花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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誓約書の幸せ

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 モモはミモザ王子の近習として仕えているが元は貴族でもなんでもない貧民窟育ちの孤児だ。

 大貴族シルバー家の嫡男ミシェルに拾われたことがキッカケでミシェルの父で当主のクロードにもその才覚を見込まれ、戸籍操作でシルバー家の庶子と偽り、ミシェルの補佐として宮廷に出仕していた。

 そこからミモザ王子に出逢い、紆余曲折あって近習に抜擢されたのである。

 生きるために子供ながら犯罪を重ねていた自分が王子の近習になるなんて人生は可笑しなものだとモモはひそかに息を吐いた。

 「モモ、ため息はやめておくれ。僕だって盛大にため息を吐きたいけれど我慢しているのだから」

 主君ミモザの言葉にモモはニヤリと笑った。

 「明日は婚礼なのに盛大にため息吐きたいなんてミモザ王子らしいな!」

 「ダイアナ姉上と婚姻するのが憂鬱なのではなく婚礼前夜に膨大な婚姻誓約書に署名しなければならぬのが面倒なんだよ」

 王家の慣習で婚礼前夜に結婚に際しての誓約書サインという意味不明な行事がある。

 ミモザ王子は従姉のダイアナ王女の花婿……簡単に説明すれば国王の一人娘の入婿になるので膨大な誓約書を読んでサインする義務がある。

 将来的にダイアナ王女は女王陛下となるので王婿となるミモザ王子にはかなり細かい制約が存在する。それを婚礼前夜に誓わせるのだから慣習とはいえ鬼畜だ。

 「王位継承者の婿となるにあたり生涯ダイアナ王女へ忠誠を誓うこと。ダイアナ王女以外の何者とも不義密通は許されず発覚した場合は婿の地位を剥奪厳罰に処す。ダイアナ王女が他の何者と深い関係になっても婿には不服を唱える権利はないとする。ダイアナ王女への不満は謀反と判断されること承知の上、誓いの署名をすべし……。つまり、僕の浮気は重罪だが姉上は浮気し放題なのを認めろって誓約だな」

 「これから婚礼に臨むミモザ王子にこの誓約をさせるって王家も大概だな!」

 「仕方あるまい。僕は明日の婚礼さえ面倒なのだから不義密通なんて更に面倒なことはしない。姉上が僕以外の男と関係を持っても文句を言える立場ではない。もっとも姉上が不倫しても興味がない」

 冷めた様子で淡々と誓約書にサインをするミモザ王子の姿を見ながらモモはこの期に及んでと思ったが訊いてみることにした。

 「ミモザ王子はダイアナ王女と結婚して幸せになれると思いますか?俺は幸せになれるとは思えねーけど?」

 モモにはミシェルがいる。

 大貴族の嫡男でありながらおごらず心穏やかでモモが心配になるほどお人好しなミシェルがモモのすべてだった。

 お互いに大切に想い深く愛していてもミシェルとモモは生涯結婚はできないがそれでもモモは幸せだった。

 一方で次期女王陛下の花婿となるミモザ王子には数々の受難と試練が待ち構えている。結婚しても花嫁であるダイアナ王女と対等な立場にはなれず、王婿として一生を王家に縛られて暮らすのだ。自由もなくダイアナ王女が生涯ミモザ王子だけを愛してくれる保証もない。王家に都合が良い王婿という名の人形として生きることを強制される。

 賢明なミモザ王子ならば婚礼後の自分の立場が如何に窮屈なものになるかは理解しているだろうに。

 「……なんで自分がこんな目に……とか考えないのですか?」

 自分にはどうしてあげることもできないがモモはたまらず問いかけてしまった。

 するとミモザ王子はサインをする手を止めないでポツリと告げたのだ。

 「幸せになるために僕は姉上と結婚する訳ではない」

 「そうだけどさ!俺だって嫌でも考えるんだよ!あまりにミモザ王子が可哀想だって……」

 「勝手に僕を憐れまないでおくれ?僕の幸せなんて婚姻とは無関係だよ」

 「王子はシルバー家の手駒だった俺を解放してくれた。貴族でもない俺を近習にしてくれた。ミシェルに感じるような愛情とは断じて違うけど、俺にとってミモザ王子はミシェルと同じくらいには大切なんだよ!」

