怪談

馬骨

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創作系怪談短編集

十物語

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これは、私が大学生に進学してすぐの頃、確か七月の半ばだったと思いますが。
かねてからの念願だった一人暮らしをすることにしたんです。
幸い大学は郊外にあったので、都市部よりかは家賃が安い物件が多くありました。
私の実家はさほど裕福ではなかったため、その中でも特別安かった、築年数がかなりあるアパートの二階の角部屋に、入居することになりました。

さて、もろもろの手続きが終わってから次は引っ越しの準備をしなくてはなりませんでしたが、なにせ金がなかったものですし、荷物もそこまで多いというわけではなかったため、中学から大学までが同じだった同郷の友達二人に、引っ越しを手伝ってもらうことにしました。
ところが、当日の集合時間になってみると片方の友人である、佐々木はきていたのですが、もう片方の友人、足立が来ないのです。
暫く待っていると、携帯の方に着信がありました。足立からでした。
どうやらその当時していた配達のバイト先にいる先輩が病欠らしく、その穴を埋めるために働かなくてならないため、今日はいけないとのことでした。
一人暮らしを始めたら真っ先に呼ぼうと思っていたのがこの二人だったために少々残念でしたが、仕方なく、私と佐々木の二人でその日は引っ越し作業をすることになりました。
二時ごろに集まったのですが、荷解きなどをしているともうすっかり日が傾いていました。
こうなると、佐々木一人で、電車で一時間ほど離れた地元に帰らせるのは忍びなく、その日は二人で、私の新しい住まいに泊まることにしました。

そこから夕飯を作ったり銭湯に行ったりなどしていると、傾いた日はとっぷりと暮れてしまって、気付けばすっかり夜となっていました。
私たちは翌日も大学がありましたからそろそろ寝ようかなという話になりましたが、季節は夏に入りたての頃でしたからどうにも暑苦しくて寝られないとなりまして。
こうなると何か涼めることがしたいと二人そろって言いだしまして、私たちはオカルトやらホラーの類が好きでしたから、百物語をしようってなったんです。
言うまでもないかもしれませんが、百物語っていうのは語り手がひとつづつ怪談を語っていって、百話目が終わると本物の怪異が現れるという、日本じゃ恒例のオカルトイベントです。
ただ、ろうそくなんて持っちゃいないから部屋の電気を消して二人向かい合った真ん中に携帯のライトで、下からろうそくの炎のように照らして。
こうすると、薄暗い部屋の中にまるで二対の生首が浮かんでるみたいで、なかなか雰囲気があるんです。
二人で百話となるとなかなか無理があるのと、私たちとしては、蒸し暑い夜の最中、何とか涼めればそれでよかったわけですから、一人五個づつの「十物語」で手を打とうってことになりました。

そうして各々が、持ち寄った話やスマホで調べた話なんかをぽつりぽつりと話し始めたわけですが、どちらかが話しているときは、どちらかが茶化して、話してる方もそれに乗っかって面白おかしく話したりなんかして、当初の目的だった怖い話でぞっとしようなんてことは忘れて、和気あいあいとやっていたわけです。
十物語も後半戦に差し掛かり、七話目の途中でしょうか。
私が語っている最中、不意に傍らに置いていた携帯から電話の着信音が鳴り響きました。
出てみると、携帯からは今日来れないと言っていた足立の声がしました。
「どうしたの足立?」
「いやさ、さっき配達のバイト終わったんだけど、最後の配達先がたまたまお前の家の近くでさ、今日はもう直帰していいって事務所の人も言ってるから、まだ佐々木と何かやってたら俺も合流していい?」
と、ドタキャンの連絡から一転した内容の電話が来まして。
これを快諾した私は、佐々木にもそのことを伝え、再度電話口で自分のアパートの住所と、二階の角部屋であることを伝えて、電話を切りました。
足立が来る前にとっとと終わらせてしまおうと、そう考えた私たちは少し走り気味に、怪談をまくしたてるように話しました。
十分ほどたって、佐々木が八話目を語り終えたタイミングで、再度私のスマホの着信音が鳴り響きました。

「もしもしー、山口ー?」
足立の声でした。
「おう足立。お前今どこにいるの?」
「お前のアパートのすぐ前にいるよ」
「そっか、じゃあ上がって来いよ」
「おお…あれ…?なんかお前の部屋暗くね?」
「ああ。今ちょっと電気消しててさ」
「そっか…ン…?あれ…?」

