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四話 暗殺
しおりを挟む古渡城に戻った、信長とその近従たちは驚いた。
重治の話に耳を傾け、理屈に叶った話しに、それなりの信用はしていた一同だったのだが、城に戻りついて聞いた話しの内容に、びっくり、驚き、最後には、尊敬の念を抱くものさえ現れるという始末であった。
「重治、お主、ほんとうにすごいのぉ。おっと、いかんいかん。若殿の義弟殿に何としたことか」
先ほどの、さる顔の男、木ノ下藤吉郎が重治に声をかけた。
「木ノ下様」
「さるで、いいでござる」
「おっ、しゃれですね」
「……?……??」
「‥‥さるは、いけません。藤吉郎殿と呼ばせていただきます」
この時代には、韻を踏むダシャレという物は、まだ存在しない。それを思い出して重治は頭をかいた。
「そ、そうでござるか。それより、斎藤家からの使者は、やはり……」
「はい、まずは間違いなく。」
「それでは、これからどうなりまするか?やはり……」
重治が藤吉郎に話しをしようとした時だった。
「しげはるぅ」
使者の様子を、いち早く調べに行った犬千代が、情報を集めて戻ってきたのである。
「犬千代殿」
「重治、お前の言った通りだったわ。まむしの奴、うちの若殿をなめておる」
犬千代は、すごい剣幕で大声でまくしたてた。
「落ち着いて下され、犬千代殿。今ここで斎藤家と結びつきを持てれば、信長様いえ、信秀様の後ろだてとなり、本家の信友様との決着をつけるチャンスとなります」
「ちやんす?」
「チャンスとは、えっと、そう、絶好の機会のこと」
「おぅ、なるほど」
斎藤家の使者との面会に行った信長を待つために集まった面々すべてから、歓声があがった。
「問題は、清洲側の出方です」
そう言うと重治は、自分の頭の中ある、複雑にからみあった記憶の糸を順番に、ほどき始めた。
『もう少し、真面目に勉強するんだったぁ』
『ゲームだって、桶狭間の後からばっかりだし……』
『んー、確か、坂井大膳の謀事によって、信秀が暗殺されるんだったよなぁ??』
『違ったかなぁ?』
『変なこと言うと、下手すりゃ打ち首だったりして。おぅ、恐ぁ』
頭の中で警鐘が打ち鳴らされる。
言ってもいいのか?
間違ってないか?
ほんとにいいのか?
後悔しないか?
?
?
いろいろな疑問が浮かんでは、消える。
あれだけ、はっきり心を決めたはずなのに。…
「おぅ、重治。ここに、おったか」
信長が集まっていた近従の者たちの輪の中に割り入ってきた。
「お前たち」
「うぉほん。……わしは、此度、嫁をもらうことにした」
一瞬の間を置いて、大歓声が沸き起こった。
「うぉー」
「おめでとう御座いまする。わか」
口々に歓声、祝福の言葉が何度も何度も出ては消え、そこにいる者たち全てが、信長のことを祝福し祝った。
誰一人として異論を唱えるものなどいない。
重治の言葉が斉藤家との繋がりの重要性が皆の頭に残っていたのだ。
「信長さま、おめでとう御座います」
「うむ、そんなにかしこまらずとも良い。そちは、わしの義弟なのだからな。はっははは」
信長は、すこぶる機嫌が良かった。
信長がこの縁談の重さを、はっきりと認識していたのであろうと推測する事ができた。
重治は、心と共に重くなっていく口をゆっくりと開いた。
一言、一言、言葉を選びながら語り始めた。
「信長さま、縁談のまとまった今、少しの時間も猶予が無いものかと」
「信友のことか?」
頭の回転の早い信長は、重治の言いたいことをすぐに察知した。
「はい」
「心配いたすな。あんな小心者になにができる」
「……」
どれほど信長が頭の回転がよかろうとも、これから起こることを知りはしない。
信友の事を軽く見過ぎていたのである。
「心配するな。若殿の言われるとおりじゃ」
「おぅ、そうじゃ、そうじゃ」
信長の縁談のまとまったことにより、皆の心は喜び高ぶり、それ以外の事に対する関心が、そがれてしまっていたのである。
今から、訪れるであろう悲劇の出来事を予測し目を向けようとするものなど、誰一人いなかったのである。
その日の夜は、無礼講の祝いの会となっていた。
皆が楽しみ騒ぐ中、重治一人、かやの外にいるといってよい状態にあった。
どうしたらよいのか。
どう危険が迫ってきていることを伝えるか。
皆が、盛り上がったいるなか、重治は自分に何とか協力してもらえるものを懸命に捜した。
そんな中、池田勝三郎に重治の目がとまった。
信長のもっとも信頼厚い、勝三郎を頼みの綱としようと考えたのであった。
「申し訳ありません。勝三郎殿」
「いや、かまわんよ。そのほうが、わざわざ声をかける以上、ただ事ではないのであろうからな」
「皆が思っている以上に危機が迫っております」
重治は記憶を頼りに確実正確な物を中心に勝三郎に話していった。
信友の腹心である坂井大膳が信秀の暗殺を企てること。
暗殺には、古渡城内に内通者がでること。
信長の家督相続に異を唱えるものが現れ、弟、信行と争いが起こること。
整理した記憶の中、重治の知る精一杯の事を伝えた。
「‥‥うむ、わかった。……心配するな、手は、ちゃんと打つ」
「お願いします。俺がもう少し正確な事さえ、知っていれば……」
重治は、強烈なジレンマを感じていた。
自分だけが知っている。
伝えきることは、できたはずである。
その事で変わる結末は?
