花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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家督の行方は

シルバー家とはライバルであり盟友でもあるヴィオレッド家嫡男ジゼルが無事宮廷に戻ってきた。

片想いしているシルバー家次男エドガーから何通も優しくてロマンチックな文面のお手紙をもらいジゼルは前よりエドガーに恋心を募らせている。

それを離れた場所から見守っている美しい女性がいた。

彼女の名前はジャンヌ・グレイ・シルバー…シルバー家の次女でミシェル、エドガー、シンシアの妹でリンの異母姉である。

嫡出の特徴である金髪に碧眼の美女で宮廷では姉シンシアと並んでシルバー家の美人姉妹…あるいは高貴なる大輪の薔薇と呼ばれている。

美しい才媛なので姉妹そろってモテモテで縁談の申し入れも絶えない。

彼女らの父であるクロードも適齢期な娘2人の結婚を考えているが良縁がなかなか見つからないのだ。

「シルバー家当主さまでもお嬢様方の婿殿選びは慎重ね」

「ほんに!シンシア様もジャンヌ様もお美しくてお優しくてご聡明なお姫様!殿方なら恋してしまうことよ!」

「これ、噂ですけど…シルバー家は家督相続で悩んでいるらしいわ。ミシェル様が去ってしまい、エドガー様まで急なご静養。次の当主様をどなたにするかで姫様方の結婚は後回しとか!」

