モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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早野のお悩み相談室

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 彼――早野に相談しようと決意したあかりだったが、切り出せないままあっという間に二週間が経った。
 そもそも人一倍真面目なあかりは、プライベートを上司に相談などしたことないのだ。個人的な事情で早野の時間を奪うのに躊躇いがある。
 一人ではどうしようもない。けれど早野以外に適切な判断を下せる人物はいないのもわかっている。結に相談しても結局「羨ましい」で終わってしまう。
 
 話しかけるきっかけが見つからないまま、あかりは盛大にため息をついた。
 
「はぁー」
「なにか悩みか、あかりー?」
 あかりのついた深いため息を聞きつけた早野がすぐに声をかけてくる。
「いやープライベートなので」
 あぁ、もう! 素直に「相談に乗ってください」といえばよかったのに。後悔しても一度突っぱねた言葉は消えない。
 だが、そこは百戦錬磨の早野だ。一瞬しまった、という表情を浮かべたあかりを見逃すことはなかった。
「なになになに? オジサン知りたいなー」
 早野は軽い口調であかりを誘う。
「あかりー、もう仕事終わりでしょ? ぼくもなんだ。ということで飲みに行こうよ」
「いや、……私は」
 それでも真面目なあかりは自身の口から出た言葉を撤回する勇気はないようだ。早野は無理やり話をまとめる。
「はい、決まり! ということで残りの仕事チャッチャと片付けちゃって」

 聞く耳を持たない早野にあかりは再度嘆息し、――それでも内心ホッとして――命じられた通りさっさと残りの仕事を片付けたのだった。


「なにそれ、そんな面白いことになってるの?」
 警察官御用達の安居酒屋で早野と対面して座ったあかりは、彼に洗いざらい白状した。
 さすが御用達の店だから、用意されたのは一番奥の目立たないところ。多少内部の話をしても、近くに人がいない限り聞こえないベストの席である。
 そこであかりは全て話していた。颯からプロポーズされたことも、理貴にキスをされたことも。そのことで兄と弟に苦言を呈されたことも。
 遅かれ早かれ早野には伝えようと思っていたことではある。あるのだが、相談し慣れていないあかりにとっては決死の覚悟で伝えた事柄だったのに、早野の第一声にあかりの体からヘナヘナと力が抜ける。
「面白いって……」
「だってそうでしょう? そんなマンガみたいな展開、外から見ていると面白い以外の言葉、出ないでしょうよ」
 ぐいっとビールを飲み干して、早野はさっさと自分だけおかわりを頼む。あかりはチビチビと残ったビールを舐める。

「で、結局どっちの案件にするの?」
「や、そんなモノみたいに」
「でも決めないといけないんでしょ、どちらかに。どちらが優良物件か、比べてみたでしょ?」
 追加で来たビールを一口で半分ほど飲み干した早野は、あかりに問いかける。
「比べてないです」
 あかりは半分投げやりに答える。
「嘘でしょ、そんなの」
 早野はあかりの答えを即座に否定する。

「山科くんも男前だけど、幼馴染くんもなかなかイケメンじゃん。写真で見ただけだけど。そんな男二人に言い寄られて比べない子いないでしょ」
「……ここにいますよ」
「嘘だぁ!」
 早野は先程と同じ言葉を繰り返す。

「じゃあ聞くけどさー。山科くんと幼馴染くんの顔、どっちが好きなのよ?」
「それは……」
「はい次! 体つきはどっちがタイプだ?」
「ちょっ……」
「次行くぞ。性格はどっちの方がいいんだ?」

 矢継ぎ早に飛んでくる早野の問いに、あかりはいつしか無言になっていた。早野の言葉が耳に届くたびに、颯と理貴を比べてしまう。敢えて考えないようにしていたのに、早野の声掛けで二人を天秤にかけていた。
 あかりの様子を見た早野は、徐々に際どい質問に変えていく。

「どちらが、あかりへの想いを口にしてくれる?」
 それは理貴だ。間違いない。
「どっちがあかりを守ってくれそうだ?」
 悩むが、守るという意味であれば、警察官の颯に軍配が上がるだろう。
「あかりは、どっちの笑顔が好きだ?」
 即断で颯だ。いつも笑顔を見せない彼が、あかりにだけ見せる笑顔は尊くて愛しい。
 
「キスは、どちらの方が良かった?」

 早野の問いにあかりはバッと口を押さえた。みるみるうちに顔が赤くなるのが自分でもわかる。

「どっちのキス、思い出したんだ?」
 イジワルそうに早野が声を掛けるが、あかりは答えなかった。答えられなかった。
「まぁ、いいさ」
 残っていたビールを飲み干すと、早野は携帯を確認する。何かの連絡が来ていたのだろう。ポチポチと携帯を操作し始めた早野をあかりは黙って見つめていた。
 早野は返信を打ち終わるやいなや、おもむろに伝票を掴んだ。
「さて、オジサンはそろそろ時間切れだ。ここまでのは奢っちゃる」
 立ち上がった早野は、忘れていた、というようにあかりを振り返る。

