Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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美しき女剣士と呪われし運命の男 弐

聖剣を目指して

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「……うっ……」
リフが目を覚ますと、そこは樹海の中であった。
「気が付いたか」
クロウガが一声掛けると、リフは状況を確認する。赤い樹木の根本にはネルが佇んでいる。猛毒で気を失っていた時、ネルの光魔法によって全身の毒が消え、無事で助かった事を悟ったリフはネルに礼を言う。
「礼には及ばないわ。あなたにはやる事があるでしょう?」
ネルが返答すると、リフは背後を振り返る。視界に飛び込んできたのは樹木に囲まれた道の先にあるエルレイ城跡。リフは無残な形で朽ちていくレルヴァスの姿とバキラの冷血に満ちた表情を思い浮かべてしまい、込み上がる怒りの感情を抑える。
「ネル。レルヴァスさんは……」
リフが言うと、ネルは悲しげな表情で項垂れる。
「ジョーカーズめ。実に許し難い事をしてくれる。レイオ様に続いて、レルヴァスさんも……」
クロウガは怒りに震える。
「……いいの。彼も、ずっと苦しんでいたから……」
ネルは溢れ出る涙を軽く拭い、顔を上げる。
「私の頼み事を聞いてくれてありがとう。約束通り、ルミナリオの事を教えるわ」
約束を果たしてくれた事でリフの表情が綻ぶ。
「村の中だと色々面倒だから、誰も寄り付かないところへ行くわよ」
ネルが向かった先は、黄色い樹木に囲まれた小さな広場であった。そしてネルは語る。聖剣ルミナリオの在処は西の大陸スレイジアにて魔導帝国の領地とされていた場所であり、帝国城の地下の奥底に封印されている。剣が地下に封印されたのは皇帝ゼファルドの怨念による邪気を抑える為であり、領土内は邪気の影響で至る所が毒で覆い尽くされるようになった。聖光の勇者が剣を封印した際、同行していたのはレルヴァスを探す目的で付いてきたネルと同じ勇者の称号を持つ大魔導師と呼ばれる者。ゼファルドの怨念が生む邪気は与えられた魔界の力による残留思念であり、ヘルメノンと同類のものであった。邪気に取り込まれ、蝕まれた者は身も心も邪悪に染まる事で魔物と化していき、耐えられるのは光の力と闇の力を持つ者のみである。邪気によって生み出された強力な魔物も数多く生息しているが故、ネルのような実力者でも単体で乗り込むのは無謀かつ危険な場所であった。
「私は常に勇者達と行動していたから、あの地に立つ事が出来た。けど、勇者達はもういない。あなたも光の魔力が備わっているから邪気には耐えられるけど、私でもたった一人で乗り込むには危険な場所だから……生半可な実力では到底生きて帰れないわ」
リフは俯いて考え事をする。光の魔力が備わったネルとリフは邪気には耐えられるものの、帝国領に生息する魔物の他、未知の敵との戦いが待ち受けている可能性は十分にある。それに、リフは自分の意思で光の魔力を扱う事が出来ない。如何に剣の腕に自信があっても、総合的な実力ではネルに劣る方であった。だが、どれ程危険な場所であっても行かなくてはならない。どんな困難が待ち受けようとも、サラを救わなくてはならない。そんな事を考えていると、轟音が響き渡る。何かが爆発した音であった。
「今のは?」
「爆発音……この樹海に何かがいる?」
不吉な気配を感じたネルは颯爽と爆発がした方向へ向かって行く。
「あ、待って!」
リフはクロウガと共にネルの後を追った。


