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今からなら空いてるけど
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『次、いつなら会える? 合わせるよ』
思ったより時間をかけて書類を仕上げたあかりは、携帯を見るなりため息をついた。
理貴から連絡が来ていた。送信は昨日別れた直後の時間だ。
あかりの仕事はプライベートがあって無いようなものだ。昨日のような緊急呼び出しは決して多いわけではないのだが、どういうわけか計ったように人と――それも合コンや異性と飲む時に呼び出される。
飲み会が始まってすぐ、お金だけ渡して帰っていくあかりに、その後、相手の男性から連絡が来ることはない。
理貴もそうだろうと油断していたから、携帯を見られない間届いていた公式メッセージと共に、うっかり一括で既読をつけてしまったのだ。
面倒だがメッセージを見たという証拠が理貴に届いている以上、早めに返事をしなければ、と思いつつ寝不足で頭が回らない。
とりあえずあかりは自らの欲を叶えることを優先することにした。シャワーを浴びて腹を満たし、一眠りしてから返事をしても遅くない。
そう思っていたのだが。
「しまった!」
連日の激務で疲れていたのかあかりの目が覚めたのは、日がすっかり暮れてからだった。
理貴への返信も、休みの日のルーティンのジムも、掃除も買い物も何もしていない。
慌てて携帯を見て、ホッと息を吐く。
(よかった、仕事の連絡はないや)
爆睡していても職場からのコールが鳴ると起きるような体にはなってはいる。
それでも毎回夢も見ずに自然と目が覚めるまで寝ていると、不安にはなるのだ。
ワーカーホリックと言われても仕方ないが、これが天職と選んだ仕事。仕方ないと割り切っている。
そのせいでなかなか警察勤め以外の友人と予定が合わないのも、悲しいけど受け入れてはいる。
(さて、どうしようか……)
もう19時近いし、休みの日のルーティンをこなすのは厳しい。それに腹ぺこだ。
どこか食べに行こうか、と思い立ったあかりは、ふと携帯に目を落とす。
――合わせるよ。
そう理貴は言っていたが、仮にも社長なのだ。こんな急に誘っても難しいだろう。
そう思いつつ、あかりは放置していた理貴への返信のメッセージをしたためる。
どうせ無理だろうと思いながら『今からなら行けるよ』と用件だけ端的に書いて送ったメッセージはすぐに既読になったかと思うと、あかりの携帯から着信を知らせる音が鳴り響いたのだった。
※
待ち合わせの時間と場所を決める電話はすぐに終わった。
理貴の行動の速さに驚くと同時に、昨日の埋め合わせが早々にできることにあかりは安堵した。
今日は非番だし、さすがに昨日の今日で呼び出しの可能性は低い。今を逃せば正直いつ埋め合わせできるのか仕事柄読めないから、早めに対応できるに越したことはない。
この後会社に戻るという理貴に気を遣い、場所は彼の会社の近くになった。その代わり店選びは理貴が引き受けたのだが。
(え? ここで合ってる?)
