怪談

馬骨

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がしゃがみシリーズ

学校の七不思議

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 七不思議というのを、ご存じでしょうか。

 主に一つの地域や場所で起こる不思議な現象として、本邦では昔から数多くの七不思議が語られてきました。
 ですが、私の中に思い出として在る「七不思議」は、語られてきたものではありません。作られたものだったのです。私と、私の友達によって。
 その友達、ミツは、今はもういません。七不思議の完成のための、生贄となったのです。

 発端は、ミツの提案でした。
 その当時、小学生だった私たちの学年は世間の風潮もあってか、空前のオカルトブームの最中でした。口裂け女や、こっくりさん。恐怖新聞や、ユリ・ゲラーなど、幅広くオカルトが話題になった年です。その中で、小学生の私たちにとってわかりやすく、手が届きやすい位置にあったのが、学校の七不思議でした。

 ミツは、最初これらの七不思議に批判的というか、冷めた態度を取っていました。少しあまのじゃくなところがあった彼は、流行りものにはなんでもそういう態度を取っていましたが、ある日そんな彼が上気した顔で私にある提案を持ち掛けてきました。

「七不思議、検証してみようよ」

 検証と聞いて、私は首をかしげました。単語の意味が分からなかったからではありません、真意が分からなかったからです。

 私たちの学校で流行っていた七不思議と言えば、「真夜中に目が動くベートーベン」や、「校庭を走り回る二宮金次郎像」など、こちらが何をしなくてもひとりでに発生する現象のことを指していました。ですが、ミツが持ってきた七不思議はこれとは違い、「放課後、ピアノの鍵盤を決まった数鳴らすと、ベートーベンの目が動く」や、「二宮金次郎像の前で呪文を唱えると、ひとりでに動き出す」といった、こちらが何らかのアクションを取る必要がある七不思議でした。

「隣のクラスのカズに教えてもらったんだ!」

 カズというのは、隣のクラスにいた和成という男児のことだろうと思いました。彼は、そういったオカルト事情に造詣が深く、昼休みには毎日怪談やUFOなどの話を、幾人かの児童の輪の中でしていたからです。
 嬉しそうな顔で話すミツの手には、カズからもらったという古ぼけたノートが握られていました。その中には小学生にしてはいやに端正な文字で、七不思議の決まりごとが書かれていました。

 その冒険性というか、とにかく今までの怪談とは違う臨場感に興奮した私は、さっそくミツと共に検証を開始しました。

 先ずは、一つ目の「放課後、ピアノの鍵盤を決まった数鳴らすとベートーベンの目が動く」というやつを試しました。低い音と高い音を交互に何回か鳴らして、斜め上にかけられているベートーベンの肖像画をじっと見つめました。

 微動だにせずに見つめていると、数分後、「おい」という声が扉の方から響きました。
 びくりと体が跳ねて、視線を移すと学年主任の教師がこちらを睨んでいました。
「なにしてるんだ、さっさと帰りなさい」
 教師陣の中でも群を抜いて厳格だった学年主任は、明らか不機嫌な口調で言いました。その様子に震えあがった私は、未だベートーベンを食い入るように見つめていたミツを引っ張って、無理やり帰路につきました。学校が見えないところまで来たところで、彼が妙な事を言いました。

「見てた…本当にベートーベンがこっちを見てたよ…」

 何を言っているのか、そもそも肖像画なんてものはじっと見ていればそんな気分がしてくるもんだと、私はそう言い返しましたが、彼はかたくなにベートーベンがこっちを見ていたと言って譲りませんでした。

 お次は、「二宮金次郎像の前で呪文を唱えると、ひとりでに動き出す」といううやつを試してみました。この呪文も割と大雑把なもので、「南無妙法蓮華経」と、「南無阿弥陀仏」をぐちゃぐちゃに混ぜたような、そんなものだったと記憶しています。
 ともかく私たちは放課後の喧騒の中で、周りの目もはばからずに一心に呪文を唱えました。ですが、何時まで経っても二宮金次郎像はピクリとも動きませんでした。
 当たり前だと半ばあきらめていた私でしたが、その翌朝のことでした。
 ミツが興奮した顔で私を、像の前まで引っ張っていきました。
 そこには、二宮金次郎像からまっすぐ伸びる足跡が、点々と残っていました。

