モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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それぞれの明日

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 電子タバコを手に取った颯は、充電が切れていることに気付いてチッと舌打ちをする。
 一度席に戻ると引き出しから紙タバコを取り出す。紙のタバコを吸うには、二階まで降りなければならない。電子タバコなら各階に吸う場所が設置されている時間短縮になると切り替えたのに、これなら意味がない。
 そう思いながら階段で下に降りる颯だが、自分でもわかっていた。どれだけ時間が短縮になろうと、今日は仕事が手につかないと。


ライター、忘れた」
 日曜日の昼間である。昼休みも終わったタイミングもあり、喫煙室には颯の他に誰もいなかった。
 紙タバコを咥えた後にライターがないことに気づいた颯だが、取りに戻るのも面倒だ。どうしようか迷っていると、都合よく久保が入ってきた。
「山科。こんなところでサボり?」 
「バカ言うな。今日俺は非番だ。久保、それより火、貸せ」
 久保はライターを投げて寄越すと、颯の向かいに立つ。
「非番なのにご苦労ですね、警部補サマは。今急ぎの案件抱えていないはずなのに」
「……書類が溜まっているんだよ」
 タバコの煙を吐きながら、颯は久保にライターを突き返す。心あらずの同期に久保はイジワルな質問を投げかけた。
「ふうん。……そういえば今日は福田の結婚式だってな」
 ゲホッと咽る音がする。予想通りの反応に、久保は笑い出した。

「家にいたらアレコレ思い出すから、わざわざ非番なのに出てきたんだろっ。仕事やっていれば余計なこと考えないからって。……わかりやすいなぁ、お前」
「……うるせぇ」
「あ、早野さんにでも頼んで福田の写真、送ってもらうか?」
「……やめろ」
 低い声で制止をする颯に、久保は真顔になる。

「そんなに大切なら手放さなければよかったんだよ」
「うるせ……」
 今度の颯の声には力が入っていなかった。久保は自身もタバコを取り出し、火を付ける。しばし二人は無言でタバコを吸っていた。
「手放しても大丈夫だと思ったんだよ」
 先に吸い終えた颯は、壁にもたれつつひとりごとのように呟いた。
「まぁ、福田はお前にベタ惚れだったしな。それに警視庁ココで福田にアプローチする人間はよっぽどのバカか新人くらいだ」
「……」
 颯は無言で二本目のタバコを取り出した。すかさず久保がライターを差し出す。当然のように受け取った颯は、ため息混じりに独白する。
「こんなにアッサリ持っていかれるとは、な」
「さすがの山科警部補でも読みを外した?」
 揶揄するような響きの久保の言葉に、颯は顔をしかめたが何も言わなかった。代わりにけむりを吐き出す。

「……ればよかったのに」
「なんだ?」
「抱いてやればよかったのにって言ったの」
 更に顔をしかめる颯をよそに久保も二本目のタバコに火を付ける。久保だけは知っているのだ。あの夜、あかりに求められたことも。それを鉄の意志で颯が断ったことも。
「……アイツの本心じゃなかった」
「そんなん気付かないフリしたらいいだけだろう。本人がいいって言っているんだし。愛はなかったかもしれないが情はあったはずだ。抱きさえすれば……」
「言うな」
 颯はピシャリと久保を黙らせる。三本目のタバコを取り出した颯は、口に咥える前に箱に戻した。

「心を誤魔化しているあかりが居ても意味ないだろう」
 久保は驚く。颯は自分が元カノのことを名前で呼んだことに気付いてはいないようだ。付き合っている時すら、久保の前でも頑なに名字で呼んでいた男が漏らした本音は、痛々しくもあり、彼らしくもある。

