花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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ダイヤモンドの真相

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シルバー家の家督問題がもとの鞘におさまり、ミシェルが嫡男として復権して宮廷に戻ることが決まった。

ミシェルとモモは帰還するための準備に忙しく、リンやユーリも手伝っている。

「ミシェル兄上。出立の日は決まりましたか?」

「シンシアからの手紙ではシルバー家側の迎える支度が整い次第となる。半年後には使者をよこすらしい」

「そうですか…半年ってまだまだなようで、あっという間ですね」

大好きな長兄ミシェルが去ってしまう現実は少なからずリンを心細くした。

ユーリとしても高貴な身分におごらず穏やかな義兄がいなくなるのはさみしい。

可能ならばずっとラン・ヤスミカ家で暮らしてほしかったが、ミシェルの立場上そういうわけにもいかないのだ。

「別邸が寂しくなります。ミシェル義兄上やモモ殿たちが帰ってしまうと」

「ユーリ殿…快く滞在を許してくれて心から感謝している。私とモモたちは去るがエドガーは残るから寂しくない」

……え?

ミシェルとモモ、そして美少年トリオのステフ、マックス、ヒナリザは都に戻るのにエドガーは据え置きである。

別にいてくれても良いのだが、兄ミシェルが戻るのになんでエドガーは残るのか?

困惑を顔に出さないように頑張っていたユーリだが即座にモモに見破られた。

「エドガー様はラン・ヤスミカ領が大層お気に召してシルバー家のお父上にここで暮らすとお手紙を書きました。当主であるお父上から好きなだけ滞在しろとお許しが出たそうです」

シルバー家当主クロード…何気に変態次男エドガーをリンの嫁ぎ先に押しつけやがった。

リンは「エドガー兄様…ここがお気に召したんですね」と喜んでいるが、ユーリ的には微妙な心持ちだ。

「エドガーの生活費などは当然シルバー家が負担する。父上がエドガーが90歳まで生きると想定した生活費を支払うと約束された。自然あふれる土地で自由に暮らす方がエドガーの幸せだと判断されて」

