裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

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三十四話 そして現代

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重治は、目覚めた。

数多くの戦死者、負傷者から流れ出した血のにおい、そしてたなびく火縄銃の銃口からの硝煙の中、薄れゆく記憶の最後は涙する信長の哀しげな顔であった。


『……………ここは?』


そこは全く見覚えのない場所であった。
白を基調とした清楚な部屋、重治の理解力からして判断されるのは、ここが戦国時代ではなく現代であり、自宅の自室とは違う、たぶん病室と呼ばれるものに間違いなかった。


『だるいなぁ……!!??』


頭はまだまだ、はっきりとしない。

重治は、ぼんやりと未だ焦点の定まりきらない目で、その場所を観察していた。


『‥‥病院??』


「病院?!!!!!!」


重治は、頭がはっきりとさえてくる中、ここで初めて自分の置かれている状況が少し飲み込めてきていた。


重治は、長篠設楽原の戦いで撃たれた時、戦国の時代でしかも敬愛する武将、織田信長の腕の中、そのまま死んでいくものだと思い込んでいた。




しかし、あの時……






「重治ぅ……」


信長は、呼吸の止まった重治を力強く抱きしめた。
いつもなら、「痛いですよ!」と笑いながら返す言葉が今は聞けない。



信長は、血まみれになった重治の胸に顔をうずめた。

そんなその瞬間、信長の腕の中重治は、瞬く間に、白く輝く光の球に包まれていた。


眩く輝く光球は重治を抱きしめる信長さえも包み込む。
そんな状況になっても、信長は抱きしめた重治を離しはしなかった。むしろ、それまでよりも一層、強く力を込めて重治を抱きしめていった。


やがて光の球が輝きを失った時、信長の腕の中にいた重治は、煙のようにかき消えていた。

重治を失って茫然とする信長に、いつの間にか立ち上がった伊蔵が呟いた。


「重治様は、死んだりしませんから‥‥。重治様は、‥‥必ず、必ず、帰って来ます……」


その言葉は、信長を励ますためのものであったのか、それとも自分に言い聞かせるためのものであったのか。

信長は、先程まで重治を抱きしめていた手のひらを見つめ、伊蔵の言葉に、ただ、ただ、頷くだけであった。





『そっかぁ、死ななかったのか』


重治は、まるで着た覚えのないパジャマのボタンを一つ外して確認をした。胸の撃たれた場所を念入りに調べはじめたのである。


『しかし、俺ってよく撃たれるよね‥‥』


僅かにだが痛みは残っているものの、あれほど溢れ出した血液のあとも、火傷の痕跡も見つからない。


そんなくだらない事を考えながら、あれやこれやしながらも、自分の置かれた現状把握を始めた時、その重治が寝かされている部屋の扉が開いた。


「!!、……し、しげ、重治ぅ」


その声は、重治にとっては聞き間違えようのない、もっとも重治に縁のある人の声であった。


「かあさん。どうしたの?そんなに驚いて??」


「よかった、よかったよ。かあさん、お前はもう目を覚まさないのかとおもったよ‥‥」


母親の話しと、これまでの体験を総合して、重治が理解確認、出来得たのは、信長の腕のなかで気を失ったあとの重治は、例のごとく例のように、いきなり現在にまで飛ばされてきたみたいなのである。

