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がしゃがみシリーズ
がしゃがみ-中
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数日後、ひどくおぼつかない足取りで出席した葬式で覚えているのは、放心した菊也の母親と、父親の眼差しだけギラギラしているやつれ切った顔。同級生たちの号泣する声と、ひそひそと自分のことを噂する話し声。
そして、和夫の母親。弘子の、ぎらついた目つき。
「小野君…?小野忠くん…?」
弘子は、俺が式場を少し離れた空き地で一人でいるところに、突然声をかけてきた。
「あ…どうも…」
「和夫がお世話になったみたいで…満足にお礼も言えてなかったから…ありがとうね…」
他人の葬儀でする話ではないだろうと思ったが、それを言う気にはならなかった。
弘子も菊也のと同様に憔悴しきったような様子で、それでいてどこか異常な生気を感じさせる瞳が、こちらを意味ありげに見ていたからだ。
「いえ…こちらこそ」
そう力なく返すと、弘子はそれきり何も言わず、こちらを落ちくぼんだ目でなにやらじろじろと見ている。
「あの…まだなにか…?」
「あ…えっとね…渡したいものがあってね…」
弘子がバラバラと泳がせていた視線が、徐々に手元に収束していく。その手元には、『日記ちょう』と拙い文字で書かれた黄ばんだノートが握られていた。
その筆跡には、見覚えがあった。
「そのノートですか?」
「あ…そう…和夫の日記みたいで。最近出てきたんだけど…」
「なんで僕に…?」
そう問うと、和夫の母親はグッと押し黙った。受け取りたくないという本音が漏れていたのだろうか。だが、そうだとしてもこちらになんの落ち目もない。むしろ清々しい態度で拒絶してやろうと向き直った。なおも、弘子はだまりこくっていた。
奇妙な静寂が辺りを包む。
「…わたし最近ずっと和夫が怖かったの…」
弘子がやっとの思いで一言一言吐き出した独白は、俺にとってはさほど意外なものでもなかった。
だが。
「あの子、突然気が狂ったみたいに生き物が好きになって…」
「え…ずっとじゃなかったんですか?」
「いやずっとなんだけど…前はね…」
その時、遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえた俺は、一瞬弘子から視線を逸らした。そのすきに近づいてきた弘子に強引に手を掴まれ、押し込められるような形で古ぼけた和夫の遺品を握らせられた。
「ちょっと!!」
慌てて、ばっちいものでも触るかのように親指と人差し指でつまんだノートを弘子に押付けた。それでも受け取らない。両手を前に押し出してひたすら謝りだした。
「ごめんなさいごめんなさい…」
「なんなんですかいきなり!これ渡して何になるって言うんですか!」
俺の言葉に、パッと顔を上げた彼女は、一瞬口をへの字に弱々しく曲げたと思うと、絶叫を上げた。
「書いてるの!!!」
「…え…?」
「今日ノート開いて見たらね…昨日の日記が書いてあったの…」
遂に、気が狂ったのだろうかと思った。いや、今考えるとそうであればどれほど良かったか。
「何言ってるんですか…」
「私もう限界なの…怖いの…」
そう弱弱しく言い放つ彼女の声と体は、尋常ではないほどの震えを見せていた。両目の端から大粒の涙がいく筋もこぼれ落ちる。
その迫力に絶句していた次の瞬間、和夫の母親は走り去ってしまった。一人残された俺はだだっ広い空き地で、古ぼけた和夫の遺品を手に立ち尽くしていた。
帰路に着いた俺は、「ノートを捨ててしまえ」という衝動に幾度となく襲われた。
しかし結局のところ、俺はその時未だに和夫に対して友情というか、同情をしていたのかもしれない。
家の戸口を潜った俺の手には、カズオのノートが弱弱しく握られていたのだから。
とはいえ自室に戻るとやはり俺は、狭い空間に得体のしれない故人の、死後に人知れずなされた記述がある日記帳が存在する現実に耐えきれなかった。再び捨てようか思案している中、ある考えが浮かんだ。
「得体が知れないものであれば、それを解明すればいいだけの話ではないか」と。
思うに怖いという感情は「未知」なるものが目前に迫るからこそ芽生えるのだ。ならば、その手の内をこちらから探てしまえばいいのだと。その時の俺は幼いなりに、無理くりにノートから漂う怖気を克服する術を編み出したわけだ。
―――見よう。このノートを読んでみよう。
ある意味前向きな気持ちになってみると、どうやら心の中にくすぶっていた好奇心が一気にその領域を大きくしたように思えた。
―――そうだよ。もし日記に、ありえるはずのない記述がされていたとして、死んだ和夫に今更何が出来るっていうんだ。もしなかったらそれはそれで、和夫の母さんの見間違いで済む話じゃないか。
なぜか、心のどこかで自分自身が抱く「読まずに捨てる」という考えを排斥しているように思えた。あれだけ薄気味悪かった和夫のノートは、短い葛藤の後どこか宝の地図のような輝きを放ってさえいた。
―――これは、ある意味”供養”なんだ。和夫の墓参りみたいなもんなんだから、少々薄気味悪くても当然なんだ。
