怪談

馬骨

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がしゃがみシリーズ

がしゃがみ-終

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 頭のどこかで、「やめろ」と何度も警鐘が鳴っていた。

 それに反目したまどろみのような意識が、ぼんやりと両手を動かしていた。

 閉じられていた切れ端を広げた瞬間、ものすごい勢いで総毛が立つのを感じた。

 先程の弘子の、悲痛な叫びがフラッシュバックした。





 «書いてるの…!»


 «今日ノート見たらね…昨日の日記書いてあるの…»
  

 *****************


 8/17   がしゃがみばんざい




 がしゃがみばんざい きくちゃんたべる 

   おいしいい おいしいきくちゃん おいしいおいしいおいしい 

               きくちゃん ごめんね きくちゃん 
  おいしいおいしい きくちゃんごめんなさい おいしい 

            つぎは 

 みんな     みんなのばん 
            みんなもたべよう       みんなでたべよう 

       まさかず      きみこ     じろう 

 けんた     はなよ  のりお   よねじ       てんこーせー   






       きくちゃん  どこ


 *****************





 声にならない叫びが、震えとなって体中に駆け巡った。

 

 これは、いやまさか、だけど。


 
 目の前の不条理から目を背けようと現実的な考えが頭を駆け巡っては、恐怖に塗れ、呑み込まれていた。 

 
 
 ―――これは、現実の出来事だ。

 
 蝉の声が沈むように聞こえなくなっていく。

 
 ―――和夫は自ら捧げたのだ。


 異常なほどの静音の中、自らの鼓動だけが響いていた。


 ―――菊也は和夫によって捧げられたのだ。


 ―――”がしゃがみ”という、化け物に。


 そして…今度は…。


 ”自分たちの番なんだ。”





 荒い動機をたしなめながら大急ぎで、親の制止も聞かず石とノートを片手に外へ飛び出した。

 開けた田んぼを横切り、あぜ道を突っきる。激しい陽光が照りつける村内を、必死で駆けずり回った。
 
 則夫の長屋、米二の一軒家、花代のアパート、次郎の平屋。あの石を、”めじるし”である石を、回収するためだった。

 ノートに記述されていた児童の、その全ての家を回った後で、俺の短パンのポケットには大量の石が、群れを生してガシャガシャとその身を揺すらせていた。

 抱えきれないほどの石を何とか、ノートと共に村外れの川へ投げ捨てた時にはとうに、西日が山の斜面に身を焦がしていた。

 荒い息を弾ませ、その場にしばらく立ち尽くしながら、その光景をじっと眺めていた。麓には和夫の家がある。ぽつりと佇んでいる。気の触れそうな、弘子一人を内包して。

 あの山から、何かがくる。

 長らく見つめていると、ふとそんな思いに囚われた。火照った身体が薄ら寒くなるのを感じながら、俺は急いで家路に着いた。

 とぼとぼと家に帰ったそのあとで、外出を親に叱られ、こってりと絞られた。だが、俺は心のどこかで、高揚感を感じていた。
 俺しか知らない、だが確かに俺は皆を救ったのだ。
 和夫と、がしゃがみから。

 親父から受けた鉄拳制裁により、じんわりと腫れた頭頂部をさすりつつ、布団の上に四肢を投げた。
 蒸し暑さの不快と、エゾゼミのギーっと言う機械音のような騒音の最中、かすかだが確かに感じる満足感を味わいながら、徐々に意識は薄れゆき。

 そして。










 起きた頃には、もうとっくに太陽がてっぺんまで登っていた。朝になると、普通ひとりでに目が覚めるか、あんまりにも遅いと両親が起こしに来るかのどちらかだったため、真上から照りつける太陽のその光は、見慣れない景色だった。

 妙な喉の渇きを感じて、一階に降りる。居間には誰もいない。書斎にも。どうやら家の中は自分一人であるらしかった。銀色の水道から出る水が、嫌に生ぬるい。

 蝉の声に交じって、外で誰かの話声が聞こえる。唸っているような。叫んでいるような。

 その声に呼ばれるような心持ちで、フラフラと玄関に向かう。木製の廊下が、足下にこびりついたねばっこい汗とへばりついて、ベタっベタっと鳴いた。風邪でも引いたのか、頭の中がぼんやりしている。

