花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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間奏曲~鳥かごにこもる王子~

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ミモザ王子の従者で弱小貴族の子弟であるシルフィは西の離宮でぼんやりしていた。

ダイアナ王女との婚約発表の園遊会でミモザ王子は離宮をあけるのでお留守番という名目だ。

「下級貴族の俺がいたらミモザ王子が侮られる」

付き添いならシルバー家の庶子とされている近習のモモがいるのでシルフィの出る幕はない。

護衛のワト&ニノも今回は留守居であった。

ミモザ王子が従者や護衛に採用したのは身分ある由緒正しきエリートではない。

あくまでもミモザ王子の直感と鋭い人を視る目で信頼できると確信した人材である。

言ってしまえばシルバー家の子弟とされている近習のモモだって根本は素性は知れぬ孤児だ。

モモはシルバー家という強大な後ろ楯があるから園遊会に行けるが、シルフィたちはそうはいかないのが現実である。

「俺らが参列すればミモザ王子の品位を貶める」

シルフィは最初からそう悟って園遊会に随行したいとは望まなかった。

そして、ミモザ王子もシルフィたちを説得して連れていくという意思を表明していない。

当然のようにモモだけをお供に園遊会がひらかれる庭園へと向かった。

身の程を弁えていたつもりのシルフィは仕方ないと納得しつつ、やはり傷ついた。

嘘であっても「身分など関係なく皆を連れていく」と言ってもらいたいという希望があった。

「そんなのワガママだ。王家の一員であらせられるミモザ王子の従者が俺では体裁が悪い」

離宮に引きこもる前からシルフィはミモザ王子の従者として仕えている。

下級貴族の自分が王家の人間の従者に採用されるなんて奇跡だと思っていた。

両親も大喜びで家格があがると舞い上がり、シルフィに是非とも気に入られて出世してこいと激励していたものだ。

しかし、初めての謁見で幼いミモザ王子は緊張するシルフィにこう言い放ち笑った。

「お前を従者とするがそれだけだ。僕はお前の御家など贔屓にしない。それが不満ならばいますぐ立ち去れ」

ここでひたすら陰鬱で気難しい僕に誠意を持って仕えることができないなら嫌気がさす前に実家に戻れ……これがミモザ王子の通告であった。

シルフィは不思議とミモザ王子は傲慢とは思わなかった。

むしろ過去に余計な野心を抱いた末に失望して辞めていった者が多くて王子はすっかり周りに失望しているのだと察したのだ。

まだ幼くて小さな痩せた童なのにミモザ王子の瞳の光は鋭利な刃のように強烈である。

威圧感はあるがシルフィはそれ以上にこの全てを諦めているようなミモザ王子の眼差しが可哀想に映った。

「王子が嫌でなければお仕えしたいです」

シルフィが勇気を出して懇願するとミモザ王子は鼻で笑ってきた。

「ふん!僕の意思はどうでもよい。シルフィ……お前がのちのち後悔しないために申しておる。僕はお前が従者になっても贔屓はしない。出世させたり、御家を繁栄なんてさせもしない。従者になってもお前にとって全く利益もない。無駄骨だ」