そうして、怖さを必死に霧散させてノートの最初のページをめくった俺を襲ったのは、何とも呆気ない”普通”だった。
中には、去年の二月程からの日記が書かれていた。
日記といっても一日の詳細を書いていたわけではなく、「2/12とうげの沢まで散歩。夕日がきれい。夜はまだ寒い」とか、「3/20終業式が近い。学校が短くて楽。」とか、広々と引かれた罫線のそれでも一行ほどで収まるぐらいの、味気ない淡白な日記である。
そのうち、似たような何の変哲もない日常の記述にしびれを切らした俺はページをめくる速度を上げた。中ほどまで進んだところで、めくる手が徐々に落ち着いていく。
さっきの味気ない日記とは違い、明らかに熱がこもった様子の筆跡が見えてきたからだ。
一行ごとに続いていた日時の記述は、徐々にその感覚を広めていき、次のページまで日記が続いていることもあった。筆圧が不自然に強い。整然とした字ではなく、殴り書きのような乱暴な字で何かを書いている。
俺は、和夫が亡くなった日に近づくにつれその様子が増していくことに、少なからず恐怖を感じ始めていた。ようやく白紙のページが見えて、数枚戻ったところで最後の記述を見つめた。鳥肌が粟粒のように、ぽつりぽつりと立っていった。
「6/14 行かなきゃ よんでる おなかすかせて まってる かわいそう えさ やらなきゃ がしゃがみ ばんざい がしゃがみ ばんざい」
このたった数文字が、後の二、三枚のページまで薄い跡を残すほど濃い字で書かれていた。
罫線などないかのように、まるで注意書きのポスターのように紙一面に縦横無尽に書かれていた。
それよりも、俺はある考えで頭がいっぱいになっていた。
六月十四日は、和夫の命日だ。
「んぐ…!」
鶏の絞められたような声が、喉の奥から漏れる。吐き気を催していた。
恐怖、なんてものではなかった。これを書いた時の、和夫の血走った目がノートを通してこちらを彼岸から見つめているようで。
なぜ気づかなかったのだろう。考えてみれば、おかしなことでもない。和夫が死の直前まで日記を書いていたとすれば…。
いや。
いや、やはり。
和夫が居なくなったのが判明したのは、六月十四日。弘子によれば、和夫は朝気付いたら居なくなっていたという。なのに、この日記には「6/14」とある。つまり和夫は六月十四日の零時以降にこの日記を書いてから、あの秘密基地へ赴いたのだ。
その時間まで起きていたのか、それとも途中で目覚めたのかは定かでは無いが、なぜだか知らないが和夫は一日の始まり、まだ陽も昇らない内にわざわざその日の記録を書いたのだ。
これまでの記述から、和夫はその日あった出来事をこのノートに書き留めている。これは和夫に限らず他の日記を書くものにも言えることだ。
以前の学校で毎夏出されていた、絵日記を思い出した。
俺も、クラスメートもその日の夜に、その日あった出来事を書く。
毎日書かなければならないから、なんでもいいから何かやる。何も出来なければ、何も書けないから。
もしかすると、和夫は。
六月十四日は、これ以降何も日記に書くようなことがないことを知っていたのではないだろうか。
いや、正確にはもう何も出来ないことを。自分はもう、再び鉛筆を握ることはないことを。
和夫は、自分がこの日殺されることをこの時点で知っていたのではないだろうか。
呆然と、手元のノートをもう一度まじまじと見つめる。何の変哲もない、それでいて、とてもグロテスクなものを見ているようで、気分が果てしなく悪くなってくる。
それでも何か気味の悪い背徳感のような衝動に支配された俺は、ページをペラペラと逆行し始めた。
数枚めくった後で、気になる記述を見つけた。文字というよりも、四行ほどの文章の下に、色付きの絵が描かれていたからだ。
「4/24 裏山で石を見つける。平べったいかたち。おはぎににている。重ねておかれていた。横、五センチと、二ミリ。たて、三センチちょうど。気にいったので、キチに保管。ヤマトとなでしこに餌やり。」
こういった記述の下に、その拾ったであろう石の絵がでかでかと描かれていた。下に向かって広々とした、丸っこい台形の形をした石の絵。おそらく原寸大で描かれたであろうその石には、緑の線が散らばっていて、どうやら苔むしたものであるようだった。
何の気なしに次のページをめくる。筆跡が少し不安定なようで、何か焦って書かれたもののような印象を受けた。
「キチが誰かにあらされる。おかしい。誰も知らないはず。虫かごがぜんぶカラになっていた。ヤマトも、なでしこもいない。にがしてない。ころされた、ころされた。ヤマトの羽と、なでしこのしっぽがちらばっていた。ほかにかってたやつも全員、ころされた。あと、ながいかみの毛。竹のジョーギ1ほんぶんくらいのでかい手のあとがのこっている。手であるいてるみたいだ。こんなやつ村でみたことがない。怖い。もうキチにいけないかもしれない。4/25」
思わず首をかしげた。何が起きているのか、俺にはまだわからなかった。続々と、俺はおもむろにページをめくった。
