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第十六章
ペストマスク
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~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その3~
「はあ。監督とはそんな事まで考えるものなのか。それともショーキチ君だけかや?」
「分かんないけど、たぶんショーちゃんだけ。前のダリオも、アイツも違ったしー」
「そうか……」
「ボクシーはボクシーのやり方で間違ってないと思うよ?」
「いや、そっちじゃないのだが……ありがとう。それで、なにゆえ試合後に妾に会いに来たのかや? 先に来れば、匂いのサンプルでも渡して話があっさり終わったのに」
「わー太っ腹! いや、その卵でいっぱいのおなかじゃなくてね?」
「分かっとるわい。いやどうせ妨害は無理じゃしのう。このフェロモンは妾の体内にしか存在せん。この世界の何モノでも再現不可能じゃ。はっ! もしや妾を殺害し体内から……」
「そんな事するわけないでしょー」
「いやいやサソリの女は思いこんだらいのちがけじゃから」
「さっきからその設定なに? まあいいや。ここに来たのはね、ここまでの情報と引き替えに、別の匂いを貰いたいからよ」
「ここまでの情報とやら、おもしろいけど別に有益ではないがの……。で、何が欲しいのじゃ?」
「男の人をその気にさせる香水的な?」
「はあ。ぬし、そこまでしてまだモノにしておらんのか? ウチのカマキリどもなら男はもう首だけになっとるぞ?」
「わたしがしたいのは首だけじゃなくて首ったけなの! だって聞いてよ、あのあとね……」
女王の匂い収集及び錯乱工作、作戦名「VVV」――フェロモンってフェンロに音が似てるよね? ということから日本人選手も多数所属したオランダのクラブチーム名を借りた――の手配を終えた俺は家に戻り、食事と風呂を終えて寝る前もまだ仕事をしていた。
虫さん単体で言えばそこまで困難なミッションではない。しかし今回はアウェイ連戦が続く。前に決めた通りインセクター戦後も帰国せずそのままゴブリンの町ウォルスへ向かうので、エルヴィレッジで再び腰を据えて作業できるようになるのはだいぶ先になる。だから今の間に2試合分の試合の準備、及びその周辺の諸々の事をやっておきたいくらいなのだ。
なので俺は割と律儀に彼女が来るまで起きている形となっていた。
「ショーちゃん? まだ起きてるの?」
そんなか細い声が、廊下から聞こえた。
「はい、こちらです……うわっ!」
その時俺は作図室におり、ジノリコーチから預かったフォーメーション図を何枚も広げて試合のシミュレーションをしていた。そして声に振り向き、廊下から顔を覗かせる長い嘴と虚無を湛えた黒い瞳の顔に悲鳴を上げた。
「こんばんはー。これが例の装置」
続いて現れたのはシャマーさんの顔だ。それで俺はようやく「それ」が、生物の顔ではなく作り物の仮面である事に気づいた。
「あ、ありがとうございます。なかなかファンシーな見た目ですね……」
俺は少し歩き、何故か廊下にとどまり腕をいっぱいに伸ばしているシャマーさんから魔法の道具を受け取った。
「えっと、その長い所で匂いを収集して、目の部分に成分を表示させるの。ごめんだけどエルフ語しかないんだー。大丈夫?」
なんだかペストマスクみたいな見た目だ。実際は効果なかったらしいが、シャマーさんのマジックアイテムなら間違いないだろう。
「使用するのはステフやアカサオなので分かると思いますが……シャマーさんこそ大丈夫ですか? なんでそっちに?」
女性が身を隠すには何か理由がある筈だ。覗き込むのは失礼にあたるが、訳を訊ねないのも不自然だった。
「あーその、塔へ帰って道具とって戻ってきたらお風呂が閉まってて。ちょっと身体、匂うかもなの」
「ええっ!? じゃああれから一度も汗を流さずに!?」
気恥ずかしそうに言うシャマーさんに驚いた声で訊ねる。練習後から今となると結構な時間になる筈だ、不快感はもちろんのこと疲労だって抜けていないだろう。
「まあねー。でも素早く退散するから気にしないでー」
「いやいや駄目ですよ! ちゃんと汗と疲労を落とさないと!」
普段なら絶対にそんな事はしないだろう。だが深夜まで働いていた疲れと罪悪感――そもそもシャマーさんが練習後に風呂に入れなかったのは、俺が変なお願いしたせいだ――から、俺は去ろうとするシャマーさんの腕を掴んで引き留めた。
「えっ、ショーちゃん?」
驚き目を丸くするシャマーさんだが、より驚いたのは俺の方だった。とは言えここで引き下がっている場合ではない。
「俺が入った後のお湯で申し訳ないですが……ここのお風呂に入っていって下さい!」
~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その4~
「どうせ『計画通り!』ってヤツなんじゃろそうなんじゃろ?」
「そうだけどー。計画通りでも、ショーちゃんに腕を掴まれた時はドキっとしたなー」
「チョロいのう……。シャマーの目論見にまんまとハマったショーキチ君も、思い出して顔を赤くしておるぬしも」
