リーゼロッテの王子さま -婚約者候補に奥さんがいたらいけませんか?ー

弥湖 夕來

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 広いボールルームの中は無数の蝋燭の炎に照らしだされていた。
 中央に足を踏み出すと、集まった人々の熱気が肌を包む。
 それだけのことで、リーゼロッテの足は竦んだ。
 こういう正式な夜会でどう振舞えばいいのかは、子供の頃からつけられた家庭教師のミス・スワンに徹底的に叩き込まれた。ダンスのステップもお辞儀の仕方も完璧だとは思う。
 だけど、これだけ沢山の人々の視線に晒されるのには慣れていない。
 特に無数の男性の視線には。
 産まれてこの方ずっと後宮で育ち、異性といえば父親しか知らないリーゼロッテにとって、その視線が自分一人に注がれるのははじめての経験だ。
 思わず震えだしそうになった手を、付き添ってくれていたミス・スワンがそっと握り締めてくれる。
「あ…… 」
「大丈夫ですよ。
 レッスンの時と同じように堂々と振舞ってください。
 姫様の所作は完璧ですから」
 その優しい声は、とても安心できた。
「ええ、ミス・スワン」
 その言葉に背を押されるように、リーゼロッテは背筋を伸ばすと軽く息を吸い込んだ。
 正面の王座までホールの中央に開けられた空間を真直ぐに見据え、ゆっくりと歩き出す。
 
「遠くからわざわざご足労願って、申し訳なかったな。ウルティモの姫よ」
 王座の前に進み出て膝を折るといかにも人のよさそうな国王が声を掛けてきた。
「いいえ、オズワルド陛下。
 お呼び立て下さらなければわたくしが国を出ることなどなかったと思います。
 ですから感謝しておりますわ」
 リーゼロッテは笑みを浮かべる。
「そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽になる。
 エクシャーナ皇帝の申し出どおり、余の息子達の誰でも連れて行って構わぬぞ。
 なんなら二人でも…… 」
 言いながら国王は王座の隣に控えていた数人の若い男に視線を向ける。
「上から、ウルリヒ、ヴィクトール、ヴェルナー、グザヴィエ、サカリアスだ。もう一人おるが、それはまだ幼すぎるでな、遠慮させてもらった。
 皆、余の自慢の息子達だ」
 国王は名を呼びながらそれぞれの顔を見据えた後、目を細める。
「今宵は、そなたの歓迎の夜会だ。
 楽しむがよい! 」
 合図のような一声で会場内に楽器の音色が流れ出す。
「お心遣い、感謝いたしますわ」
 リーゼロッテはもう一度膝を折ると、国王の前を辞す。
 次いでその隣に並んだ王子達の前に足を運んだ。
「踊っていただけます? ヴェルナー殿下」
 軽快で華やかでありながら、どこか荘厳さが入り混じるワルツの調べを耳にリーゼロッテは男に手を差し出した。
「この国の作法は存じていますわ。
 確か、主賓と主催者のダンスが始まらないと皆さん踊れないのですよね」
 確認するように言うと、ヴェルナーが小さく息を吐き前へ進み出る。
「この場合は、俺じゃなくて兄上が先なんだけどな」
 少し戸惑ったように口にしながらもリーゼロッテの差し出した手を取ってくれた。
 そして軽やかな足取りでホールの中央へ引き出してくれる。
 
 はじめのうち、気遣うように確かめるように慎重だった男のステップは次第に大胆になって行く。
 次に踏み出す方向に自然と空間が作られ取られた手でそっとその空間に誘われる。次々と躯を収めるべく場所にすんなりと移動できなんだかとても心地いい。
 普段レッスンでミス・スワンを相手に踊るのとは全く違う。
「ダンスは何処で? 」
 その流れに酔いしれていると、耳もとでヴェルナーの声がした。
「え? どこか変? 」
「失礼、そうじゃなくて。君の国ではワルツの習慣はないだろう? 
 その割には上手いと思って」
「家庭教師のミス・スワンから」
「君の家庭教師はダンスまで教えるのか? 」
 男は意外とでもいいたそうにリーゼロッテの顔を見下ろしてきた。
「ええ、ダンスも礼儀作法も一通り。
 お父様が何処の国に出しても恥ずかしくないようにって、間違いのない作法を身につけられるように異国のきちんとした方を手配して下さったから。
 ミス・スワンは確かこの国の出身のはずよ」
 いくらダンスの途中とはいえあまりに間近から男に顔見つめられ、リーゼロッテはさすがに恥ずかしくて視線を背けた。
 その視界にいきなり華やかな集団が飛び込んできた。
 髪を高く結い上げ、鮮やかな色のドレスを纏った少女達が数人、一人の若い男を取り囲んでいる。
 ヴェルナーと同じ金色の巻き毛を長く伸ばし首筋の辺りで軽く纏め、纏った衣裳も取り囲んだ少女に負けないほどに華やかな男は、先ほど国王に紹介された二番目の王子ヴィクトールだ。
 ひきつけられた視線のまま暫くいると、男はこちらの様子に気がついたかのように取り巻いた少女達を後に残して歩み寄ってくる。
「ヴェルナー、そろそろ次いいかな? 」
 ステップを踏むヴェルナーの肩に軽く手を置いてその動きを止めさせた。
「ああ…… 」
 軽く握っていたリーゼロッテの手をそのままに、ヴィクトールに差し出して預ける。
「じゃ、姫君また」
 いかにも、義務は果たしたといわんばかりに、それ以上は何の未練もないといった様子で当り障りのない言葉をリーゼロッテにかけ、ヴェルナーは背を向ける。ダンスを続ける人々の間を縫うと、その向こうに引き上げてしまった。
 