爆発は、魔獣と化したゾルアとイーヴァの激しいぶつかり合いが引き起こしたものであった。闇の雷を纏ったイーヴァの拳。それに対し、魔獣ゾルアが漆黒のオーラを纏った拳を放つ。拳同士が激突すると、イーヴァは力を込めながらも凄まじい形相を向ける。
「へッ……これがテメェの本当の力か。宿便野郎がいい気になってんじゃねえぞ!」
迸る闇の雷。イーヴァは気合いと共に吼えると、魔獣ゾルアに向かって次々と拳を叩き付けていく。
「グルルル……ガアアアァァッ!」
魔獣ゾルアが咆哮を轟かせる。その衝撃でイーヴァは大きく吹っ飛ばされ、樹木に叩き付けられる。
「グルアアァァァァァ!」
牙を剥き、勢いよくイーヴァに突撃していく魔獣ゾルア。
「……ざけんじゃねぇ!」
イーヴァが攻撃に転じようとした瞬間、魔獣ゾルアはイーヴァの腹に拳をめり込ませる。
「グボァッ……がァ」
濁った色の反吐を吐き散らすイーヴァに、次々と襲い掛かる魔獣ゾルアの攻撃。拳の乱打は凄まじいスピードでイーヴァを叩きのめしていき、漆黒のオーラに包まれた蹴りの一撃が決まる。数本もの樹木をなぎ倒す程の勢いで吹っ飛ばされていくイーヴァ。
「ごぁっ……んの野郎ォォ!」
イーヴァは怒り任せに魔力を全開にすると、雷が走る闇のオーラに覆われる。
「ゴアアアアァァ!」
漆黒のオーラに身を包んだ魔獣ゾルアが凄まじい勢いでイーヴァに向かっていく。魔獣ゾルアとイーヴァが拳の打ち合いで激突すると、辺りの樹木が次々と燃え始める。拳の打ち合いの末、魔獣ゾルアの拳はイーヴァの身体を貫いた。
「ゴブオアァァッ……!」
怪物のような醜い呻き声と共に吐き出される黒い血反吐。身体に風穴を残したイーヴァは血を撒き散らしながらも憎悪が込められた目を向ける。
「この俺様をここまで追い詰める宿便野郎がいたとはなぁ……テメェだけは絶対にぶっ殺す。絶対になァ!」
捨て台詞と共に込み上がる血反吐を吐き捨て、イーヴァは雷を纏った拳を地面に叩き付ける。爆発と同時に砂煙が巻き起こると、イーヴァはその場から飛び去って行った。
「グルルルル……ギャガアアアァァァッ!」
魔獣ゾルアは辺りを揺るがす程の咆哮を轟かせると、姿が変化していく。元の人間の姿に戻ったゾルアは意識を失った状態でその場に倒れる。周囲の樹木は次々と炎上し、大きく燃え盛っていた。


