緑風荘へようこそ

雪那 由多

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春になって心機一転するかどうかはまた別の話し 6

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ルルルルルル、ルルルルルル、ルルルルルル……

 そんなちょっと独特な音がお婆ちゃんの電話機の音。
 と言うか、ここに引っ越してきてもうすぐ一か月経とうとするけど初めて聞いた音。
 スマホ社会になってもお婆ちゃんは電話を愛用していたが、外では出来るお婆ちゃんという様にスマホを使いこなすご婦人だったが、一歩家の中に入れば昭和を生きるお婆ちゃんは晩年も健在だった。
 そしてこちらから連絡を取る相手もいるという事で未だに電話も維持しているという流れ。
 何度かそれを見ていたから俺は一応ディスプレイを確認してから取る。
「お電話ありがとうございます。緑風荘の瀬奈と申します」
 なんてビジネス風に応対してしまって少し恥ずかしくなった。
 だけど電話だから顔が見えないので相手は一瞬ためらった後
「お世話になっています。藤田不動産の田口と申します」
「あ、お世話になってます。緑風荘の新しい管理人になりました瀬名修司です。ええと、管理人の変更の手続きに何か不備がありましたか?」
 何か書き忘れか判子の推し忘れがあったのかと思ったものの田口さんはごく普通に
「ええと、新しい入居者の募集があったのでご連絡をさせていただきました」
「は?」
「え?」
 なんてお互い一瞬言葉を失った。
「ええと、新しい入居者、ですか?」
「緑風荘の新規入居者の停止の連絡はなかったので」
「そこだったか!!!」
 何か不備があったのかと思ったがまさかの新規入居者停止の連絡忘れ!
 あと三年で閉鎖するつもりが一年延びたことが決定。
「受け入れ、お断りは……」
「できませんよね。それがもとで契約しているのですから」
 やっちまった。
 その空気は受話器越しにも伝わったようで
「でしたら今後の受け入れは……」
「でしたらこの3月いっぱいまででお願いします。
 部屋はまだ空いてるし、この条件で入居希望の方を無下にできないので」
「ありがとうございます。
 でしたらさっそく3月1日から入居予定を希望されていて……」
「でしたら来週直ぐの希望をされていて……」
「まだ入学式に一週間以上あるのに?」
「必要なものはみんなこちらで購入したいしバイトもすぐに見つけたいと言ってまして」
 雑談の中から拾った新規入居者の事情だろう。
「でしたらすぐにでもどうぞと連絡をしていただいてもいいですよ」
 なんせずっとしのさんに綺麗にしてもらったのだ。
 この緑風荘を処分するにもボロボロの姿のままと言うのはなんか寂しくて、無理言って修繕してもらったのだけど、思わぬ形で功を成したというか……
「ついでに記入済みの履歴書も用意するように言ってください。
 恒例の銭湯のバイトも紹介したいので」
「大家が変わってもそこは変わらずですね」
「今時風呂のないアパートの入居してもらう以上最低限のフォローはします。
 野田銭湯の方には俺からも連絡をしますので、その事も伝えてください」
「はい、わかりました。
 あと、先日頂いたメールアドレスですがそちらに詳しい情報を送りましたのでご確認ください」
「はい…… 確認しました。
 今後もよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。失礼いたします」

 なんて電話は終わった。
 田口さん、ちょっとぽっちゃり系の人なのに電話越しの声めっちゃいい人だなとこの声で営業されたら断れないじゃんと思わぬ罠にはまったけど……

「お婆ちゃん。予定よりもう少しこの緑風荘には長生きしてもらう事になったよ」

 お婆ちゃんが隠した宝物のある箪笥に向かって話しかけるのは決して目の前の、テレビの横にあるからではない。
 だけど何かあった時に視線を向けるのは一番大切な場所、それを誤魔化すためのこの配置。
 なんてったってテレビ台は実家から持ってきたいかにもごつい防御力だけは高そうなテレビ台だからね。
 って言うか、なんで鍵付きの扉がテレビ台なんだよ。いかにも過ぎて誤魔化す方が難しいだろ?なんて思うも
『そうやって混乱させるアイテムにちょうどいいんだよ』
 なんてしのさんの言葉。
 たぶん俺は騙された事にも気づかない世間知らずなんて思われているかもしれないけど、大切なものは銀行の貸金庫。
 近年その概念も崩れ始めているが、この古くてどうしようもないセキュリティの家にあるよりは安全だといろんな権利書と一緒に貸金庫に放り込んだのは俺の安全のため。そしてお婆ちゃんの宝物については俺が管理している事だけは親父に伝えておいた。
 危険かと思ったが、親が親なら子供も子供。
 まるでお婆ちゃんの指輪をあきらめろと言わんばかりにお袋に指輪をプレゼントしたらしいのだから、結婚って大変だなと自分の結婚なんて彼女すらいない真っ白の予定に他人事のように考えてもみない話だった。


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