モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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プライベートより呼び出し優先です

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 フリーになるのを待っていた、という幸人の言葉は本当だったようだ。
 理貴からちょくちょく連絡が来るようになった。
 その度に体よく断っていたのだが、理貴は気にした様子もなく、またしばらくしたら連絡が来る。
 さすがに断りきれなくて、飲みに行く約束をしたのだった。


「あかりちゃん、ビールでいい?」
「うん」
 呼び出しボタンで店員を呼ぶと、ビール2つと焼き鳥やツマミをいくつか頼む理貴。
 今日の理貴はカジュアルに、ジャケットにチノパンという格好だ。あかりは変わらず通勤服にしているパンツスーツである。
 素早く届いたビールを飲み干す理貴をあかりは何となく見つめる。

(何を考えているんだか……)

 再会したときに言っていた「結婚」の話は、その場で丁重に断った。
 それでも懲りずに理貴は何度も誘ってくるのだ。
 流石にしつこい、となって無下に断ろうとしたタイミングで理貴に先手を取られる。

「目的がないと誘っちゃ駄目なんだ?」
「そういうわけじゃないけれど」
「なら、昔なじみの飲み友達ってことでどう?」

 そう言われると、あかりに断る理由はなくなる。
 いや、それでも断り続けていたら理貴も諦めただろう。
 恋愛が絡まなくて気取らない店ならば、理貴と飲みたいとあかりも心のどこかで思っていたから。
 それが、彼氏と別れて傷心を埋める虚しい行為だとわかっていたけれど、男によって出来た傷を埋めるのは男でしかできない。女友達では満たされないのだ。
 そういう視点で見ると突然再会した理貴は、あかりの心を埋めるにはちょうどいい存在だったのだ。
 とはいえ、理貴は弟と同じ存在だ。理貴との未来は考えられないのだけれど。
 あかりの心地良い言葉を伝えてくる理貴を利用している気もしたが、自分の気持ちを伝えてもなお、誘ってくるのは向こうなのだ。

(傷が癒える間だけ……)

 あかりは少しの罪悪感と共に、理貴に連絡したのだった。
 
 イヤだったら断るでしょう、と思いつつあかりは自分の都合のいい日を理貴に伝え、本日の飲み会になったというわけである。
 あかりの希望通り、チェーン店の居酒屋で。

 あかりはビールを飲みつつ、理貴の様子を窺った。
 幼馴染の中で一番の出世頭の理貴である。いつも自分の周りにいる人間とは毛色の違う人種である理貴だ。人間としては俄然興味をそそられる存在である。
 恋愛の話はイヤだけど、引っ越してからの理貴の話は是非とも聞いてみたかった。
 なぜ今も幸人と交流があることも含めて、起業したきっかけとか、社長業のこととか聞きたいことは山ほどある。
 前回は全くその辺のことは話す時間がなかったのだから。

「理貴ってさ……」
 あかりが口を開いた瞬間、携帯が震えた。
「っと、ごめん」

(あちゃー)

 見なくてもわかる。職場からだ。
 今日は定時で上がれたときから嫌な予感がしていたのだ。そしてそういうときの勘だけは、いやというほど当たる。
 席を外し電話を受ける。案の定、呼び出しだった。
 まだビールしか飲んでいないのに。
 だけど、仕事最優先だ、仕方ない。
「ごめん、呼び出しだから戻る」
 財布を取り出そうとするあかりの手を押し留め、理貴は声をかけた。

「気にしないで、また今度埋め合わせよろしく。……急ぎだよね、ここは払っておくから早く行きなよ」
「ありがとう!」
 挨拶もそこそこにあかりはカバンと脱いでいたジャケットを手に取ると店を飛び出した。



 書類が一段落したあかりは、んーっと、伸びをする。
 昨日は女性の相談が多く、当直の警官だけでは回せなかったのだ。
 結局朝までコースになったあかりは、忘れないうちに書類をしたためる。
 事務仕事も溜めると恐ろしいことになるのだ。

 幸いにも今日は休日だ。
五連勤、しかも連日残業で二十時過ぎまで帰れなかった上に休日の前の日に呼び出され、朝まで職場に居たことには目をつぶる。
 そんなことを言っていたらここでは働けない。
 タフでないと続けられない仕事なのだ。

「おー、ご苦労さん。助かったわ」
「いえいえ。お役に立ててなによりです」
 当直の警官から声をかけられる。今日の当直は刑事課の久保だったようだ。
 あかりが地域課にいたときにペアを組んでいて特にお世話になった先輩だ。有り難いことに今でも顔を合わせると何かと気にかけてくれる。
 手に持っていた二つの缶コーヒーのうち一本をあかりに投げてよこすと、久保はあかりの隣の席にドサッと座った。

山科やましなと別れたんだって?」
 あかりは苦笑いする。わざわざ近づいて来て何を話すかと思えば、このことか。
「……相変わらずお耳が早いですね」
「まぁな」
 
 誰からの情報なのかは訊ねなくてもわかっている。本人からだ。
 元カレの山科はやてと久保は同期で同じ刑事課だし、仲がいい。
 いくら噂が流れるのが早い警察であっても、久保の性格からして裏取りもせずにあかりに話すことはない。

「あいつ浮気でもしてたん? ずいぶんこっぴどい振り方したらしいじゃん」
 案の定、颯から事細かく聞き出しているようだ。冗談めかしながらも目を眇めて訊ねてくる久保に、あかりは笑いながらも返答に困る。

(颯さん、どこまで話しているんだ?)

 久保がいくら口が堅いとはいえ、職場でペラペラ喋るとすぐに噂になる。それも尾ひれ背びれがついて。
 どうしようか考えあぐねているあかりを楽しそうに見ながら待っていた久保がいきなり「いてっ」と声を上げた。
 あかりが久保の後ろを見ると、そこには今話題にしていた颯が立っていた。
「おっ、山科。奇遇だな」
 苦い顔をしながら颯は久保に釘を刺す。
「いらんこと聞くな」
「いいじゃん、気になるし」
「お前には関係ないだろ。ってかさっさと仕事しろ」
 取り付く島もなく、サッサとどこかに向かう颯に久保は苦笑して席を立った。
 これ以上あかりのそばにいたら、颯を苛立たせるだけだと判断したのだろう。
「福田ー、邪魔して悪かったな。呼び出し、お疲れさん。書類それ、さっさと仕上げて帰れよー」
「コーヒー、ご馳走様です」
「おう! どういたしまして」
 気さくに返事をした久保が足早に去っていくのを確認して、あかりはホッとため息をつく。
 
 颯とは部署は違うからそこまで頻繁に会うことはないけれど、同じ職場であるからこうして顔を合わせてしまうことがある。
 別れた直後だし、会うのが気まずくないといえば嘘になる。

(久保さんがいてよかった)

 お互いに公私混同するタイプではないが、さすがに別れた男女が二人きりでいたとあっては、あらぬ噂を立てられかねない。
 再びため息をついたあかりは、いつもの癖で先程の颯の表情を思い浮かべる。

(颯さん、顔色悪かったな。……ちゃんと休めているのか……)

 そこでハッと気づいて、首をブンブンと左右に振って今浮かんできた気持ちを振り払う。

 もう彼女じゃないのだ。心配しても颯に何もしてあげられない。

 あかりは想いを振り払うように残りの書類に向き合った。

 普通なら三十分ほどで終わる書類に一時間半かかってしまったのは余談である。
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