怪談

馬骨

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がしゃがみシリーズ

がしゃがみ-序

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 もう二十年以上前になる、忘れられない夏の話。

 俺の親父は小学校の教師をしていた。それまで務めていた都内から地方の小学校に配属となった折に、一家そろっての赴任となった。

 その当時、日本の地方の山奥にはとなりのトトロに出てきそうな農村が数多く残っており、親父の配属先もそんな人口の少ない農村の一つだった。

 そこで俺は、今もなお続く悪夢の、根幹こんかんとなった体験をすることになる。忘れることのできない記憶だ。

 その当時の俺は小学六年生だった。

 引っ越した先の少ない児童数で、学年が一緒くたに構成されたクラスの中、一番最初に友人になったのが、同学年の菊也きくやという、その学校を仕切っているような立場のガキ大将だった。

 粗野そやながらスカッとした男気溢れる性格の菊也と、同じように正義感溢れる俺は、最初はウマがあったが、ある時を境に決裂することになった。

 それは、同じクラスだった和夫かずおという男児を菊也がいじめていたことが発覚したからだ。

 和夫は五月の頭ほどから体調不良により学校に来る日がまばらになり、それに元来の性格もあいまってか、クラスではほぼ死人のような扱いだった。一応、俺の顔合わせの日に教室にいたらしいのだが、その後来ることはなくなってしまっていて、一週間たってようやく教室全員の顔と名前が一致するようになってからは、俺の記憶から薄れてしまっていた。

 ある日、菊也と一緒に登校した俺は、花束が置かれた和也の席に、菊也の取り巻きの則夫のりおが落書きをしているところを発見した。

 タチの悪い嫌がらせを咎めようとする俺のそばで菊也が「もうおっちんじまってるかもな、早めの葬式だべ」と冷笑気味に零した。その残酷な言葉と態度に、俺はかっと来てしまった。

 厳粛げんしゅくな父親の元育った俺は性質柄、そのような発言を許せなかった。

 だから事の一切を問わず、次の瞬間には菊也をぶん殴ってしまっていて、それから二人が言葉を交わすことはしばらくなかった。

 その後俺は、件の和夫といういじめられっ子と遊ぶことが増えた。人口の少ない農村でさえ孤立している和夫が不憫でならなかったからだ。とはいえ、和夫が学校に来ることはなかったため、放課後や休みの日に俺の家から少し離れた、山に近い田んぼの中にぽつんと佇んでいる家まで赴いていた。

 和夫は、ひ弱で、色白で、いきもの好きという、今の時代でもいじめの対象になってしまいそうな特徴を持った子供だった。兄弟、父親はおらず、母親と一人暮らしだった。おまけにその当時の言葉で言う、チックなところがあり、時々空を見つめてはぼおっとしながらよだれを垂らしていたり、どこか会話がかみ合わないこともあって、当初はかなり動揺したが、俺は子供らしい純粋な正義感から、和夫を守るというような意味合いもあって、毎日和夫宅に通い、すぐに親交を深めていった。

 しかし、お互いの家に行き来するような間柄になってから、俺は少しづつ、和夫という男児に違和感を抱いていった。

 まず初めに、和夫は体調不良で学校を休んでいるという所だったが、俺の目からはそんな様子が一切感じ取れず、むしろひ弱な体格を覗けば良好な健康状態に見えた。
 その当時それほど心の病というものは浸透していなかったため不思議に思ったものの、これも和夫の個性であると受け止めて、そのことについて深い詮索はしなかった。

 次に和夫は生き物好きだったが、少し度を越しているというか、異常なほどに固執しているところがあった。
 俺と野外で遊ぶとき、和夫は常に大きめの虫かごをぶら下げており、帰ってくる頃になるとその中ほどまでには、虫だの、爬虫類などの生き物がひしめいているのである。

 道中、あぜ道などで少しでも生き物の気配があれば、普段の緩慢かんまんな動作からは信じられないほど俊敏な動きで捕獲して、すでに何匹かは死んでいるであろう虫かごの中に、乱雑に入れる。

 生き物好きというのが一般に抱えるイメージは、採集して、育てる。それまでがセットだが、和夫の場合は採集することそのものが目的のようだった。

 大量の虫を取ってきてなお、彼の自室は整然としており、虫や動物の気配など微塵もしない。取ってきた獲物は机の上に無造作に置き、しばらく放置している。その事が気になって「虫かごはどうするの」と聞くと、近場の低山のどこかに所有している秘密基地なるものに集めて、一手に面倒を見ているのだという。

 ガサガサと気味の悪い音をくぐもらせている黒い塊が入った虫かごを横目に、和夫は何食わぬ顔で談笑を始める。大きな虫かごの中、小さな命が一粒一粒、同じような命の重みに耐えきれず、溺れていき、次第に気味の悪い音は小さくなっていく。その事が気になって気になって仕方がなく、和夫の話など微塵も頭には入ってこなかった。

 彼の母親、弘子ひろこが彼にとる態度もまた、異様であった。よそよそしいとも違う、冷たいでもない、なんとなく他人行儀な態度。学をつけてから振り返ると、という表現がぴったりな気がした。

 村内を和夫と母親が二人で歩いているのを見かけた事が何度かある。

 和夫は黒い塊が薄く積もった大きい虫かごをぶら下げて、あぜ道の側溝や、稲穂の根元を凝視しつつ大股で歩を進める。弘子はその三歩ほど後ろでうつむき加減にとぼとぼ着いていく。うつむき加減に、時折和夫の方に視線をやりつつ、また視線を地面に戻す。親子の仲睦まじい様子とはかけ離れていたものだった。そしてそれは彼の家に招かれる時、より如実に表れた。

 弘子は実の息子と、一切目線を合わそうとしない。和夫家の狭い上がりかまちをまたぐとき、「お帰り」と一段と調子を張り上げる和夫の声に返ってくるのは、なんとも頼りない「はーい」という声だけだった。

 彼の生き物に対する偏愛や、歪に見える親子関係。目に見えて現れる異常のすべてが、当時の俺にとって徐々に重荷になっていき、菊也との決裂後に教室にて完全に孤立していたこともあって、六月に入り、じめついた空気がまとわりつくころには、俺の中で和夫との交流はなにか、やらなければならない義務のような苦しいものへ変化していた。

 だが、そんな日々は唐突に終わりを告げる。
 
 和夫がある霧雨の晩、突然行方不明になったのだ。
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