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第三十九章
濡れた芝の仕業
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思えば俺がチームを率いて以来、雨や雪の中で試合をした事は無かった。地球に置き換えてみればかなり珍しい話である。雨天中止が滅多にないのがサッカーの特徴の一つではあるし、高校サッカー選手権と言えば冬で雪だったりするし。
一方でここは異世界なので当然、条件が違う。フェリダエやハーピィの国は殆ど雨が降らず、ドワーフ、インセクター、ゴルルグ族といった種族の故郷は地下なのでスタジアムも屋内だ。
そんな訳で今季のアローズは雨天の試合経験が無い。それどころか練習でも雨の中で行った事はあったか無かったか……くらいだ。故に雨がアローズのサッカードウにどんな作用をもたらすかについては、未知の部分が非常に多かった。
それでも予測できる範囲はあるので、俺はナリンさんに幾つか耳打ちし――今度は息が耳にかからない様に注意した――動向を見守った。
『滑って止まれないかもしれないからー! アフター気にしよー!』
最終ラインでシャマーさんが両手を叩きつつ、何かチームメイトへ呼びかけた。恐らくナリンさん経由で伝わった内容を告知しているのであろう。
『確かにそうですね……っと!』
そんな声が消えない間にもククチ選手がアローズのボールを追ってスライディングをし、パリスさんがそれを飛び上がって避けてツンカさんへパスを送った。そのパスは気持ちの良いくらいの鋭利さでピッチを斜めに切り裂きギャルの足下へ到着する。
「ギアが上がったな……」
それを見た俺は、雨が芝生と選手を濡らし全体的にスピードとクールダウンを与えたのを確認して呟いた。
基本的に濡れた芝は摩擦が減って滑り易く、その上を転がるパスの速度が上がる。また雨は選手の体温を下げてしまうので普通は良くないが、アブリ島の刺すような日光に火照った身体には却って気持ちよいくらいになっている筈だ。
つまりパスを繋ぐ事を重視し、涼しい森をホームとするエルフにとっては良いことだらけなのだ。アローズのパス回しのギアが上がるのも当然と言えよう。
但し同じ作用の大部分はミノタウロスにも言える。アブリ島の気候に慣れているとは言え、彼女らも暑いことは暑い。今の雨は火照りを抑え疲れを癒す恵みの雨となった事だろう。
またミノタウロスはボールを走らせる代わりに、己の身体を滑らせた。例の果敢かつ無策なフォアチェックの最後に、彼女らは足先からスライディングをする様になったのである。
「ショーキチ殿のアドバイスを伝えましたが、それでも危険でありますね……」
その様子を見てナリンさんが怯えた声を漏らした。ミノタウロスの突進と言うだけで恐怖を覚える光景――俺もザック当時監督のを前にした時は走馬燈の様に思い出が走った――ではあるが、今は芝生の上を滑りながらやってくるのである。ブレーキは効かないだろうしその脅威は数倍だ。
また一般的に言えばスライディングとは『DFがFWに』仕掛けるものである。『FWがDFに』ぶちかますものではない。ティアさんも
「どさくさ紛れに相手の足を蹴れるからSBやってる」
と言うくらいだ。
だが今はローズ選手やククチ選手がスライディングをし、ウチの守備陣がそれを必死で避ける様な状況だ。互いが本職であれば、どちらも怪我をしない受け方かけ方を知っているが現状はそうでない。
これはいつ事故が起きてもおかしくない状況であった。
「確かに怖いですね。ちょっとやり方を変えた方が良いかもしれません」
俺はそう返事し、少し離れた位置のジノリコーチを身振りで呼んだ。
「ジノリコーチ! 今の状況だと怪我が怖いので、少しボールを手放そうと思うのですが」
下手にDFラインでボールを持って、追い回してくるミノタウロスに衝突されるのも怖い。今から路線変更してパスを繋がず前線へすぐボールを送るサッカードウに変更してはどうか? との提案をナリンさんから伝えて貰う。
『確かにそれも手じゃが、しかしこれは逆にアレをやるチャンスではないか?』
それを聞いて少し考えたジノリコーチがボードを手に何か説明をし出した。
「ジノリコーチの提案は……」
ナリンさんがそれを聞きつつ、素早く日本語に変換する。実はボード上の動きを見た段階で理解はしていたが、俺は彼女の言葉を最後まで聞いてから頷いた。
「なるほど、妙案ですね! それで行きましょう!」
俺はそう言ってすぐさま作戦にゴーを出す。雨は続きミノタウロスのフォアチェックも止まない。いつ事故が起きてもおかしくない状態だ。
そりゃあサッカードウに事故はつきものだが、できればそれは負傷と関係ないモノであって欲しいし、自陣ではなく相手陣内で発生して欲しい。
そんな事を考えている間にザックコーチやジノリコーチが叫んだり合図のボードを振ったりしながら作戦変更を伝える。その主な対象はインサイドーハーフ、中盤の左右に位置し守備に攻撃に繋ぎにとフォローへ走る地味なポジションだ。いや地味ではあるがこのタイプのサッカードウにおいて非常に大事な役割なんだけどね!