理貴から指定があった店に入ったあかりは、しばし呆然としてしまったのだ。
住所はいくつもの飲食店が入っているビルの一角であった。ワンフロア全てがそのテナントが借り切っている、よくある形式の店だ。
店名は聞いたことがなかったが、昨日行ったチェーンの居酒屋と変わらないだろうとエレベーターを降りたあかりは、その場で引き返したくなった。
想像したより店構えが高級そうだったからだ。
気後れしたが、店員に「いらっしゃいませ」と声を掛けられたあかりは、仕方なく理貴の名字を告げた。
予約は問題なくされていたようだ。店員に案内された席は、半個室になっていて少しだけあかりをホッとさせる。
自分の格好が周りから見えないからだ。
指定された場所はオフィス街とは知っていたから、手持ちの服の中でも一軍に属するカットソーにワイドパンツという装いだ。だが、仕事帰りの人間で占められていた店の中ではあかりの服装は浮いていた。
外資系の企業も近くに多くあるからだろうか。皆、パリッとしたスーツか、巷でオフィスカジュアルと言われている服装を華麗に着こなしていた。
髪の毛の先から指先、足元にまで気を配ったコーディネート。職場に制服があり、同僚もオジサンが多いあかりには、彼女たちの服装がある種の戦闘服に見えた。
(キラキラ女子も大変だなぁ……)
あかりはどこか他人事のような感想を浮かべるが、一方で彼女たちを羨ましくも感じる。
警察官になるのは小さい頃からの夢だった。それを叶えたけれど、夢と現実はやっぱり違う。
職業柄、平時にはいらない存在だ。町の人が警官に頼るのは何か問題が起きた時だけ。
簡単に処理できるケースばかりではない。精神的にくる事件の方が多いのだ。
休みだってろくに取れない上、転勤ばかりだし、給与だって勤務体系や仕事内容を考えると高給とはいえない職業だ。何かといえば報告が必須だし、大きな事件があれば駆り出される。近年多い自然災害の時は家族よりも都民を優先しなければならない。
警官に拘らなくても、もっとプライベートを充実させられる仕事は世の中に多く転がっている。
憧れの警察官試験に合格し、警察学校に入校してからちょうど十年になる。
悩む時期だ。年齢的にも、ライフプラン的にも。
分かっている。けれど颯と別れたばかりで、同期の中でも違う道に進む者も現れてきている中、あかりに迷いがないと嘘になる。
自分の能力も見えてきて、高卒で奉職したあかりは出世出来る階級も先が見えている。そもそも女性が増えてきているとはいえ、まだ男ばかりの職場だ。肉体的にずっと勤められるかどうかも分からない。
そこまで考えて、あかりは自嘲するように笑った。
別れは自分から切り出したのに、颯がいないことでこんなに不安定になっている自分が情けない。
そして。
「あかりちゃん、遅れてごめん!」
颯が居なくなってポッカリ空いた穴にごく自然に納まろうとする理貴を受け入れ始めている自分がいることに――うっすらとだが――あかりは気づき始めていたのだった。
思ったより時間をかけて書類を仕上げたあかりは、携帯を見るなりため息をついた。
理貴から連絡が来ていた。送信は昨日別れた直後の時間だ。
あかりの仕事はプライベートがあって無いようなものだ。昨日のような緊急呼び出しは決して多いわけではないのだが、どういうわけか計ったように人と――それも合コンや異性と飲む時に呼び出される。
飲み会が始まってすぐ、お金だけ渡して帰っていくあかりに、その後、相手の男性から連絡が来ることはない。
理貴もそうだろうと油断していたから、携帯を見られない間届いていた公式メッセージと共に、うっかり一括で既読をつけてしまったのだ。
面倒だがメッセージを見たという証拠が理貴に届いている以上、早めに返事をしなければ、と思いつつ寝不足で頭が回らない。
とりあえずあかりは自らの欲を叶えることを優先することにした。シャワーを浴びて腹を満たし、一眠りしてから返事をしても遅くない。
そう思っていたのだが。
「しまった!」
連日の激務で疲れていたのかあかりの目が覚めたのは、日がすっかり暮れてからだった。
理貴への返信も、休みの日のルーティンのジムも、掃除も買い物も何もしていない。
慌てて携帯を見て、ホッと息を吐く。
(よかった、仕事の連絡はないや)
爆睡していても職場からのコールが鳴ると起きるような体にはなってはいる。
それでも毎回夢も見ずに自然と目が覚めるまで寝ていると、不安にはなるのだ。
ワーカーホリックと言われても仕方ないが、これが天職と選んだ仕事。仕方ないと割り切っている。
そのせいでなかなか警察勤め以外の友人と予定が合わないのも、悲しいけど受け入れてはいる。
(さて、どうしようか……)
もう19時近いし、休みの日のルーティンをこなすのは厳しい。それに腹ぺこだ。
どこか食べに行こうか、と思い立ったあかりは、ふと携帯に目を落とす。
――合わせるよ。
そう理貴は言っていたが、仮にも社長なのだ。こんな急に誘っても難しいだろう。
そう思いつつ、あかりは放置していた理貴への返信のメッセージをしたためる。
どうせ無理だろうと思いながら『今からなら行けるよ』と用件だけ端的に書いて送ったメッセージはすぐに既読になったかと思うと、あかりの携帯から着信を知らせる音が鳴り響いたのだった。
※
待ち合わせの時間と場所を決める電話はすぐに終わった。
理貴の行動の速さに驚くと同時に、昨日の埋め合わせが早々にできることにあかりは安堵した。
今日は非番だし、さすがに昨日の今日で呼び出しの可能性は低い。今を逃せば正直いつ埋め合わせできるのか仕事柄読めないから、早めに対応できるに越したことはない。
この後会社に戻るという理貴に気を遣い、場所は彼の会社の近くになった。その代わり店選びは理貴が引き受けたのだが。
(え? ここで合ってる?)