爆発が起きた場所へ向かっていたリフ達は燃えている樹木の元に辿り着く。
「一体何が……」
ネルとクロウガが周囲を見渡している中、リフは倒れているゾルアを発見する。
「あれは、ゾルア……?」
リフがゾルアに近付く。
「リフ、気を付けろ!」
クロウガが注意を促すと、ネルが駆け付ける。
「この男は?」
「ゾルア、という名の旅の剣士よ」
リフはゾルアについて知ってる限りの事を話す。
「この男が魔物と化したビースト族の戦士を……?」
「ええ、私達の比じゃない実力の持ち主よ」
リフとネルは一先ずゾルアを安全な場所へ運ぶ事にした。だが、クロウガはゾルアにレイオの件で不信感を抱いており、乗り気でない様子であった。
「……オレは正直その男を助ける気にはなれんが、致し方ないか」
クロウガは嫌々リフ達の協力をする事にした。
「それにしても、何が起きたというの? 何故このような事が……」
「解らない。もしかすると、強大な力を持つ何者かがこの地に現れたのかもしれないわ」
リフとネルは得体の知れない敵の存在に不安を抱いていた。
「何処へ運ぶんだ? 村はマズイんじゃないか?」
「誰も来ない場所に限るわ」
クロウガはそうするしかないだろうなと思いつつも、リフとネルに協力する形で動かないゾルアを抱えながら足を進ませる。だがその途中、ネルは足を止めてしまう。なんと、十数人のエルフが立ち塞がっていたのだ。
「あなた達、何事?」
「何事もクソもありません。ネル様、今すぐそこにいる人間を討たせて頂きます」
エルフ達はロッドや弓矢、レイピア等の武器を構えている。戦闘態勢に入っている上に敵意を剥き出しにしている様子だった。
「何を言ってるの? 何故そんな事を!」
「長老の命令です。元々この地に人間を招いてはならないという掟をお忘れではありませんか? それに、今の爆発も人間の手によるものではないのですか?」
ネルは思わずゾルアの姿を見る。確かにこの男からは途轍もない力を感じる。この男が倒れていた場所の周囲の樹木が大きく燃え上がっていたという事実からして、もしかすると彼の仕業ではないかと思われても無理のない話だ。しかし、今は人間を討つような事をしている場合ではない。彼が何者なのかは解らないものの、彼女――リフは聖剣ルミナリオの力を必要としている今、勇者の意思を継ぐ者の一人になる。そんな気がした。
「例え長老の命令であろうと、彼女達を討たせないわ。どうしてもやりたければ、私を討ちなさい」
「ネル!」
「いいの、リフ。どうせ何を言っても聞きやしないわ」
ネルは一歩前に出る。
「ネル様。何故そこまで人間に与するのです? 人間のせいでエルレイ王国が滅び、多くの同族が犠牲になったのですぞ」
「そんな事は解ってるわよ。でも、私は人間全てが悪とは思わない。心正しき勇者の意思を継ぐ者が、あの時の悲劇を繰り返さない世界にしてくれる事を信じてるから」
ネルは想いの全てを吐き出すと、エルフ達は戸惑いつつも一斉攻撃に入ろうとする。
「おい、本当にやるつもりだぞ。まさか本気で犠牲になろうというのか?」
身構えるクロウガだが、ネルは無言で視線を向ける。
「我らエルフの掟は忌々しき人間を招いてはならない。人間を受け入れてはならない。よって、掟を破りし者は淘汰せねばなりません」
エルフの掟は『人間は世界に害を成す種族であり、滅ぼさなくてはならない』というエレアン王の考えによるもので、魔導帝国によってエルレイ王国が滅ぼされた事で長老は人間を憎悪していた。人間を受け入れる事は疎か、関わる事すらも許されない。もし掟を破る者がいれば同族の裏切り者となり、エルフの名を汚す存在として排除される事となっている。それは同族を救う為に勇者の仲間として戦い、村の同族から光を司るエルフの戦士として称えられていたネルでも同じ事であった。
