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エドガー活躍
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ラン・ヤスミカ領では体調を崩していたリンが回復してユーリがホッと胸を撫で下ろしていた。
リンを高熱から救ったのは異母兄エドガーなのでユーリのなかでこの義兄の株は格段に上がっている。
変態仮面とかおバカとかさんざんな評価のエドガーだがリンの高熱に狼狽えるユーリを叱咤し、リンを悪夢から解放するという大活躍を見せたのだ。
そんなエドガーの姿を見ていてユーリはひとつの疑問を抱くようになった。
「たしかにエドガー義兄上は変わった人だけど決してバカではないのではないか?」
学問はからきし出来ないようだが、頭の構造が常人と逸脱しているだけで肝心な場面ではむしろ冴えているように感じる。
そして寡黙な性格だが異母弟リンを大切にして心から愛しており、非常に優しい心根が垣間見られる。
その話をリンにすると彼は満面の笑みでユーリの言葉に頷いていた。
「そうですよ!エドガー兄様は無口ですが本当はとてもお優しくて、心映え豊かな人です!ユーリがエドガー兄様のことをわかってくれて嬉しいです!」
「俺はリンが熱で倒れてたとき心細くて泣きそうだった。エドガー義兄上が一緒にいてくれて心強いって思った」
リンが完全に回復するまでエドガーはラン・ヤスミカ家別邸から出ることはなく、NTR小説も読まないでユーリと一緒にリンの看病を手伝っていた。
大貴族の次男のクセにエドガーは看病する手際が異様によくてユーリは内心驚いていた。
汗をかいたリンの体を拭いたり、新しい寝巻きに着替えさせたり、水分を補給させたり、妙にテキパキしている。
「エドガー義兄上は人を看病した経験があるのですか?」
思わずユーリが訊ねるとエドガーはリンの氷枕を取り替えながらポツリと答えた。
「以前、ミシェル兄上の代わりにモモを看病した程度だ。モモの看病は大変だった」
モモは風邪をひいて高熱を発したがミシェルに感染することを危惧して個室にこもり出てこなかった。
悪化して肺炎になると命取りなのでミシェルが医者を呼んで安静にさせたが看病は必要ないと拒んでミシェルやシルバー家の召し使いも近寄らせない。
「寝てれば治る!誰も近寄るな!」
おそらくモモの頭には弱った姿を晒すことは自分を危険に晒すという動物的な本能が働いたのかもしれない。
部屋に鍵をかけて出てこないモモを心配したミシェルは絶対にモモが警戒心を抱かない存在に看病させれば大丈夫と結論を出した。
その絶対にモモが警戒しないとミシェルが踏んだ相手が弟のエドガーである。
「ミシェル兄上は宮廷に出仕する必要がある。だから私が引き受けた」
「モモ殿はなんで屋敷の召し使いに看病されるのを嫌がったのですか?」
「知らぬ。警戒させるなにかをモモは感じていたのだろう」
そんなわけでエドガーはモモの看病をしようと鍵を壊して部屋に入った。
殺風景な部屋のベッドから不信感剥き出しの子供がエドガーを見ている。
モモとまともに話すのは初めてだったエドガーは開口一番に言った。
「モモ。私はエドガー・イリス・シルバーと申す。ミシェル兄上の弟だ。リンの兄でもある。看病するから寝ていろ」
「近寄るな!なんで屋敷の次男がわざわざ看病しに来るんだよ!?」
高熱で弱っているわりにモモは鋭い声でエドガーを詰問する。
それに対してエドガーは即答した。
「バカは風邪をひかぬ。私はシルバー家では珍しくバカと定評がある!モモを看病しても大丈夫とミシェル兄上が判断した。これで納得したか?」
自らシルバー家では珍獣に近いバカと公言するエドガーにモモはキョトンとして勢いを削がれた。
おとなしくなったモモを布団に寝かすとエドガーはメイドに用意させた氷枕をしいて、モモのおでこに手をあてて熱を確認する。
「熱が高いな。薬はのんだか?」
「苦いからのんでない」
プイッと顔を背けるモモを見ていたエドガーは薬瓶の手を持つと自分が飲んだ。
「意外と美味だ」
「おい!人の薬を勝手に味わうな!もし……毒だったら…!」
狼狽するモモの顔を見てエドガーは平然と言い返した。
「そんなものをお前に飲ます者はシルバー家にいない。それとも毒殺に怯えるような恨みでも買っているのか?」
エドガーの追及にモモは黙って頷いた。
「ここに来る前……貧民窟で暮らしてた。貴族が慈善活動でパンとワインを配ったことがある。俺もパンをもらったけど別の子供に横取りされた。でも、翌朝になって知ったんだ……」