 他者に対してはどこまでも慈悲深いのに誤解されがちなミモザ王子のことをモモは主君として以上に大切に感じていた。

 ミシェルに抱く感情が紛れもない愛情ならば主君であるミモザ王子に対しての感情は友情に近いのかもしれない。

 しかし、ミモザ王子は最後の誓約書にサインをすると静かに言ったのである。

 「モモ、僕の幸せを案じてくれて礼を言う。それだけで幸せだから誓約書をミシェルに届けてきておくれ」

 ミモザ王子がサインした誓約書はダイアナ王女の側近であるミシェルが受けとる決まりだった。

 これをミシェルに渡してしまったらもう後戻りは不可能……いや、そもそもミモザ王子に運命から逃れる道は用意されていなかった。

 「……承知しました。ミシェルに渡して参ります。あの!ミモザ王子」

 「なんだい?モモ、まだ何か言いたいのか?」

 真っ直ぐミモザ王子に見詰められても怯まず、モモは率直に本心を告げた。

 「僭越ながら俺は近習としてどこまでもミモザ王子の味方です!ダイアナ王女が浮気したら俺が代わりにブチギレますから!」

 それだけ叫ぶとモモは誓約書を抱えて、ミシェルのもとに走って行った。あとに残されたミモザ王子は待機していた従者のシルフィに笑いかけた。

 「僕が明日処刑されるみたいな表情だ。モモの神妙な態度は」

 いつものように小生意気に茶化してくれないと調子が狂うとミモザ王子が言葉を続けようとしたらシルフィは真剣な顔で口を開いた。

 「自分もモモと同感です。ミモザ王子のお幸せを何より願っております」

 「ありがとう。だけどシルフィ……お前は僕の婚礼が済んだ後にシルバー家のジャンヌと夫婦になる。自分とジャンヌの幸せを第1に考えておくれ」

 そう告げてミモザ王子が背を向けるとシルフィは確信した。

 こういう主君だからシルフィはミモザ王子に忠誠を誓うし、生意気なモモだって心配をしてしまうのだ。

 幸せになる気がないミモザ王子の将来が明るいことを従者のシルフィはひたすら祈っていた。

 ミシェルは約束の場所でミモザ王子の誓約書を持ってくるモモを待っていた。

 「モモ、ミモザ王子の誓約書を確認するよ?王子のご様子は?やはり緊張していらっしゃるか」

 誓約書を手渡したモモは無言だがなんともやるせない表情をしている。

 「ミシェル!ダイアナ王女に伝えておけ!ミモザ王子を蔑ろにして不義密通なんてしたら俺が許さないと!」

 ミシェルの主君であっても制裁をしてやると告げるモモに対してミシェルは宥めるように頷いた。

 「ダイアナ王女はそんな愚行はしない。私は王女の側近だからわかる」

 「なら約束しろ!仮にダイアナ王女が浮気したらそれを看過したミシェルを殺すからな?」

 「約束するよ。モモがミモザ王子を心配しているのを見ると嫉妬する。でも、良かった。モモに真から仕えることができる主君ができて」

 ミシェルはモモにキスをすると誓約書をダイアナ王女に届けるために去っていった。

 去っていくミシェルを見送りながらモモは不思議な感覚に戸惑っていた。

 生活のために人を傷つけたり騙したりが日常だった過去の自分がこうして愛する者と忠誠を誓う主君の心配をしてばかりいる姿を見たらどう思うだろう。

 「きっと過去の俺はニヤリと嗤うだろうな!」

 貧民窟で堕天使と呼ばれていた頃の自分を懐かしく感じながらも自分は2度と堕天使には戻れないだろうとモモは自覚してミモザ王子が独身最後の日を過ごす西の離宮に帰っていった。

End

 

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