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山の禁忌シリーズ
山の禁忌 -序-
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登山は祖父の趣味だった。
年齢の割には活発だった祖父は、まだ幼い俺を連れて近場の山へ繰り出し、ヘトヘトな自分を引きずってでも山頂へ登らせていた。
俺も自然と、十六の頃合には祖父の力を借りずに一人で山へ登っていた。
憶測だが社会人になってから、一人の時間を山で過ごすというのはかなり得がたい経験だと思う。
若い体力に青い感受性、今の自分にしか得られない経験が、この自然の中にはある。
そう思っているからこそ、今日の登山はあまり乗り気ではなかった。
五日前、中学からの仲である小野澤が登山へ行きたいと言うから、案内してやろうとしただけだったのだが、他にももう1人参加すると聞いた時には、少々不愉快な感情を覚えた。
特段人数に不満があるという訳では無い。
参加する人間に問題があるのだ。
橋本というやつだった。
こちらも中学で知り合って、たまに連絡を取る仲である。
が、はっきり言うのもなんだが俺は苦手なタイプの人種であった。
突拍子もないと言うか、どこか抜けていると言うか。
本人的には、楽しいと思ってやっていることが、傍目から見たら異常であったり。
たまにその境界線が分からなくなって、勢いでは済まされないことをしでかすような危なっかしいやつであった。
だから今日の登山にも本当は連れていきたくなかった。
本来登山とは、自然豊かな日本の国土で味わえる有意義な観光である反面、滑落や遭難など、命に関わる深刻な危険が付きまとうレジャーである。
だがその日に行く山は滑落の危険性は低く、小野澤も連れていくからにはしっかりと監視しているということで、俺は渋々ながら承諾したのであった。
だが案の定、久しぶりに再開した橋本は中学を卒業したところで、何らかの大人びた自覚を持つ訳もなく、むしろ悪化しているとも言えた。
それを裏付けるかのように、登山道では柵もない崖の際をフラフラと歩き、かと思ったら一直線に走り出し、結局バテて少し先の小川にかかる細い橋の欄干に寄り添って青ざめた顔をしていたり。
呆れを通り越してもはや滑稽であった。
そもそも登山に行くというのに明らかに不釣り合いなその派手なスニーカーはなんなんだろうか。
低山であるためか、これといった事故はなく、山頂までの道のりは想定していたよりもずっとスムーズなものであった。
橋本も、余計な寄り道こそ多々あったものの、奇跡的に無傷である。
どうやら知能が低い分、本能的な面での危機察知能力が鋭いのかもしれない。
「このままここに置いていっても、橋本なら何とか生きていけるかもな」
小野澤はそう言って一人爆笑した。
俺はその横で、なんとなく引きつった笑いを浮かべるしか無かった。
稜線をなぞる紅葉を存分に眺め、澄んだ空気と満点の青空の中を、精一杯に手足を伸ばした。
そうして時間を過ごし、満足して下山する頃には三時を回っていた。
低山とはいえ、暗い山道は御免こうむる。
さっさと下山を始めた。
橋本が喚き始めたのは、元きた山道を下り半合ほど過ぎた頃であった。
「おい、ここ!なんかあるぞ!!」
無視して先を行こうとしたが、橋本はその場に座り込んでじっとその"なんか"を眺めている。
しゃがんだ背中の陰に隠れて肝心のそれが何か見えないが、それでも橋本は熱心にその場に座り込んで動かない。
その様子に小野澤までもが興味を引かれ、道を少し引き返して行った。
こうなると案内役である自分にはもう行き場がない。
観念して戻ることにした。
しゃがみながら何かを見つめる橋本の後ろから、覗き込むようにして見ていた小野沢が怪訝そうな表情でこちらを見た。
「こんなの登ってた時あったか…?」
ちょっとどいてろと、橋本を手荒く退けて見ると、そこにあったのは石だった。
上に五段ほど積まれた、平べったい形状の石。
それが横三列に並んでいる。
周囲はかなり薄汚れているのに、その石積み達はひとつも欠けた様子なく、誰かに手入れされているように綺麗だった。
その奥には、けもの道があった。
幅は高さ、横幅ともに狭く、人ひとりが匍匐前進でようやくくぐれるぐらいのものだった。
イノシシのそれかなにかだろうか。
草木の影に潜んでいたそれはどれほど奥につながっているのだろう、中からは一筋の光も漏れないことを見ると、かなりの奥行があるようだった。
外部の明かりが差し込む地面には、雑草がまばらに生えているところを見るに、恐らくは何年も何も行き来していないのだろうが、それでも確かに何かの行き来があったことを感じさせるけもの道を塞ぐかのように、石積みが置かれてある。
石も、その奥へ伸びるけもの道も来た時は確かになかったはずだった。
カシャリと、真横から音が聞こえた。
見ると小野澤がスマホを構え、けもの道に向けている。
「写真撮ったのか」
「おう。なんか不気味だけど、結構すごい景色だぞこれ」
ほら、お前も撮ってみろよと促されるまま、恐る恐るスマホを構えると、ごぉという音と共に、空洞の奥から一陣の風が吹き抜けた。
夏を抜け出しちょうど涼やかな風が吹き付けるこの時期にしては嫌に生暖かく、山であるのに淀みを帯びた空気が、自分の横顔を通り抜けた時、危機感とも取れるような、不快感を覚えた。
異変に次ぐ異様に不気味さを感じていると、
「なぁなぁ」
橋本が丸い目をキラキラさせてこちらを見ている。
多分に嫌な予感がした。
「この奥、行ってみね?」
当たり前ではあるが、自分と小野沢はこの馬鹿げた提案に激しく抗議した。