「君、ヴェルナーに顔を見た早々結婚を申し込んだんだって? 」
 ステップを踏み始めると、その整った顔をリーゼロッテに向けると訊いてくる。
「どうして、それ? 」
 リーゼロッテは僅かに顔を赤らめる。
 まさか早速話題にされているとは思わなかった。
「駄目だったでしょ? 」
 おかしそうに男は笑みを浮かべている。
「一応、お断りされたわ。
 でも、諦めるつもりはないわよ」
 先ほどのヴェルナーとはまるで違う優雅なエスコートに少し戸惑いながらリーゼロッテはダンスを続ける。
 身長のせいか、あるいは腰に回された男の手の力が強いせいか、ヴェルナーの時よりパートナーの顔との距離が近いような気がする。
「あのさ、僕にしない? 
 僕なら正真正銘独身だし、今なら婚約者も彼女もいないよ? 」
 異常なほど近いその距離感にどきどきしていると、不意に寄せられた耳元で囁かれた。
「嬉しいけど、ご遠慮します。
 ヴィクトール様、ご自分の後宮を持ったら妾妃の数、片手で済みそうにないもの」
 男の顔を真直ぐに見詰めてリーゼロッテはやんわりと微笑んだ。
 次いで相手との距離を取るように少しだけ男の肩に沿えた自分の腕に力を込める。
 
 男の柔らかな表情も、声も人をひきつけて止まないものがある。
 おまけにこの容姿に、この口調。
 きっと男女問わずに誰もが放っておかないだろう。
 だけど、何かが違う気がする。
 この柔らかな笑顔が自分に向けられているのに、何故か全くときめかない。
 その違和感がリーゼロッテの胸の奥に引っかかる。
 
「そっか、残念。 
 言っとくけど、ヴェルナーは手ごわいよ。
 僕達兄弟の中で一番頭が固いからね」
「……だからいいんじゃない」
 リーゼロッテは呟いた。
「ま、じゃ、気が変わったらいつでも言って」
 丁度楽曲が終わったところを潮にヴィクトールは重ねていたリーゼロッテの手を次の誰かの手に引き渡す。
「随分辛辣だね」
 新しく始まったワルツにあわせリードしてくれながら、男が笑みをこぼす。
「えっと…… 」
 その笑顔を目にリーゼロッテは記憶を手繰り寄せた。
「長男のウルリヒだよ」
「ごめんなさい! その、わた…… 」
「構わないよ。一度に六人も紹介されたら混乱しても仕方がないし。
 何より君は既にヴェルナーしか見ていなかったしね」
 ヴェルナーやヴィクトールよりやや年上の男はやんわりと笑いかけた。
「ね? ウルリヒ様も、ヴィクトール様の代わりにって仰るの? 」
「いや。残念ながら私も妻帯者だ。
 正直ウルティモの帝位は魅力だけどね。
 自国の王位を弟に譲っても欲しいくらいの。
 皇帝の一人娘である君の婿におさまれば、自然と帝位が転がり込むだろう? 
 それなら父王も次男に王位を譲るのを納得するよ」
「何か勘違いなさっていない? 」
 ステップを踏みながらリーゼロッテは男の顔を覗きこむ。
「あのね。お父様の欲しがっているのは、わたしの旦那様で、次期皇帝の父親なの」
「それって、どういう? 」
 男が不思議そうに眉根を寄せた。
「言葉どおりよ。
 お父様はわたしの子供に帝位を継がせるおつもりなの」
「それはいくら何でも不可能じゃないのか? 
 孫の成長を待つなんて気の長い話…… 」
「う、ん。そうでもないのよね。
 お父様まだ三十台だし」
 視線を宙に泳がせてリーゼロッテは呟いた。
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