 ミツはそれを、「儀式が成功した!」と嬉しそうに話しましたが、私にはそれがただの偶然に見えました。なぜなら、放課後の校庭には日暮れまで遊ぶ児童たちがひしめき合っており、足跡はそのほかにも無数についていたからです。ですが、妙に嬉しがっている彼の恍惚とした表情を前に、私はもう何も言えなくなっていました。

 他の七不思議もこのような、不思議な現象が起きたとも起きていないともいえるような曖昧な結果が続き、最後の検証に移る頃には私はとっくにそれに興味をなくしていました。ですが、ミツは違いました。

 だから、その時止めておけばよかったのです。異常なほどのめり込んでいたミツをはた目に、私だけでも止めておけば。

 最後の七不思議は、他の物とは少し毛色が違っていました。

 ノートの広々とした見開きページに横たわるように、整然とした字面が、このように並んでいました。

「黄昏時の三階、六年一組の教室にて、拳ほどの石を円状に並べ、その中にありったけの虫を置く。そして、『おいでください。おいでください。』と何度もつぶやくと、カミサマが来てくれます。」

 それを見た途端、子どもながらにうすら寒くなったのを今でも覚えています。
 なんというか、他の物と比べて一層儀式的というか、生贄のようなものを用意するのも、不気味さに拍車をかけていました。ですがそれは、ミツの七不思議にかける異常な情熱の燃料になりました。

 決行当日の朝、家から出てきたミツは、首からかなりの量が入った虫かごをぶら下げており、それを両手で激しく上下に振っていました。
「死んでる方がいいんだってさ」
 ミツは虫かごを全力で振りながら笑顔でそう言いました。そのたびに、がさっがさっと嫌な音が鳴っていました。
 そして放課後、教室の清掃という名目で少しの猶予をもらった私たちはさっそく机をどけて教室のど真ん中に、石を並べ、その中にミツの虫かごの中身をぶちまけました。

 ミツの尽力により大方の虫は死んでいました。大量の死骸の中にはかなり大型の毒虫のような奴もいて、どうやって集めたのか聞くと、三日前から裏山の樹に大量の罠を仕掛けていたようでした。

 全ての準備が終わり、円状の並べられた石の周りに向き合って座り、二人で黄昏時を待ちました。

 黄昏時とは語源があるというのを、その時ミツから聞きました。

 誰そ彼。つまり、目の前にいる相手が誰だがわからなくなるほどの暗さを、黄昏時というらしいのです。

「誰から聞いたの?」
 何の気なしに、そう尋ねました。
「カズ君だよ」
「あぁ、和成か。物知りだなあ、あいつ」
 ミツは首をかしげて言いました。
「違うよ、和夫君だよ。カズオ君」

 カズオ、という名前に聞き覚えはありませんでした。それ誰?と聞こうとしたその時、目の前のミツの顔がふっと、暗闇に消えました。

「いまだ」
 ミツが静かな声で言いました。その直後に、「おいでください、おいでください」と呟き始めました。
 私もあわてて、それに追随しました。

「おいでください、おいでください」

 暗がりの教室に、二人の声が響きました。

「おいでください、おいでください」

 目の前のミツは、もはや声が無ければ誰だかわかりませんでした。おいでくださいの声の中で、虫の死骸の生臭い嫌な臭いがむっと強まった気がしました。

「おいでください、おいでください」

 暫くして、呟き続けたことによる酸欠か、疲労のせいか、なんだか頭がくらくらしてきました。ミツは微動だにせず、ひたすらに呟いていました。

「おいでください、おいでください」

 ミツと自分の単調な声の中で、ふと考えました。これはいつになったら終わるんだろうかと。もしかして教師が叱りに来ない限り、それか、ありえないがそのカミサマとやらが現れなければ、終わることはないんじゃないかと思いました。

「おいでください、おいでください」

 私はもういつ目の前のミツに、もう帰ろうと声をかけるか悩んでいました。くらくらした頭の中で、暗がりに濃く浮かぶミツのシルエットをじっと睨みました。

「おいでください、おいでください」

 その時でした。ミツの輪郭が、ぐわんと揺れました。ちょうど、風に揺らぐろうそくのように。眩暈かと思い立ち上がろうとしましたが、なぜかその場から動くことができませんでした。金縛りでした。気づいた時には、ミツが呟くのを止めていました。暗がりに浮かんだカゲが、私の頭の少し上を見上げるようなカタチになっていました。