最終的には泣きそうな顔で奥へと行きたがる橋本の首根っこをひっ捕らえて下山した。
年齢の割には活発だった祖父は、まだ幼い俺を連れて近場の山へ繰り出し、ヘトヘトな自分を引きずってでも山頂へ登らせていた。
俺も自然と、十六の頃合には祖父の力を借りずに一人で山へ登っていた。
憶測だが社会人になってから、一人の時間を山で過ごすというのはかなり得がたい経験だと思う。
若い体力に青い感受性、今の自分にしか得られない経験が、この自然の中にはある。
そう思っているからこそ、今日の登山はあまり乗り気ではなかった。
五日前、中学からの仲である小野澤が登山へ行きたいと言うから、案内してやろうとしただけだったのだが、他にももう1人参加すると聞いた時には、少々不愉快な感情を覚えた。
特段人数に不満があるという訳では無い。
参加する人間に問題があるのだ。
橋本というやつだった。
こちらも中学で知り合って、たまに連絡を取る仲である。
が、はっきり言うのもなんだが俺は苦手なタイプの人種であった。
突拍子もないと言うか、どこか抜けていると言うか。
本人的には、楽しいと思ってやっていることが、傍目から見たら異常であったり。
たまにその境界線が分からなくなって、勢いでは済まされないことをしでかすような危なっかしいやつであった。
だから今日の登山にも本当は連れていきたくなかった。
本来登山とは、自然豊かな日本の国土で味わえる有意義な観光である反面、滑落や遭難など、命に関わる深刻な危険が付きまとうレジャーである。
だがその日に行く山は滑落の危険性は低く、小野澤も連れていくからにはしっかりと監視しているということで、俺は渋々ながら承諾したのであった。
だが案の定、久しぶりに再開した橋本は中学を卒業したところで、何らかの大人びた自覚を持つ訳もなく、むしろ悪化しているとも言えた。
それを裏付けるかのように、登山道では柵もない崖の際をフラフラと歩き、かと思ったら一直線に走り出し、結局バテて少し先の小川にかかる細い橋の欄干に寄り添って青ざめた顔をしていたり。
呆れを通り越してもはや滑稽であった。
そもそも登山に行くというのに明らかに不釣り合いなその派手なスニーカーはなんなんだろうか。
低山であるためか、これといった事故はなく、山頂までの道のりは想定していたよりもずっとスムーズなものであった。
橋本も、余計な寄り道こそ多々あったものの、奇跡的に無傷である。
どうやら知能が低い分、本能的な面での危機察知能力が鋭いのかもしれない。
「このままここに置いていっても、橋本なら何とか生きていけるかもな」
小野澤はそう言って一人爆笑した。
俺はその横で、なんとなく引きつった笑いを浮かべるしか無かった。
稜線をなぞる紅葉を存分に眺め、澄んだ空気と満点の青空の中を、精一杯に手足を伸ばした。
そうして時間を過ごし、満足して下山する頃には三時を回っていた。
低山とはいえ、暗い山道は御免こうむる。
さっさと下山を始めた。
橋本が喚き始めたのは、元きた山道を下り半合ほど過ぎた頃であった。
「おい、ここ!なんかあるぞ!!」
無視して先を行こうとしたが、橋本はその場に座り込んでじっとその"なんか"を眺めている。
しゃがんだ背中の陰に隠れて肝心のそれが何か見えないが、それでも橋本は熱心にその場に座り込んで動かない。
その様子に小野澤までもが興味を引かれ、道を少し引き返して行った。
こうなると案内役である自分にはもう行き場がない。
観念して戻ることにした。
しゃがみながら何かを見つめる橋本の後ろから、覗き込むようにして見ていた小野沢が怪訝そうな表情でこちらを見た。
「こんなの登ってた時あったか…?」
ちょっとどいてろと、橋本を手荒く退けて見ると、そこにあったのは石だった。
上に五段ほど積まれた、平べったい形状の石。
それが横三列に並んでいる。
周囲はかなり薄汚れているのに、その石積み達はひとつも欠けた様子なく、誰かに手入れされているように綺麗だった。
その奥には、けもの道があった。
幅は高さ、横幅ともに狭く、人ひとりが匍匐前進でようやくくぐれるぐらいのものだった。
イノシシのそれかなにかだろうか。
草木の影に潜んでいたそれはどれほど奥につながっているのだろう、中からは一筋の光も漏れないことを見ると、かなりの奥行があるようだった。
外部の明かりが差し込む地面には、雑草がまばらに生えているところを見るに、恐らくは何年も何も行き来していないのだろうが、それでも確かに何かの行き来があったことを感じさせるけもの道を塞ぐかのように、石積みが置かれてある。
石も、その奥へ伸びるけもの道も来た時は確かになかったはずだった。
カシャリと、真横から音が聞こえた。
見ると小野澤がスマホを構え、けもの道に向けている。
「写真撮ったのか」
「おう。なんか不気味だけど、結構すごい景色だぞこれ」
ほら、お前も撮ってみろよと促されるまま、恐る恐るスマホを構えると、ごぉという音と共に、空洞の奥から一陣の風が吹き抜けた。
夏を抜け出しちょうど涼やかな風が吹き付けるこの時期にしては嫌に生暖かく、山であるのに淀みを帯びた空気が、自分の横顔を通り抜けた時、危機感とも取れるような、不快感を覚えた。
異変に次ぐ異様に不気味さを感じていると、
「なぁなぁ」
橋本が丸い目をキラキラさせてこちらを見ている。
多分に嫌な予感がした。
「この奥、行ってみね?」
当たり前ではあるが、自分と小野沢はこの馬鹿げた提案に激しく抗議した。
最終的には泣きそうな顔で奥へと行きたがる橋本の首根っこをひっ捕らえて下山した。
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