ただ、これまでと大きく違っていたのは、現代に戻ってからも、途切れた意識は戻ることなく、眠りから覚めなかった事であった。



いくら起こしても、いっこうに眠りから覚めない息子を心配した母親がとった行動が『119』へのコールであった。


緊急入院となった重治に、医者が下した診断結果は、原因不明の極度の貧血。

重治自身には、原因は解っているものの、目覚めることなく、その理由を話すことも出来ない以上、原因不明が最良の診断結果と言えた。



入院した重治は、失われた血液を輸血することで、辛うじて生命の危機から脱することができたそうである。

それと、もう一つ驚くべき事実は、重治が眠り続けていた期間が、半年あまりにもなっていたということである。


重治は、意識を取り戻したこの日、精密検査を受けた後、無事この日のうちに退院することとなる。

そうして、半年余りも寝た切り状態であったために落ちてしまった体力回復のリハビリと高校受験のための勉強に追われる日々が始まった。


退院後の重治のリハビリは、リハビリと言うようなレベルを遥かに越えたもので、とても密度の高いものであった。

それは、いつ過去からお呼びがかかっても良いようにという重治の強い思いの焦りから出たものであった。

しかし、そういう重治の強い思いとは裏腹に、重治に過去からのお呼びがかかる事はなかった。




トレーニングの傍らに、おこなった受験勉強のおかげ?で、そんな重治でも高校生となり、通い始めて、既に二か月の時が過ぎようとしていた。


この日は、何とも話しの都合の良いことに、重治は、開校記念日で休みであった。


「……はあぁ~、……ふぅ~」


この頃の重治は、体力は以前以上につき、少年の面影もすで消えようとしていた。
しかし、心の中の思いは全く変わる事はない。

もう一度、信長の元に行き、存分に力を発揮し、信長に対して陰謀を張り巡らせる者たちを一掃してやりたい気持ちでいっぱいであった。


「はぁ…」


重治は、最近恒例となりつつある、この日何度目かのため息をはいた。

重治は、自分ではどうにもならない時間移動の苛立ちをため息をつく事でごまかしながら、なぜかあの時に、一緒に現代に飛ばされてきた、愛刀をぼんやりと眺めていた。


そんなぼんやりと時間の流れる中、ふと重治の脳裏にあの時の風景が広がった。

信長の前を壁のように遮るために、両手を広げて銃弾を探して目に映った映像。
自陣であるはずの場所、織田家徳川家混合の部隊の陣地からその銃弾は放たれていた。
そう、徳川家の三つ葉葵の紋ともう一つ、織田家の桔梗の紋の旗がたなびく、味方の陣営からの銃弾であったのである。


しかし、その時、その場所に桔梗の紋がはためいていたとしても、それが狙撃の犯人へと直接結びついていくものではない。

徳川家いや、家康の指示による葵の旗からの狙撃であるのか、織田家の中にいる裏切り者による狙撃であるのか、見極めることなどできはしない。
しかも、この当時、桔梗の紋を家紋とする武将は数多く存在していた。

