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十一話 越前侵攻
しおりを挟む将軍となった義昭は、信長が自らでは届くことのできない強大な力を持っている事に、いずれは自分の地位を脅かすのではないかとおそれ、次第に信長から距離をとるようになっていった。
そうして、信長と懐を分かつことになった義昭は、密かに将軍の名の下、朝倉、上杉、武田、毛利、島津などの大名たちに働きかけ、織田家包囲網を敷いていくのである。
信長によって担がれた神輿であった義昭が、独り歩きを始めたのである。
西暦1570年元亀元年四月二十日、織田弾正信長は、勢力を北陸へと伸ばす足掛かりとして、京より越前へ、朝倉義景を討つべく出陣を開始した。
この時、信長には自らにとって織田家存亡の危機とも言える、人生最大の危機が訪れる事になるとは気づく筈もなかった。
上洛を成功させ上昇機運真っ只中の織田家の中では危機感など抱く者など、ただ一人もいない、この物語の主人公、竹中重治を除いては……
重治にとって、この出陣は、歴史、時間の流れとの戦いの始まりであった。
この後に起こる信長最大の危機、金ヶ崎の退却戦を朝倉家相手に、重治自身が完遂させねばならないのである。
歴史の流れに逆らって、信長に朝倉攻めを止めさせる事などできるはずもなく、歴史に逆らう事なく史実が進み、信長に危機が訪れる時、重治がこうじる策略を持って信長を救い出す。それ以外に今の重治には、考えつかなかったのである。
信長軍は、四月二十二日には、若狭にまで攻め込み、二十五日には、越前敦賀、金ヶ崎城付近に陣をしいていた。
この時期、将軍足利義昭は、朝倉家に働きかけると同時に、織田家とは同盟関係にある浅井家にも信長討伐を働きかけていた。
この当時の浅井家内部では、織田家との同盟を心よく思わない者たちが数多く存在している。
当主であった浅井長政は、信長の妹、お市を嫁にしており、信長にとっては義弟にあたっていた。
浅井家は、織田家との婚姻同盟よりも遥か過去から、朝倉家とは盟友関係にあり、信長のとった朝倉攻めによって浅井家は、内部で対立が高まり二分する事となっていた。
信長が金ヶ崎城に迫っていた頃、浅井家の居城、小谷城内では、当主である長政に対して反乱が起きていた。
反信長派の家臣たちは、当主である長政を幽閉し、先代にあたるその父、久政を担ぎ出したのである。
久政は、恩義ある朝倉家のために、同盟関係の織田家を切り捨て、直ちに軍を編成、織田軍の背後を突こうとしたのである。
信長が、金ヶ崎城に総攻撃をかけるべく準備をしてる元に、早馬にて密書が届けられた。
それとほぼ同時期、小谷城にいる信長の妹、市姫から陣中見舞いと称した物品が届けられていた。
密書の内容は、浅井家の裏切りにより、越前にまで進軍した織田家の陣容は、挟み撃ちに在って逃げ場が無くなりつつあるというものだった。
信長は、この文面の信じがたい内容にもかかわらず、即行動を起こしている。真偽の確認をせず直ちに、織田家の重臣たちすべてを集めたのである。
なぜなら、その密書の最後のところにある送り主の名前、それが愛して止まない竹中重治の文字がそこに記されてあったからである。
「お館様。小谷城のお市さまより、陣中見舞いが届けられております」
緊急の軍議が開かれようとしている緊張高まるその場に現れた使者。その小谷からの使者が、言葉とともにいくつかの品を信長の前に恭しく差し出した。
その、いくつかの品の中に、筒になった布袋の両端を紐で縛った、小豆の入った物があった。
その袋を見た信長は、ニヤリと笑い、その使者に対して礼を与え、早々に追い返した。
緊急軍議として集合をかけて間もなくすると信長の本陣には、重臣である名だたる武将たちが勢揃いしていた。
「お館様、いつでも攻撃を仕掛けられますぞ」
「お館様、一気に勝負を決め、朝倉の奴らにめにものみせましょうぞ」
重治からの密書のことを知る者はいない。軍議に集まった武将達は、開戦を前に高ぶる気持を言葉にのせていた。
本陣の一番上座にあたる一番奥に座した信長は、それらの言葉をすべて遮るように強い口調で言い放った。
「みなのもの、攻撃は中止じゃ。一時退却いたす」
それだけを告げると立ち上がり、そばにいた丹羽長秀に近づいた。重治からの密書を手渡し退却理由を告げ、険しい顔のまま本陣から出て行ったのである。
「どういう事じゃ。長秀」
「金ヶ崎は目と鼻の先。金ヶ崎さえ落とせば、後は本拠地、一乗谷のみ。なぜに今更、退却せねばならぬ」
「長秀、退却とは、どういう事じゃ、説明いたせ」
諸将達は口々に怒鳴り散らし丹羽長秀に詰め寄った。
皆に、やっとのことで落ち着きを取り戻させた長秀は、信長に後を任されたその真実を語り始めた。
「みんな、聞いてくれ。とにかく時間がないのじゃ」
長秀は信長から聞いた真実を諸将に正確に語り伝えた。
「まさか、浅井家が裏切るとは……」
「お館様は、しんがりを我らに決めろと仰せられた」
「此度の退却戦、しんがりを務めれば、助かる見込みは、まずはない」
信長は、自分の家臣の誰にも、死ねと命令する事ができなかったのである。
集まっていた諸将は、誰がしんがりを受け持つかで、もめにもめていた。
