変態が紳士~憧れの堅物団長から「罵ってくれ」と迫られています〜

水瀬かずか

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攻防1

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 食後、話があるといって彼の部屋に招かれた。

「団長の、部屋、ですか?」
「ああ、そこでゆっくり話がしたい。……大事な話だ」

 にこりと笑って有無を言わさない様子に首をかしげつつ、直近で何か急ぎになりそうな仕事というと何があったっけ? と思い返す。
 私の考えていることには気付いているだろうに、団長からは返事はない。

 部屋に入るよう促され、続いて入ってきた団長が扉を閉めた。
 なにとはなしに、その一連の動きを見つめていると、団長がそこから動くことなく私をじっと見つめている事に気付いた。
 どうかしたんですか、と言おうとして、なぜか声が出なかった。
 どこがというわけではないけれど、雰囲気が、いつもと違った。
 私の小さな動揺を受けて、無表情だった団長がにこりと笑みを浮かべる。けれど、やはり何かが違うように感じられ、勝手に体が怯えたみたいに強ばってしまった。

「どうした、グラシアナ嬢?」

 仕事中には呼ばない私の名前。仕事では無いのだろうかという、不安めいた疑問がよぎる。
 その笑顔が怖くて思わず後ずさった。
 何を怖いと思ったのか、自分でもよくわからない。団長はいつもの笑顔だ。

「なにか、ご用事があったのですよね?」
「そうだな大切な要件だ」

 一歩私に向けて踏み出した団長に、思わず後ずさる。

「何故逃げる?」
「近すぎです」
「そうだろうか? 婚約者なら、このくらいは普通だろう?」

 穏やかでにこやかな声だった。けれど、どうしても違和感が拭えなくて避けるように距離を取る。

「普通の婚約者では、ございませんので」
「婚約者に、普通もなにもないだろう。政略でも、想い合ってでも、距離を縮めることを咎められる所以はない」

 結婚するつもりもないのに縮める必要はないかと。

「最初に言ったが、俺は君と結婚するつもりだ」

 ……記憶にないです。
 そんなこと言ってたっけ?

「君を愛しているといっただろう? 君が戸惑っているから、問題の解決後には婚約が白紙になることも考慮している。だが、それは俺の望みではない。君のために婚約に止めているだけで、俺は、今すぐ結婚をしたいぐらいだ」

 いやいやいや……。脅しだし、駒扱いだし、プレイの道具にされてるし……。仮の婚約者で十分です。
 なんともいえない迫力に気圧される。
 笑顔の団長の圧がすごい。
 なんとなく後ずされば、団長はまた距離を詰めてくる。

 トン、と足もとに衝撃があって、ソファのあるところまで追い詰められたことを知る。
 どうしようと後ろを確かめたところで、団長の手が伸ばされ、腕を引かれる。
 そのまま抱き寄せられて彼の顔が近づいた。

「また殿下と交戦していたな。君はほんとうに懲りない人だ」

 呆れを含んだ低い声が耳元で響いて、思わず耳を押さえながら団長を睨んだ。触れそうなほど近い位置に、団長の顔があった。
 はぁ、と、眉間に皺を寄せて団長が溜息をつく。

「何度も、すぐに逃げるように言っているのに、まだわかっていないようだ」

 逃げられるなら逃げている。好きで相手をしているわけじゃないです。
 ムッとしつつも、表情に出さないまま、真っ直ぐに団長の顔を見る。

「団長のように、出会わないようにする能力がありませんので」
「そういう事じゃない。簡単に距離を詰めさせるなと言っている。そして交戦をするな。もっと警戒をしろといっているんだ。君は私の婚約者だ。わかっているのか? 俺は君を王子に渡す気はない」

 ……なにをおっしゃって、いらっしゃる……?
 そもそも渡すもなにも、私は仮の婚約者だ。王子とも団長ともそんな仲になった覚えがない。

「ほう。真剣に口説いていたつもりだが、俺の気持ちが伝わっていないと言うつもりか?」

 変態行為を、真剣に口説く、と表現されても、伝わりようがないですよね……?
 軽口めいたことを考えていないと、パニックに陥りそうだった。団長は笑顔なのに、追い詰められているような、絡め取られて逃げ道がないような、どうしようもない不安が拭えない。いつものように張り付いた自分の無表情さえも恐怖に引き攣りそうだ。
 そんな私の感情を理解しているのだろうか。団長は楽しげに笑った。

「ははは! 君は、煽るのが上手いな。……だから、王子も興味を惹かれている」

 ククと笑う様子は、まるで私をいたぶっているように響く。だって、目が、笑っていない。

 「……そんな冗談を言うために、呼ばれたのでしょうか」

 口から出た言葉は、いつもの冗談であって欲しい、そんな願いがこもっていた。
 でも、それだけじゃない。怖いからこそ、それに屈したくないとも感じていた。
 なにか、気に入らないことがあったのだろうか。いつもとどこか違う様子は苛立っている様にも見える。けれどその真意はつかめない。ただいつもの団長と様子が違う。

 なにが気に食わないのかはわからない。けれど、こんな風に威圧して従わされるのは嫌いだ。
 怖がってたまるか、と思う。私は怒っていい、とも。
 そうだ。
 私は団長を見据えた。
 そして怯えそうになる気持ちを奮い立たせる。
 だって、団長の態度は「自分はお前のせいで腹が立った。理由を察して機嫌をとれ」というものだ。こういう態度の貴族は嫌になるほど多い。
 言葉にもせずになにをわかれというのか。気遣って欲しければどうして欲しいか言えばいいのに。
 仕事をしていても目下の者に対してそういう態度を取る者は一定数いる。今まで団長にはされたことがなかったけれど、付き合いが短かっただけらしい。

 何が自分の機嫌は自分で取る、よ。

 ここ数年の仕事では見せなかった部分、プライベートでは、こんな風に女性を自分の力で思い通りにするのか。力では絶対に敵わない女性を、こんな風に。
 じわりと胸に広がる恐怖から目を背け、怒りと呆れだけに意識を向ける。
 結局は権力のある男って、こんなものなのかな。
 震えそうになる体に気付かないフリをして込み上げるやるせなさを呑み込めば、団長の目が弧を描いた。

「そうだな、俺には君に抵抗させないだけの力がある。君がどれだけ理不尽に感じようと関係が無い」

 とっさに睨めば、まるで罵られたときのような、いつものうっとりとした笑みを浮かべた団長がいた。

「ああ、そんな可愛い顔をされると、我慢できなくなるな」
「やめて下さい……っ」

 顎をつかまれ顔を寄せられそうになり、なんとか顔を背けて逃れる。けれど、できるのはそれだけだ。
 相手は団長だ、普通の女が抵抗したところでかなうわけがない。
 込み上げた恐怖に体が震えた。
 婚約者であればこんな横暴が許されると思っているのか。
 悔しい。悲しい。嫌だと言っても簡単に封殺されてしまうのが。
 これは怒りだ。自分をそう鼓舞した。けれど、それも長くは保てなかった。


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