未来スコープ  ―この学園、裏ありすぎなんですけど!? ―

米田悠由

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エピソード7:鍵と、揺れる決意 Ver.9

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翌日。
藍と蓮は、学園の不正の証拠を見つけるため、再び旧校舎を訪れた。
時計台の機械室も、校舎内のあらゆる場所も、二人は念入りに探し回った。
しかし、いくら探しても、不正の帳簿どころか、新たな手がかりすら見つからない。時間だけが過ぎていく。

「うーん、どこにもないね……」

藍は肩を落とし、ため息をついた。
蓮も険しい顔で周囲を見回す。
万策尽きたように、二人は旧校舎を後にし、途方に暮れて校庭を歩いていた。

「ねぇ、蓮くん」
「……どうした?」
「私、蓮くんのこと、信じてるからね」
「……」
「あのね、優花が、蓮くんのこと、すごく怪しんでるんだ。
オーパーツとか、理事長室に入ってたこととか、黒い車とか……」
「そうか。藤崎さんは、僕のこと怪しんでるんだね。ごめん」
「私には、蓮くんが何か言えないことを抱えてるように見える。
もしそうなら、無理に話してくれなくていい。
でも、もし、蓮くんがすごく大変なことになってるなら……私が、蓮くんを助けたい。
だから、何かあったら、言ってね」
「今は、まだ何も言えない。本当にごめん」
「うん……」
「でも、一つだけ、信じてほしいことがあるんだ。
僕が反社会勢力と繋がってるなんてことは、絶対にない。
それだけは、信じてほしい」
「うん。信じるよ」
「ありがとう」
「ねぇ、蓮くん」
「なんだい?」
「蓮くん、私と出会ってから、どう?」
「どう、とは?」
「楽しい?それとも、迷惑だった?」
「……楽しいよ。君といると、毎日が、変わった」
「私も。蓮くんといると、すごく楽しい」
「……そうか」
「蓮くんは、何か変わったことある?」
「……変わった。たくさん」
「例えば?」
「……自分だけでは、どうしようもなかったことが、君といると、乗り越えられる気がする」
「私ね、蓮くんといると、何でもできるって思うんだ」
「……」
「私、蓮くんのこと……」
「僕も、藍さんのこと……」

蓮の瞳が、切なく、そして強く藍を見つめた。
その瞳の奥に、藍は深い感情の渦を見た気がした。
藍は、その瞳に吸い込まれるように、蓮を見つめ返した。

「……蓮くん」

蓮の顔が、ゆっくりと藍に近づいてくる。
藍は、何も言えずに、ただ、蓮の瞳を見つめ続けた。
息が止まる。
蓮の甘い香りが、藍の鼻腔をくすぐる。
心臓が、ドクドクと大きく音を立てていた。

「藍……」

蓮の声が、微かに震える。
藍は、たまらず目を閉じた。
蓮の腕が、そっと藍の体を抱きしめた。
温かい。
蓮の胸の温もりと、鼓動が、藍に伝わってくる。
全身が、蓮の優しさに包まれるようだった。

「蓮くん……」

藍も、蓮の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
彼の胸に顔を埋めると、蓮の香りがさらに濃く感じられた。
この温もりが、ずっと続けばいいのに。
藍が顔を上げると、蓮の顔がすぐそこにあった。
彼の瞳は、藍を深く見つめている。

そして、再び、ゆっくりと蓮の顔が近づいてくる。
蓮の唇が、藍の唇にそっと触れた。
柔らかな感触。
一瞬、世界が止まったかのように感じた。
藍の体から、フッと力が抜ける。
抵抗することも、目を閉じることもできなかった。
ただ、蓮のキスを受け止める。
蓮の唇が離れた。
短いキスだった。
しかし、その一瞬に、藍の脳裏には、蓮との出会いからこれまでの全ての記憶が、走馬灯のように駆け巡った。
彼の優しい笑顔。
困った時のしどろもどろな姿。
そして、今、この瞬間まで、共に困難を乗り越えてきた時間。
藍の瞳は、まだ大きく見開かれたまま、蓮を見つめている。
彼の顔は、わずかに紅潮し、その瞳には、切なさ、後悔、そして、かすかな決意の色が混じり合っていた。
藍が、震える声で蓮の名を呼んだ。

「ねぇ、蓮くん、今のって……まさか、私からオーパーツの知識を奪おうとしたわけじゃないよね!?キスするとなんか相手の知識が移るとか、そういうムー的な裏設定!?」
「ばか!」

蓮は、藍をもう一度、強く抱きしめた。
藍の肩に顔を埋め、彼の震える息遣いが伝わってくる。
藍は、蓮の腕の中で、思わず笑みがこぼれた。
二人だけの、温かい時間が流れていく。

