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しおりを挟む八年後。
レティの予想に反して、未だに彼女は公爵家に勤めている。流石に八年間も『行儀見習い』なんて通らないだろうと思うのだが、公爵家に文句を言う者はいない。レティはのびのびと好きなように料理を続けていた。
もっとも、八年間ずっとのびのびしていた訳ではない。料理の事だけ考えていられると期待していたレティだが、母より「公爵家の行儀見習いの名に恥じないように」としっかりと家庭教師が付けられおり、勉学にも勤しんでいた。レティは、勉学と料理の両立に忙しい毎日を送っていたが苦しかった思い出は一つも無い。
この八年の間に、ミゲルの偏食ぶりは改善した……と言っても進んで食べるのはレティの食事だけだ。会食やパーティーなどで出される食事は最低限口を付けるが、帰宅後は大抵機嫌が悪い。成長期にレティの栄養たっぷりの食事を摂っていたおかげで、四歳年下のレティより小柄だった彼はすっかり背も高くなった。
八年前はレティの自室や厨房へ度々訪れていたミゲルだが、徐々に足を運ぶことは無くなった。もっともミゲルの態度は今も昔も変わらない。だがレティの方は、成長につれ次期公爵である彼との距離感に気を付けるようになっていた。将来、国の要人となる彼の傍に、学園にも通っていなければ、社交もしないで働いている変人の令嬢がいることに眉を顰める者も多いからだ。
また、昔は公爵家の夕食にもレティの席が用意されていたが、レティははっきりと断るようになっていった。公爵夫人の悲しそうな顔にレティは何度も心が折れそうになったが、ミゲルはレティが固辞することに何も言わなかった。
「こんなに長く続けられるなんてね」
レティ専用の厨房で人参の皮を剝きながらレティは、ぽつりと呟いた。
成長するにつれ、伯爵令嬢が料理を続けることがどれほど難しいことかレティは思い知らされた。ミゲルがレティの料理を気に入っている、ただそれだけでレティはここに置かせてもらっているのだ。
二十二歳になったミゲルに未だ婚約者はいない。だが将来公爵となる彼は、近いうちに婚約者を見つけ結婚するだろう。公爵家に相応しい女性と結ばれるのだ。そうなればレティはここを去らなければならない。公爵夫妻やミゲルに頼めば、無理矢理解雇はされないだろう。しかし、ミゲルの婚約者はレティに良い顔はしない筈だ。
ミゲルの頑固で不愛想なところは変わらないが、レティの食事のおかげですらりとスマートな体型で、次期公爵としても有能な彼は令嬢から人気だと聞いている。公爵家にはひっきりなしに縁談話が持ち込まれており、年々増えているようだ。
「レティ」
しっかり手は動かしたまま、ぼんやりと考え込んでいると不意に横から声が掛けられた。
「ミア。どうかした?」
振り向くと、正真正銘『行儀見習い』であるミアがいつの間にか隣に立っていた。子爵令嬢の彼女は、高位貴族の侍女として働くことを目指しており昨年から公爵家で学んでいる。二人とも十八歳と同じ年齢で、働きたい令嬢同士ということもあり、あっという間に仲良くなった。出会ったばかりの頃のミアは「レティ様」と呼んできていたが、レティが駄々を捏ねて無理矢理「レティ」と呼んでもらった思い出が懐かしい。
「また、来てるわよ」
ミアは少々うんざりした顔でそう告げた。
「ミア、不敬になるわよ」
「いいのよ。誰も聞いてないんだし」
「まったく……」
公爵家に前触れも出さずに訪問する人間は一人しかいない。レティは小さく息を吐くと、ミアに礼を告げて準備を始めた。
※※※
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