90歳まで息子が働かないでニートできる資金をパパがポンと工面するあたり、シルバー家の莫大な財力が垣間見られる。

ついでにエドガー引き受け謝礼金がシルバー家からラン・ヤスミカ家に月々贈られるのでシルバー家、どんだけエドガーをもて余してるんだよ状態だ。

ある意味、リンを騙して嫁がせたときより大金が動いている。

当のエドガーは兄ミシェルが都に帰るのにマイペースにNTR小説を楽しんでいる。

暇だとユーリの甥っ子ジャンと姪っ子クレールと遊んでいるので子供は好きらしい。

エドガーがそれで満足ならユーリが何も言う権利はない。

そんなことをユーリが考えているとミシェルが棚の奥から綺麗な細工の入った小箱を持ってきた。

「これをユーリ殿に託す。開けてみてくれ」

「はい……ありがとうございま……って!?ええ!?」

美しい小箱を開けると中身は大きなダイヤモンドであった。

ダイヤモンドを見たリンはすぐに「これ……シルバー家本邸の宝物庫に保管されているはずの家宝では?」とわかったようだ。

ユーリは煌めくダイヤモンドを危うく小箱ごと落としそうになり慌ててキャッチした。

「困ります!シルバー家の大切な家宝を気軽に託されても!」

慌てて辞退しようとしたユーリをミシェルは真剣な面持ちで制した。

「気軽ではない。シルバー家の慣例で他家に嫁ぐ者にダイヤモンドを持たせる。それは嫁いだ姫の婿殿の持ち物となる。縁戚関係の証だ」

リンは奉公に行くと騙されてラン・ヤスミカ領に嫁いで来たのでダイヤモンド贈呈の慣習から外れてしまった。

それはリンばかりでなく夫となったユーリをも軽んじる行為になるとミシェルは説明する。

「だから、このダイヤモンドは当然ユーリ殿が所有する権利がある。リンを嫁がせた以上、シルバー家とラン・ヤスミカ家は再び縁戚。遠慮する必要はない」

「ご事情は理解しました。ですが、家宝のダイヤモンドを無断で持ち出したら現当主様がお怒りになるのでは?」

シルバー家当主は現在はミシェルやリンの父クロードなのである。

許可もなく勝手に受けとればユーリではなくてリンやミシェルに非難の矛先がいくのではないか。

ユーリはダイヤモンドなんてなくてもリンを嫁として愛しているし、ミシェルやエドガーのことも義兄だと思っている。

慣習を無視されたリンへの配慮としてミシェルが無理をしているなら断った方がいい。

ユーリがそう決意したとき黙っていたモモが口を挟んだ。

「ユーリ様。遠慮なくもらっとけ!これをミシェルに託したのはローズ夫人…リン様のお母上だ。ローズ夫人の判断ならシルバー家当主であっても文句は言えない」

モモの言葉にリンは「お義母様が…?」と瞳を見開いている。

驚いているリンにモモがニヤリとして告げた。

「このダイヤモンド!ローズ夫人が国王陛下に直々に頼んで下賜された代物だ。旦那が嫁いでいった子供へのダイヤモンドをけちるって国王と王妃に不満を言ったらしい!」

「つまり…このダイヤモンドは国王陛下の所有物!?」

唖然とするユーリにモモは面白がりながら頷いた。

シルバー家の家宝をすっ飛ばして王室の財産を所有しろと要求されたユーリは気が遠くなりそうだった。

ローズ夫人というリンの育ての母は心の底からリンを実子同然に愛しているらしい。

でなければ従兄弟とはいえ国王陛下に直訴はしないだろう。

ダイヤモンドはローズ夫人と仲良しの王妃が「この1番大きいのがオススメよ!」と直々に選んでくれたのだから家宝どころか国宝クラスである。

こんな小領主の次男坊である自分が所有するには荷が重すぎる。

しかし、これを拒めばリンとの婚姻を内心は嫌がっていると誤解されかねず、なにより義兄ミシェルや義母であるローズ夫人の気持ちを無下にするのと同じだ。

縁戚関係の証とか関係なく分不相応でも有り難く頂戴するのがユーリの運命であり、ラン・ヤスミカ家当主の次男としてのなけなしの矜持であった。

「ミシェル義兄上。身に余る光栄です。リン・ケリーの夫として…ありがたく頂戴いたします」

心臓の鼓動が半端ないがユーリは国宝クラスのダイヤモンドを賜った。

それを見守っていたミシェルは安堵したように微笑むと何気なく言った。

「よかった。辞退するならリンを無理にでも都に連れて帰ろうと思っていた。冗談ではなく」

ミシェルの目は笑っていないのでガチでユーリがダイヤモンドを辞退すれば離縁もありえたのだ。

国宝ダイヤモンドに尻込みするような男に大切な弟の未来を託せないと言いたいのだろう。

このときユーリは初めてミシェルが正真正銘の大貴族シルバー家の嫡男なんだと悟った。

寛容な態度を崩さないがミシェルはユーリを貧乏貴族の次男という価値観から外した視点でみどころがあると認めたのだ。

これはユーリを信頼できる義弟なのか見極めるための試験だったのではないか?

ユーリが緊張しながらダイヤモンドが入った小箱を見つめていたら、隣にいるリンが突然泣き出してしまった。

何に対しての涙かユーリには判然としない。

庶子の自分を軽んじない心優しい異母兄への感謝か、血縁関係はないのに心から自分を案じてくれる育ての母を恋しがる涙か、戸惑いながらもダイヤモンドを受け取ったユーリを見て安心しての涙なのか?