「4/26 夕方目の前を走っていたトカゲをつかまえた。でっかくはないけど、形がきれいな。名前はミカンにした。けどほかにいい名前があったらそれにする。いまはまだ、仮名。きちにはおいていけないから、えんがわにおいた。お母さんはイヤな顔をしている。ごめん」
「4/27 昼に、天気がよかったのできちにいってみた。かみの毛も、手型もあったけど、このまえよりかは怖くない。でもまた荒らされるかもしれないからテンキョした。前のはみつかりやすいところにあったから、もっと森のおくの方まで。前のキチで下にしいて使っていた、大きい布でテントをはった。これではいろうと思うやつはいなくなるだろう。中にあったお気にいりも、いっしょにもっていった。布をうまくはれたので、外からは見えない。なんだかキチらしくなったとおもう。うれしい」
どうやら、前のキチは外から見えるかたちで、あけすけに開かれていたようだった。だから秘密基地という名称が使われていないのかと思った。
「4/28 へんなゆめをみた。こわい。まだ心ゾウがなってる。あせもすごくかいた。すごくこわい。キチでだれかが、はいってこようとしてた。おかあさんのこえだけど、ぜんぜんちがう。おいでおいでって。こわいこわい。わすれられない。いやなきもち。きぶんがわるかったので、がっこうはやすんだ。すごく怖かったけど、きちにいってみたらだれにもあらされてなかった。よかった。」
俺はこの日の日記を繰り返し読み、はてなと思った。似たような話を聞いたことがあったからだ。そしてすぐにそれが、菊也が亡くなる前日に俺に話していたことであると気づいた。
「4/29 またあのゆめ。おとうさんもいた。おとうさんのこえがたべようって。こわいけど、わからない。いきたくなった。いやなかんじで、すごくこわいのに。ちょっといきたくなった。なんでかな。お父さんのこえがしたからかな。こわかったけど、キチにいったらきのうとおなじだったから、一安心。今日も学校はやすんだ。」
和夫の父。名前は聞いたことはないが、和夫が産まれる前に病気で亡くなっていた。
誰かが、入ってこようとしている夢。
「たべよう」と、「おいで」。
死人が誘う。
都合が良すぎるほどに、菊也の証言と似通っている。
それから、一週間ほど同じような記述が続いていた。同じような怖い夢を見て、学校を休んだ。それの繰り返し。中には一行程度しかないものもなかったが、一つだけ奇妙な点があった。
初めてその夢を見て以降、怖い夢であることは明記されているが、それと同時に基地の布を開けてみたくなったとの、感情が矛盾した記述がみられることだ。
しかもそれは日を経るごとに、「こわい」よりも、「いきたくなった」とか、「あけたくなった」という、ある種の好奇心の方が勝っているようなそんな様子だった。まるで、理性が本能を必死で拒絶しているように見えた。
そしてついに、その日は訪れた。
「4/30 あけた、あけた。あけちゃった?あけられた。あけました。がしゃがみがいた。たべた。おなかいっぱい。やまととなでしこも、たべた。おいしかった。お母さんのごはんより、がっこうのきゅしょくより、おいしい!」
開けた、とはおそらく張ってあった天幕を取った後の、何かとの邂逅を指しているのだろう。
その下いっぱいに描かれた何かのイラストがそれを物語っていた。
右下に、和夫の顔とみられる絵が載っていた。
満面の笑みで、何かをほおばりながら、中央に描かれた何かを見ている。アンパンのように描かれた和夫の手はその何かの少し下の、真っ黒な塊に差し出されていて、それを食べているようだった。しっぽや触覚のようなものが見えて、その塊が虫や小動物の塊であることを悟った。ヤマトとなでしこも、恐らくはその中に。
そして何かは、そんな和夫を見下ろすように佇んでいた。少し膨らんだ頭頂部から伸びる無数の毛髪が、顔を完全に、身体はまばらに覆い隠して、その隙間からわずかに細長い手足が覗き見えた。何より異様なのは、それが絵だけでわかるほど、ありえないほどの長身ということだった。絵の右斜め上には、矢印付の「がしゃがみ」の文字が、それを指していた。
驚愕とも違う、ゆったりとした怖気が腹の中でぐるぐる回っていた。
異変の一言では片付けられないほど、和夫は狂っていた。
菊也が言っていた、「和夫がおかしくなった日」というのも、時期的に考えてここ辺りであることが、それを裏付けているようだった。
「5/1 今日も夢を見た。こわかった。たべるものがなかった。もってこいっていわれたからもっていった。いろんな虫、トカゲ、やもり、カエル、なめくじ、かたつむり。ひみつきちにもっていった。おそなえもの、おそなえもの。がしゃがみ、ばんざい」
「5/2 おいしいおいしい。ゆめのなかだと、おいしいおいしいい。むしよりとかげ、とかげより、カエル。おっきい方がおいしい。がしゃがみ、ばんざい。」
「5/3 きくちゃんに、おこられた。はなしをきいてないって、虫取りはいやだって。おいしいのに、こんなにおいしいのに。おいしいおいしい。がしゃがみ、ばんざいばんざい。」
「5/4 おいしい。虫はぼりぼり。とかげはむしゃむしゃ。かえるはもぐもぐ。おいしい。がしゃがみ、毛がぬけてる。かおみえる。見てる、こっち。こわい。おいしい。ばんざいばんざい」
