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最終章 帰る場所
36拒絶
しおりを挟むいつの間にか雨は土砂降りになり、地面にたたきつけるように雨粒が降り注ぐ。
メルティアの言葉を聞いたジークは、能面のような顔をしてメルティアを見下ろしていた。
「……なにをおっしゃっているんですか」
「ほ、本当のことだもん」
「ご自分が何を言っているのか、わかっておいでですか?」
「わ、わかってるもん!」
メルティアはムキになって言い返した。
大切な恋心を気の迷いのように扱われるのは心外だった。
「わたしが好きなのは、ジークだよ」
「……」
「ずっと、ずっと、わたしは、ジークが好きだった」
今まで押さえつけてきた気持ちが爆発する。
ずっと言いたくて、でも言えなかった。
ジークが、あなたは眼中にありませんと、見えない線を引いていたから。
でも。
ジークの恋が、どうやっても、どんなに頑張っても叶わないものなら、メルティアが欲を出したっていいはずだ。
縁談が決まらなくて困っているなら、メルティアと結婚すればいい。
たとえ、すぐに愛してはもらえなくても。
もしかしたら、いつか、そばにいたら。
好きになってもらえるかもしれないから。
「昔、ジーク、大きくなったら考えてくれるって言ったよね」
「……やっぱり、覚えていたのですか……」
ジークが静かにつぶやいた。
メルティアはもう一度ちっぽけな勇気を振り絞って、ジークに近づく。
「ジーク、わたし、大きくなったよ」
「……」
「約束の日から、十年だって経った。わたしは、ずっと、ずっと。変わってないよ」
「……」
ジークの瞳が迷うように揺れた。
メルティアは押せばいけるかもしれないと思って、きゅっとジークの服をつかむ。
「わ、わたしじゃ、だめかな?」
重苦しい沈黙の中、雨足だけが強くなっていく。
「ティア……」
ジークが静かにメルティアの名前を呼んだ。
昔呼んでくれていた愛称だ。
期待に胸がいっぱいで、緊張で胸が痛くて、息をするのも苦しい。
ジークの手が、近づいてくる。
メルティアはきゅうっと目を閉じた。
触れると思ったそのとき、きゃあきゃあと騒ぎながら大通りを通り過ぎる人の声がした。
「ねぇ、聞いて! ベイリー様にご結婚のうわさがあるんですって!」
ジークの手がピタリと止まった。
「え! うそぉ。ショック~。相手は誰!?」
「さあ。メルティア様じゃないかしら?」
「あぁ……。それなら、仕方がないと言うか……。でもショック~!」
きゃあきゃあとうわさ話をしながら、女の人たちは去っていく。
残されたメルティアたちの間には少しだけ気まずい沈黙が流た。
メルティアはそっと目を開ける。
「あの、ジーク……」
ジークは目を閉じると、やがて深く息を吐き出した。
「……あなたは、この国の姫でしょう」
「……」
「あなたには、もっとふさわしい人がいる」
「ふさわしいって、なに……?」
「結婚するのにふさわしいという意味ですよ」
「……なにそれ」
「短絡的にならずに、もっとよく、考えてください」
メルティアは嫌な予感がしていた。
だって、ジークの言葉はどう考えても了承する人のものではない。
メルティアが聞きたくないと耳を塞ぐ前に、ジークが言葉を紡ぐ。
「俺は、あなたの気持ちに応えることは、できません」
ビシッと、世界に亀裂が入ったような気がした。
ずっと、ずっと。
何よりも大切にしていた気持ち。
幼いころからずっと、ジークが好き! と、その気持ちを抱えて生きてきた。
メルティアにあったのは、それだけだった。
ジークと一緒に。
ジークとこれからも。
そう思っていた未来が、ガラガラと崩れていった。
心がぐちゃぐちゃに壊れていく音がする。
失恋って、こんな感じなんだ。
好きを伝えても、同じ好きを返してもらえない。
受け取ることすら拒絶される。
伝えないほうが、よかったのかもしれない。
そうしたら、振られたわけじゃないなんて、言い訳ができた。
振られたわけじゃない。
ジークの幸せを願っただけ。
そうやって、虚勢を張って生きることだってできたのに。
今のメルティアにはそんな言い訳すらできなくなってしまった。
「もう一度よく考えてください。メルティア様」
ジークに声をかけられた瞬間、メルティアは駆け出していた。
行くあてなんてない。どこにも。
ただ、消えてしまいたかった。
恥ずかしくて恥ずかしくて。
本当は、あの人の代わりでもいいなんて、思ってもいないくせに。
もしかしたら、自分でもいいんじゃないかなんて。
そもそもメルティアは、ジークの選択肢にすら入っていなかったのに。
「メルティア様! お戻りください! 雨が……」
「……イヤッ!」
捕まりそうになって、強く拒絶した。
触らないでと、手が届かないように空中で振り払う。
その瞬間、ぱっと、視界が変わった。
建物も、ジークも、歩いている人たちも、なにもない。
ただ、ざあざあと雨が降っていた。
メルティアはただ一人、花畑に立っていた。
「あれ……どうして……」
目の前がくらくらした。
メルティアは考えることを放棄して、その場で自分を守るように抱きしめて横になる。
花畑で丸くなって涙を流した。
振られてしまった。
大切にしていた恋は叶わなかった。
いつか、大きくなったら、ジークと一緒に、とそう思っていたのに。
「うぅ~……」
うめくようにグズグズと泣いた。
約十年分の想いはそう簡単には消えてくれそうにない。
もともと、諦めるはずだった。
ジークが好きな人と結ばれたら、どこかに行くつもりだった。
振られても、振られなくても、同じ。
なのに、どうして。
ハッキリ拒絶されたことが、心に突き刺さって抜けない。
「メル」
一人で泣いているメルティアの元に、チーがやってくる。メルティアはぐちゃぐちゃの顔のままチーを見た。
チーは険しい顔をして、息を切らしていた。
「メル、いなくなりたいって、思ったろ」
「……」
「ジークも探してる」
「ジーク……」
「あんなに取り乱したジーク、オイラはじめて見たよ」
「あ……帰らなきゃ」
ジークはメルティアの騎士なのだ。メルティアが勝手にいなくなると、ジークが罰を受けるかもしれない。
メルティアは起き上がろうとしたけれど、目の前がくらくら揺れて、崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。
「……メル、力を使ったのは、自分の意思かい?」
「力……?」
チーが何を言っているのか分からなかった。頭が重い。まぶたが落ちてくる。
戻らなきゃ。
ジークの元に。
でも、戻ってどうするの?
目の前がかすんで、よく見えない。
このまま消えてしまってもいいんじゃないかとさえ思った。
「ジーク……」
小さくつぶやいたとき、ジークの声がした。
遠くから、びしょ濡れになりながら走ってくるのが見える。焦燥を浮かべて、必死な顔をしていた。
その姿を見て、メルティアは目を細める。
振ったばかりの相手のためにあんなに必死になれるなんて、ジークは真面目だなぁなんて、そんなことを思いながら静かに目を閉じた。
「メルティア様ッ!」
ジークが必死な声で、叫ぶように、メルティアを呼んでいた気がした。
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