リンがシルバー家の庶子として背負っていた宿命はダイヤモンドなんて問題にならないほど重かったのだろう。

ユーリにはリンが抱えていた孤独や不安感は理解したくとも真から理解するのは困難だ。

すぐには理解できなくても、これだけは約束しようと誓った。

リンは生涯ユーリの伴侶としてラン・ヤスミカ領で幸せに暮らす……絶対にリンにこれ以上の孤独を背負わせない。

ユーリが全力で約束してやれるのは今のところそれだけだ。

「リン。好きなだけ泣いたらお茶でも飲むか?」

ポンとユーリが頭を撫でるとリンはコクコクと頷いた。

モモは泣きじゃくるリンを見ながら自分もうっかり泣きそうになるのを我慢して笑った。

「リン様!泣きすぎです!ホントにガキの頃と変わらない!俺が少し嫌味を言うと泣いてキレてた頃と同じ!」

「うるさい……!モモ……のは嫌味を通り越して……罵りだった!」

「あはは!涙の安売りはダメです。肝心なときに泣くから効果がある!」

大切な異母兄と育ての母から国宝ダイヤモンドを贈られるってリンの人生では結構肝心な場面ではとユーリは思ったがリンの背中を擦った。

こういうモモの毒を含んだ軽口を聞けるのもあと半年足らずなのだ。

そう考えたあとにユーリはリンと同じくらいモモだって心細いのではないかと察した。

ミシェルの愛人としてシルバー家の陰の側近として表舞台には登場しなかったモモは仮の名前を与えられ、シルバー家がいままで公式に存在を証さなかった庶子と偽り宮廷に赴く。

いわばリンの身代わりのような立場を演じなければならないモモにだって苦難が待ち受けている。

このときユーリは不意に秘めていた謎が氷解した。

「モモ殿。勘違いなら許してくれ」

「勘違いの度合いによるがなんです?」

「リンを俺の嫁に…ラン・ヤスミカ家に嫁がせる策を考えたのはモモ殿ではないか?」

ユーリが見つめるとモモはスミレ色の瞳を細めた。

表情からは何も読みとれないが、ユーリは推測を述べたのだ。

「貴殿はリンを田舎に追いやり自分が後釜になるとシルバー家当主に持ち掛けた。血縁がない自分なら不要になれば切り捨てるのも楽だと唆して」

「それ、俺に何の得があるんだよ?ぶっちゃけ、庶子のリン様を当主が色んな意味で疎んでたのはマジだ。利用するにもリン様の本当の母上は当主に殺されたも同然。どこかで裏切る恐れがある。だが、飼い殺すには惜しい。切り捨てが楽な利用手段を当主は探していた」

「その利用手段を知ってしまった貴殿はそれをリンの育ての母ローズ夫人やミシェル義兄上にばらすとシルバー家当主を脅迫した。違うか?」

ユーリがそこまで追及するとモモはリンを見て瞳を伏せた。

そして、シルバー家当主が本来実行するはずであったリンの処遇を白状したのだ。

「北の軍事国家……あの大国にリン様を送りスパイ…いや、生け贄にする計画だった。シルバー家の庶子を殺せば王家は北の国を敵視する。国王陛下は北の大国と友好関係を築こうとお考えだったが、シルバー家当主クロード様は時期早々と反対していた」

「では……リンは……本来は…北の大国になんらかの手段で送り込まれる寸前だったのか?」

ミシェルもこれは全く知らなかったようで表情が凍りついた。

モモはリンが北の大国に潜入しても絶対に殺されるとわかっていたらしい。

「リン様……これを聞けば、もう少なくとも父上に恩を返そうなんて気持ちは消えます。シルバー家当主はリン様が北の大国の人間に殺されたと偽装するための刺客まで用意してた。アンタは父上の手駒どころか捨て石にされる運命だったんだ」

そこまで話すとモモは息を吐いて黙り込んだ。

シルバー家当主は己の息子のリンを微塵も愛していなかった。

それどころか都合よく消そうとしていた。

いくらモモでも作り話でこんなリンを傷つけるようなことを口にはしない。

多分、ユーリが疑念を問いかけなければミシェルにさえも暴露はしなかっただろう。

下手すれば秘密を知った自分がシルバー家の手で抹殺される危険があるのにモモはシルバー家当主を脅してリンを送り込む先を変更させたのだ。

リンが殺されて最も悲しむのは誰か?

真相を知ればリンを死に追いやった者を最も憎むのは誰か?

その結果、どんな悲惨な結末が待っているのか?

モモが誰のために危険をかえりみずに動いたのかは明白だった。

「モモ殿はリンが殺されることでミシェル義兄上がシルバー家当主に完全に敵対することを恐れたんだな?」

ユーリの問いかけにモモは観念したように笑った。

「親父と完全に対立したらミシェルは確実に殺される。そうなると困るんだよ。ステフやマックスやヒナリザまで巻き添えになる。シルバー家当主にとって孤児なんて潰しても構わない虫と同じだからな」