「山科くんと結婚しておいた方が仕事も理解してもらえるし、気持ちは楽だとは思うけど……。ぼくとしては今、あかりの頭に浮かんだのが幼馴染くんだったらいいな、って考えているよ」
「……なぜですか、早野さん」
「そんなの簡単だよ」
 早野はニヤリと笑う。
「あかりと結婚したら山科くん、辞めちゃうんでしょ? 有能な若手が居なくなるのは困るからねー」
「なっ……」
「じゃっ、また明日」
 言いたいことを伝えて満足した様子の早野はヒラヒラと手を振り、鼻歌を歌いながら去っていく。
 
 残されたあかりはまだ赤い顔のまま、呆然と早野を見送る。
 早野が言い残した言葉が頭の中をグルグルと回転していた。

 あかりだって理貴に言われてから何度も二人を並べて考えてみた。けれど肝心なところに差し掛かると強制的に思考を停止させて、それ以上考えないようにしていたのに。
 早野の畳み掛ける質問によって心の内がさらけ出されたのだ。

 (理貴……のキスを思い出すなんて……っ!)

 あかりは手のひらで覆っていた唇を噛みしめる。

 たった一度の――それも強引に重ねられたのに。理貴の唇は柔らかくて、そして微かに震えていた。
 経験が豊富でないあかりには、理貴のキスが上手いのか下手なのかは判断がつかない。けれど、理貴が生半可な気持ちでキスをしたのではないことは、重ねられた唇から伝わって来ていた。

 理貴の気持ちなんかとっくに知っている。改めて思い知らされたところで。
「どうすればいいのよ……」
「何がだ?」

 突然かけられた聞き覚えのある声にあかりはビクッとなって顔を上げる。
 そこには予想通り、颯が立っていた。

「なん……で……?」
「早野さんに呼び出された」

 急いで来たのだろう、颯の額にはうっすら汗が滲んでいるし、僅かだけど息が上がっている。
 颯は先程まで早野が座っていた席に腰を掛けると、ビールを二つ注文する。
 間を置かずジョッキがテーブルに置かれる。

「飲め、とりあえず」
 颯は、あかりのジョッキと自分のソレを軽く合わせると、一息に中の液体を流し込んだ。
 あかりもしぶしぶながら、ビールに口をつける。

「……仕事は?」
「終わっていないが、終わらせたことにした。……早野さんに緊急だと言われたからな」
 その言い回しにあかりはゲンナリする。早野はなんと言って颯を呼び出したのか、考えたくもない。
 
「あかり」

 颯の声が飛んでくる。彼の声は心地よい。この声を聞いているだけで幸せだと思っていた時もあったのに、今は聞きたくない。
 なのに、勝手に彼の言葉が耳に入ってくるのだ。

「なにか聞きたいことあるんだろう?」
「なんで……?」
 颯は苦笑する。その顔ですぐに分かった。雅人が耳打ちしたのだろう。
 そこで全てを悟った。今日早野があかりを誘ったのも、いつまでも動く様子のない二人に苛立った雅人の策略なのだと。
 じゃないと都合よく颯は現れない。

「……の、クソ兄貴!」
 ぶっと噴き出した颯に、あかりは自分の心の声が口をついていたことに気づいて頬を染める。ツボにハマったのか、俯いてしばらく肩を震わせて笑っている颯を睨みつけながら、あかりは改めて思う。

 (やっぱり、好みだなぁ……)

 同時に理貴のことも頭に浮かんでくるのには困るけれど。颯は心の底から惚れて初めてを捧げた男性なのだ。そんな颯に自分から別れを告げた以上、忘れなければと思いこんでいたけれど。
 声も体格もやはり、颯はあかりの好みの男であることに変わりない。
 あかりは別れてから初めて、付き合っていた頃のように自然体で颯と向き合っていた。

 二人の間に交際していた時のような穏やかな空気が流れる。このまま何事もなく過ごせれば、とあかりが頭の片隅で考え始めたのを遮るように、颯はおもむろに切り出した。

「今更なんだが、オレが頑なに結婚を決断できなかった言い訳を……。オレの生い立ちを聞いてくれないか?」

 あかりは息を呑む。颯が切り出した内容はあかりが聞きたかった、いや、聞かなければならない話だったからだ。
 雅人にけしかけられたから渋々切り出したのだろう。颯の瞳は珍しく迷うように揺れていた。

 (……聞きたくない)

 今まで颯が話したがらなかったこと。雅人がわざわざあかりに確認しないといけない内容。きっとしんどい話になると薄々は勘づいていた。
 颯と理貴を天秤にかけている以上、いずれは聞いておかないといけないとわかってはいたが、まだ受け止める覚悟は正直出来ていなかった。

「なぁ、頼む」
 
 あかりの葛藤に気づいていながらも、颯はダメ押しの一言を口にした。颯は察していたのだ。これがあかりと二人きりになれる最後のチャンスかもしれないと。
 直接自分が連絡しても、あかりはのらりくらりと避ける一方だったのだ。だから雅人と早野がお膳立てしてくれたこの機会を逃すわけにはいかない。
 どこか懇願するような口調になった颯に、あかりは無意識にうなずいていたのだった。 

 
  
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