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五話 心優しき魔王
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西暦1551年、天文二十年三月三日 織田信秀 没す。
信秀の葬儀の後、信長は、暗殺の首謀となる、主家であるところの織田信友、及び、腹心の酒井大膳を滅している。
最後に家督争いの種、しかも暗殺の内通者となっていた弟、信行をも処断することとなった。
全ての処理を滞りなくすませた後は、信長を後継にするのを拒んでいた、重臣、林通勝、柴田勝家などの武将も信長に従うことを約束した。
「今日、このときより、この信長が、織田家の当主である」
「もし、わしの当主に異論のある者がいるなら、早急にこの場を立ち去れ。謀反の用意をするがよい。いつでも相手いたす」
「……異議なし、異議なし」
議場に集まった家臣たちの声が響き渡った。
ここに初めて、織田家が信長の元、一枚岩となり、戦国の世を戦い抜いていく、日々がはじまるのである。
暗殺事件を未然に防げず、後悔の念で押しつぶされてしまいそうな日々を送っていた重治を救ってくれたのは、あの木ノ下藤吉郎であった。
信長が、織田家当主となって、忙しい日々を送っているせいなのか、はたまた、重治を気遣ってのことなのかは解らないのだが、重治は、ひとりで過ごす毎日が続いていた。
そんな中、いつの日からか毎日のように、重治の家を訪れる藤吉郎のさり気ない気遣いが、心の痛みを和らげていったのである。
「重治殿、ご在宅かぁ?」
底抜けの明るい声が家の外から聞こえてくる。
声の主は、ここ何日か、定期便が如く重治の屋敷に足を運んで来ていた。
「おぉ、藤吉郎殿。毎日ご苦労ですなぁ。そんなに心配して頂かなくとも、もう大丈夫ですから」
「いや、それが……」
「どうかなされましたか。藤吉郎殿らしくない。」
「……」
「さぁさぁ、何なりと仰ってください」
元来、脳天気で明るい性格の藤吉郎である。
遠慮と言う言葉とは、一番縁遠い男が、もじもじと、はにかんでいるのである。
「……その方の知恵を、…長けたその知識を…わしに貸してくだされ。…頼む」
「??、いったい、どうなされましたか」
「そ、それが……」
藤吉郎は、頬を赤らめ、ぽつり、ぽつりと言葉を選びながらも話しをし始めた。
長い、長い時間をかけたその話しを要約すると、次のような話しになる。
お館様の命で、庭の手入れをしていた所、世にも美しい女の子が目前を通っていったという。
苦労の末、探り当てたその女子は、お館様の妹君、お市さまのお付きのものであるということがわかったのだそうである。
結局の所、信長に義弟とまで呼ばれる重治に、お市様を通じて、その女子に、橋渡しをしてほしいということであるそうだ。
「……わかりました。私になにができるか、わかりませんが、出来る限りのことはやってみましょう」
「か、かたじけない。この御恩は、生涯忘れませぬ」
力強くそう言って、重治の手を堅く握りしめた。
そして、何度も何度も頭を下げたあと、藤吉郎は重治の屋敷を去っていった。
藤吉郎の言う女性が、将来、秀吉の妻、北の政所といわれるようになる女性でない事は、歴史を知る重治には当然解っていた。
しかし、自分を気遣う藤吉郎のため、重治はすぐに、行動を起こすことにした。
まず、何をするかそれが問題だった。
あの木ノ下藤吉郎様に直々に頼まれたのである。
太閤秀吉様にである。
重治の胸に暑いものが込みあがる。
思い出されるのは、PS太閤立志伝で、信長に仕官した秀吉が立身出世するために、銭を稼ぎに稼いだ足軽時代。そんな時代を今、その時をリアルタイムで目の当たりにしているのだ。
確かに、藤吉郎が重治の事を頼みにするだけのことはあって、信長の妹、市姫との面識はさることながら、好意さえ、もたれている重治である。
しかし、重治は直接、市姫に会う訳にもいかず、まずは、信長に会う事にしようと決めた。
誰よりも忙しい時を過ごすにも関わらず、重治自身の事を気遣い、藤吉郎を寄越してくれる、心優しきお館様に。
そう一旦、決めると、それまで、どう対処しようか悩み、心、暗雲垂れ込める、どんより重い中に光が差し込み、晴れ渡り始めるのを感じる重治だった。