ミシェルが次期当主として磐石な力を手にするまで……シルバー家が名実ともに世代交代をするまでリンには生きてもらう必要があったとモモはニヤリとした。

「まあ!そんなわけだ!庶子の処遇なんてショボい理由でミシェルに死なれると俺だって食いっぱぐれる!別にリン様を助けたかったわけでもない!貴族に拾われた幸運をみすみす逃したくなかっただけ!」

話は終わりとばかりにモモは立ち上がって部屋を出ようとしたが阻止された。

いつから部屋にいたのかエドガーがモモの前に立ち塞がっている。

エドガーはどこから話を聞いてたか知らないがモモを見ながら言った。

「私は勉学は嫌いでシルバー家では塩っかすな男だ」 

「エドガー様。それを言うなら味噌っかすです。どいてください」

無理に部屋を出ようとするモモをエドガーは抱き上げるとミシェルの近くにポンと放り出した。

「私は超幸せです。シルバー家に生まれて、九九が満足にできなくても生活は保証され、好きなだけエロい妄想して、身を粉にして働かなくても贅沢三昧」

エドガーが何を伝えたいのか誰もわからないがリンが表情を凍らせた。

「エドガー兄様……九九がわからないのですか?」

「リン。それ今は驚愕するとこではない。エドガー。なにを言いたいのか私たちにも理解できるようたのむ」

ミシェルがモモを抱きしめながら促すとエドガーは少し間をおいて口を開いた。

「ミシェル兄上。私は難しいことよりエロいこと考えたい派です。そうするとモモの心持ちがなんとなく理解できる」

「お言葉ですがエドガー様。常にエロ妄想してアンタに俺の心持ち理解されたくねーよ」

思わず敬語も忘れて反発するモモに向かってエドガーは言った。

「モモ。お前はミシェル兄上や兄上が大切に思う存在を喪いたくないだけだろ?私にはわかる。私も父上にNTR小説コレクションを焼かれたからな。お前が大切なものを失いたくない気持ちは十分理解できる」

「一緒にするな!!NTR小説と俺の守りたいもんを同じにするな!!殺すぞ!!」

「モモ!落ち着け。エドガーを殺しても殺し損だ!」

ミシェルの言い草も大概だがユーリはなんとなくエドガーの言わんとしていることがわかってきた。

「エドガー義兄上はモモ殿にこう伝えたいのではないですが?失うことを恐れて孤独に苦しむことはない。自分を騙して無理をするとモモ殿が死んでしまう。それは結局ミシェル義兄上が1番苦しむ結果になる……ですよね?エドガー義兄上?」

「ユーリ殿は私の言いたいことを完璧に理解している。流石はリンの婿だ。今度NTR小説を貸してやろう」

別に貸してほしくないなとユーリが思っていたらリンはモモの傍によって抱きしめた。

「モモにとってのミシェル兄上はエドガー兄様にとってのNTR小説だったのだな!」

「リン様!命とエロ紙媒体を等価値にするな!」

泣くのを堪えて笑おうとするモモにエドガーは言ってのけた。

「私だったら崖っぷちにミシェル兄上とNTR小説。助けられるのどちらか1択だったら迷わずNTRを選ぶ。ミシェル兄上が死んでもシルバー家が困る程度だが、NTR小説は絶版だと終わる。守りたい対象が異なるだけだ」

「エドガー。お前への仕送りを大幅に減額してもよいか?」

ミシェルのあながち冗談ではなく限りなく本音に近い台詞にユーリとリンは思わず笑ってしまった。

モモは笑いながら実はエドガーの発言にわりと怒っているミシェルを見ている。

それはユーリが見たなかでは1番年相応な幼い笑顔であった。

ダイヤモンドはラン・ヤスミカ家の秘宝としてユーリが所有することになった。

リンはユーリとふたりのときに言ったのだ。

「父上に愛されることは生涯なくても私にはユーリがいます。それで幸せですよ」

「そうか。ならよかった!」

2人は寄り添いながら遥か遠い都の方角を眺めていた。

ミシェルとモモたちが都のシルバー家本邸へと去ってしまった。

ラン・ヤスミカ家別邸にひとり残されたエドガーは優雅に紅茶を嗜みながら読書に耽っていた。

「素晴らしい。エロシェンコに手紙を書いて既刊全てを送ってもらわねば」

執事のシオンは働きながら「ここまで無職を楽しめる奴ってスゲーな」と密かにエドガーに畏怖を感じていた。

end



































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