結論がでぬ中、丹羽長秀は信長から預かった重治からの文を取り出し、その文面を再び確認した。
その中には、しんがりの決定でもめる事が予測して書かれていた。
そしてこの困難なしんがりの役を務める者の名前も書かれていたのである。
「静かに。ただちに、しんがり部隊を決定する」
「………」
唐突に放たれた長秀の言葉にその場は静まり返った。
「言うまでもなく、しんがりとは、全軍が安全圏に撤退するまで、敵の追撃をくい止め、味方に追撃の及ばぬようにする役割である」
「…………」
「そのためには、自らの命を賭けよ。生還の望みを捨てよ。その命を持って、お館様を御守りせよ」
長秀は、そこまで一気に告げると一息をついた。
そして、持っていた文を大袈裟に広げ、注目している武将達の方に向けて告げた。
「一刻を争う故、感情、事情は、一切はさまない。冷酷かつ合理的に判断することとする。」
それまでは尻込みし続けていた諸将たちではあったが、長秀の芝居じみた言葉に奮起したのであろうか、次々にしんがりの役に名乗りだした。
「それがしが……」
「いや、長秀殿。私めを」
「いや、我らこそが」
長秀は諸将の様子を暫くながめていたあと、再び語り始めた。
「……しんがり部隊には、最低限の戦働きができる能力、そしてその者が亡くなったとしても、今後の織田家の存亡に大きく影響しないこと、この二点を要するものとする」
「長秀殿。その役目それがしに」
「いや、それがしが」
長秀の言葉をしつこく遮る者に、しびれを切らした勝家が怒鳴りつけた。
「黙らんか。長秀がその文の内容、全て読み終わるまで静かにいたせい」
「…………」
「助かった。勝家殿」
「……」
「では、しんがり部隊のその名前を伝える。……その前に、この言葉は、お館様の言葉であると共に、この文に、その内容をしたためて寄越した織田家軍神たる重治様の言葉でもあると理解してもらいたい」
「それでは。しんがり部隊を言い渡す。しんがり部隊は‥‥、木ノ下藤吉郎隊とする」
長秀の告げた名前に陣内の諸将達は、ざわついた。
しかし、それでも長秀は、続く、しんがり部隊の名前を語り続けた。一通りのしんがり部隊が発表されても諸将のざわめきが収まることはなかった。
しかし、柴田勝家の言葉に、一同は納得した。
「静まれ皆の者。お館様の言葉である。我らに、お館様が根拠の無いことを決められるはずがなかろうが。‥‥それに重治は、重治は、我が織田家の守り神。必ずこのしんがり部隊には、神の御加護がある」
「……わかり申した。慎んで、この名誉ある、しんがり部隊の役目、この木ノ下隊が必ず務めあげまする」
柴田勝家の一言のあと、静かになった陣中内で、木ノ下藤吉郎は、堂々とその任を受ける事をその場にいるものたちに告げた。
「よくぞ、申した。さる。いや、木ノ下藤吉郎」
「勝家様……」
「わしは、主の事を戦働きのできぬ口先だけの男と思っておった。いいか、必ず戻ってまいれ。死ぬことは、たとえ神が許しても、わしが許さぬ。よいな」
「……勝家様、有りがたきお言葉。このさる、命に替えましても、皆様方のために……」
「頼むぞ、藤吉郎。……心配いたすな、重治がついとる。我ら織田家に降りかかる災難は、必ず、やつが何とかしてくれる」
「はい。わかっております。……さぁ、皆様方早くお支度を」
この場にいた諸将たちは、次々に藤吉郎に激励の言葉をかけた。
「たのむそ゛」
「すまぬな、藤吉郎」
「あとは、任したぞ
諸将達それぞれが、藤吉郎をはじめとするしんがりを受けることとなった武将を励ましたのち、本陣をあとにしていった。
最後に本陣に残った武将は、木ノ下藤吉郎、それに木ノ下小一郎、可児吉長、堀秀政、坂井久蔵など藤吉郎を慕う若いものたちであった。
金ヶ崎の撤退戦において奮戦した木ノ下藤吉郎の勇猛な戦いぶりが後世に語り継がれている。しかし、しんがりとして、命をかけて奮戦したのは藤吉郎の部隊だけではない。
この金ヶ崎の撤退戦では、明智光秀や摂津守護の池田勝正などの部隊も藤吉郎部隊と同様にしんがり部隊に指名され奮戦していた。
木ノ下藤吉郎しんがり部隊、3000人を前に藤吉郎は、全ての者に聞こえるような大きな声で叫んだ。
「よいかぁ。皆の者。何か一つでも良い。生きるための理由を思い起こせ!‥‥愛する家族のため、親しい友のため、女のため、出世のため、何のためでもいい、なにか一つでも生きる理由を心に刻め、そして生きることを決してあきらめるな!」
「うおぉ」
「いいかぁ。一瞬たりとも死んでいいなどとは思うでないぞ!」
「うおぉー」
藤吉郎の演説に、足軽雑兵すべての者たちの士気が高まっていく。
「今から我らが行く道は、死地への道じゃ。だが、その死を乗り超える事こそが、生きると言う事じゃ」
「うぅおぉー」
「……これより我ら、織田家命運を賭けた金ヶ崎撤退戦を開始する」
織田家、木ノ下しんがり部隊は、わすが三千人。それに迫る、朝倉軍は、総勢二万人を優に越えていた。
柵と掘りを用いた簡易な陣で、藤吉郎が朝倉軍を迎撃しようとしていた頃、本隊である信長の方でも退却は困難を極めていた。
挟み打ちを試みた浅井軍の動きが予想以上に早かったのである。
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