何故か、電話口から聞きなれない足立の戸惑ったような声が聞こえ始めました。
「どうしたのお前。早く上がって来いよ」

そうせかすと、足立の様子はますますおかしくなりました。
しきりに首をひねるような、腑に落ちないといった声が漏れ出ていました。

「うーん…今日さぁ、呼んだのって俺と佐々木だけだよね」
「うん…そうだけどそれがどうしたの?」
「お前の部屋って、二階の角部屋だよね。大通りに近い方の」
「うん、だからはやく」と、さすがにいらだってきた私の言葉を遮るように足立が続けました。

「いやさ、だとしたらお前の部屋にいるのお前と佐々木の二人だけだよね」
「…そうだよ?」
「なんかさ…お前の部屋の窓に、人影が五、六人見えるんだけど」

そういって、唐突に足立からの電話が切れました。
途中からスピーカーにしていたので、今の足立の言葉は佐々木にもはっきりと聞こえていました。

「…これさ、やばくね?」

先に沈黙を破ったのは、佐々木でした。
ふっと顔を上げると、薄暗闇の中でサーっと血の気が引いた佐々木の顔が泣きそうな様子でこちらを見つめていました。
二人とも、オカルトの類が好きでしたので、百物語ではなくても、こういった話をしていると寄ってきてしまうというのは、俗説として耳に挟んでいました。
まさか、自分たちの怪談が、本当に何かを呼び寄せてしまったのか。

「とりあえず…でようか…」

自分の言葉を皮切りに、私たちは我先にと部屋を飛び出し、鍵もかけずに階段を駆け下りました。
細い道路一つ挟んだ向こう側のブロック塀に、何食わぬ顔で佇む足立を見つけるや否や、一斉に駆け寄って問いただしました。
すると、足立はこちらを見るなりなぜかにやにやと笑いだしたのです。

「お前何笑ってんだよ」

街頭に照らされた佐々木は真っ青な顔で、弱弱しい声でそう尋ねました。
「いやさ、怒んないでほしいんだけど」

最早笑うことを隠しもせず、吹き出しながら足立がしゃべり始めました。

「お前らがさ、十物語やってるから脅かしちまえと思って」

それを聞いてすっかり拍子抜けしました。

それからは、怒りよりも、怖さから解放された安堵の方が大きく、大きくため息をつきながら、足立を部屋に連れ込みました。
それから、私たちを怖がらせた代償といっては何ですが、この十物語のトリを彼が担うことになりました。

「これは、俺が実際に体験した話なんだけど」

そういって、大きく深呼吸しながら始まった足立の話は、先ほど私たちがしていた話より、下手したら自分たちが今まで聞いてきたどんな怪談よりも恐ろしく不気味でした。
なにより怖かったのは、普段天真爛漫を絵にかいたような人物である足立が、豹変したかのようにぶつぶつとしゃべっている姿を間近で見続けていたことでした。
足立の喋り口は、抑揚が無いようで、それでいて内容はすっと入ってくるようなもので、佐々木も、無論私もそんな足立の様子に聞き入ってしまい、いつの間にか鳥肌が立ち始め、背筋には冷たいものが走り、心なしか室温も少しだけ下がっていたように感じます。
そんな状態が十五分ほど続き、足立の「これで、おれのはなしはおしまい」という声があるまで、私たちはその場から微動だにすることができませんでした。

十物語が終わってしばらくして、足立が来たことで少しにぎやかになった雑談の中で、ふと足立が用を足しにその場から席を外し、その場には私と佐々木が取り残されました。

「いや、足立の話こわかったな」

佐々木にそう言って笑いかけると、少しして

「なあ、ちょっといいか?」

と、質問を返されました。

「どうしたの」
「いや、さっきの足立の話も怖いっちゃ怖かったじゃん。でもさ、その前のあいつのドッキリみたいなやつも相当だったよな」
「あー、確かに。あいつ演技上手いよな」
「いやそうじゃなくて、あいつさ、俺らが下に降りた時なんて言ったか覚えてるか?」
「え…?確か…お前らが十物語してるからビビらせたくなったって…あれ…?」

言いながら、自分でもこの違和感に気付きました。

「俺らさ、あいつに「俺たち十物語やってるぜ」なんて…一言でも言ったか…?」

確かに。私が今日足立としたコミュニケーションの中で、そんなことは一言も足立に言っていませんでした。
「え…いや…え…佐々木が、言ったんじゃないの?」
「いや違うよ、今日俺あいつと連絡取り合ってないし、始まってからはライト用にずっと地べたにおいてたじゃん」