それだけ言うとミモザ王子はそっぽを向いてしまった。

これだけ高慢な台詞を吐けばシルフィが従者を辞退するだろうと計算したような意図的に投げやりな態度である。

目先の利益だけを求めて仕えようとする貴族への牽制にもとれるがシルフィは違うと確信した。

おそらくミモザ王子は宮廷で存在感を出すことを控えている。

慎重に己の野心で近寄る貴族を遠ざけているのだ。

そんな微妙なたちまわりをしなければならないほどミモザ王子の立ち位置は危ういのだろう。

聡明で鋭敏なことは間違いないがシルフィには親とはぐれた幼子のようにミモザ王子が危なっかしく放っておけない気分が勝ってしまった。

「かしこまりました。御家は捨ててミモザ王子に誠心誠意、お仕えいたします」

シルフィがそう告げて平服するとミモザ王子は初めてあどけない笑顔を見せた。

「僕がシルフィにしてやれることは少ない。それでもよいなら傍にいておくれ」

優しい声音でミモザ王子は告げたがその表情はどこか嬉しそうな安堵したような頼りないものであった。

それからシルフィは出世など考えずひたすらにミモザ王子の従者として仕えてきた。

実家は思ったより王家の恩恵がなくて失望していたがシルフィに不満はなかった。

このまま、ずっと王子のそばでお仕えしていきたいと心から思っているのに……やはり身分ゆえに立ち入れない領域がある。

「最初になにがあっても失望するなと言われたのに」

頭では理解していても実際においてけぼりにされると落ち込むなんてと苦笑いしていたら西の離宮に美しい女性が訪ねてきた。

金髪碧眼の眩いばかりの美女だが誰かに似ている。

「ごきげんよう。私はジャンヌ・グレイ・シルバーと申します。兄ミシェルと一応は弟のモモがいつもお世話になっております。お迎えにあがりましたわ」

現れたのはシルバー家の令嬢でミシェルの妹のジャンヌであった。

少し離れた場所に馬車を待機させている様子から園遊会に向かう途中らしい。

「これは!シルバー家の姫様!この離宮になにようでしょうか?」

戸惑ったシルフィが尋ねるとジャンヌは当然のことのように告げたのである。

「決まってますわ!ミモザ王子が頃合いを考えて離宮に残った者を全員、園遊会の場に連れてきなさいと!早く支度をしないと園遊会のお披露目に間に合いません!」

礼服に着替えて来てくださいと指示をするジャンヌにシルフィや護衛のワト&ニノはポカーンとなった。

「しかし……ジャンヌ様?俺らは園遊会など場違いな身分で!」

シルフィがしり込みするとジャンヌは少し勝ち気そうな瞳を開いてピシャリと言ったのだ。

「これはミモザ王子のお願いですわ!主君の願いを身分ごときで無下にするおつもり!?」

それでも王家の王子に仕える従者ですか、と詰問されてシルフィは言い返せず立ち尽くした。

「俺が行ってミモザ王子の名誉を貶めることは?」

「まあ!長年仕えた従者たちを参列させない方が恥よ!ミモザ王子は名誉など重んじてないわ。それくらい、ずっと傍にいた貴方ならご存知でしょう?」

「しかし!ミモザ王子は直々に参列しろとは命令していないです!」

この期に及んで遠慮するシルフィにジャンヌは呆れたように息を吐いて言った。

「鈍感な殿方ね!?ミモザ王子が命令しても貴方は身分がどうとか仰ってごねるでしょ?ですから、秘密裏に私に貴殿方を連れてこいと言いましたの!」

とにかくゴタゴタ言ってないで支度をしてとジャンヌがまくしたてるのでシルフィたちは正装に着替えに離宮の自室に急いだ。

「本当に!ミモザ王子も困ったお人ね!御自分が誘えないから私に頼むなんて!」

お前を贔屓しないと宣言した手前、ミモザ王子は自分の口ではシルフィに園遊会に参列しろと言えない。

でも、ずっと近くで無欲に仕えてくれたシルフィたちを園遊会に同伴させたかった。

「王子といってもミモザ王子は14歳。リンより年少だものね」

いくら冷静で賢くても変に意地になることもあるかとジャンヌは微笑んだ。

シルフィたちが正装をして現れるとジャンヌは笑顔で馬車に案内した。

「王家とか家格とかバカらしいと私は思いますの。ミモザ王子も同じお考えよ。でも!そのバカらしい世の中で献身的に仕えてくれる貴殿方に心から感謝しているわ。胸をおはりなさい!」

ジャンヌは歯切れよく言うとシルフィたちを馬車にのせて御者に告げた。

「出発して!園遊会の庭園まで急ぐのよ」

馬車が走り出すとシルフィはおずおずとジャンヌに言った。

「ありがとうございます。ジャンヌ様」

「お礼なんてやめてちょうだい!貴殿方には参列する権利がある。それを文句いう御方がいたら私がぶちのめすわ!」

シルバー家のご令嬢は思ったより気が強いらしいとシルフィがタジタジになると護衛のワト&ニノが泣き出した。

「やっぱ!ミモザ王子は俺らを忘れてなかった!こんな嬉しいことはない」

「おお!ミモザ王子の晴れ姿は玄孫の代まで語り継ぐぞ!」

嬉し泣きする護衛コンビを見ながらシルフィもなんだか泣けてきた。

ミモザ王子はモモのことを臆病と指摘したが、そのミモザ王子も飛び抜けた賢さゆえに慎重を通り越して臆病になる。

「立派にご成長されても幼き頃と変わらない」

シルフィのなかのミモザ王子はいまだに聡明だが、その賢さと鋭さが災いして無邪気には振る舞えない意地っ張りな…誰よりも愛しい主君のままであった。

end





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