「エレアン王も、レルヴァスも……昔からあなた達と同じ考えだったわ。あなた達からすると私は異端者となって当然。このまま淘汰されるというのなら……!」
ネルは光の魔力を解放し、弓矢を取り出す。
「シャイニングアロー!」
空中に向けて矢を放つと、無数に降り注ぐ光の矢。
「ぐわわああああっ!」
「おあああああっ!」
次々とエルフ達に光の矢が降り注ぎ始める。
「さあ、今のうちに逃げるわよ!」
ネルは全速力で村から逃げる。突然のネルの行動に驚きながらも、目覚めないゾルアを抱えながら後を付ける形で走るリフとクロウガ。
「ネ、ネル様が……ネル様が裏切ったあああ!」
立ち上がったエルフ達が後を追おうとする。三人は全速力で樹海を抜けようとしていた。
「クッ……こんな事して本当によかったの?」
「こうするしか他にないのはあなただって解るでしょう? 私にだってまだ、やる事があるんだから」
リフは気丈に振る舞いつつも走るネルの悲しげな表情を見つつも、クロウガと共に全速力で走り続けた。追手が来るものの、ネルは再びシャイニングアローを放つ。追手を退け、三人は樹海を抜けて再び百獣の密林にやって来る。
「ハァッ、ハァッ……何とか逃げ切ったの?」
リフは激しく息を切らせつつも、背後を確認する。追手の気配は既に消えていた。
「全く、この男が未だに目が覚めないのがある意味幸いか」
クロウガは背負っていたゾルアをその場に下ろす。ゾルアはまだ意識を失っており、まるで死んだように眠っているかのようだった。
「この森にビストール王国があったわね。そこへ行くわよ」
「解った。獣王様に報告せねばな」
クロウガとネルはビストール王国に向かう。リフは何とも言えない気分になりながらも再び足を動かし、二人の後に続いた。無事でビストール王国に辿り着いた三人はゾルアを城の寝室のベッドで寝かせ、獣王の元を訪れる。
「久しぶりね、レオゴルド」
ネルは同じ勇者の仲間であり、同士であった獣王レオゴルドとの再会を喜ぶと共に懐かしさを感じる。
「久しいな、ネルよ。お前も生きていたとはな。エルフなだけあってあの頃と変わらぬな」
「悪いけど、今は再会を喜び合ってる場合じゃないのよ。ちょっと話を聞いてくれる?」
ネルは事の全てを話すと、獣王は愕然とする。
「なんと、まさかそのような事が? それにしてもジョーカーズめ。レイオに続いてエルフ族の王子までも……」
獣王が怒りに震える中、ネルは惨い姿となったレルヴァスの末路を思い出してしまい、項垂れる。
「聖剣ルミナリオの在処が解った今、これから魔導帝国の領地となる場所へ赴くつもりです。どんな危険な場所であろうと、妹を救い出す為にも……」
リフは魔導帝国の領地へ向かう意思を告げると、ネルはリフに視線を移しては顔を上げる。
「レオゴルド。私はリフと共に行く事にするわ。エルフの村に戻れなくなった今、此処に海を渡れるようなものがあればと思うんだけど」
同行の意を示したネルに、リフは心から感謝する。獣王はネルとエルフ族一同の確執について考え事をしつつも、ゆっくりと立ち上がる。
「船なら我々が手配する。クロウガよ、手を貸してくれ。エルフの者達が来ないうちに準備しなくては」
「ハッ!」
獣王はクロウガを連れて城の地下へ向かう。地下には、海へと通じる秘密の水路と小さな船が設けられているのだ。
「どうやら移動の心配は無用のようね」
リフの一言にネルは安堵の表情を浮かべる。
「おお、リフにネル殿! 丁度良かった」
ヨーテがやって来る。ゾルアが目を覚ましたという知らせであった。リフとネルはゾルアがいる寝室へ向かう。
「気が付いたのね」
ベッドの上で佇むゾルアを見てリフが声を掛ける。黒いシャツ一枚を着たゾルアは左腕に包帯が巻かれているものの、逞しい体付きの肉体をしていた。