「でね、その後なんだけどー」
「せっかく試合直後に会っておるのじゃ。感想戦でもできるかと思っていたのじゃが……いつになったら始められるのかや……」
「はあ。監督とはそんな事まで考えるものなのか。それともショーキチ君だけかや?」
「分かんないけど、たぶんショーちゃんだけ。前のダリオも、アイツも違ったしー」
「そうか……」
「ボクシーはボクシーのやり方で間違ってないと思うよ?」
「いや、そっちじゃないのだが……ありがとう。それで、なにゆえ試合後に妾に会いに来たのかや? 先に来れば、匂いのサンプルでも渡して話があっさり終わったのに」
「わー太っ腹! いや、その卵でいっぱいのおなかじゃなくてね?」
「分かっとるわい。いやどうせ妨害は無理じゃしのう。このフェロモンは妾の体内にしか存在せん。この世界の何モノでも再現不可能じゃ。はっ! もしや妾を殺害し体内から……」
「そんな事するわけないでしょー」
「いやいやサソリの女は思いこんだらいのちがけじゃから」
「さっきからその設定なに? まあいいや。ここに来たのはね、ここまでの情報と引き替えに、別の匂いを貰いたいからよ」
「ここまでの情報とやら、おもしろいけど別に有益ではないがの……。で、何が欲しいのじゃ?」
「男の人をその気にさせる香水的な?」
「はあ。ぬし、そこまでしてまだモノにしておらんのか? ウチのカマキリどもなら男はもう首だけになっとるぞ?」
「わたしがしたいのは首だけじゃなくて首ったけなの! だって聞いてよ、あのあとね……」
女王の匂い収集及び錯乱工作、作戦名「VVV」――フェロモンってフェンロに音が似てるよね? ということから日本人選手も多数所属したオランダのクラブチーム名を借りた――の手配を終えた俺は家に戻り、食事と風呂を終えて寝る前もまだ仕事をしていた。
虫さん単体で言えばそこまで困難なミッションではない。しかし今回はアウェイ連戦が続く。前に決めた通りインセクター戦後も帰国せずそのままゴブリンの町ウォルスへ向かうので、エルヴィレッジで再び腰を据えて作業できるようになるのはだいぶ先になる。だから今の間に2試合分の試合の準備、及びその周辺の諸々の事をやっておきたいくらいなのだ。
なので俺は割と律儀に彼女が来るまで起きている形となっていた。
「ショーちゃん? まだ起きてるの?」
そんなか細い声が、廊下から聞こえた。
「はい、こちらです……うわっ!」
その時俺は作図室におり、ジノリコーチから預かったフォーメーション図を何枚も広げて試合のシミュレーションをしていた。そして声に振り向き、廊下から顔を覗かせる長い嘴と虚無を湛えた黒い瞳の顔に悲鳴を上げた。
「こんばんはー。これが例の装置」
続いて現れたのはシャマーさんの顔だ。それで俺はようやく「それ」が、生物の顔ではなく作り物の仮面である事に気づいた。
「あ、ありがとうございます。なかなかファンシーな見た目ですね……」
俺は少し歩き、何故か廊下にとどまり腕をいっぱいに伸ばしているシャマーさんから魔法の道具を受け取った。
「えっと、その長い所で匂いを収集して、目の部分に成分を表示させるの。ごめんだけどエルフ語しかないんだー。大丈夫?」
なんだかペストマスクみたいな見た目だ。実際は効果なかったらしいが、シャマーさんのマジックアイテムなら間違いないだろう。
「使用するのはステフやアカサオなので分かると思いますが……シャマーさんこそ大丈夫ですか? なんでそっちに?」
女性が身を隠すには何か理由がある筈だ。覗き込むのは失礼にあたるが、訳を訊ねないのも不自然だった。
「あーその、塔へ帰って道具とって戻ってきたらお風呂が閉まってて。ちょっと身体、匂うかもなの」
「ええっ!? じゃああれから一度も汗を流さずに!?」
気恥ずかしそうに言うシャマーさんに驚いた声で訊ねる。練習後から今となると結構な時間になる筈だ、不快感はもちろんのこと疲労だって抜けていないだろう。
「まあねー。でも素早く退散するから気にしないでー」
「いやいや駄目ですよ! ちゃんと汗と疲労を落とさないと!」
普段なら絶対にそんな事はしないだろう。だが深夜まで働いていた疲れと罪悪感――そもそもシャマーさんが練習後に風呂に入れなかったのは、俺が変なお願いしたせいだ――から、俺は去ろうとするシャマーさんの腕を掴んで引き留めた。
「えっ、ショーちゃん?」
驚き目を丸くするシャマーさんだが、より驚いたのは俺の方だった。とは言えここで引き下がっている場合ではない。
「俺が入った後のお湯で申し訳ないですが……ここのお風呂に入っていって下さい!」
~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その4~
「どうせ『計画通り!』ってヤツなんじゃろそうなんじゃろ?」
「そうだけどー。計画通りでも、ショーちゃんに腕を掴まれた時はドキっとしたなー」
「チョロいのう……。シャマーの目論見にまんまとハマったショーキチ君も、思い出して顔を赤くしておるぬしも」
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