当時を思い出してひどく怯えている様子のモモのおでこに冷水を絞った布をおくとエドガーは続きを言い当てた。
「お前からパンを奪った子供は毒殺された。それだけでなくパンとワインを口にいれた人々は全滅した。違うか?」
「そう……何人も苦しんで死んだ。貧民窟だから役人も調べない。毒殺された奴らは川に捨てられた」
「貴族が遊び半分で貧しい者を毒殺したのか。悪趣味だな」
そのおぞましい記憶があるからモモは弱った自分を誰かが殺すという恐怖から逃れられない。
シルバー家本邸でどんなに大切にされても孤児であるモモを戯れに殺す者が出るという疑いが頭から離れず看病を拒絶するのだ。
エドガーは難しいことを考えるのが苦手なのでモモの不安を取り除く方法はわからない。
1度そういう恐怖を植えつけられた子供を安心させるのは容易ではないが薬をのませて安静にさせないとモモは回復せず風邪が悪化する恐れがある。
そこでエドガーは閃いたのだ。
「モモ。お前が薬をのむ前に私が試飲する。それなら安心だ。食べ物も私が先に毒味する。これで文句あるまい?」
こうしてモモに処方される薬や風邪で弱った体に優しいミルク粥などはモモが食べる前にエドガーが素早く食べていた。
シルバー家の専属医や食事を用意するメイドはエドガーが変態と知っているので黙殺している。
変態坊っちゃんが風邪で寝込んでる子供の薬と食べ物をパクる遊びに目覚めたくらいの認識で医者もメイドもスルーしていた。
「この飲み薬……砂糖が足らん。もっと甘く味変してくれ」
医者は黙って頷くと風邪薬に砂糖を足している。
「エドガー様。こちらでいかがですか?」
医者が味変した薬をエドガーは味わうと「うむ!」と満足したように首を縦にふった。
「美味だ。医者。お代わりを頼む」
「は!では、次は砂糖に加えて蜂蜜をブレンドいたします!」
医者がいつの間にかバリスタに変わっている。
モモは蜂蜜ブレンドの風邪薬を飲んで甘くて仕方なかったがエドガーがいてくれて警戒心は薄れてきた。
メイドがスープや粥を運んでいるとエドガーが先にモグモグ食べているので傍目には病気の子供の食事を奪っている青年貴族の絵面が完成する。
「エドガー様。もう毒味はいいから俺も食べたいんだけど?」
「待て。このミルク粥は最高に美味だ。モモ。お前も食べなさい」
「それ……俺のために用意されたお粥じゃね?」
モモはこの風変わりなミシェルの弟エドガーの突飛な行動に呆れたが、絶対に自分に危害を加えないと認めて安心して看病を許すようになる。
そのお陰で徐々に風邪から回復して体力も戻ってきた。
「エドガー様は宮廷に行かなくていいのか?ずっと俺の世話をしてるけど?」
モモに用意されたスープを優雅に味わっていたエドガーは澄ました顔で告げたのだ。
「私は宮廷に行ってもミシェル兄上のように役に立たぬ。友達もおらぬ。モモの看病をしている方が有益だ。父上からは宮廷では出きる限り喋るなと命じられている」
「つまり……仕事はできなくて、ボッチで、その……おバカが露見しないよう父上様から厳命されていると?」
「その通りだ!私だって宮廷に出向いても楽しくない。だからミシェル兄上からお前の看病を引き受けた。ミシェル兄上からの頼みならまっとうするのが弟の務め!」
ここまで清々しく自分のバカを認めて受け入れられる人間ってレアだ。
寝込んでいるモモの薬や食事をモグモグ食べてる様子からなるほど、お利口さんとは言えない。
しかし、ミシェルと同じくらいエドガーは心根が優しくて、なにより自分に正直に生きている。
ミシェルは嫡男という重責を背負いながらも貴族が弱者を虐げる社会を憤り、シルバー家そのものにも複雑な感情を抱いている。
リンという異母弟を救えないこと、父親に表立って反発出来ない自分を責めて悶々と悩んでいる。
モモからするとミシェルは無駄に聡明で高潔な性格だから危なっかしい。
もっと貴族らしい傲慢な残酷さを持っていないとミシェルはつまらないことで死んでしまう。
「ミシェルもエドガー様みたいだったら俺も心配しない」
思わず口からもれた言葉にモモが苦笑するとエドガーは真顔で言った。
「ミシェル兄上は嫡男で次男の私がこんな感じでまったく頼れないから苦労している。だから私はモモが成長して兄上を支えて欲しいと願っている」
「リン様は?あの方も賢いよ?泣き虫だけど」
「リンはミシェル兄上より悩んでばかりいる。あの子は父上の目から離れた場所で幸せに暮らす方がよいのだ」
それは内心でモモも同感だった。
エドガーは変わり者だが驚くほど他の兄弟の本質を見抜いている。
この男はいうほどバカではないとモモは確信した。
単に興味関心が学問や政治に向かないだけで、その実とても冴えているのではないか?