「マジメだな、お前ら二人とも。……よく似てるよ」
「イヤミか?」
「いんや」
 お互いが遠慮して、本音を隠した結果が今だ。きちんと時々で言葉を尽くして話し合えば、あかりの隣に立っているのは理貴ではなく、颯だったはずだ。
 そんなこと今更告げたところでどうなるものではない。久保は緩く首を振ると、それ以上自身の考えは伝えない選択をする。その代わり、颯にハッパをかけることにした。
「まぁ、お前には女がいなくなっても刑事仕事があるさ。なぁ、警部補係長殿?」
「今のはイヤミだろうが」
「バレた?」
 久保は笑うと、颯の肩を二度三度叩く。
「まぁ、高卒同期の中で一番を突っ走っているんだ。せいぜい頑張ってくれ」
「お前はそろそろ巡査部長の試験くらい合格しろ」
 颯に痛いところを突かれた久保は痛そうに胸を押さえる。
「簡単に言うなよ。難しいんだぞ、アレ」
「勉強すれば受かる」
「首席のお前とは違うんだよ、頭の出来が」
 じゃれ合いのような会話は同じ釜の飯を食った同期ならではだ。
 久保のセリフに颯は少しだけ頬を緩める。

「仕事に戻るぞ。いつまでサボってるんだか」
「山科非番だろ?」
はな。お前は当直だろうが」
「大丈夫だよ。今日は何故か仕事が少な……」
 その時、タイミングよく久保の携帯が鳴る。ゲッという表情を浮かべている久保を見て颯は全て察した。
「戻るぞ」
 一瞬で同期から上司の顔に戻った颯は、久保を急き立てながら自身も階段を駆け上がる。

 心の片隅に、いつでもあかりに理想と言われる警察官であり続けたいと想いを秘めて。


 ※

 ――本当に僕でいいの? 結婚してくれる?

 自信なさげに理貴が聞いたのは、結婚式前日昨日のことだ。
 明日の式に備えて二人で前泊をしていて、さあ寝るぞというタイミングでベッドの上に正座して問いかける理貴は、例えるなら捨てられた子犬みたいで、あかりは込み上げてくる笑いを抑えるのに必死になる。

「……なんで?」
 笑いを飲み込んだあかりは震える声で尋ねる。理貴はあかりの声を別の意味に取ったようだ。
「僕が……無理やり進めたじゃない、この話。だから今ならまだキャンセルできるよってこと」
「何でよ?」
 さすがに可笑しいと気付いたあかりは半分ベッドに横たえた体を起こして、自らも正座になると理貴に問いただす。
 理貴は、なにか迷うように揺れる瞳であかりに告げる。

「自覚はあるんだ。あかりちゃんの気持ちがまだそこまで高まっていないのに、強引に結婚まで漕ぎつけた自覚が」
「理貴」
 あかりは呼びかけるが、理貴は自嘲するような笑みを浮かべる。

「でも、あかりちゃん」
「なに?」
「できるなら僕とこのまま結婚して欲しい。もう……手放したくない。お願いします」
 そう言って理貴はあかりに手を差し出した。僅かに震えているその手をあかりは取らなかった。
 代わりに両手で理貴の頬をパチンと音を立てて挟み、自分の方に向かせる。
 
「いたっ……あかり……」
「バカ理貴!」
 抗議する理貴に被せるように叱ったあかりは、そのまま思いの丈をぶつける。
「そんなんで私が結婚を決めたと思うの!?」
 あかりの声に理貴は驚きのあまり固まる。あかりは理貴に気を遣うことなく、心の内を吐き出した。

「そりゃあ早いよ、結婚までさ。三ヶ月しか付き合ってないし。でも元々それ前提だったじゃん、始まりが」
「あかりちゃ……」
「私が式とか興味なかったから仕事を言い訳に理貴に丸投げしたけど……。私が理貴に押されたからって流されると思うの!?」
「…………思う」
 理貴の言葉にあかりの両手に力が込もる。イラッとした目を向けていたあかりだが、理貴の真面目くさった顔を見ているうちに、ヘナヘナと崩れ落ち、ベッドに突っ伏した。