しばらくこんな調子で、夢の内容の話が続いた。そこには、がしゃがみという何かが夢の中で、和夫が日中捕まえてきた虫や小動物を和夫自身に食べさせていること。そして、和夫がそれを何より望んでいることが書かれており、それに伴って徐々に菊也が和夫を避け始める様子が、断片的ながら書かれていた。
がしゃがみの様子も少しながら変わっているようだった。全身を覆うように伸びていたかみの毛が少しずつ抜けはじめ、覗き始めた顔に浮かぶ両眼が、お供え物を食べ続ける和夫を眺めており、それに少なからず和夫が恐怖を抱いていることが書かれていた。
ただならぬ不穏な気配の中で、俺は漠然とした恐怖の中、少しづつ考えをまとめていった。
4/25
和夫が森の中で妙な石を拾った翌日、何者かにキチを荒らされる。そしてその何者かは、日記内のがしゃがみのそれと酷似した共通点を持っている。
4/27~29
基地の移転。今までは敷物代わりにしていた布を、木枠にかぶせる形でテントのように設置した新設キチにしたことで、荒らされることはなくなった。同日の晩に、はじめてがしゃみの夢を見る。この当時は未だ、がしゃがみにたいして強い恐れと警戒心を抱いている。翌日もその次もしばらくは同様であるが、徐々に好奇心が不自然に拡大していく。このころから学校を休みがちになる。
4/30~5/4
がしゃがみとの邂逅。姿かたちからして、キチを荒らした何者かと同様である可能性が高いが、和夫はそれに気づいている様子はない。代わりに、がしゃがみと、それが振る舞う食べ物にひたすら執心している。日記内の記述もそれが大半を占め、このころ菊也や和夫の母親が和夫の異変を感じ始めたことから、おそらく寝ても覚めても夢のことを考えていたのだろう。和夫はだんだんと欲が出てきており、食べ物が虫から小動物へと、わかりやすく量が増えている。
そして…。
「5/26 えさがきた。がっこう。 おおきいのが。 虫足りない。とかげいない。おおきいえさ。きくちゃんだめ。だめ。あげちゃだめ。」
戦慄した。5月26日。俺が転校してきた日だ。「えさ」とは、俺のことを指しているのか。まさかと頭を振った俺の淡い期待は、早々に打ち破られた。
「5/27 がしゃがみ おこる たりないたりない。こわいこえ、こわいかお。まっしろ。まっかな目。 つれてこい。まさかず きみこ じろう けんた はなよ のりお よねじ。やせっぽち。きくちゃん。ふとってる。きくちゃんだめ。きくちゃんだーめ。てんこーせー、えさ。てんこーせー、いい。」
「5/28 がしゃがみ いしくれた。ひろったいし。まるいいし。みどりいろ。いっぱい。おいてこいって。めじるしだ。がしゃがみ、ばんざい。おいてくる。おいてくる。まさかずのいえ。きみこのいえ。じろうのいえ。けんたのいえ。はなよのいえ。のりおのいえ。よねじのいえ。きくちゃんのいえ。てんこーせーのいえ。ぜーーーーーーーーーーーーんぶ、たべる。たのしみ」
「5/29 たべもの、くれない。おなかへった。なんで。おいたのに。きくちゃんのいえ。おいたのに。きくちゃんの、とかげとくわかた。もっていったのに。ばりばりたべた。ぜんぶ、がしゃがみがたべた。ずるい。おなかへった。かみがぬけてる。さいごのかみ。まっしろ。まっしろ。まっか。だっぴみたい。ばんざい。だっぴばんざい。」
「5/30 がしゃがみ はいれない みんなのいえ とびら しまってるから みんながあけたらはいれる ぼくがぬのをとったときみたいに みんながあけたら はいって たべる みんなを ぼくも たべる みんな がしゃがみ おこってる ぼくがわるいって おまえのせいだって おまえなんかにしなきゃよかったって かなしい ないた がしゃがみもぼくも ないた おなかがへった むし まずい! とかげ すくない! 人! ヒト! ひと」
めまいがするような気持だった。出会った当初から和夫は俺のことを、友達なんて思っていなかったのだ。
自らが作り上げた”がしゃがみ”なる空想上の怪物の供物として、俺に接していたのだ。
少し休もう。あまりのショックにそう思いいたって、大の字になって寝ころんだ時だった。
机と、壁の隙間が見えた。こちらに越してきてから、一度も見たことがない不思議な空間だった。
その奥に、カゲがある。丸っこく、黒々としたカゲ。
何の気なしに、手を伸ばす。次第に、上半身はその体をぴったりとつけて、腕がより長く潜り込めるように。
しばらくして、振り回していた中指にざらりとした感触が伝わった。それから、薬指、人差し指、手のひらと。その感触は伝播していく。
暗闇の中に鎮座していたそれを掴み、蛍光灯の明かりの中に取り出した。
それは苔むした、丸い、おはぎのような形の石だった。
手触りは硬く、石だというのに生臭い匂いがした。
恐ろしい直感が胸中を支配した。これは。
めじるし。がしゃがみのお供え物であるという、目印だ。
それまで俺はどこかで、和夫の恐怖を抱きながらその実これはもう過去のことなのだと、安穏とした心境に陥っていた。
だが、この石の出現は俺を、日記の中の世界へと一気に引きずり込んだ。
しばらく茫然自失としていると、床に見慣れない紙切れが落ちているのに気づいた。