「お館様、竹中重治様がお越しになりました」
「おぉお、そうか。そうか。‥‥で、重治は?」
気にはかけてはいたものの、極度の落ち込みで自分を責める重治に、どうしても会いに行けずにいた信長であった。
「はっ、控えの間にてお待ちいた……」
「馬鹿者。重治は、わしの友、わしの分身じゃ、すぐに此処へ通さぬか」
その頃、控えの間では、重治は、何から切り出せばよいか、迷いに迷っていた。
藤吉郎からの頼まれ事、それとも、今後の織田家の動き方。
後者の方は、間違えば自分自身の命とりにもなりかねない。
信秀暗殺は、食い止める事は出来なかった。
しかし、今後、起こりくる織田家への災いは、自分の力で食い止める。
それができなくとも、被害を小さくする事が自分にはできる。
時は桶狭間まで、あと九年。決して長くはないのである。
「重治様、お館様がお入りくださるようにとの事です」
小姓の言葉に、考えを纏めることも出来ず、とぎらせることとなった。
重治は、伝えにきた小姓の案内で奥の間へ。信長とは、半月ぶりぐらいの対面である。
「おぉ、よぅきた。うむ、顔色もよいようじゃ」
「たいへん、ご心配をおかけましました。これからも、誠心誠意、お館様にお仕え……」
「待て、待て」
「?……」
「重治、お前はわしに仕える必要などないのじゃ」
「わしは、お前という男に出会って、ずっと不思議な感覚がしておった」
「お前の事を義弟だと言ったが、それ以上の存在、神がわしに遣わした、わしの分身じゃ」
重治は、信長の自分に対する信頼の厚さに驚き、そしてそれがとても嬉しかった。
信秀暗殺以降、無力を感じ、出仕、目通りもしなくなってしまった自分を気遣い、あまつさえ、藤吉郎まで寄越してくれていた。
そんな、信長の笑顔を見た時、重治はその思いと信に応えるため、記憶、知識全てを信長に伝える事を決意したのだった。
「お館様、ほんとうに、有り難いお言葉です」
「ふふ、お館は、もうよせ。わしと、お前は、一心同体。なにも遠慮などいらぬ」
「……」
重治には、即座に返す言葉が出てこない。
「お前が、わしのために、どれほど心を砕き尽力を尽くしてくれたかは、恒興より聞いておる」
「……それでは、お言葉に甘えさせていただき、私の思っている事を率直に述べさせてもらいます」
そう言うと重治は、これから信長に降りかかる試練、来たるべき今川家への対策を話し始めた。
その内容は次の通りであった。
まず、清洲が寂れて活気がない事。
これには、歴史上で言うならば楽市楽座の制度の取り入れで改善。
次に、戦時における武器の開発。
新型の鎧、長槍、そして鉄砲の整備である。
ここまで、信長に話し終えた時、重治が腰に差していた小刀、そう、竹中家伝来のあの家宝の刀が淡く光りだしたのである。
そのことに、いち早く気づいたのは、信長だった。
「重治、その方の腰の刀……何やら輝いておるような」
重治は、素早く刀を見やると、すぐに腰から抜き取り、鞘から刀身をぬきだした。
刀の輝きは、徐々にではあるが、強まり始めているように思えた。
刀の輝きを確認した重治は、その刀を元の鞘へと戻した。
そして少し考えた後、信長に対してこう告げた。
「信長様、私はこの刀が光り輝く時、この世界を離れねばなりませぬ」
「な、なに、それは、どういう意味じゃ」
「私は、もともとは、この世界の人間ではありません」
「…………」
「その私が、どういう訳かわかりませんが、ここにこうして信長様の前に存在しております」
「……」
何も応えない信長を気にしないように重治は、話しを続けた。
「しかし、それもこの世界にやってくる、キッカケになった刀が私に帰る事を知らせてきました」
「……では、ほんとうに元の世界に返ると申すか?」
そういった、やりとりの間にも、刀の輝きは更に増してきている。
おそらく、さほどの時間の猶予は残されていないであろうと想像できた。
「ご武運を。信長さま、ご武運をお祈りしております」
重治の言葉が終わるか否や、目を開けていられない程、光は強く輝き、重治をも包み込む大きさへとその光は広がっていった。
「重治」
「必ず、必ず戻って……」
重治の最後の言葉は、信長の耳に届くことはかなかった。
人の背丈よりも大きくなった光の玉は、やがて収束し始め、どんどん小さくなって、そして最後には消えてしまった。