純度の高いバカは中途半端な利口よりすごい才能を秘めているものだ。
そして忘れかけるが大貴族の次男という身分の青年貴族が兄の言いつけで素直に風邪をひいた孤児の看病をしている。
器のでかさ勝負ではミシェルと同等かそれ以上なのは間違いない。
「俺、エドガー様のこと結構好きですよ」
悪戯半分にモモが戯れ言を言うとエドガーは珍しく微笑んだ。
「それはなによりだ。しかし、ミシェル兄上の前では言うな。兄上はやきもちやきだ」
「はは!たしかに!」
モモが真から気を許して笑うとエドガーもつられて愉快そうに口をおさえた。
「そんなモモを看病できた私ならリンの看病など問題ない。リンはモモのように暴れないからな」
過去を語って断言するエドガーを見ていてユーリはようやく納得した。
モモはユーリがエドガーを変態で危ない奴と警戒しても一貫して「エドガー様は危ない人ではない!」と擁護していた。
そんな経緯が裏にあったならモモがエドガーのことを庇ったのも頷ける。
モモは心の底では貴族を恐れていた。
風邪で弱った自分を不器用ながらも看病してくれたエドガーが悪者ではないと身をもって知っていたのだ。
この方は大貴族の子息という自分の立場に潰されることも天狗になることもなく自由に生きている。
こういう性格だからエドガーはミシェルに信頼され、リンにも慕われるのだろう。
「エドガー義兄上。リンは俺が見てるので休んでください」
ユーリが笑顔で気遣うとエドガーは真顔でキッパリ拒否した。
「ダメだ!寝ているリンにムラムラしたユーリ殿が強引にリンを襲ったら一大事!モモが回復してすぐにミシェル兄上がモモを襲ったように!」
そうなると看病が水泡にきすとエドガーは大真面目に宣った。
「ミシェル義兄上は風邪が治りかけのモモ殿を襲ったのですか?」
「左様。それで結局ミシェル兄上も風邪をひいた。モモが回復したのにミシェル兄上が風邪をひいて二度手間だった」
ミシェルが風邪で寝込んでる間にエドガーは兄の名代として宮廷で議会に出席したが、さんざんなものだった。
国民の税率をあげる法案の際にエドガーは父クロードの制止も聞かず反対意見を述べた。
「税金をあげる前に退屈な舞踏会とサロンを廃止して節約しろ!舞踏会やサロンをしなくても人は死なない!」
このエドガーの意見は単に自分が舞踏会とサロンがダルかったから出たのだが、聞いていた国王陛下はエドガーの意見を尊重した。
「見事なり!流石はシルバー家の次男!畏れ入った!そうだ!宮廷の行事を自粛すれば散財は防げようぞ!」
こんな流れで、まぐれだがエドガーの意見が絶賛されたのでシルバー家はやはり優れ者ぞろいだと周囲の貴族は畏怖してエドガーは物静かな知識人で人格者だと無駄な過大評価がついた。
しかし、単なる無難なカリスマより、こういうウツケ野郎が発した声ほど影響力は絶大である。
結果国民は増税されず、エドガーはミシェルの名代を果たして、シルバー家当主クロードは体裁を保てて現在にいたるのだ。
end
リンを高熱から救ったのは異母兄エドガーなのでユーリのなかでこの義兄の株は格段に上がっている。
変態仮面とかおバカとかさんざんな評価のエドガーだがリンの高熱に狼狽えるユーリを叱咤し、リンを悪夢から解放するという大活躍を見せたのだ。
そんなエドガーの姿を見ていてユーリはひとつの疑問を抱くようになった。
「たしかにエドガー義兄上は変わった人だけど決してバカではないのではないか?」
学問はからきし出来ないようだが、頭の構造が常人と逸脱しているだけで肝心な場面ではむしろ冴えているように感じる。
そして寡黙な性格だが異母弟リンを大切にして心から愛しており、非常に優しい心根が垣間見られる。
その話をリンにすると彼は満面の笑みでユーリの言葉に頷いていた。
「そうですよ!エドガー兄様は無口ですが本当はとてもお優しくて、心映え豊かな人です!ユーリがエドガー兄様のことをわかってくれて嬉しいです!」