「……アンタ達か。俺を此処まで運んだのは」
無愛想に返事するゾルア。ネルは改めてゾルアの姿を見ていると、不意に何かを感じる。自身が司る光の力と対になる闇の力。そして何かが潜んでいる気配までも感じ取る。それは邪悪な力ではなく、強大な闇の魂のような存在という印象を受けるものであった。
「あなたは一体何者なの? それに、あなたからは大きな闇の力を感じるけど……まさか闇を司る剣士だというの?」
思わずネルが問い掛ける。ゾルアは半ばぼんやりとした様子でネルの方に視線を移す。
「さあな……俺だって知りたいくらいだ。俺が一体何者なのか、俺自身にも解らん」
ゾルアの返答を聞いたネルは半信半疑で見つめるばかり。
「つまり、記憶がないって事?」
「……そうなるな」
ネルは僅かに眉を顰める。
「あなたは旅の剣士なんでしょう? 旅の目的だけでも教えてくれるかしら」
リフが問うと、ゾルアは僅かに頭痛を感じては頭を抑える。
「……俺が何者なのか……その答えを探す旅、といったところだ。俺は決して、普通の人間ではない。闇を司る剣士と言われれば、その通りかもしれんな」
淡々と答えるゾルア。リフはゾルアの目を見つめると、冷たい目の中に何処か物悲しい雰囲気を感じ取る。果たして彼は敵なのか味方なのか。凶悪なる魔獣レイオとの戦いで見せた実力は明らかに普通の人間とは思えないような印象があった。だがこの先、自分達だけの力では乗り越えられない困難が待ち受けているかもしれない。それに、ジョーカーズという敵の集団も存在する。もし彼が味方としてこちら側に付いてくれたら――。
「これから何処へ向かうつもり?」
次の目的地を問うリフだが、ゾルアは答えない。自身の正体を知る術がなく、当てもなく彷徨っているが故、目的地が見出せない現状であった。
「もし行く当てがなければ、私達と共に来る? あなたの事で何か解るかもしれないわよ」
リフは一つの賭けに出るつもりでゾルアを仲間に誘う。
「リフ! いくら何でもこの男は……」
「ネル。魔導帝国の領地は極めて危険な場所なんでしょう? あなた程の者ですら立ち入る事が危険とならば、私とクロウガがいたとしても乗り越えられない何かがあるかもしれない。だから……」
ネルは思わずゾルアの目を見る。
「アンタ達の旅に同行しろというのか?」
「そういう事よ。ダメかしら?」
「……言っておくが、俺の中にはバケモノが潜んでいる。そいつが目覚めるとアンタ達まで殺しかねんぞ」
ゾルアの言葉に思わずネルが身構える。
「本当に自分が何者なのか解らないの? あなたの中に潜むバケモノって一体何なの?」
「知らん。奴は俺が危機に立たされた時に限って目覚めやがる。解る事はそれだけだ」
ネルはやはり信用出来ない、と言おうとした時、クロウガが船の準備が完了したと知らせにやって来る。
「お前は……目覚めたのか」
クロウガは半ば警戒するかのようにゾルアに声を掛ける。
「リフ……」
ネルはリフの方に顔を向けると、リフはゾルアに近付く。
「私達は魔導帝国領へ向かうわ。もし興味があって同行するつもりなら付いてきてちょうだい」
そう言い残し、リフは足を動かす。ネルはゾルアに対する不信感を拭えないままだが、魔導帝国の領地での危険度を踏まえ、一先ずリフの意向に従う事にした。
「リフはああ言ってるが、オレはあんたを信用しているわけじゃないからな」
訝しみながらもゾルアに一言言い放ったクロウガは、リフ達を船のある場所へ案内する。リフ達が寝室から出ると、ゾルアはふと考える。
「……魔導帝国……」
魔導帝国という単語を口にした瞬間、不意に何か気になるものを感じたゾルアは支度をしつつも剣を背負い、寝室から出た。


