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第三十九章
王子と姫
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サッカーの戦術の歴史は意外と古く、近年開発されたと思っていたものに実はルーツがあって温故知新、新しい酒を古い革袋に入れているだけという事が多い。
偽CFも同様で起源を探ればかなり昔になるが、一般的に知られるきっかけになったのはイタリアのトッティ選手が行ったそれである。
ASローマに所属していた彼は生粋のローマっ子で10番でキャプテン。更にバンディエラ――そのチームにずっと所属し続けた選手の事を言う。ビジネスの絡む移籍が当たり前の現代サッカー界では非常に希有な存在だ――でありローマに優勝をもたらした人物でもあった。
ポジションはMF。巧みなテクニックと豊かなイマジネーションで攻撃のタクトを奮う姿は正にファンタジスタで、イタリア代表での大事な試合のPK戦でループシュートを決めるなど奇抜さと剛胆さも兼ね揃えていた。
故に彼は『ローマの王子様』と呼ばれた。もちろんその端正なルックスが由来の一つではあるが、その彼も先にローマの王子と称されたジュゼッペ・ジャンニーニ選手に憧れていたから……というのもある。ってここでも発端と思っていたものに更にルーツがあったという話になるね! とかくサッカーは歴史が深いのでそういう事だらけなのだ。
話がそれた。ともかくそんな彼によって偽CFという戦術は日の目を見る事になるのである。ただ先に述べたようにトッティ選手の普段のポジションはMFであり、中盤でパスを出してFWを操り攻撃を指揮するのが本来の仕事ではあった。
だが彼はファンタジスタにありがちな、テクニックはあるが貧弱な身体をしているというタイプではなかった。強靱なフィジカルも持っていたのである。自分にショルダータックルを仕掛けてきたDFを跳ね飛ばしてシュートを決めるような力強さがあった。
更に言えばワンタッチプレイも得意であった。ゴールに背を向け背中にDFを背負った状態でパスを受けて、CBをブロックしながらそのパスをダイレクトで別の味方へ渡す、といったプレイも容易にこなせた。
つまり彼はかなりCF的な選手でもあった訳だ。となると偽CFという呼称がかなり怪しくなってくるのだが……ともかくチーム事情や他の選手の相性などとの兼ね合いで、ある時から彼は偽CFを担う事となった。
守備時は前線に残ってカウンターのターゲットとなり、攻めに転じればCBを連れつつ中盤に降り、空いたスペースを襲う味方へパスを送る。他の選手がDFを崩してパスを出してくれば、中央で得点も奪う。偽CFであり強力なCFとしても働いた。
彼がこのポジションでそんな活躍したのは、キャリアとしてはまあまあの終盤にあたる。だからもはや王子ではなく王様と呼んだ方が良い時期ではあったんだけどね……。
俺はそんな内容を掻い摘んでナリンさんへ話す……事はできなかった。もちろん試合中だからだ。なので
「はい?」
という顔のコーチに
「あの戦術はあるチームで『王子』と呼ばれていた選手が行っていたモノなんですよ。奇しくもダリオさんも『姫』な訳で。面白い偶然だなと」
とだけ伝える。
ただ奇しくもと言っても、このチームで偽CFを任せるのにダリオさん以上の適任者はいなかった。彼女はアローズ内の特定分野でトップの選手ではない。足の速さでもテクニックでも身体の強さでも、彼女の上を行く誰かはいる。
しかしその全てでトップ付近にいる選手だ。つまりFWに必要な得点能力やフィジカルを持っているし、MFとしてのパス能力や視野の広さも備えている。FWでありMFでもあるタイプの偽CFとして最高の素材である。
「なるほど。そういう運命だったのかもしれないでありますね……あっ! 惜しい!」
ナリンさんが何か分からないなりに分かった風の返事をしている間もゲームは動き、今度はダリオさんが背後――この時も彼女は中盤へ降りて自陣方向を向いていたので、背後とは相手ゴール側を意味する――も見ずにワンタッチでパスをリーシャさんへ飛ばしていた。
……まあナリンさんの言葉で分かる通り、その絶好のパスを受けたリーシャさんはシュートを外してしまった訳だが。
「上手いですよね。ああいうタッチはカイ……彼もやっていましたが」
カイヤさんの名前を出しかけて、俺は咄嗟に彼と言い換えて誤魔化した。前回のミノタウロス戦、ぶっつけ本番で偽CFを行い逆転勝利へ導いてくれたのがそのカイヤさんだ。
ただ同じ戦術でも彼女の場合は少し違う。あのドーンエルフはよりMF的であり、他の選手に空けたエリアを使わせるよりも自分が前を向いてそちらへ侵入していくプレイが主になっていただろう。
もし彼女が出産休みを取らずにチームに残っていれば。もし彼女中心の戦術でシーズンへ挑んでいれば。もし彼女が誰かの奥さんでなければ……。
「あ、雨であります!」
そんな妄想を繰り広げる俺の頭を冷やすかの様に、急な雨が降ってきた。ナリンさんは叫びつつ急いでベンチへ戻り、傘代わりのベンチコートを持ってきて俺の頭上に掲げる。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ! これでよりこちらは楽になるでありますね!」