「まあ!シンシア様、ジャンヌ様!お可哀想に!御家の事情で結婚を先延ばしにされるなんて!」

こんな噂が宮廷内のいたるところで囁かれてジャンヌはうんざりであった。

「私の結婚より次の当主をはやく決めなければリンにも影響が出てしまう」

ジャンヌにとってリンは母が異なる弟だが、実の兄や姉と同様に愛している。

そして、ジャンヌの予想では父クロードは大いに迷っているのではないか。

「ミシェル兄上を嫡男に戻すか…それともリンを実家に戻すか…」

リンは国境近くの田舎領主の次男に嫁いだが、シルバー家の力で婚姻関係は無効にもできる。

「でも、リンは夫君のユーリ様と夫婦仲は睦まじいとシンシア姉上が言っていたわ。それを無理に引き裂いたらリンは今度こそシルバー家に反発する」

本来ならばミシェルが名誉回復して家督を再度継ぐ立場になるが最も順当なのだ。

しかし、ミシェルは金輪際、女性と結婚はしないと宣言している。

そうなると跡継ぎの誕生は絶望的でシルバー家本家の血筋は断絶する可能性が高い。

「それもこれもエドガー兄様が変態バカチンのせいで…!」

深く溜め息を吐いているジャンヌに控えめながら声をかける者がいた。

変態仮面エドガーに恋い焦がれている貴公子ジゼルである。

「ごきげんよう。ジャンヌ様。とてもご心痛なお顔でしたので」

「まあ…ジゼル様。ごきげんよう。少し家族のことを考えていたのよ」

「エドガー様のことですか?紫水晶のような湖の畔で大切なお友達の貴方とお話ができたら…そんな夢を抱いて夜空を見ています…なんて書いてくれました!」

赤面して喜んでいるジゼルにはとても言えないが、このお手紙をせっせと書いているのは14歳の少年である。

ジゼルはエドガーの孤高で静かな佇まいに恋をしたが、エドガーの本質は知らない。

代筆をモモにさせている時点で詐欺なのでジャンヌはジゼルに申し訳なく感じていた。

「ジゼル様。仮にですよ!私の兄エドガーが貴方の夢みるような殿方ではなかったら…幻滅してしまいますか?」

エドガーはジャンヌから見ても優しくて大好きな兄だが、ジゼルが憧れているのは容姿が美しくて、聡明でロマンチックな文学青年としてのエドガー・イリス・シルバーである。

容姿は嘘でなくても中身はフィクション…モモが文句を言いながら仕事で書いている手紙がすべてだ。

こんなこと続けていたらエドガーとジゼル両者にとってよくはないし、なによりジゼルの純粋な愛情への冒涜になる。

父クロードには叱られるだろうがジゼルにはエドガーの真の姿を教えて早々に諦めてもらった方が幸せなのではないか。

そんなことをジャンヌが思っていたらジゼルは少し切なそうな顔で笑った。

「ジャンヌ様はお優しいですね。このお手紙は僕の支えです。僕を傷つけまいと書いてくれた。エドガー様からではないことくらい気づいてましたよ」

やはり、ヴィオレッド家嫡男をそう簡単には騙せないとジャンヌは観念したように謝った。

「貴方の純粋な気持ちを踏みにじって本当にごめんなさい。兄エドガーは嘘偽りなく優しい人です。でも…ジゼル様が憧れるような殿方ではないわ」

「僕が勝手にエドガー様を思慕しました。それだけです。手紙…誰が書いていたかだけ教えてください。誰にも他言はしません。それこそ、魔法が解けてしまいますから」

ジャンヌは迷ったが、ここまでバレているなら誤魔化しは不可能と悟った。

絶対に口外しないという約束でジャンヌはジゼルにエドガーの手紙を代筆していた者の正体を明かしたのである。

真実を知ったジゼルは一瞬驚いたが、手紙を眺めて微笑んだ。

「綺麗な綴りに聡明な文章…でも、この子はひとつミスをしました。どこだとお思いですか?」

手紙を渡されたジャンヌが確認してもエドガーの筆跡に似せており、綴りは完璧で文面も知的な貴公子そのものだ。

エドガーからの手紙と騙しても違和感はないだろうと感じるが、致命的に代筆とわかる点があったのである。

「この…紫水晶のような湖という表現ですわね。これは…長兄ミシェルがモモをたとえるときに多用します」

「ミシェル様が愛している少年の瞳はスミレ色だと。おそらく意図的にバレるように書いたのでしょう。代筆をすればするほどあとに引けなくなると察して」

モモならば愚策ともとれるエドガーの手紙代筆にピリオドを打ってしまう可能性はあった。

だから、故意的にエドガーではないと匂わしているような言葉を手紙の端々に書き込んでいたのだろう。

しかし、いくらモモでも独断でヴィオレッド家嫡男に自らの正体をあかすだろうか?

それはシルバー家本家の命令に背くという意思でもある。

「何か訳があるのかしら?」

家の内情を考えたが跡継ぎ問題もシンシアとジャンヌの輿入れ問題も膠着状態といってもいい。

だが、モモが考えもなしでわざとジゼルに代筆を露見させるような手を打つとも思えないのだ。

「まったく…モモは賢い子だけど考えが読めませんわ」

ジャンヌが降参するとジゼルは優しく微笑んで種明かしを始めた。

「実は…まだ公式に発表は控えてますが結婚が決まりました」

「あら!それはおめでとうございます!心からお祝い申し上げますわ」

ジャンヌがお辞儀をするとジゼルは少し間をおいてから小声で言ったのだ。

「近くお父上様はジャンヌ様に伝えますよ。シルバー家とヴィオレッド家の仲を磐石にするため、嫡男に嫁げと」

もう決定事項ですがと微笑むジゼルにジャンヌは驚愕をした。

「そんな!お父様ったら!いつからそんな、お話に!?」

「エドガー様を装ったお手紙に僕は気づいていますという含みを込めて返事を送りました。すると代筆を任されていたシルバー家の可愛い家臣様が詫び状と称して手紙をくれたんです」

「そんなことをモモが!?あの子ったら…ジゼル様に大変な失礼を!」

「モモ殿はシルバー家当主の了解を得ています。手紙には丁寧な謝罪と仕事でイヤイヤ代筆をしてたが次第に僕に手紙を書くのが楽しくなったとありました。これからもエドガー様からの手紙と偽ってお話したいことがある。そうお願いされたのです」