だがこれから行う作戦は、そんな彼女らに注目が集まる戦法であった。いや正確に言えばこうだ。
彼女らが注目を集められるかどうかにかかっている戦法だ。
一方でここは異世界なので当然、条件が違う。フェリダエやハーピィの国は殆ど雨が降らず、ドワーフ、インセクター、ゴルルグ族といった種族の故郷は地下なのでスタジアムも屋内だ。
そんな訳で今季のアローズは雨天の試合経験が無い。それどころか練習でも雨の中で行った事はあったか無かったか……くらいだ。故に雨がアローズのサッカードウにどんな作用をもたらすかについては、未知の部分が非常に多かった。
それでも予測できる範囲はあるので、俺はナリンさんに幾つか耳打ちし――今度は息が耳にかからない様に注意した――動向を見守った。
『滑って止まれないかもしれないからー! アフター気にしよー!』
最終ラインでシャマーさんが両手を叩きつつ、何かチームメイトへ呼びかけた。恐らくナリンさん経由で伝わった内容を告知しているのであろう。
『確かにそうですね……っと!』
そんな声が消えない間にもククチ選手がアローズのボールを追ってスライディングをし、パリスさんがそれを飛び上がって避けてツンカさんへパスを送った。そのパスは気持ちの良いくらいの鋭利さでピッチを斜めに切り裂きギャルの足下へ到着する。
「ギアが上がったな……」
それを見た俺は、雨が芝生と選手を濡らし全体的にスピードとクールダウンを与えたのを確認して呟いた。
基本的に濡れた芝は摩擦が減って滑り易く、その上を転がるパスの速度が上がる。また雨は選手の体温を下げてしまうので普通は良くないが、アブリ島の刺すような日光に火照った身体には却って気持ちよいくらいになっている筈だ。
つまりパスを繋ぐ事を重視し、涼しい森をホームとするエルフにとっては良いことだらけなのだ。アローズのパス回しのギアが上がるのも当然と言えよう。
但し同じ作用の大部分はミノタウロスにも言える。アブリ島の気候に慣れているとは言え、彼女らも暑いことは暑い。今の雨は火照りを抑え疲れを癒す恵みの雨となった事だろう。
またミノタウロスはボールを走らせる代わりに、己の身体を滑らせた。例の果敢かつ無策なフォアチェックの最後に、彼女らは足先からスライディングをする様になったのである。
「ショーキチ殿のアドバイスを伝えましたが、それでも危険でありますね……」
その様子を見てナリンさんが怯えた声を漏らした。ミノタウロスの突進と言うだけで恐怖を覚える光景――俺もザック当時監督のを前にした時は走馬燈の様に思い出が走った――ではあるが、今は芝生の上を滑りながらやってくるのである。ブレーキは効かないだろうしその脅威は数倍だ。
また一般的に言えばスライディングとは『DFがFWに』仕掛けるものである。『FWがDFに』ぶちかますものではない。ティアさんも
「どさくさ紛れに相手の足を蹴れるからSBやってる」
と言うくらいだ。
だが今はローズ選手やククチ選手がスライディングをし、ウチの守備陣がそれを必死で避ける様な状況だ。互いが本職であれば、どちらも怪我をしない受け方かけ方を知っているが現状はそうでない。
これはいつ事故が起きてもおかしくない状況であった。
「確かに怖いですね。ちょっとやり方を変えた方が良いかもしれません」
俺はそう返事し、少し離れた位置のジノリコーチを身振りで呼んだ。
「ジノリコーチ! 今の状況だと怪我が怖いので、少しボールを手放そうと思うのですが」
下手にDFラインでボールを持って、追い回してくるミノタウロスに衝突されるのも怖い。今から路線変更してパスを繋がず前線へすぐボールを送るサッカードウに変更してはどうか? との提案をナリンさんから伝えて貰う。
『確かにそれも手じゃが、しかしこれは逆にアレをやるチャンスではないか?』
それを聞いて少し考えたジノリコーチがボードを手に何か説明をし出した。
「ジノリコーチの提案は……」
ナリンさんがそれを聞きつつ、素早く日本語に変換する。実はボード上の動きを見た段階で理解はしていたが、俺は彼女の言葉を最後まで聞いてから頷いた。
「なるほど、妙案ですね! それで行きましょう!」
俺はそう言ってすぐさま作戦にゴーを出す。雨は続きミノタウロスのフォアチェックも止まない。いつ事故が起きてもおかしくない状態だ。
そりゃあサッカードウに事故はつきものだが、できればそれは負傷と関係ないモノであって欲しいし、自陣ではなく相手陣内で発生して欲しい。
そんな事を考えている間にザックコーチやジノリコーチが叫んだり合図のボードを振ったりしながら作戦変更を伝える。その主な対象はインサイドーハーフ、中盤の左右に位置し守備に攻撃に繋ぎにとフォローへ走る地味なポジションだ。いや地味ではあるがこのタイプのサッカードウにおいて非常に大事な役割なんだけどね!
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