理貴から指定があった店に入ったあかりは、しばし呆然としてしまったのだ。
住所はいくつもの飲食店が入っているビルの一角であった。ワンフロア全てがそのテナントが借り切っている、よくある形式の店だ。
店名は聞いたことがなかったが、昨日行ったチェーンの居酒屋と変わらないだろうとエレベーターを降りたあかりは、その場で引き返したくなった。
想像したより店構えが高級そうだったからだ。
気後れしたが、店員に「いらっしゃいませ」と声を掛けられたあかりは、仕方なく理貴の名字を告げた。
予約は問題なくされていたようだ。店員に案内された席は、半個室になっていて少しだけあかりをホッとさせる。
自分の格好が周りから見えないからだ。
指定された場所はオフィス街とは知っていたから、手持ちの服の中でも一軍に属するカットソーにワイドパンツという装いだ。だが、仕事帰りの人間で占められていた店の中ではあかりの服装は浮いていた。
外資系の企業も近くに多くあるからだろうか。皆、パリッとしたスーツか、巷でオフィスカジュアルと言われている服装を華麗に着こなしていた。
髪の毛の先から指先、足元にまで気を配ったコーディネート。職場に制服があり、同僚もオジサンが多いあかりには、彼女たちの服装がある種の戦闘服に見えた。
(キラキラ女子も大変だなぁ……)
あかりはどこか他人事のような感想を浮かべるが、一方で彼女たちを羨ましくも感じる。
警察官になるのは小さい頃からの夢だった。それを叶えたけれど、夢と現実はやっぱり違う。
職業柄、平時にはいらない存在だ。町の人が警官に頼るのは何か問題が起きた時だけ。
簡単に処理できるケースばかりではない。精神的にくる事件の方が多いのだ。
休みだってろくに取れない上、転勤ばかりだし、給与だって勤務体系や仕事内容を考えると高給とはいえない職業だ。何かといえば報告が必須だし、大きな事件があれば駆り出される。近年多い自然災害の時は家族よりも都民を優先しなければならない。
警官に拘らなくても、もっとプライベートを充実させられる仕事は世の中に多く転がっている。
憧れの警察官試験に合格し、警察学校に入校してからちょうど十年になる。
悩む時期だ。年齢的にも、ライフプラン的にも。
分かっている。けれど颯と別れたばかりで、同期の中でも違う道に進む者も現れてきている中、あかりに迷いがないと嘘になる。
自分の能力も見えてきて、高卒で奉職したあかりは出世出来る階級も先が見えている。そもそも女性が増えてきているとはいえ、まだ男ばかりの職場だ。肉体的にずっと勤められるかどうかも分からない。
そこまで考えて、あかりは自嘲するように笑った。
別れは自分から切り出したのに、颯がいないことでこんなに不安定になっている自分が情けない。
そして。
「あかりちゃん、遅れてごめん!」
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