「つまり…そのお話ししたい内容が私の輿入れですのね?」

ジャンヌは1度隣国の王太子に嫁ぐ花嫁候補となったが、ヴィオレッド家にその座を譲ったことで隣国のお妃になる望みは消えた。

姉シンシアが未婚な以上、妹のジャンヌに当分縁談はないと思っていたが、父クロードは跡取り問題と娘輿入れ問題を両方解決できる策を練っていたのだ。

それがジャンヌをヴィオレッド家嫡男ジゼルに嫁がせて、両家の絆を強固にする。

そして、男系の家督にこだわると各方面でもめごとが頻発してしまう。

ミシェルは正妻を娶らない以上、子孫は絶える。

そして、厄介なのがモモの立ち位置でミシェルの側近にしても恥じない身分を与えることは可能だが、モモがそれを断固拒否する。

「爵位とか家柄なんてお飾りは邪魔!」

どんなに戸籍を操作しても家柄や身分を偽れば必ずボロが出る。

まがいものの貴公子になるのは自分には不利とモモは冷静に判断したのだ。

さらにラン・ヤスミカ領で幸せに暮らしているリンを無理やりユーリと離縁させてシルバー家に戻せば弟を大切にする兄ミシェルは激怒するだろう。

庶子のリンは宮廷にも社交界にも無縁で育ったので存在を知っているのは国王陛下など限られている。

「消去法でお父様はシンシア姉上に家督を継がせると決心なさったのね」

「そうモモ殿からの手紙にはあります。シンシア様も承知しているそうです。貴族法に女系の家督相続を認めない法律はありません。昔の慣習の名残で男子相続が多いですが現国王の王位第1継承者はダイアナ王女です」 