「俺はリンが熱で倒れてたとき心細くて泣きそうだった。エドガー義兄上が一緒にいてくれて心強いって思った」
リンが完全に回復するまでエドガーはラン・ヤスミカ家別邸から出ることはなく、NTR小説も読まないでユーリと一緒にリンの看病を手伝っていた。
大貴族の次男のクセにエドガーは看病する手際が異様によくてユーリは内心驚いていた。
汗をかいたリンの体を拭いたり、新しい寝巻きに着替えさせたり、水分を補給させたり、妙にテキパキしている。
「エドガー義兄上は人を看病した経験があるのですか?」
思わずユーリが訊ねるとエドガーはリンの氷枕を取り替えながらポツリと答えた。
「以前、ミシェル兄上の代わりにモモを看病した程度だ。モモの看病は大変だった」
モモは風邪をひいて高熱を発したがミシェルに感染することを危惧して個室にこもり出てこなかった。
悪化して肺炎になると命取りなのでミシェルが医者を呼んで安静にさせたが看病は必要ないと拒んでミシェルやシルバー家の召し使いも近寄らせない。
「寝てれば治る!誰も近寄るな!」
おそらくモモの頭には弱った姿を晒すことは自分を危険に晒すという動物的な本能が働いたのかもしれない。
部屋に鍵をかけて出てこないモモを心配したミシェルは絶対にモモが警戒心を抱かない存在に看病させれば大丈夫と結論を出した。
その絶対にモモが警戒しないとミシェルが踏んだ相手が弟のエドガーである。
「ミシェル兄上は宮廷に出仕する必要がある。だから私が引き受けた」
「モモ殿はなんで屋敷の召し使いに看病されるのを嫌がったのですか?」
「知らぬ。警戒させるなにかをモモは感じていたのだろう」
そんなわけでエドガーはモモの看病をしようと鍵を壊して部屋に入った。
殺風景な部屋のベッドから不信感剥き出しの子供がエドガーを見ている。
モモとまともに話すのは初めてだったエドガーは開口一番に言った。
「モモ。私はエドガー・イリス・シルバーと申す。ミシェル兄上の弟だ。リンの兄でもある。看病するから寝ていろ」
「近寄るな!なんで屋敷の次男がわざわざ看病しに来るんだよ!?」
高熱で弱っているわりにモモは鋭い声でエドガーを詰問する。
それに対してエドガーは即答した。
「バカは風邪をひかぬ。私はシルバー家では珍しくバカと定評がある!モモを看病しても大丈夫とミシェル兄上が判断した。これで納得したか?」
自らシルバー家では珍獣に近いバカと公言するエドガーにモモはキョトンとして勢いを削がれた。
おとなしくなったモモを布団に寝かすとエドガーはメイドに用意させた氷枕をしいて、モモのおでこに手をあてて熱を確認する。
「熱が高いな。薬はのんだか?」
「苦いからのんでない」
プイッと顔を背けるモモを見ていたエドガーは薬瓶の手を持つと自分が飲んだ。
「意外と美味だ」
「おい!人の薬を勝手に味わうな!もし……毒だったら…!」
狼狽するモモの顔を見てエドガーは平然と言い返した。
「そんなものをお前に飲ます者はシルバー家にいない。それとも毒殺に怯えるような恨みでも買っているのか?」
エドガーの追及にモモは黙って頷いた。
「ここに来る前……貧民窟で暮らしてた。貴族が慈善活動でパンとワインを配ったことがある。俺もパンをもらったけど別の子供に横取りされた。でも、翌朝になって知ったんだ……」
当時を思い出してひどく怯えている様子のモモのおでこに冷水を絞った布をおくとエドガーは続きを言い当てた。
「お前からパンを奪った子供は毒殺された。それだけでなくパンとワインを口にいれた人々は全滅した。違うか?」
「そう……何人も苦しんで死んだ。貧民窟だから役人も調べない。毒殺された奴らは川に捨てられた」
「貴族が遊び半分で貧しい者を毒殺したのか。悪趣味だな」
そのおぞましい記憶があるからモモは弱った自分を誰かが殺すという恐怖から逃れられない。
シルバー家本邸でどんなに大切にされても孤児であるモモを戯れに殺す者が出るという疑いが頭から離れず看病を拒絶するのだ。
エドガーは難しいことを考えるのが苦手なのでモモの不安を取り除く方法はわからない。
