怪談

馬骨

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山の禁忌シリーズ

山の禁忌 -中-

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 一時間ほど電車に揺られ、自宅付近の最寄り駅へ着く。

 なんだかいつもの登山よりも長く感じたし、実際時間もかかっていた。
 疲労もいつもの倍はあるかのように思えたが、二人の楽しそうな顔を見ていると、たまにはこんなのもいいなと思えた。

 また行こうなどの言葉を二、三かわし、三人ともそれぞれの帰路へと着いた。

 帰宅後は、すぐに軽いストレッチと洗濯物の処理をして、ゆっくりと風呂に浸かった。
 翌日は休日であるため、今日明日はゆっくり休んで、明後日の学校に備えよう。

 そう思って、その日はもう床に就いた。
 時刻はまだ七時にも満たない時間ではあったが、疲れというのは強引なものだった。

 伸ばした手足にはじわじわとした鈍く弱い痛みが蔓延っている。
 消えかけの電球のように明滅していた意識が、ついにはふっと途絶えた。

 次に目を覚ましたのは真夜中だった。
 自然に、ではなく鳴り響くスマホのコール音だった。

 寝ぼけ眼で取りだし画面を見ると、反射的に大きな舌打ちが出た。

 橋本である。

 時刻は3時半。

 問答無用で切ってしまおうとも思ったが、とんでもないモラルの無さに眠気よりも怒りが勝り、一言言ってやろうと電話に出た。

 「もしもし!橋本か?」

 そう問いかけるが、応答が無い。

 「いたずら電話か?にしても時間ってもんが…あ?」

 ここに来てようやく気付いた。

 全くの無音ってわけじゃなく、なんだかガサゴソガサゴソと、まるで草木をかき分けるような音が聞こえてくる。

 「おい…橋本?」

 やっぱり応答は無いまま、さっきの音がずっと聞こえてくる。

 仕方が無いのでよくよく耳を凝らして聞いてみると、その音に混じって他の、なにか唸り声のような、くぐもった音が聞こえてきた。

 まるで、空洞を抜ける風音のような。

 思わずスマホから耳を話すと、今度はギィっと床が軋む音が、家の廊下の方から聞こえてきた。

 やばい、親を起こしてしまったかもしれない。

 そう思って、急いで電話を切って目を閉じた。

 キィっとドアが開く音がして、人が入ってくる気配がした。

 この部屋にあるクローゼットは父親と兼用しているもので、朝早くから仕事がある時は、父が夜中のうちから仕事着を取りに自分の部屋に入ってくる時がある。

 夜中に起きていることが父にバレ、叱責を食らうことが何度かあったため、反射的に眠ったふりをするくせがついた。

 だが、この夜はなにかが違っていた。

 普段の父ならば、二、三分クローゼットをゴソゴソやって部屋から出ていくのだが、部屋の中からはクローゼットを開く音が一向にしてこない。

 かといって、自分の様子を確かめに来た訳では無いようで、延々と部屋の中をウロウロと歩き回っている。

 さすがに何をしているか気になって、トイレに行くふりをして起きてみることにした。

 パチリと目を覚まして、わざとらしい欠伸をして、上体を起こした。

 次に目を擦り、ベッドから出ようと足を半分ほど外に投げだす。

 暗い部屋に目が慣れた頃、部屋の隅ほどまで視界が行き渡った頃、ようやく気づいた。

 部屋に入ってきたのは、父ではなかった。

 目の前にいるものを視認した時、ぴったりとその場に固定されたように、自分の体は動かなくなった。

 薄暗闇の中浮かび上がったシルエットは、それよりももっと暗く、黒く、歪な形をしていた。

 細く長い胴体。
 そこから枝分かれしたように、四方に伸びる腕や、電球のように膨らんだ頭部。

 家族でもなく、人ですらない。

 そんなバケモノが、部屋中を自らの気配を充満させ、何かを探すかのように、練り歩いている。

 一瞬にして恐怖が肢体を駆け巡り、喉に達して叫び声が出た。
 と思ったのだが、喉からは蝶番から出るような、かすれた音が出るのみだった。

『あっ……あ……』

 2mはあろう細身の体をくの字に曲げ、そこから枝葉のように別れた手足と頭部を、奇怪にくねらせながら部屋を探り回るそれは、固まったままでいる自分に気づくと、ゆっくりと頭部と思しき部分を、クレーンのようにこちらに向けた。

 かなり近くから見ても、黒く、モヤがかかっているようにも見える頭が、やがてうっすらと一文字に亀裂を帯びた。

 亀裂が端から端まで渡ったところで、そこを中心にガパリと開いた。

 口だった。

 夜の闇よりも深い黒に開いた口は、血のように赤く、舌のようなものがうねっていた。

 やがて、それはゆっくりと動き出した。

『オレ…の…オレノ…』

 恐怖が限界に達したのか、はたまたそれが自分に何かしたのか。

 その声を聞いた後、意識がバチンと途切れた。


                
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