花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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暗号化された愛

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ミモザ王子とモモがラン・ヤスミカ領に滞在して少し経ったころのこと、ダイアナ王女のもとにミモザ王子からの手紙が秘密裏に送られてきた。

「しっかり偽名で暗号化して届けてくるなんて!ミモザも暇ねえ!ミシェル!コードブックを持ってきてちょうだい!」

婚礼前に御忍びで旅立ってしまった婚約者からの手紙なのにダイアナ王女の反応はシビアだ。

ダイアナ王女とミモザ王子の間に愛情がないと言えば嘘で仲の良い姉弟レベルの深い親密感はあるが未来の夫婦としての愛情はまったく育まれていない。

ミシェルはいくら国を想っての結婚でも、こんなお互いに恋愛感情が乏しいままでよいのか不安ではある。

モモはミシェルを罵倒し、金貨を巻き上げ、暴言を放ち、暴力も振るうが、それらの悪行をチャラにするくらいミシェルへの愛情が深くて一途であった。

ミシェルだって負けないくらいモモが大好きなので相思相愛の27歳と14歳の年齢差が「お巡りサーン」な恋愛関係である。

そもそもシルバー家の男児はミシェル、エドガー、庶子のリンを含めて恋愛と性欲には貪欲なタイプが揃っている。

その愛と性欲に奔放な名門大貴族シルバー家の三兄弟が全員野郎と政略結婚したり、野郎を愛人にしたり好き放題なのが世の中の面白いところだ。

とにかく、シルバー家の男子どもの恋愛体質にくらべるとミモザ王子は淡白を通り越して、もはや無色透明であった。

そんな調子でダイアナ王女とミモザ王子が婚礼を挙げて果たして円満な夫婦関係が気づけるのか、ミシェルが危惧しているとダイアナ王女が急に笑いだした。

「まあ!ふふ!ミモザったら!積極的ねぇ!」

「ダイアナ王女!?暗号を解読していたのですか!?この暗号!私には皆目分かりませぬが?」

「あら!当然よ。これは事前にわたくしとミモザが秘密で作った暗号だもの!モモだって解読には苦労するわ!」

甘い婚約者の関係にはならなくても2人で暗号を作るレベルには仲良しなダイアナ王女とミモザ王子!

この調子で少しでも恋愛感情をお互いに抱いてくれてもいいのに、とミシェルが考えていたらダイアナ王女がミモザ王子の暗号文を読み上げた。

「偉大なる未来の女王陛下にして僕の愛しい姉上様。
ラン・ヤスミカ家の別邸にシオンという執事がいます。
彼も僕と同年代で新妻に子を孕ませました。
首尾よく妻を妊娠させた秘訣を訊いたのですが女性には妊娠しやすいタイミングがあるそうです。そのタイミングは月のものが訪れる前だとシオンは申しておりました。
ダイアナ王女の月の障りはいつ頃か僕は存じません。
なので月の障りを記録してください。
逆算して効率よく子供ができるよう精進いたします……。ですって!ミモザらしいわ!」

それ!わざわざ暗号化して手紙にする内容かとミシェルは唖然とした。

そして、シオンはどんなテンションでミモザ王子に女性を孕ませるコツを教えたのか?

シオンは家族の陰謀で妊娠中の愛妻を毒殺されている。

それにぶちギレて家族を殺して貴族の身分も剥奪されて斬首される寸前だったのだから妻の妊娠なんてトラウマだろう。

さらに現在はミシェルの弟のエドガーの愛人になっているのに、こんなデリケートなことを迂闊に話すだろうかとミシェルは困惑していた。

ミモザ王子が無理やり聞き出したとも思えないし
、何故だろうとミシェルが悩んでいるとダイアナ王女が暗号手紙の続きを読んでくれる。

「シオンは亡き妻子のことを思い出すと情緒不安定になるようです。
妻を毒殺した母と兄のことを現在も恨んでいて震えながら、あと10回は滅多刺しにすればよかったと恐ろしいことを口にしました。
しかし憎き母兄は既に殺していないので腹いせにエドガーに鋭利な包丁を投げていました。
エドガーはそれを指でとめています。
相変わらず凄い男だと僕はエドガーを尊敬しております……。ミモザに尊敬されるなんて!エドガーったらやるじゃない!」

ダイアナ王女は楽しそうだがミシェルはラン・ヤスミカ家別邸のカオスな様子を想像して頭が痛くなる。

「シオンもトラウマならば喋らなければ良いのに……」

ミシェルがため息を吐いてつぶやくとダイアナ王女は意外そうな顔で言った。

「ミシェル!わかってないわね!シオンは今はエドガーの愛人でも奥方がいた過去を忘れることは不可能よ!実の母と兄を殺しても足りないほど奥方を愛していた!それをずっと秘めて生きろって方が酷な話だわ」

珍しく熱の入ったダイアナ王女の発言にミシェルは直感的に理解したのだ。

ダイアナ王女だってミモザ王子にそれくらいの愛情を期待しているのではないかと。

冷静で感情論に左右されないミモザ王子では、たとえダイアナ王女が何かの陰謀で死んでも怒り狂って首謀者を殺すなんてことはしないだろう。

そして、ダイアナ王女もミモザ王子の命を奪われても短絡的に行動は起こすまい。

愛情や憎しみに惑わされないよう己を自制しているダイアナ王女とミモザ王子にとっては、シオンの突発的な凶行は身分や御家より愛する人を選んだ行為として憧れを抱くのかもしれない。

それが身の破滅につながる道でも結婚するからにはそれくらい愛されたいと若い王女と王子なら思うはずだ。

ミシェルはモモを愛しているが結局、モモの地位を磐石なものにしたのはミモザ王子なのだ。

モモはシルバー家の偽りの庶子からミモザ王子の近習となりミシェルだけのものではなくなった。

貧民窟の孤児から貴族となり、次期女王陛下の夫君の側近にまで成り上がったモモは今後はミシェルがいなくても生きていける。

「モモはきっと私より大した人物になります。シルバー家の未来を握る存在に」

ミシェルがそう言うとダイアナ王女は呆れたように息を吐いた。

「ミシェル!貴方って鈍いのね?モモはミシェルが無事で幸せならそれで満足なの!ミモザはそんなモモの手助けをしたにすぎないわ」

これだから愛情に目が眩んだ殿方は鈍感で困るわとダイアナ王女は大袈裟に嘆いて見せた。

ミシェルが何か言おうとするとダイアナ王女は決意したような表情で告げたのである。

「わたくしとミモザは約束しましたの。お互いを対等とみないようにと。わたくしは未来の女王でミモザは第1の臣下よ!姉と弟と同じ!恋慕など抱かないって!」

手紙を暖炉に燃やして消し去ったダイアナ王女に対してミシェルはうっすら微笑むと囁いた。

「御意。そういうことにしておきます。ダイアナ王女」

ミシェルはダイアナ王女の嘘に気づいていたが知らん顔をした。

ミモザ王子は幼い頃から従姉のダイアナ王女に恋をしていた。

聡明なダイアナ王女がその想いを察しないはずはない。

この2人の関係も完全なる相思相愛なのだが本人たちがそれを否定している。

「モモは強情だけどダイアナ王女とミモザ王子はそれ以上かな?」

王女の部屋を退室する際、ミシェルはモモからきた手紙を握りしめた。

手紙には「シオンが投げたナイフがエドガー様のデコに刺さった。命は無事。シオンは反省している。ついでに金貨を送れ。500金貨!」と記されていた。

金貨は倍額で送るがシオンには本気で反省してほしいとミシェルは笑みを浮かべながらも心から願っていた。

end



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