1度そういう恐怖を植えつけられた子供を安心させるのは容易ではないが薬をのませて安静にさせないとモモは回復せず風邪が悪化する恐れがある。
そこでエドガーは閃いたのだ。
「モモ。お前が薬をのむ前に私が試飲する。それなら安心だ。食べ物も私が先に毒味する。これで文句あるまい?」
こうしてモモに処方される薬や風邪で弱った体に優しいミルク粥などはモモが食べる前にエドガーが素早く食べていた。
シルバー家の専属医や食事を用意するメイドはエドガーが変態と知っているので黙殺している。
変態坊っちゃんが風邪で寝込んでる子供の薬と食べ物をパクる遊びに目覚めたくらいの認識で医者もメイドもスルーしていた。
「この飲み薬……砂糖が足らん。もっと甘く味変してくれ」
医者は黙って頷くと風邪薬に砂糖を足している。
「エドガー様。こちらでいかがですか?」
医者が味変した薬をエドガーは味わうと「うむ!」と満足したように首を縦にふった。
「美味だ。医者。お代わりを頼む」
「は!では、次は砂糖に加えて蜂蜜をブレンドいたします!」
医者がいつの間にかバリスタに変わっている。
モモは蜂蜜ブレンドの風邪薬を飲んで甘くて仕方なかったがエドガーがいてくれて警戒心は薄れてきた。
メイドがスープや粥を運んでいるとエドガーが先にモグモグ食べているので傍目には病気の子供の食事を奪っている青年貴族の絵面が完成する。
「エドガー様。もう毒味はいいから俺も食べたいんだけど?」
「待て。このミルク粥は最高に美味だ。モモ。お前も食べなさい」
「それ……俺のために用意されたお粥じゃね?」
モモはこの風変わりなミシェルの弟エドガーの突飛な行動に呆れたが、絶対に自分に危害を加えないと認めて安心して看病を許すようになる。
そのお陰で徐々に風邪から回復して体力も戻ってきた。
「エドガー様は宮廷に行かなくていいのか?ずっと俺の世話をしてるけど?」
モモに用意されたスープを優雅に味わっていたエドガーは澄ました顔で告げたのだ。
「私は宮廷に行ってもミシェル兄上のように役に立たぬ。友達もおらぬ。モモの看病をしている方が有益だ。父上からは宮廷では出きる限り喋るなと命じられている」
「つまり……仕事はできなくて、ボッチで、その……おバカが露見しないよう父上様から厳命されていると?」
「その通りだ!私だって宮廷に出向いても楽しくない。だからミシェル兄上からお前の看病を引き受けた。ミシェル兄上からの頼みならまっとうするのが弟の務め!」
ここまで清々しく自分のバカを認めて受け入れられる人間ってレアだ。
寝込んでいるモモの薬や食事をモグモグ食べてる様子からなるほど、お利口さんとは言えない。
しかし、ミシェルと同じくらいエドガーは心根が優しくて、なにより自分に正直に生きている。
ミシェルは嫡男という重責を背負いながらも貴族が弱者を虐げる社会を憤り、シルバー家そのものにも複雑な感情を抱いている。
リンという異母弟を救えないこと、父親に表立って反発出来ない自分を責めて悶々と悩んでいる。
モモからするとミシェルは無駄に聡明で高潔な性格だから危なっかしい。
もっと貴族らしい傲慢な残酷さを持っていないとミシェルはつまらないことで死んでしまう。
「ミシェルもエドガー様みたいだったら俺も心配しない」
思わず口からもれた言葉にモモが苦笑するとエドガーは真顔で言った。
「ミシェル兄上は嫡男で次男の私がこんな感じでまったく頼れないから苦労している。だから私はモモが成長して兄上を支えて欲しいと願っている」
「リン様は?あの方も賢いよ?泣き虫だけど」
「リンはミシェル兄上より悩んでばかりいる。あの子は父上の目から離れた場所で幸せに暮らす方がよいのだ」
それは内心でモモも同感だった。
エドガーは変わり者だが驚くほど他の兄弟の本質を見抜いている。
この男はいうほどバカではないとモモは確信した。
単に興味関心が学問や政治に向かないだけで、その実とても冴えているのではないか?