 不安から出た言葉だろうが、自身の性格を見透かしているような理貴に、あかりは力が抜けたのだ。
 理貴は、知っているから。流されて颯に「抱いてほしい」と言った弱いあかりを。
 そして自分との結婚に懸念があるなら、今が引き返せるラストチャンスだと暗にあかりにメッセージを送って来たのだ。
 あかりはベッドの上で体を回転させ仰向けになった。怖いくらい自身のことを知っている理貴を下から見上げると、先程よりも表情が鮮明に見える。

「好きだよ、理貴」
 硬くなっていた顔がその一言で赤く緩む。理貴がいつまで経ってもあかりのの一言で赤面するのは、照れるからとなかなか言ってこなかったからだ。更に加えて結婚式の準備も気乗りしていなかったのだ。理貴を不安にさせるのには十分な材料だ。

「先のことはわからないよ。環境が変わってさ、理貴のイヤな面が見えてきたり、逆に私のイヤなところが目についたり。いつか大がつくほどキライになるかもしれない」
「……うん」
「それでも、今は理貴と一緒にいれて嬉しいよ。その、颯さんと同じ好きっていう感情かというとちょっと違うけれど。でも間違いなく……」
「間違いなく?」
「理貴に、体も戸籍も名字も……。今までとして生きてきた人生を預けてもいいかな、っていうくらいには好きだよ。だから結婚するんでしょう?」
 理貴は小さく唸った。顔は茹でダコのようになっている。
「それにそろそろ家デートも飽きたしね」
「それは……ごめん」
「理貴が悪いわけじゃない。けど、やっとコソコソする必要ないしね。それだけでも私はアンタと結婚する価値あると思うけど」
 付き合ってからもしつこく理貴に付き纏うマスコミ対策で、人目を避けるようにお互いの家を行き来するしかなかったのだ。
 正式に籍を入れた後、何か言ってくる相手には理貴が会社として然るべき対応をするということで話がついている。
 明日以降堂々と外を歩けることは、今の二人のささやかな願いである。
 それを知っているあかりはダメ押しの一言を放った。
 
「それじゃ不満?」
 
 今度は大きく喉を鳴らした理貴は、掠れた声で囁いた。
 
「……じゃない」
「え?」
 うまく聞き取れなかったあかりが聞き返すのと、理貴が覆いかぶさるのは同時だった。
「不満に思うわけないじゃん!」
 怒鳴るように言うと、噛み付くようにキスしてくる理貴を体で受け止めたあかりは、宥めるように呟いた。

「不安なら
 その言い方は、あかりの子どもの頃の口癖。クールダウンした理貴は苦笑いしつつ、あかりに文句を言う。
「もう子どもじゃないんだけど」
「一緒でしょ、今も」
 その言い方は理貴の何かに火をつけたようだ。
「じゃあ、大人になった証拠、見せよっか」
 あかりは服に手をかける理貴を慌てて制止する。

「ちょっ……! 理貴っ! 明日本番っ!!」
「知ってるよ」
 それでも理貴の動きは止まらない。
「明日式の前に婚姻届出しに行くし、朝はや……っつ!? ちょっ!!」
 首元に噛みつくように吸い付いた理貴にあかりは怒りの目を向ける。
「見えるじゃん!?」
「いいでしょ、別に」
「よくないって! ってか今日はシない!!」
 思いっきり突っぱねるあかりに理貴は残念そうな顔を浮かべるが、アッサリと手を引いた。

なんで。我慢しますよ」
 含みがある言い方をした理貴は、それに、と話を続けた。
「せっかくのあかりちゃんのドレス姿、堪能したいしね。今から疲れさせてヘロヘロにさせるのは止めとく」
「ちょっ……!? 何言って……!!」
 驚くあかりの口を人差し指を当てて黙らす。
 そして理貴は悪い顔して囁いた。
 
「代わりに明日は覚悟しておいてね。……寝かしてあげる余裕ないと思うから」
「!?!?」

 絶句しているあかりに理貴は笑いかける。大人になり、やっとのことであかりの隣を歩くことが出来るようになった理貴は嬉しそうに「おやすみ」と伝えると、明日に備えてそっと部屋の電気を消したのだった。

 (fin)
  
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