ジゼルの説明にジャンヌは納得して苦笑いした。

ダイアナ王女はシルバー家とは縁戚でジャンヌや姉シンシアとも親しい間柄である

特にシンシアをダイアナ王女は「おねえさま」と慕っているので側近には申し分ない。

しかし、女系の家督相続は法的に可能だが女性が貴族の家柄で当主となると婿養子が必要になる。

身分が釣り合って、女主人に従順で、跡継ぎを残せる男子を探さないと女系相続は難しい。

それか、未婚のまんま分家筋などから子供を引き取って養子縁組をするのだ。

シルバー家と肩を並べられる名門大貴族と言えばヴィオレッド家だが、嫡男ジゼルはジャンヌとの婚姻が内定してしまった。

「どなたか釣り合う家柄の殿方は?シンシア姉上に相応しい方って?」

考えるが誰も浮かんでこないとジャンヌが眉間に皺をよせるとジゼルが左右を見回して声を潜めた。

「シンシア様は結婚はしないと宣言しているそうです。その代わりに養子を貰うとのこと」

「そうですの?でも、都合よく養子縁組は成立しないわ」

分家筋にも本家に迎えるに値する令息はいないとジャンヌが頭に一族の顔を浮かべていると「あっ!」っと閃くものがあった。

シルバー家と縁があり、跡継ぎとして不足はなくて、シンシアにもしものことがあれば代理になれる存在。

「リンを実家に戻すのですね。ユーリ様と離縁はさせないという約束をしたうえで」

「それが現状では最適解だとシルバー家側で結論がでました。問題はリン様がそれを承知するかです」

ユーリ・ラン・ヤスミカは田舎で育った没落貴族の次男だ。

家督はなく、すでに嫡男である長兄には跡継ぎとなる子供がいる。

シルバー家としては1番利用するのが容易い縁戚になるのだ。

「ユーリ様はラン・ヤスミカ領から離れるのを嫌がるのでは?」

「リン様だけを都に戻すようなことは絶対にない。モモ殿はそう確信しておりますが?」

ジャンヌはユーリの困惑を予想すると胸が痛くなった。

自然豊かな領地でのびのびと育った青年貴族がシルバー家の思惑で王宮がある都に転居したらどんなツラい目にあうかは用意にわかってしまう。

リンだって家の都合で穏やかな暮らしを壊されたら苦しむだろう。

そもそも、シルバー家当主の考えとなっているが、それは結果的な利害関係の一致で、内情はモモがミシェルを二度とシルバー家に戻したくないだけだ。

順当に考えたらこんな面倒な茶番をしなくてもミシェルを当主に擁立して、シンシアなりジャンヌなりの子供を養子にするのが最適解なのだ。

そんな簡単なこと、モモにわからないハズはないのにあえてリンとユーリを利用する。

「結局…モモはミシェル兄上の幸せだけ考えている。その為になら別の誰かの人生を壊しても平気なんだわ」

狡猾なシルバー家の影響を最も受けてしまったのはモモではないか。

そんなやるせない気分でジャンヌが顔を伏せるとジゼルが控え目に笑った。

「ジャンヌ様は思慮深くしてお優しいです。貴女のような女性と結婚できるお方は幸せでしょう」

その言葉でジャンヌは呆れたように「フッ」と笑った。

「ジゼル様。シルバー家の娘を甘く見ないで。モモがそんな愚策をお父様に進言はしないわ。私が貴方に嫁ぐなんて嘘が下手でしてよ」

「失礼しました。やはりバレバレですよね。シンシア様の件も出鱈目です。モモ殿はシルバー家当主様からの命令でミシェル様に宮廷へ戻るよう説得してます」

「それが順当ですもの。リンとユーリ様が巻き込まれる必要性はないわ」

「モモ様に物理的な説得をされてミシェル様は折れたそうです」

「よかったこと。骨折してないことを祈るわ」

最終的にミシェルは条件付きでラン・ヤスミカ領から都のシルバー家に戻る件に同意した。

条件はシルバー家の後継問題にリンとユーリを巻き込まないこと。

家督は継ぐが結婚を強要しないこと。

そして最大の条件は…これはシルバー家というよりモモに突きつけた条件だ。

モモをシルバー家長男であるミシェルの庶出の弟とすること。

この条件をすべてのめばシルバー家次期当主となる決意をかためる。

最初の2項はシルバー家側も許すと思うが、最後の条件はシルバー家当主が受け入れても肝心のモモが嫌がるだろう。

「モモは何度かシルバー家側の利点を考えて分家筋とか傍流の子供と偽装する案があったわ。でも、強弁にモモは嫌がった」

賢いがモモは賢すぎて真意がよくわからない。

真顔で嘘をつくなんて可愛いもので、二重三重に大人を騙して翻弄する頭のよさなので素直なリンより読めないのだ。

何故かしらとジャンヌが頭を悩ませているとジゼルがあくまで推測ですがと前置きして告げた。

「モモ殿はミシェル様にとって不利になる要素を減らしたいのでは?急に庶子が増えたら周りに疑念を抱かれる」

「そうね。シルバー家では問題にならなくても宮廷では変に思われる。血筋がすべての宮廷ではモモの素性は歓迎されない」

これはモモを手放したくないだけのワガママともとれるがミシェルがそんな浅薄な要求を突きつけるか?

そこまで分析した結果、ジャンヌは単純なからくりに気づいたのだ。

「リンとモモは容姿はとても似ているわ。ミシェル兄上はそれを計算して要求したのね」

「え?どういうことです?」

「モモはミシェル兄上の要求をのむわ。あの子は用心深いけど大の博打好きだから」

ジャンヌは満足してジゼルにお辞儀をすると宮廷から出ていった。

ジゼルはミシェルが帰還すればエドガーも帰ってくるかもと期待していた。

「モモ殿の仰るとおり澄ましただけの変態仮面withバカでも僕はエドガー様をお慕いしてる。あと、モモ殿が嘘を書いてる可能性もあるし!」

その可能性は皆無だということをジゼルはまだわからない。

それから数ヵ月後

シルバー家当主クロード・ルカ・シルバーは家督を譲る息子を廃嫡したミシェルに戻すと正式に発表した。

そして、ミシェルの補佐として今までおおやけに姿を見せなかった庶子のリリィを登用すると告げたのである。

宮廷ではミシェルの復帰に加えてシルバー家本邸で大切に育てられた秘蔵っ子のリリィの噂で持ちきりであった。

「リリィ・ケリー様!どんなお方なのかしら?」

「なんでも黒髪でスミレ色の瞳の綺麗な人らしいわ!歳は…たしか14歳らしいわよ!」

「まあ!お若い!早くお顔が見たいわね!そう思いませんこと!?エロシェンコ様!?」

話をふられたエロシェンコさんは温和な笑顔で頷きながら思っていた。

「堕天使が宮廷に来る。どうなることか…ワクワク!」

リリィ・ケリー・シルバー…それがモモに与えられた仮の名前であった。

ラン・ヤスミカ領に嫁いだリン・ケリー・ラン・ヤスミカとは母が同じと戸籍を偽装して誕生した貴公子である。

「リリィなんてひねりのねー名前!」

ふて腐れるモモの手を握るとリンは告げた。

「私はここで国境沿いを監視する。モモ……リリィ。ミシェル兄上のこと頼む」

涙ぐむリンにモモは静かに頷くと我慢できず笑った。

「心配すんなよ!リン様こそ、ユーリ様と仲良くな!」

まさか自分まで庶子にされるなんて予想外だったとモモはクスクス笑った。

少なくとも貧民窟でミシェルに救われたときにはこんなことになるとは想定外だったのである。

end




























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