材質からして、和夫のノートの切れ端だった。
乱暴に破られたものが、何故かノートのページのどこかに挟まれてあったのだ。
それが、何かの拍子に落ちたのだった。
俺はそれに、恐る恐る手を伸ばした。
そして、和夫の母親。弘子の、ぎらついた目つき。
「小野君…?小野忠くん…?」
弘子は、俺が式場を少し離れた空き地で一人でいるところに、突然声をかけてきた。
「あ…どうも…」
「和夫がお世話になったみたいで…満足にお礼も言えてなかったから…ありがとうね…」
他人の葬儀でする話ではないだろうと思ったが、それを言う気にはならなかった。
弘子も菊也のと同様に憔悴しきったような様子で、それでいてどこか異常な生気を感じさせる瞳が、こちらを意味ありげに見ていたからだ。
「いえ…こちらこそ」
そう力なく返すと、弘子はそれきり何も言わず、こちらを落ちくぼんだ目でなにやらじろじろと見ている。
「あの…まだなにか…?」
「あ…えっとね…渡したいものがあってね…」
弘子がバラバラと泳がせていた視線が、徐々に手元に収束していく。その手元には、『日記ちょう』と拙い文字で書かれた黄ばんだノートが握られていた。
その筆跡には、見覚えがあった。
「そのノートですか?」
「あ…そう…和夫の日記みたいで。最近出てきたんだけど…」
「なんで僕に…?」
そう問うと、和夫の母親はグッと押し黙った。受け取りたくないという本音が漏れていたのだろうか。だが、そうだとしてもこちらになんの落ち目もない。むしろ清々しい態度で拒絶してやろうと向き直った。なおも、弘子はだまりこくっていた。
奇妙な静寂が辺りを包む。
「…わたし最近ずっと和夫が怖かったの…」
弘子がやっとの思いで一言一言吐き出した独白は、俺にとってはさほど意外なものでもなかった。
だが。
「あの子、突然気が狂ったみたいに生き物が好きになって…」
「え…ずっとじゃなかったんですか?」
「いやずっとなんだけど…前はね…」
その時、遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえた俺は、一瞬弘子から視線を逸らした。そのすきに近づいてきた弘子に強引に手を掴まれ、押し込められるような形で古ぼけた和夫の遺品を握らせられた。
「ちょっと!!」
慌てて、ばっちいものでも触るかのように親指と人差し指でつまんだノートを弘子に押付けた。それでも受け取らない。両手を前に押し出してひたすら謝りだした。
「ごめんなさいごめんなさい…」
「なんなんですかいきなり!これ渡して何になるって言うんですか!」
俺の言葉に、パッと顔を上げた彼女は、一瞬口をへの字に弱々しく曲げたと思うと、絶叫を上げた。
「書いてるの!!!」
「…え…?」
「今日ノート開いて見たらね…昨日の日記が書いてあったの…」
遂に、気が狂ったのだろうかと思った。いや、今考えるとそうであればどれほど良かったか。
「何言ってるんですか…」
「私もう限界なの…怖いの…」
そう弱弱しく言い放つ彼女の声と体は、尋常ではないほどの震えを見せていた。両目の端から大粒の涙がいく筋もこぼれ落ちる。
その迫力に絶句していた次の瞬間、和夫の母親は走り去ってしまった。一人残された俺はだだっ広い空き地で、古ぼけた和夫の遺品を手に立ち尽くしていた。
帰路に着いた俺は、「ノートを捨ててしまえ」という衝動に幾度となく襲われた。
しかし結局のところ、俺はその時未だに和夫に対して友情というか、同情をしていたのかもしれない。
家の戸口を潜った俺の手には、カズオのノートが弱弱しく握られていたのだから。
とはいえ自室に戻るとやはり俺は、狭い空間に得体のしれない故人の、死後に人知れずなされた記述がある日記帳が存在する現実に耐えきれなかった。再び捨てようか思案している中、ある考えが浮かんだ。
「得体が知れないものであれば、それを解明すればいいだけの話ではないか」と。
思うに怖いという感情は「未知」なるものが目前に迫るからこそ芽生えるのだ。ならば、その手の内をこちらから探てしまえばいいのだと。その時の俺は幼いなりに、無理くりにノートから漂う怖気を克服する術を編み出したわけだ。
―――見よう。このノートを読んでみよう。
ある意味前向きな気持ちになってみると、どうやら心の中にくすぶっていた好奇心が一気にその領域を大きくしたように思えた。
―――そうだよ。もし日記に、ありえるはずのない記述がされていたとして、死んだ和夫に今更何が出来るっていうんだ。もしなかったらそれはそれで、和夫の母さんの見間違いで済む話じゃないか。
なぜか、心のどこかで自分自身が抱く「読まずに捨てる」という考えを排斥しているように思えた。あれだけ薄気味悪かった和夫のノートは、短い葛藤の後どこか宝の地図のような輝きを放ってさえいた。
―――これは、ある意味”供養”なんだ。和夫の墓参りみたいなもんなんだから、少々薄気味悪くても当然なんだ。
そうして、怖さを必死に霧散させてノートの最初のページをめくった俺を襲ったのは、何とも呆気ない”普通”だった。
中には、去年の二月程からの日記が書かれていた。