それでも重治には、その家紋の持ち主が、鉄砲の名手と言われた明智光秀のものであると、全く疑いはしていなかった。


それは不思議なもので、明智光秀⇔徳川家康を決めつけてしまえば、今まで見えてこなかったものが鮮明に浮き上がってくるのである。

現代にいる重治には、確定的な証拠を挙げる事は不可能である。しかし、不可能であるからこそ、かって好きな仮想が立てられる。


重治は、これまでに信長の周りで起こった出来事と光秀、家康を関連づけて、徹底的に調べ直すことにした。



まず光秀が織田家の中で、家康の謀略の手引きをしたとしての動機である。


現在に生活している重治には、書物や資料を通してだけで、確たる証拠を集めるのは不可能と言ってよい。

しかし重治には、リアルタイムに本人たちに出会ったという記憶が存在していた。どんな有名な歴史学者が立てた学説や解析よりも、より的確な真実、記憶である。


重治は、信長から光秀を紹介された時の事を必死で想い出そうとしていた。


「いつだったかなぁ……。鉄砲の名手だって言っていたのは、ハッキリしてるんだけどなぁ……」


出そうで出ない、くしゃみのように、信長と一緒に並んだ光秀の絵は浮かぶが、声が聞こえてこない。
そんな重治に苛々がどんどん貯まっていった。


「重治。朝食、食べてしまいなさい」


一階から母親の声が聞こえてきた。


「!!!!朝食!?‥‥‥‥!?そうだ、朝!朝廷だ!」


重治は、信長が自分に語った言葉をハッキリと思い出した。


『光秀は、朝廷に縁の者で、織田と朝廷の橋渡しをしてくれる』


確かに信長は、そう語っていた。


重治は、言葉をかけた母親には応えず、今、手元にある明智光秀に関する資料を探し始めていた。


家康と光秀が、いつ共闘を組んだのかは解らない。

しかし、光秀が朝廷、縁の者であるならば、朝廷のことを蔑ろにする信長暗殺の命令が、光秀に出されていても何ら不思議はない。

そして、その朝廷が仲立ちをしたとしたならば、間違いなく光秀と家康の共闘は成立する筈である。


重治は、光秀の起こす本能寺の変の裏側を垣間見た気がした。


「なるほど‥‥」


重治は、自分で立てた仮説に満足げに微笑んだ。


「重治ぅー。しまっちゃうわよー」


「はーい、今、行く」


母親の再三の催促に、広げた資料をそのままに、重治は朝食を食べるため、キッチンへと向かった。



その後、再び机にむかった重治は、それまで作り話のようで、あり得ないと思っていた仮説の信憑性のようなものを感じとっていた。

それは、山崎の合戦で秀吉に敗れた光秀が、実は死なずに密かに落ち延びたというものである。

周りが全て敵であり敗者を匿う者がいなければ、それはあり得ない。
そしてそれは、逆に考えれば匿う者さえ存在すれば、可能な事と言えてしまうのである。


誰もがそんな馬鹿なあり得ないと言っていた都市伝説、光秀⇔天海僧正などという説もまんざらでないものに感じられてくる。


天海僧正と言えば家康が徳川幕府を開くときに尽力し、その後、三代将軍家光の頃まで影響力を持っていた人物である。


信憑性としては疑わしいものが殆どであるが、家康と光秀に強い繋がりがあれば、それも説明がつく部分が増える。

特に重治が、気になったのが、家康の次に将軍になった秀忠である。

二代将軍、秀忠の名前には家康の名前からは、家も康の字も使われていない。

当時の慣習から言って、後継者に名を譲らない事じたい不自然であり、秀忠と家康の間にあったと言われる確執の話しからしても不自然に感じてしまう。
秀忠の秀がが光秀の秀であってもなんら可笑しくないとさえ思えてしまう。


「ふぅ~‥‥、不毛だぁ……」


重治は、そう呟くと、開いていた資料を パタリと閉じた。



素晴らしい発見と素晴らしい推理、そして新たなる仮説。

重治が今どんなに大発見をしたところで、それがそのまま信長の元へと戻る道に繋がっているわけではない。

それに突然、気づいた重治は、休日であることをいいことに、やり場のない気持ちを抱えて、再び、ベッドへと潜り込んだ。








「……起きて……起きて……」


寝起きにぼんやりした頭に、声が響いていた。


「お館様、起きてくだされませ。起きてくだされませ」


死を感じさせた重治が、腕のなかから消えてしまってからの信長は、魂が抜け出してしまったように、生きる人形のような生活をしていた。
病気と称しては、誰が面会に来ようとも、人と会おうしないのである。

こんな、やる気のない信長を見れば、信長の暗殺に失敗、落胆しているはずの、あの二人も結果オーライで、飛び上がって喜んでいるかもしれない。


こんな不甲斐ない主を見つめる事、一週間。
小姓の蘭丸は、とうとう痺れを切らして、信長への強攻策を決行したのである。


「……わしは、‥‥病じゃ。‥‥誰とも会わぬぞ」


信長は、寝床で被っている布団をさらに深くかぶりなおした。


「ふうぅ‥‥」


蘭丸は、一つ大きなため息をついたかと思うと決意して、布団を頭から被った信長に近づいた。

蘭丸は、おもむろに信長の被る布団を思い切り引き剥がした。


「信長様。重治様が元気にお戻りになられた時、その様な、みっともない様を見たならば、重治様はきっとお笑いになられますぞ‥‥」


蘭丸にとっては、精神的不安定な主に対しての命がけの行為であった。

自分の主君を名前で呼ぶ。こんな行為がこの時代、許される筈はない。


大大名となった信長を信長様などと軽々しく呼ぶ人間は、世界でただ一人、心を許した重治だけである。

だからこそ蘭丸は、命をかけてまで、わざわざ重治に似せてあえて『信長様』と言葉をかけたのである。


「……笑うか‥‥、そうか笑うか‥‥。……そうであろうのぉ。重治が戻った時…………」


「‥‥お館様。重治様は、必ずお戻りになります。お館様が信じなくてどうしますか」


蘭丸の言葉は、先ほどとは違いとても優しかった。
そうまるで、母親が愛しい我が子にかける言葉のようであった。


布団の上で胡座をかいた信長は、暫く何か考えたあと、力強く蘭丸に命令を下した。


「蘭丸、伊蔵を呼べ!」


伊蔵を呼び出した信長は、伊蔵の持っている情報をすべて聞き出した。

伊蔵は、重治に口止めされていた家康の事、伊賀の忍びの事、それらの関わりから、長島での出来事すべてを信長に詳しく説明した。


いくら口止めされていたとはいえ、目の前で主の重治が死んだ?のである。
伊蔵にしても、家康の事をこのままにしておくつもりはなかったのであった。


「なんと!家康が……」


信長の口から、そのあとに続く言葉は出てこなかった。


「問題は‥‥、確たる証拠。‥‥今はまだ、なにも掴めていないのと同じ事。追い詰めるまでには、まだまだ‥‥」


「…………」


「‥‥では、まずは情報収集ですか‥‥」


そばで聞き耳を立てていた蘭丸が、二人の沈黙の合間に横から口を挟んだ。

一瞬、伊蔵は、しまったというような渋い表情を見せはしたが、ただ黙って頷いた。


「……それと、許せぬのは、我が家臣の中の協力者」


信長にとって徳川家は、盟友、同盟国である。

簡単に、はいそうですかと切り捨てられないほど簡単ではない。家臣どうしもまた深い繋がりを持つに至ってしまっている。

信長の判断としては、本丸を攻める前に、回りの櫓を攻め落とすを良作としたのである。


この時より、信長の長きに渡る報復が始まっていくのである
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