地下水路に設置された船の前までやって来るリフとネル。小型だが、少人数ならば十分に乗り込める大きさだった。
「すまないが、これ以上はあんた達と一緒に行けそうにない。いつかエルフの連中が攻めて来る可能性があるとなると、オレは獣王様をお守りしなくてはならん」
クロウガはネル達を捕える目的でエルフ族がビストール王国にやって来る可能性を考え、獣王を守護する事を選んだのだ。
「それが一番だわ。魔導帝国の領地は光の力か闇の力を持つ者じゃないと、皇帝が遺した邪悪な力に毒されてしまう」
ネル曰く、自身とリフには光の力が備わっている故、皇帝の怨念が生んだ邪気には耐えられる。光と闇の力を持たないクロウガだと邪気に毒されて魔物化してしまう恐れがあるとの事だ。
「ごめんなさいね。こうするしかなかったとはいえ、私のせいであなた方まで厄介事に巻き込んでしまって……」
同族の掟へ反旗を翻した結果、追われる身となってしまい、結果的にビースト族まで巻き込むような事態になった事を詫びるネルだが、獣王は表情を変えず冷静さを保っていた。
「エルフ族は昔から頑固な連中だ。元々人間嫌いだったのが、魔導帝国をきっかけに憎悪を抱く事となってしまった。我々がいくら説得に応じても人間への憎悪は止められんだろう。ネルよ、お前が理解ある者だったのが幸いだ」
もしエルフ族の追手がビストール王国を訪れる事にならば、例え友好関係を結んでいたとしても最悪、戦いは免れられない。獣王はこれからの出来事に備え、王国の獣人兵を結集させる事を考える。
「船なら私が操作するわ」
ネルは船に乗り込む。長旅での経験上、船の操作もお手の物であった。続いてリフが乗り込もうとすると、一人の男がやって来る。ゾルアであった。
「ゾルア! 来てくれたの?」
「アンタ達の目的に興味はないが、魔導帝国とやらでふと確かめたい事があってな。一先ず同行してやる」
「そう……感謝するわ」
リフはゾルアの同行を有難く思うと同時に、完全な味方とも言い切れないが故、彼を仲間に誘うのは本当に正しかったのだろうかという考えが生じてしまう。
「あの男、リフ達と行くつもりなのか……?」
クロウガはリフとの同行を試みたゾルアを見て、ただ不安になるばかりであった。リフとゾルアは船に乗り込み、ネルがいる操舵室に入る。
「あなたまで来たの……」
ゾルアの同行に不安を覚えるネル。
「……俺の同行が気に入らんのか?」
ゾルアが言うと、リフはそっとネルの前まで来て顔を寄せる。
「彼は……闇の力を持つって言ったわよね。邪気に毒される事はないのかしら?」
至近距離で喋りかけるリフの吐息を感じつつも、ネルはそうねと返答する。
「皇帝が生む邪気は闇そのもの。闇を司る者や、闇の力を持つ者ならば何の影響も受けないわ」
「それなら安心したわ。強い助っ人が一人でもと思っての事で敢えて彼を誘ってみたけど」
「考えとしては悪くないけど……彼も危険な存在だという事は留意すべきよ」
「ええ、解ってるわ」
ネルは先が思いやられると思いつつも、舵を操作し始める。獣王とクロウガに見守られつつも、動き出す船。水路を抜け、海に出ると、既に夜になっていた。リフは船室で一人佇むゾルアの元へやって来る。だがゾルアは椅子に座ったまま動かない。瞑想しているのか、それとも眠っているのか。リフは下手に声を掛けない方が良さそうかと思い、静かにその場から離れる。


……ア……ロ……

……グレ…………


ゾルアは、自分の中に眠る魔獣の声を聞いていた。自分に語り掛けているような、何かを伝えようとしているような。一体何を言ってるのか、はっきりと聞こえない。


お前は何者だ。何故俺の中にいる? いつから俺の中にいた? もう一人のお前とはどういう意味だ?


意識で語り掛けるゾルアだが、魔獣は問いに答えようとしない。暗い意識の中、魔獣の姿がうっすらと見える。魔獣が自身を見つめている。だがその目は、魔物特有の凶悪な色をしていない。それはまるで何かを思っているかのような目の色であった。


ゾルアが目を覚ました時は、夜が明け始めていた。船は小さな無人島に停泊しており、舵を動かしていたネルはリフと共に寝室で眠っている。
「……奴め……何を言おうとしていたんだ」
自身の中に潜む魔獣が伝えようとしていた事が気になりつつも、甲板に出て夜明けの潮風を浴びる。静かな海の音。空には僅かに星が浮かぶものの、たちまち黒い雲に覆われていく。ゾルアは僅かに痛む腕の傷跡を包む包帯を剥がし、ぼんやりと朝日を眺める。水平線に位置する陸地の上空には、暗黒の雲が渦巻いていた。
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