日記といっても一日の詳細を書いていたわけではなく、「2/12とうげの沢まで散歩。夕日がきれい。夜はまだ寒い」とか、「3/20終業式が近い。学校が短くて楽。」とか、広々と引かれた罫線のそれでも一行ほどで収まるぐらいの、味気ない淡白な日記である。
そのうち、似たような何の変哲もない日常の記述にしびれを切らした俺はページをめくる速度を上げた。中ほどまで進んだところで、めくる手が徐々に落ち着いていく。
さっきの味気ない日記とは違い、明らかに熱がこもった様子の筆跡が見えてきたからだ。
一行ごとに続いていた日時の記述は、徐々にその感覚を広めていき、次のページまで日記が続いていることもあった。筆圧が不自然に強い。整然とした字ではなく、殴り書きのような乱暴な字で何かを書いている。
俺は、和夫が亡くなった日に近づくにつれその様子が増していくことに、少なからず恐怖を感じ始めていた。ようやく白紙のページが見えて、数枚戻ったところで最後の記述を見つめた。鳥肌が粟粒のように、ぽつりぽつりと立っていった。
「6/14 行かなきゃ よんでる おなかすかせて まってる かわいそう えさ やらなきゃ がしゃがみ ばんざい がしゃがみ ばんざい」
このたった数文字が、後の二、三枚のページまで薄い跡を残すほど濃い字で書かれていた。
罫線などないかのように、まるで注意書きのポスターのように紙一面に縦横無尽に書かれていた。
それよりも、俺はある考えで頭がいっぱいになっていた。
六月十四日は、和夫の命日だ。
「んぐ…!」
鶏の絞められたような声が、喉の奥から漏れる。吐き気を催していた。
恐怖、なんてものではなかった。これを書いた時の、和夫の血走った目がノートを通してこちらを彼岸から見つめているようで。
なぜ気づかなかったのだろう。考えてみれば、おかしなことでもない。和夫が死の直前まで日記を書いていたとすれば…。
いや。
いや、やはり。
和夫が居なくなったのが判明したのは、六月十四日。弘子によれば、和夫は朝気付いたら居なくなっていたという。なのに、この日記には「6/14」とある。つまり和夫は六月十四日の零時以降にこの日記を書いてから、あの秘密基地へ赴いたのだ。
その時間まで起きていたのか、それとも途中で目覚めたのかは定かでは無いが、なぜだか知らないが和夫は一日の始まり、まだ陽も昇らない内にわざわざその日の記録を書いたのだ。
これまでの記述から、和夫はその日あった出来事をこのノートに書き留めている。これは和夫に限らず他の日記を書くものにも言えることだ。
以前の学校で毎夏出されていた、絵日記を思い出した。
俺も、クラスメートもその日の夜に、その日あった出来事を書く。
毎日書かなければならないから、なんでもいいから何かやる。何も出来なければ、何も書けないから。
もしかすると、和夫は。
六月十四日は、これ以降何も日記に書くようなことがないことを知っていたのではないだろうか。
いや、正確にはもう何も出来ないことを。自分はもう、再び鉛筆を握ることはないことを。
和夫は、自分がこの日殺されることをこの時点で知っていたのではないだろうか。
呆然と、手元のノートをもう一度まじまじと見つめる。何の変哲もない、それでいて、とてもグロテスクなものを見ているようで、気分が果てしなく悪くなってくる。
それでも何か気味の悪い背徳感のような衝動に支配された俺は、ページをペラペラと逆行し始めた。
数枚めくった後で、気になる記述を見つけた。文字というよりも、四行ほどの文章の下に、色付きの絵が描かれていたからだ。
「4/24 裏山で石を見つける。平べったいかたち。おはぎににている。重ねておかれていた。横、五センチと、二ミリ。たて、三センチちょうど。気にいったので、キチに保管。ヤマトとなでしこに餌やり。」
こういった記述の下に、その拾ったであろう石の絵がでかでかと描かれていた。下に向かって広々とした、丸っこい台形の形をした石の絵。おそらく原寸大で描かれたであろうその石には、緑の線が散らばっていて、どうやら苔むしたものであるようだった。
何の気なしに次のページをめくる。筆跡が少し不安定なようで、何か焦って書かれたもののような印象を受けた。
「キチが誰かにあらされる。おかしい。誰も知らないはず。虫かごがぜんぶカラになっていた。ヤマトも、なでしこもいない。にがしてない。ころされた、ころされた。ヤマトの羽と、なでしこのしっぽがちらばっていた。ほかにかってたやつも全員、ころされた。あと、ながいかみの毛。竹のジョーギ1ほんぶんくらいのでかい手のあとがのこっている。手であるいてるみたいだ。こんなやつ村でみたことがない。怖い。もうキチにいけないかもしれない。4/25」
思わず首をかしげた。何が起きているのか、俺にはまだわからなかった。続々と、俺はおもむろにページをめくった。
「4/26 夕方目の前を走っていたトカゲをつかまえた。でっかくはないけど、形がきれいな。名前はミカンにした。けどほかにいい名前があったらそれにする。いまはまだ、仮名。きちにはおいていけないから、えんがわにおいた。お母さんはイヤな顔をしている。ごめん」