そういって見せてきたメールの画面には、確かに昨日の時点で連絡が途絶えている様子が確認できました。

「え…え…?あれじゃあ…」

混乱する私を他所に、佐々木が冷静な口調で

「あいつなんで、俺たちが十物語やってること知ってたんだ…?」

そう、呟きました。
だんだんと、温まってきた空気が冷えていくような、そんな気配を感じました。
忘れていた背筋のこわばりが、徐々に蘇ってきました。
とにかく、このまま二人で話し合っていても埒が明かないと、足立がトイレから帰ってくるのを待ちました。

5分経ち、10分が経ち、足立は帰ってきませんでした。
こうなると、怖さよりも心配が勝った私たちは二人でトイレに向かいました。

「足立ー?どうしたのー?」
かなり大きめの声で佐々木が声を掛けましたが、中から返答はありません。
「開けるぞー」
そういって、鍵のかかっていないドアノブを捻りました。

中はもぬけの殻でした。

からっぽの室内に明かりは灯っておらず、薄暗い闇の中で便器がポツリと佇んでいるだけでした。
私と佐々木は顔を見合わせて、居間に戻ると、消えたのは足立だけではないことに気付きました。
脇に抱えて持ってきたバッグ、いつも履いている紺色のスニーカー、その他もろもろの足立の所持品がいつのまにか煙のように消えていました。

最早声も出ませんでしたし、議論する気にもなれませんでした。
何故か、足立に連絡しようだとかそんな気は一切起きませんでした。
脳裏には先ほどの足立の語り口が、延々と蔓延っていました。

翌朝、朝一で1限があった私たちは眠い目をこすりながら登校しました。
1限の講義室に入ると、そこには普段と変わらない様子で携帯をいじる足立の姿がありました。

「足立!」

おもわずそう呼びかけると、足立がこちらを振り向き、申し訳なさそうな笑顔で

「おう!ごめん昨日いけなくて!」

と、言いました。

この言葉に、私たちは頭が真っ白になりました。

「え…行けなくてってどういうこと?」
私が問いかけるより先に口を出したのは佐々木でした。

「いやどういうもなにも…昨日いけなかったからごめんって」
「は?いやお前来たじゃん昨日」

佐々木が詰め寄ると、足立は訳が分からないという風に眉をひそめ、
「行ってないよ。第一おれ山口に連絡入れたじゃん。バイトで行けないって」
佐々木はそれに、昨日足立からその後連絡が来たこと、足立が私たちを脅かしたことなどを、次々とまくしたてました。
ですが、当の本人は自分が連絡をしたこと以外は身に覚えがないといった様子で、話は平行線をたどりました。

その中で佐々木が、昨日足立が怪談を話したことについて触れている中で、私はあることに気付き、興奮気味に話す佐々木を制止しました。

「おい。佐々木、ちょっと」
「え…なに?どうしたの」

私は傍らでひたすら困惑している足立を見ながら、
「昨日さぁ、こいつさぁ、怖い話したじゃん」
と、恐怖で震える声を必死で抑えて言いました。

「うん…それが何よ」
「いや…あれ…怖かったよな?」
「うん。めちゃくちゃ怖かったよ…あれ…」
恐らく、佐々木も同じ事に気が付いたのでしょう。
私はそれを確かめるように訊きました。

「お前さ…昨日の怪談…どんなだったか覚えてる…?」

佐々木の血の気が、見る間にさっと引いていくのが分かりました。
確かに、昨日足立が話した怪談は、私たちがあの夜に話したものの中でなにより怖いものでした。
背筋に冷たいものが走り、鳥肌が立ち、室温までもが低くなっていくのを感じたことは鮮明に思い出せる。
ですが。

誰が、どこで、何をして、どんな目に遭って、其れの何が怖かったのか。
それらが、全くと言っていいほど、記憶の中から姿を消しているんです。

百物語というのは、前述の通り暑苦しい日本の夏を少しでも涼しく快適に過ごすという目的で開かれる、一種の納涼のようなイベントである一方で、百話目を語り終えると本物の怪異が現れるといった、「降霊術」のような側面があるんです。

あの日、あの夜、あの部屋に、現れた者は、一体何だったんでしょうか。
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