「おいでください、おいでください」

 もはやこれを呟いているのは私一人でした。虫の死骸の臭いの中に、濃い獣のような異臭がしていました。何かおかしい、止めなくては。そう思っても、次の瞬間には、

「おいでください、おいでください」

 鳥肌がぽつりぽつりと立ち始めました。冷や汗が背中を伝い、怖気が体を支配しました。後ろから、明らかに何かの気配を感じていたためでした。

「おいでください、おいでください」

 ジュっと異様な音がして、細い煙のようなものが立ち込めました。目の前の死骸から、さっきまでとは違った種類の異臭がしました。しっとりとした体液と土くれの混じった臭い。

「おいでください」

 ミツがゆっくりと、立ち上がりました。とうに真っ暗になった教室で、わなわなと震えながら、後ずさりしています。

「きた…」

 ぽつりと、ミツがそう呟いた気がしました。
 そしてその声の直後、すぐ後ろの耳元で


「きました」


 バチンと音がして、そこで意識は途絶えました。

 気が付くと私は、大勢の先生と青ざめた顔の両親に、保健室の眩しい蛍光灯の下、ベッドの上で囲まれていました。私の目が覚めたことに気が付いた学年主任は、焦った顔で
「何をやってた!光男はどこにいる!」
 そう、私に向かって怒鳴りました。

 すぐ隣にいた保健室の女性の先生が学年主任を諫め、穏やかな口調で私が六年一組の教室で倒れていたことと、ミツが何処にもいないことなどを話しました。保健室の外では、バタバタと足音がしていました。ミツの靴が残っていることから、校内をミツの両親含む全員で探しているとのことでした。

 私は半泣きになりながら、これまでの経緯を事細かに話しました。
 ミツが七不思議をしようと誘ってきたこと、私も半信半疑でそれに付き合っていたこと、その七不思議は、カズオという男児から教えてもらったものであること。
 全てを話し終えると、学年主任は眉間にしわを寄せて言いました。
「カズオなんて生徒は、この学校にはおらんぞ。」

 結局ミツは、その晩も、翌日も、翌月も、翌年も、それから十数年が経過した今でも、見つかることはありませんでした。
 それどころか、その学校では年に何人か、行方不明者が出るようになりました。
 例の七不思議を、実践するものが急増したためです。
 ミツが持っていた和夫という男児のノートは、ミツの失踪に伴って姿を消していました。ではなぜ、七不思議の存在が周囲に漏れたのか。
 私です。
 私がミツがいなくなった直後から、周囲の人間に七不思議を話して回ったのです。最初は、ミツが誰かに連れ去られたから、同じ被害者が出ないように危険を知らせるためでした。ですが、話していくうち段々と、私は聞かれなくても嬉々として語るようになりました。
 楽しかったのです、皆の、私の話に恐怖する顔の、有り様が。

 今であれば、わかります。私は生かされたのだと。

 七不思議の恐ろしいところは、それが伝聞する恐ろしいまでのスピードと広大な範囲にあります。あの声の主は、恐らく、私を七不思議の語り部として、風化することが無いよう生かしておいたのでしょう。

 あるいは私は、恐れていたのかもしれません。

 私を生かした声の主の、逆鱗に触れるのが。

 だから私は語り続けなければならない。


 不気味な現象を生で体感した者の、そのリアルな体験談により、その七不思議は爆発的なスピードで私の学校、隣接する中学、高校にまで広がりました。
 私の学校では、不法侵入者が増えました。そのほとんどが、七不思議を実践する者たちでした。中には、私の話を聞き終えた瞬間口を手で押さえてうずくまってしまったような子も、気づけばその輪の中に嬉々として入っていました。

こうして、ミツの失踪と、私の語り草により、七不思議は完成してしまったのです。

 そのうち、禁忌であるそれを言いふらす私に、被害者一家の批判の矛先が向くようになって、私たち一家はその地を後に、都会の学校へ転校を余儀なくされました。

 ですが、行方不明者は毎年何人かは出ているようです。

 きっとまた、被害者以外その存在をだぁれも知らないカズオ君が、あの古ぼけたノートを渡しているのでしょう。
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