 眠気を取り払うため瞬かせた目が、玄関を捉えた頃、俺の歩を進める足は、独りでに体を留めていた。

 磨りガラスの向こう。誰かが立っている。

 自分よりは少し身長の低く、輪郭を潰されて映る華奢な体つきが、ロウソクのように揺れている。どこかで見たことがある人影。



 和夫だ。和夫がいる。



 ゆらゆら揺れながら佇んでいる。



「和夫」



 気付けば、そう呼びかけていた。
 人影が、ゆったりとした動きを止める。



  ”ただしくん”


「どうした?」


  ”あけて”


「なんか用か?」


  ”あけて”


「和夫」


  ”あけて”


「おい」


  ”あけて”



 ジワリと、汗がにじみ出る。
 蝉の声が徐々に止んでいく。



 あれ、和夫って。あれ。


 こいつ。確か。



  ”あけて”


「和夫」


  ”あけて”


「お前」


  ”あけて”


「死んだろ」



 あ、そうだ。

  
 自分で言って、忘れていたのに気づいた。


 和夫は、死んだんだ。


 殺された。食われたんだ。


 がしゃがみに。



   ”あ け て”




「うわああああ!!」

 パッと夢から覚めるように正気に戻った。そうだ、和夫は死んだ。殺されたんだ。菊也も。俺もみんなも、もうちょっとで殺されそうだった。


 ”あけて”


 まずい。逃げないと。どこに。俺の部屋。俺の部屋へ。だめだ腰が抜けてる。動けない。立ち上がれない。


 ”ただし。”


 はっとして人影に視点を戻した。さっきの貧相なシルエットとは違い、少し小太りのギザギザとした短髪の頭。

 菊也だ。



  ”あけてくれよ”



「あ…菊…」




  ”なかなおり しよう”



 心臓が締め付けられたように痛む。体がすくんで動かない。なのに震えが止まらない。



   ”あけてくれよ”
   ”あけて”



 シルエットが増えた。菊也の隣に、貧相な骨格。和夫だ。



 二人並んで、こちらをじっと見つめている。


 距離が近い。肩を並べている。ゆらゆら揺れている。二人のカゲロウが。


 二つの曖昧な輪郭が混ざって、交ざって、雑ざって、なにかになる。


 磨りガラスの縦にいっぱいの影。細く長い胴体。そこから枝分かれしたように下方に延びる手足。電球のように膨
 らんだ頭部。



 がしゃがみ。



   おいで



 がしゃがみの手が磨りガラスに延びる。べたりと嫌な音を立てて、人の顔程の大きな手形が張り付く。



   食べよう




 がしゃがみの後ろで。誰かが叫んでいる。両手をものすごい勢いで振り上げて、下げて、また上げて、下げて。声が聞こえる。和也と、菊也がいる。



 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”



 そのうしろにもいる。髪の長い、スカートをはいているのは、はなよ。丸刈り坊主は、のりお。眼鏡をかけているのは、きみこ。まさかずも、じろうも、けんたも、よねじも、みんないる。

 一斉に両手を高く振り上げて叫んでいる。





 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”



 みんな、みんな。



 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”



 食われた。殺された。連れていかれた。



 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”



 気付いていたのに。助けられなかった。石は取ったのに。全員分。



 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”



 ごめんなさい。やめてください。助けてください。



 ”がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。がしゃがみばんざい。”





 誰かが叫んでいた。念仏のような万歳の音頭の中、甲高い音。



 それが泣き叫ぶ自分の声だと気づいたのは、すぐのことだった。



 がしゃがみはそんな俺の様子を、磨りガラス越しに見つめていた。



 笑っている。そんな気がした。





 翌日その村では、俺を除く学校の児童全員が、行方不明になった。


 何かの痕跡、彼らの残骸、いや、”食べ残し”を唯一の手掛かりに残して。





 その一週間後、俺は再び都内に戻り、叔母の家で数か月お世話になった後、引き継ぎを済ませた親父とおふくろと共に、元の家に戻った。

 家の畳の下からは、計六個の石が見つかった。畳の裏をその形にくりぬいていたため、今まで気づかなかったのだ。

 恐らくはみんなそうだったのだろう。そしてみんな。扉を開けてしまったのだろう。何も知らずに、がしゃがみに誘われて。

 今俺が見ている悪夢は、おそらくがしゃがみのものではないだろう。

 あの夜見た夢の繰り返し。自分の只の、トラウマのフラッシュバックだということがわかる。わかっている。なのに。

 毎夜、俺の手は扉を開けそうになっている。
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