「4/27 昼に、天気がよかったのできちにいってみた。かみの毛も、手型もあったけど、このまえよりかは怖くない。でもまた荒らされるかもしれないからテンキョした。前のはみつかりやすいところにあったから、もっと森のおくの方まで。前のキチで下にしいて使っていた、大きい布でテントをはった。これではいろうと思うやつはいなくなるだろう。中にあったお気にいりも、いっしょにもっていった。布をうまくはれたので、外からは見えない。なんだかキチらしくなったとおもう。うれしい」
どうやら、前のキチは外から見えるかたちで、あけすけに開かれていたようだった。だから秘密基地という名称が使われていないのかと思った。
「4/28 へんなゆめをみた。こわい。まだ心ゾウがなってる。あせもすごくかいた。すごくこわい。キチでだれかが、はいってこようとしてた。おかあさんのこえだけど、ぜんぜんちがう。おいでおいでって。こわいこわい。わすれられない。いやなきもち。きぶんがわるかったので、がっこうはやすんだ。すごく怖かったけど、きちにいってみたらだれにもあらされてなかった。よかった。」
俺はこの日の日記を繰り返し読み、はてなと思った。似たような話を聞いたことがあったからだ。そしてすぐにそれが、菊也が亡くなる前日に俺に話していたことであると気づいた。
「4/29 またあのゆめ。おとうさんもいた。おとうさんのこえがたべようって。こわいけど、わからない。いきたくなった。いやなかんじで、すごくこわいのに。ちょっといきたくなった。なんでかな。お父さんのこえがしたからかな。こわかったけど、キチにいったらきのうとおなじだったから、一安心。今日も学校はやすんだ。」
和夫の父。名前は聞いたことはないが、和夫が産まれる前に病気で亡くなっていた。
誰かが、入ってこようとしている夢。
「たべよう」と、「おいで」。
死人が誘う。
都合が良すぎるほどに、菊也の証言と似通っている。
それから、一週間ほど同じような記述が続いていた。同じような怖い夢を見て、学校を休んだ。それの繰り返し。中には一行程度しかないものもなかったが、一つだけ奇妙な点があった。
初めてその夢を見て以降、怖い夢であることは明記されているが、それと同時に基地の布を開けてみたくなったとの、感情が矛盾した記述がみられることだ。
しかもそれは日を経るごとに、「こわい」よりも、「いきたくなった」とか、「あけたくなった」という、ある種の好奇心の方が勝っているようなそんな様子だった。まるで、理性が本能を必死で拒絶しているように見えた。
そしてついに、その日は訪れた。
「4/30 あけた、あけた。あけちゃった?あけられた。あけました。がしゃがみがいた。たべた。おなかいっぱい。やまととなでしこも、たべた。おいしかった。お母さんのごはんより、がっこうのきゅしょくより、おいしい!」
開けた、とはおそらく張ってあった天幕を取った後の、何かとの邂逅を指しているのだろう。
その下いっぱいに描かれた何かのイラストがそれを物語っていた。
右下に、和夫の顔とみられる絵が載っていた。
満面の笑みで、何かをほおばりながら、中央に描かれた何かを見ている。アンパンのように描かれた和夫の手はその何かの少し下の、真っ黒な塊に差し出されていて、それを食べているようだった。しっぽや触覚のようなものが見えて、その塊が虫や小動物の塊であることを悟った。ヤマトとなでしこも、恐らくはその中に。
そして何かは、そんな和夫を見下ろすように佇んでいた。少し膨らんだ頭頂部から伸びる無数の毛髪が、顔を完全に、身体はまばらに覆い隠して、その隙間からわずかに細長い手足が覗き見えた。何より異様なのは、それが絵だけでわかるほど、ありえないほどの長身ということだった。絵の右斜め上には、矢印付の「がしゃがみ」の文字が、それを指していた。
驚愕とも違う、ゆったりとした怖気が腹の中でぐるぐる回っていた。
異変の一言では片付けられないほど、和夫は狂っていた。
菊也が言っていた、「和夫がおかしくなった日」というのも、時期的に考えてここ辺りであることが、それを裏付けているようだった。
「5/1 今日も夢を見た。こわかった。たべるものがなかった。もってこいっていわれたからもっていった。いろんな虫、トカゲ、やもり、カエル、なめくじ、かたつむり。ひみつきちにもっていった。おそなえもの、おそなえもの。がしゃがみ、ばんざい」
「5/2 おいしいおいしい。ゆめのなかだと、おいしいおいしいい。むしよりとかげ、とかげより、カエル。おっきい方がおいしい。がしゃがみ、ばんざい。」
「5/3 きくちゃんに、おこられた。はなしをきいてないって、虫取りはいやだって。おいしいのに、こんなにおいしいのに。おいしいおいしい。がしゃがみ、ばんざいばんざい。」
「5/4 おいしい。虫はぼりぼり。とかげはむしゃむしゃ。かえるはもぐもぐ。おいしい。がしゃがみ、毛がぬけてる。かおみえる。見てる、こっち。こわい。おいしい。ばんざいばんざい」
しばらくこんな調子で、夢の内容の話が続いた。そこには、がしゃがみという何かが夢の中で、和夫が日中捕まえてきた虫や小動物を和夫自身に食べさせていること。そして、和夫がそれを何より望んでいることが書かれており、それに伴って徐々に菊也が和夫を避け始める様子が、断片的ながら書かれていた。