「しげはる……」
茫然とする信長は、ただ、重治の消えた場所を何時までも何時までも、ただ見つめていた。
信秀の葬儀の後、信長は、暗殺の首謀となる、主家であるところの織田信友、及び、腹心の酒井大膳を滅している。
最後に家督争いの種、しかも暗殺の内通者となっていた弟、信行をも処断することとなった。
全ての処理を滞りなくすませた後は、信長を後継にするのを拒んでいた、重臣、林通勝、柴田勝家などの武将も信長に従うことを約束した。
「今日、このときより、この信長が、織田家の当主である」
「もし、わしの当主に異論のある者がいるなら、早急にこの場を立ち去れ。謀反の用意をするがよい。いつでも相手いたす」
「……異議なし、異議なし」
議場に集まった家臣たちの声が響き渡った。
ここに初めて、織田家が信長の元、一枚岩となり、戦国の世を戦い抜いていく、日々がはじまるのである。
暗殺事件を未然に防げず、後悔の念で押しつぶされてしまいそうな日々を送っていた重治を救ってくれたのは、あの木ノ下藤吉郎であった。
信長が、織田家当主となって、忙しい日々を送っているせいなのか、はたまた、重治を気遣ってのことなのかは解らないのだが、重治は、ひとりで過ごす毎日が続いていた。
そんな中、いつの日からか毎日のように、重治の家を訪れる藤吉郎のさり気ない気遣いが、心の痛みを和らげていったのである。
「重治殿、ご在宅かぁ?」
底抜けの明るい声が家の外から聞こえてくる。
声の主は、ここ何日か、定期便が如く重治の屋敷に足を運んで来ていた。
「おぉ、藤吉郎殿。毎日ご苦労ですなぁ。そんなに心配して頂かなくとも、もう大丈夫ですから」
「いや、それが……」
「どうかなされましたか。藤吉郎殿らしくない。」
「……」
「さぁさぁ、何なりと仰ってください」
元来、脳天気で明るい性格の藤吉郎である。
遠慮と言う言葉とは、一番縁遠い男が、もじもじと、はにかんでいるのである。
「……その方の知恵を、…長けたその知識を…わしに貸してくだされ。…頼む」
「??、いったい、どうなされましたか」
「そ、それが……」
藤吉郎は、頬を赤らめ、ぽつり、ぽつりと言葉を選びながらも話しをし始めた。
長い、長い時間をかけたその話しを要約すると、次のような話しになる。
お館様の命で、庭の手入れをしていた所、世にも美しい女の子が目前を通っていったという。
苦労の末、探り当てたその女子は、お館様の妹君、お市さまのお付きのものであるということがわかったのだそうである。
結局の所、信長に義弟とまで呼ばれる重治に、お市様を通じて、その女子に、橋渡しをしてほしいということであるそうだ。
「……わかりました。私になにができるか、わかりませんが、出来る限りのことはやってみましょう」
「か、かたじけない。この御恩は、生涯忘れませぬ」
力強くそう言って、重治の手を堅く握りしめた。
そして、何度も何度も頭を下げたあと、藤吉郎は重治の屋敷を去っていった。
藤吉郎の言う女性が、将来、秀吉の妻、北の政所といわれるようになる女性でない事は、歴史を知る重治には当然解っていた。
しかし、自分を気遣う藤吉郎のため、重治はすぐに、行動を起こすことにした。
まず、何をするかそれが問題だった。
あの木ノ下藤吉郎様に直々に頼まれたのである。
太閤秀吉様にである。
重治の胸に暑いものが込みあがる。
思い出されるのは、PS太閤立志伝で、信長に仕官した秀吉が立身出世するために、銭を稼ぎに稼いだ足軽時代。そんな時代を今、その時をリアルタイムで目の当たりにしているのだ。
確かに、藤吉郎が重治の事を頼みにするだけのことはあって、信長の妹、市姫との面識はさることながら、好意さえ、もたれている重治である。
しかし、重治は直接、市姫に会う訳にもいかず、まずは、信長に会う事にしようと決めた。
誰よりも忙しい時を過ごすにも関わらず、重治自身の事を気遣い、藤吉郎を寄越してくれる、心優しきお館様に。
そう一旦、決めると、それまで、どう対処しようか悩み、心、暗雲垂れ込める、どんより重い中に光が差し込み、晴れ渡り始めるのを感じる重治だった。
「お館様、竹中重治様がお越しになりました」
「おぉお、そうか。そうか。‥‥で、重治は?」