それでも、学園の不正という大きな問題は、二人の頭から離れない。
校舎での捜索は行き詰まり、万策尽きたように、再び校庭に出た二人は、互いの顔を見合わせた。 

探し疲れた藍が、校庭の隅に設置された、古びた百葉箱のそばで、ふと立ち止まった。
白い塗装は剥がれかけ、木製の扉は雨風に晒されくすんでいる。
疲れた足を休めようと、藍が何気なく百葉箱の壁に手をついた瞬間だった。

「カチリ」

と、小さな音が響き、未来スコープの水晶玉が淡く光を放った。
藍はハッと息を呑み、迷わず筒を覗き込んだ。
未来スコープが映し出したのは、まさしく今触れている百葉箱の内部だった。
映像の中では、校長先生が慌ただしく百葉箱の扉を開け、小さな金属製の鍵を、温度計を吊るす支柱の裏側に慌てた様子で隠している。
そして、鍵を隠し終えると、ホッと安堵の息を漏らす校長の姿が映っていた。
映像が消え、藍は興奮気味に未来スコープから目を離した。

「蓮くん!ここだよ!鍵が隠されてる!」

藍の声に、蓮も目を輝かせた。
二人は急いで百葉箱の扉を開けると、未来スコープが示した通り、温度計の支柱の裏から古びた真鍮製の鍵を見つけた。
手に取るとずっしりと重い。

「鍵だ!やったね、蓮くん!」

藍は喜んだが、すぐに困惑の表情を浮かべた。
鍵には何の変哲もない。
どこの鍵なのか、全く見当がつかなかったのだ。

「うーん、どこの鍵だろうね……?」

蓮も鍵を手に取り、しばらく考え込むが、やはり分からない。
せっかく見つけた手がかりが、まさかの行き止まり。
二人は再び途方に暮れてしまった。

翌日。
昨日見つけた鍵をどうにかできないかと、藍は授業中もぼんやりと鍵を眺めていた。
ふと、鍵の表面に、以前は気づかなかった微細な彫刻が施されていることに気づいた。
それは、どこか歪んだ歯車のような、しかし精密な模様だった。

「あれ?このマーク……」

放課後、藍は蓮と共に資料室にいた。
鍵に刻まれたマークを手がかりに、古い学園の資料を漁っていたのだ。
棚の奥から引っ張り出した、埃まみれの学園の施設設計図に目を走らせる藍。
そして、ついにそのマークを見つけた。

「蓮くん、見て!これ、このマークだよ!」

藍が指差した設計図には、あの鍵と同じ歯車のマークが描かれていた。
そのマークの隣には、小さく「焼却炉」と記されている。

「まさか……この鍵、焼却炉の鍵だったんだ!」

藍は驚きの声を上げた。
焼却炉は、校庭の隅にひっそりと佇む、今は使われていない古い施設だ。
都市伝説とは無関係だと思っていた場所に、まさか重要な手がかりが隠されていたとは。

「もしかしたら、校長先生は、証拠を焼却炉のどこかに隠したのかも……!」

蓮も真剣な表情で頷いた。学園の不正の証拠が、ついに見つかるかもしれない。二人の胸に、新たな希望が湧き上がった。

数日後。
藍と蓮が焼却炉への調査計画を立てている最中だった。
放課後、藍が自分の靴箱を開けると、一枚の茶封筒がひっそりと置かれているのに気づいた。差出人の名前はない。
不審に思いながらも、藍は封筒を開けた。
中には、無機質な明朝体で書かれた簡潔な一文。

『学園の秘密にこれ以上深入りするな。速やかに行動を中止しなさい。もしこの忠告を聞き入れず、手を引かぬならば、後悔することになるでしょう。申し訳ございませんが。』

藍は、その脅迫めいた文面に、ゾッとして顔色を失った。
手が震え、持っていた手紙がハラリと床に落ちる。

そこに通りかかった蓮が、落ちた手紙に気づき、拾い上げた。
一読した蓮の顔に、いつになく深刻な色が浮かんだ。

「藍、これは……」

蓮は手紙を藍に差し出した。
藍は震える手で受け取る。

「ねぇ、蓮くん……これ、なに?どういうこと!?」

藍の声は震えていた。

「この手紙の言う通り、もう手を引いた方がいい。これ以上は、君にとって本当に危険だ」

蓮の言葉は、藍を心から案じているように聞こえた。
しかし、藍は手紙の文面に違和感を覚える。

「嫌だよ、蓮くん!ここまで来て、どうして手を引かなきゃいけないの!?それに、『深入りするな』とか『中止しなさい』って命令しといて、最後に『申し訳ございませんが』ってこんな丁寧語の脅迫文、怖くない!」

藍は、思わずツッコミを入れた。

「……そ、それは……とにかく、この件は危ないんだ。君を巻き込みたくない……」
「大丈夫だよ、蓮くん!私、やめないから。焼却炉に行こう!きっとそこに、全部の証拠があるんだ!」
藍は蓮の手をぎゅっと握り返し、まっすぐ前を向いた。
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