がしゃがみの様子も少しながら変わっているようだった。全身を覆うように伸びていたかみの毛が少しずつ抜けはじめ、覗き始めた顔に浮かぶ両眼が、お供え物を食べ続ける和夫を眺めており、それに少なからず和夫が恐怖を抱いていることが書かれていた。
ただならぬ不穏な気配の中で、俺は漠然とした恐怖の中、少しづつ考えをまとめていった。
4/25
和夫が森の中で妙な石を拾った翌日、何者かにキチを荒らされる。そしてその何者かは、日記内のがしゃがみのそれと酷似した共通点を持っている。
4/27~29
基地の移転。今までは敷物代わりにしていた布を、木枠にかぶせる形でテントのように設置した新設キチにしたことで、荒らされることはなくなった。同日の晩に、はじめてがしゃみの夢を見る。この当時は未だ、がしゃがみにたいして強い恐れと警戒心を抱いている。翌日もその次もしばらくは同様であるが、徐々に好奇心が不自然に拡大していく。このころから学校を休みがちになる。
4/30~5/4
がしゃがみとの邂逅。姿かたちからして、キチを荒らした何者かと同様である可能性が高いが、和夫はそれに気づいている様子はない。代わりに、がしゃがみと、それが振る舞う食べ物にひたすら執心している。日記内の記述もそれが大半を占め、このころ菊也や和夫の母親が和夫の異変を感じ始めたことから、おそらく寝ても覚めても夢のことを考えていたのだろう。和夫はだんだんと欲が出てきており、食べ物が虫から小動物へと、わかりやすく量が増えている。
そして…。
「5/26 えさがきた。がっこう。 おおきいのが。 虫足りない。とかげいない。おおきいえさ。きくちゃんだめ。だめ。あげちゃだめ。」
戦慄した。5月26日。俺が転校してきた日だ。「えさ」とは、俺のことを指しているのか。まさかと頭を振った俺の淡い期待は、早々に打ち破られた。
「5/27 がしゃがみ おこる たりないたりない。こわいこえ、こわいかお。まっしろ。まっかな目。 つれてこい。まさかず きみこ じろう けんた はなよ のりお よねじ。やせっぽち。きくちゃん。ふとってる。きくちゃんだめ。きくちゃんだーめ。てんこーせー、えさ。てんこーせー、いい。」
「5/28 がしゃがみ いしくれた。ひろったいし。まるいいし。みどりいろ。いっぱい。おいてこいって。めじるしだ。がしゃがみ、ばんざい。おいてくる。おいてくる。まさかずのいえ。きみこのいえ。じろうのいえ。けんたのいえ。はなよのいえ。のりおのいえ。よねじのいえ。きくちゃんのいえ。てんこーせーのいえ。ぜーーーーーーーーーーーーんぶ、たべる。たのしみ」
「5/29 たべもの、くれない。おなかへった。なんで。おいたのに。きくちゃんのいえ。おいたのに。きくちゃんの、とかげとくわかた。もっていったのに。ばりばりたべた。ぜんぶ、がしゃがみがたべた。ずるい。おなかへった。かみがぬけてる。さいごのかみ。まっしろ。まっしろ。まっか。だっぴみたい。ばんざい。だっぴばんざい。」
「5/30 がしゃがみ はいれない みんなのいえ とびら しまってるから みんながあけたらはいれる ぼくがぬのをとったときみたいに みんながあけたら はいって たべる みんなを ぼくも たべる みんな がしゃがみ おこってる ぼくがわるいって おまえのせいだって おまえなんかにしなきゃよかったって かなしい ないた がしゃがみもぼくも ないた おなかがへった むし まずい! とかげ すくない! 人! ヒト! ひと」
めまいがするような気持だった。出会った当初から和夫は俺のことを、友達なんて思っていなかったのだ。
自らが作り上げた”がしゃがみ”なる空想上の怪物の供物として、俺に接していたのだ。
少し休もう。あまりのショックにそう思いいたって、大の字になって寝ころんだ時だった。
机と、壁の隙間が見えた。こちらに越してきてから、一度も見たことがない不思議な空間だった。
その奥に、カゲがある。丸っこく、黒々としたカゲ。
何の気なしに、手を伸ばす。次第に、上半身はその体をぴったりとつけて、腕がより長く潜り込めるように。
しばらくして、振り回していた中指にざらりとした感触が伝わった。それから、薬指、人差し指、手のひらと。その感触は伝播していく。
暗闇の中に鎮座していたそれを掴み、蛍光灯の明かりの中に取り出した。
それは苔むした、丸い、おはぎのような形の石だった。
手触りは硬く、石だというのに生臭い匂いがした。
恐ろしい直感が胸中を支配した。これは。
めじるし。がしゃがみのお供え物であるという、目印だ。
それまで俺はどこかで、和夫の恐怖を抱きながらその実これはもう過去のことなのだと、安穏とした心境に陥っていた。
だが、この石の出現は俺を、日記の中の世界へと一気に引きずり込んだ。
しばらく茫然自失としていると、床に見慣れない紙切れが落ちているのに気づいた。
材質からして、和夫のノートの切れ端だった。
乱暴に破られたものが、何故かノートのページのどこかに挟まれてあったのだ。
それが、何かの拍子に落ちたのだった。
俺はそれに、恐る恐る手を伸ばした。
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