気にはかけてはいたものの、極度の落ち込みで自分を責める重治に、どうしても会いに行けずにいた信長であった。
「はっ、控えの間にてお待ちいた……」
「馬鹿者。重治は、わしの友、わしの分身じゃ、すぐに此処へ通さぬか」
その頃、控えの間では、重治は、何から切り出せばよいか、迷いに迷っていた。
藤吉郎からの頼まれ事、それとも、今後の織田家の動き方。
後者の方は、間違えば自分自身の命とりにもなりかねない。
信秀暗殺は、食い止める事は出来なかった。
しかし、今後、起こりくる織田家への災いは、自分の力で食い止める。
それができなくとも、被害を小さくする事が自分にはできる。
時は桶狭間まで、あと九年。決して長くはないのである。
「重治様、お館様がお入りくださるようにとの事です」
小姓の言葉に、考えを纏めることも出来ず、とぎらせることとなった。
重治は、伝えにきた小姓の案内で奥の間へ。信長とは、半月ぶりぐらいの対面である。
「おぉ、よぅきた。うむ、顔色もよいようじゃ」
「たいへん、ご心配をおかけましました。これからも、誠心誠意、お館様にお仕え……」
「待て、待て」
「?……」
「重治、お前はわしに仕える必要などないのじゃ」
「わしは、お前という男に出会って、ずっと不思議な感覚がしておった」
「お前の事を義弟だと言ったが、それ以上の存在、神がわしに遣わした、わしの分身じゃ」
重治は、信長の自分に対する信頼の厚さに驚き、そしてそれがとても嬉しかった。
信秀暗殺以降、無力を感じ、出仕、目通りもしなくなってしまった自分を気遣い、あまつさえ、藤吉郎まで寄越してくれていた。
そんな、信長の笑顔を見た時、重治はその思いと信に応えるため、記憶、知識全てを信長に伝える事を決意したのだった。
「お館様、ほんとうに、有り難いお言葉です」
「ふふ、お館は、もうよせ。わしと、お前は、一心同体。なにも遠慮などいらぬ」
「……」
重治には、即座に返す言葉が出てこない。
「お前が、わしのために、どれほど心を砕き尽力を尽くしてくれたかは、恒興より聞いておる」
「……それでは、お言葉に甘えさせていただき、私の思っている事を率直に述べさせてもらいます」
そう言うと重治は、これから信長に降りかかる試練、来たるべき今川家への対策を話し始めた。
その内容は次の通りであった。
まず、清洲が寂れて活気がない事。
これには、歴史上で言うならば楽市楽座の制度の取り入れで改善。
次に、戦時における武器の開発。
新型の鎧、長槍、そして鉄砲の整備である。
ここまで、信長に話し終えた時、重治が腰に差していた小刀、そう、竹中家伝来のあの家宝の刀が淡く光りだしたのである。
そのことに、いち早く気づいたのは、信長だった。
「重治、その方の腰の刀……何やら輝いておるような」
重治は、素早く刀を見やると、すぐに腰から抜き取り、鞘から刀身をぬきだした。
刀の輝きは、徐々にではあるが、強まり始めているように思えた。
刀の輝きを確認した重治は、その刀を元の鞘へと戻した。
そして少し考えた後、信長に対してこう告げた。
「信長様、私はこの刀が光り輝く時、この世界を離れねばなりませぬ」
「な、なに、それは、どういう意味じゃ」
「私は、もともとは、この世界の人間ではありません」
「…………」
「その私が、どういう訳かわかりませんが、ここにこうして信長様の前に存在しております」
「……」
何も応えない信長を気にしないように重治は、話しを続けた。
「しかし、それもこの世界にやってくる、キッカケになった刀が私に帰る事を知らせてきました」
「……では、ほんとうに元の世界に返ると申すか?」
そういった、やりとりの間にも、刀の輝きは更に増してきている。
おそらく、さほどの時間の猶予は残されていないであろうと想像できた。
「ご武運を。信長さま、ご武運をお祈りしております」
重治の言葉が終わるか否や、目を開けていられない程、光は強く輝き、重治をも包み込む大きさへとその光は広がっていった。
「重治」
「必ず、必ず戻って……」
重治の最後の言葉は、信長の耳に届くことはかなかった。
人の背丈よりも大きくなった光の玉は、やがて収束し始め、どんどん小さくなって、そして最後には消えてしまった。
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