純度の高いバカは中途半端な利口よりすごい才能を秘めているものだ。
そして忘れかけるが大貴族の次男という身分の青年貴族が兄の言いつけで素直に風邪をひいた孤児の看病をしている。
器のでかさ勝負ではミシェルと同等かそれ以上なのは間違いない。
「俺、エドガー様のこと結構好きですよ」
悪戯半分にモモが戯れ言を言うとエドガーは珍しく微笑んだ。
「それはなによりだ。しかし、ミシェル兄上の前では言うな。兄上はやきもちやきだ」
「はは!たしかに!」
モモが真から気を許して笑うとエドガーもつられて愉快そうに口をおさえた。
「そんなモモを看病できた私ならリンの看病など問題ない。リンはモモのように暴れないからな」
過去を語って断言するエドガーを見ていてユーリはようやく納得した。
モモはユーリがエドガーを変態で危ない奴と警戒しても一貫して「エドガー様は危ない人ではない!」と擁護していた。
そんな経緯が裏にあったならモモがエドガーのことを庇ったのも頷ける。
モモは心の底では貴族を恐れていた。
風邪で弱った自分を不器用ながらも看病してくれたエドガーが悪者ではないと身をもって知っていたのだ。
この方は大貴族の子息という自分の立場に潰されることも天狗になることもなく自由に生きている。
こういう性格だからエドガーはミシェルに信頼され、リンにも慕われるのだろう。
「エドガー義兄上。リンは俺が見てるので休んでください」
ユーリが笑顔で気遣うとエドガーは真顔でキッパリ拒否した。
「ダメだ!寝ているリンにムラムラしたユーリ殿が強引にリンを襲ったら一大事!モモが回復してすぐにミシェル兄上がモモを襲ったように!」
そうなると看病が水泡にきすとエドガーは大真面目に宣った。
「ミシェル義兄上は風邪が治りかけのモモ殿を襲ったのですか?」
「左様。それで結局ミシェル兄上も風邪をひいた。モモが回復したのにミシェル兄上が風邪をひいて二度手間だった」
ミシェルが風邪で寝込んでる間にエドガーは兄の名代として宮廷で議会に出席したが、さんざんなものだった。
国民の税率をあげる法案の際にエドガーは父クロードの制止も聞かず反対意見を述べた。
「税金をあげる前に退屈な舞踏会とサロンを廃止して節約しろ!舞踏会やサロンをしなくても人は死なない!」
このエドガーの意見は単に自分が舞踏会とサロンがダルかったから出たのだが、聞いていた国王陛下はエドガーの意見を尊重した。
「見事なり!流石はシルバー家の次男!畏れ入った!そうだ!宮廷の行事を自粛すれば散財は防げようぞ!」
こんな流れで、まぐれだがエドガーの意見が絶賛されたのでシルバー家はやはり優れ者ぞろいだと周囲の貴族は畏怖してエドガーは物静かな知識人で人格者だと無駄な過大評価がついた。
しかし、単なる無難なカリスマより、こういうウツケ野郎が発した声ほど影響力は絶大である。
結果国民は増税されず、エドガーはミシェルの名代を果たして、シルバー家当主クロードは体裁を保てて現在にいたるのだ。
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日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
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