自分の記憶と結末は変わるのか?歴史は変わるのか?
自分が歴史の流れの中心にいて、線路のジョイントを切り替えているような奇妙な錯覚に襲われていた。
そして、幾日かの日が流れた。
息を切らしながら、池田勝三郎が駈けてくる。
「うぉーい、わ、若は?」
「どうしました。……ま、まさか?」
「ああ、判ったのじゃ。内通しておるものが。早く、若殿にお知らせせねば」
勝三郎と共に信長を捜した。お世辞にも大きいと言えるような城ではない。
二人で、城の中を駆け回る。
途中、犬、万、二人の千代も加わる。何も説明したわけで無くても、この二人には、通じるものがあるのであろう。
なんといっても、あの信長が仲間だと言い切るものたちである。
「わかぁ、こんな所においででしたか」
「どうしたのじゃ、皆がわざわざ、雁首そろえおって」
「た、大変でございます」
「何をうろたえておる。落ち着かんか、勝三郎」
そう言われ、勝三郎は一つ、深呼吸をした。
大きく息を吸い込み、その息をぐっととめた。そして、一気に話しを始めだした。
「重治に頼まれ、清洲に密偵を差し向けたところ、大変な事が判明いたしました」
真面目な勝三郎がいつにもまして真剣な表情で語り続ける。
「信友の腹心、坂井大膳が、弟君の信行様に接近し、信行様は籠絡されました」
「大殿、信秀様の暗殺を企てているもようです。もはや、一刻の猶予もありませぬ」
ここまでを一気にまくしたてた。
「な、なんだとぉ」
「な、なんだと。それが真なら、こうしてこんな所にいる場合ではないであろうが」
そう答えたのは、犬万、二人の千代だった。
にこやかな表情から一変した複雑な顔をで、それまで愛馬の手入れをしていた信長が口を開いた。
「もはや、手遅れやもしれぬ……」
「えっ。それは、どういう意味で」
「‥‥うむ。朝から信行は、父上に話があると城にあがっておる」
「その話しが真であるなら……」
「あとは、信行が早まっておらぬことを祈るしか……」
信長はそう語った。
決して特別、焦っているふうでなく、落ち着いた様子であった。
その複雑な表情が物語っていたのは、どう真実を否定するか、弟の裏切りをどう否定するか、その事だけが、頭の中を占めてしまっていたということなのであろう。
「わかとのぉ、わかとのぉー、大変でございます」
信長の思いとは裏腹に、信長の父、信秀の小姓が大声をあげ、こちらに向かってかけてくるのが見えていた。
小姓の報告を怒りを表すでなく、信長は、ただ無表情に聞くだけだった。
『間に合わなかった』
暗殺を未然に防ぐ事ができなかった。
自分の存在は無意味なのだろうか。
歴史を変えることは出来ないのか。
自分の無力さに、信長に声すらかけることが出来ない。
『くやしい。ただ、くやしい』
自分なら止める事ができたはずだった。
気づいたとき、頬に涙がつたっていた。
小姓の話しを聞き終えた信長は、誰にもなにも語らず、黙ってこの場所を去ていった。
周りの誰もが、信長に、かける言葉を持たなかったのである。ただ沈黙だけがその場にあった。
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