約者だとようやく自覚したようだ。
周囲の生徒もひそひそと話し出した。
バードックは焦って辺りを見回した。
「いや、でも……」
「私はこれで失礼いたします」
私は足早に辻馬車の停留所に向かった。
バードックは人目を気にして、追ってこなかった。
アカデミーにある平民向けの辻馬車の停留所から街までは20分足らずだった。
最新の魔道具を見ようと思ったが、バードックに遭ったせいで気が変わった。
私は停留所で降りると路地を抜けて、『フルノス』と書かれた看板のパン屋に向かった。
「いらっしゃい!」
気の良い小太りの女主人が威勢よく声を掛けた。
店内には誰も客が居なかった。
「こっちが焼きたて! おススメだよ」
「じゃあ、これで買えるだけ、ちょうだい」
「あいよ! 毎度あり」
私は、大きな巾着袋と小銭を渡した。
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「お嬢、裏でテンマが待ってる。客人が会いたがっている」
私は微笑み、巾着袋の2つの紐をそれぞれの肩に通してパンを背負った。そして、入ってきた扉とは別の奥の扉に向かった。
パン屋の裏には小さな倉庫があり、小麦が積まれている。そこを抜けると女主人の言う通り、テンマが待っていた。
アカデミーにはキルコス傭兵団の『ツェル(影)』という私の護衛が潜んでいる。
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