俺の言葉には別の意味の謝罪が含まれていたが、コーチはそれに気付かずニッコリと微笑む。
確かに南国特有のスコールはアローズにとって恵みの雨になるかと思われた。だがサッカードウはそんな簡単なモノではなかった。
偽CFも同様で起源を探ればかなり昔になるが、一般的に知られるきっかけになったのはイタリアのトッティ選手が行ったそれである。
ASローマに所属していた彼は生粋のローマっ子で10番でキャプテン。更にバンディエラ――そのチームにずっと所属し続けた選手の事を言う。ビジネスの絡む移籍が当たり前の現代サッカー界では非常に希有な存在だ――でありローマに優勝をもたらした人物でもあった。
ポジションはMF。巧みなテクニックと豊かなイマジネーションで攻撃のタクトを奮う姿は正にファンタジスタで、イタリア代表での大事な試合のPK戦でループシュートを決めるなど奇抜さと剛胆さも兼ね揃えていた。
故に彼は『ローマの王子様』と呼ばれた。もちろんその端正なルックスが由来の一つではあるが、その彼も先にローマの王子と称されたジュゼッペ・ジャンニーニ選手に憧れていたから……というのもある。ってここでも発端と思っていたものに更にルーツがあったという話になるね! とかくサッカーは歴史が深いのでそういう事だらけなのだ。
話がそれた。ともかくそんな彼によって偽CFという戦術は日の目を見る事になるのである。ただ先に述べたようにトッティ選手の普段のポジションはMFであり、中盤でパスを出してFWを操り攻撃を指揮するのが本来の仕事ではあった。
だが彼はファンタジスタにありがちな、テクニックはあるが貧弱な身体をしているというタイプではなかった。強靱なフィジカルも持っていたのである。自分にショルダータックルを仕掛けてきたDFを跳ね飛ばしてシュートを決めるような力強さがあった。
更に言えばワンタッチプレイも得意であった。ゴールに背を向け背中にDFを背負った状態でパスを受けて、CBをブロックしながらそのパスをダイレクトで別の味方へ渡す、といったプレイも容易にこなせた。
つまり彼はかなりCF的な選手でもあった訳だ。となると偽CFという呼称がかなり怪しくなってくるのだが……ともかくチーム事情や他の選手の相性などとの兼ね合いで、ある時から彼は偽CFを担う事となった。
守備時は前線に残ってカウンターのターゲットとなり、攻めに転じればCBを連れつつ中盤に降り、空いたスペースを襲う味方へパスを送る。他の選手がDFを崩してパスを出してくれば、中央で得点も奪う。偽CFであり強力なCFとしても働いた。
彼がこのポジションでそんな活躍したのは、キャリアとしてはまあまあの終盤にあたる。だからもはや王子ではなく王様と呼んだ方が良い時期ではあったんだけどね……。
俺はそんな内容を掻い摘んでナリンさんへ話す……事はできなかった。もちろん試合中だからだ。なので
「はい?」
という顔のコーチに
「あの戦術はあるチームで『王子』と呼ばれていた選手が行っていたモノなんですよ。奇しくもダリオさんも『姫』な訳で。面白い偶然だなと」
とだけ伝える。
ただ奇しくもと言っても、このチームで偽CFを任せるのにダリオさん以上の適任者はいなかった。彼女はアローズ内の特定分野でトップの選手ではない。足の速さでもテクニックでも身体の強さでも、彼女の上を行く誰かはいる。
しかしその全てでトップ付近にいる選手だ。つまりFWに必要な得点能力やフィジカルを持っているし、MFとしてのパス能力や視野の広さも備えている。FWでありMFでもあるタイプの偽CFとして最高の素材である。
「なるほど。そういう運命だったのかもしれないでありますね……あっ! 惜しい!」
ナリンさんが何か分からないなりに分かった風の返事をしている間もゲームは動き、今度はダリオさんが背後――この時も彼女は中盤へ降りて自陣方向を向いていたので、背後とは相手ゴール側を意味する――も見ずにワンタッチでパスをリーシャさんへ飛ばしていた。
……まあナリンさんの言葉で分かる通り、その絶好のパスを受けたリーシャさんはシュートを外してしまった訳だが。
「上手いですよね。ああいうタッチはカイ……彼もやっていましたが」
カイヤさんの名前を出しかけて、俺は咄嗟に彼と言い換えて誤魔化した。前回のミノタウロス戦、ぶっつけ本番で偽CFを行い逆転勝利へ導いてくれたのがそのカイヤさんだ。
ただ同じ戦術でも彼女の場合は少し違う。あのドーンエルフはよりMF的であり、他の選手に空けたエリアを使わせるよりも自分が前を向いてそちらへ侵入していくプレイが主になっていただろう。
もし彼女が出産休みを取らずにチームに残っていれば。もし彼女中心の戦術でシーズンへ挑んでいれば。もし彼女が誰かの奥さんでなければ……。
「あ、雨であります!」
そんな妄想を繰り広げる俺の頭を冷やすかの様に、急な雨が降ってきた。ナリンさんは叫びつつ急いでベンチへ戻り、傘代わりのベンチコートを持ってきて俺の頭上に掲げる。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ! これでよりこちらは楽になるでありますね!」
俺の言葉には別の意味の謝罪が含まれていたが、コーチはそれに気付かずニッコリと微笑む。
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