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三十六話 再会
しおりを挟む重治が足軽兵に付いて行った先には、忙しそうに働く前田利家の姿があった。
途中、胡散臭さげに何人もの人にじろじろと見られた重治の格好は、七つ道具を胸に抱えたジーンズ、スニーカーに、トレーナー姿である。
「前田様。へんな格好の男を捕まえて参りました」
「へんな格好?」
利家は、作業している手を止めると重治に近づいてきた。
「‥‥もしかして、そのほう、重治様の知り合いか!?」
「………………」
現代で過ごした重治の二年は、戦国の世にいる重治を知る者、誰一人としてが、重治を知らないという摩訶不思議な状況を作り出していた。
重治は、過ごした二年間で、身長は20センチ、顔つきに関しては幼さなどまるで無くなり、声変わりもすでに経験。アルトの美声だった少年は、テノールよりもバスに近い、野太い声の青年に変わっていた。
重治は、懐かしささえ感じる利家に声をかけられ、今すぐにでも名乗りを上げて、抱きつこうかとさえ考えた。
しかし、今の自分の姿を見て重治だと解らないことを知り、どういう説明をするのが良いか悩み始めていた。
そんな時、ふと重治の脳裏に、一つの言葉が浮か美上がった。
『敵を欺くには、まずは味方から』
重治は、自らの正体を明かさず、暫くの間は自分が死んだ事にしておく事が、今は最良と結論づけることにしたのである。
「もういいぞ。こ奴は、わしが柴田様の元へ連れて行く」
「はっ。では、私はこれで」
特に抵抗するわけでない重治に、足軽兵を利家は、その場から元の持ち場へと帰した。
「さて、その方は、わしについて来て貰おうか!!」
抵抗をしないかわりに何一つ答えない重治に、少し強い口調で利家がそう告げた。
『敵を欺くには、まず味方から』
と、もっともらしい理由を掲げはした重治だが、本音の何処かに自分に気づかない親しかった者への悪戯心がなかったかと言えば、それは嘘になる。
どちらかと言えば、それは、敵に対するものよりも後者の意味合いの方が遥かに強かったといえた。
戦国時代に戻れた喜びと、悪戯心いっぱいで溢れた重治は、無表情を装いながらも、心弾ませウキウキとした心持ちであった。
利家に連れて行かれたその場所には、重治の心持ちとは正反対の状況にある、酷く難しい顔をした柴田勝家の姿がそこにあった。
重治の知る織田家の粛正。越前の国で勝家が粛正を指示しているとなると、やはり今は長篠合戦のひと月からふた月後。
一向宗門徒の制圧に手こずっているのであろうと推測できた。
「柴田様、この男を見てくだされ!!」
「うん?!どうした、犬千代。‥‥すまん、利家だったの‥‥」
勝家の与力を務める利家を少年の頃から知る勝家は、昔の呼び名をしては、頭をかきながら謝るという仲の良い主従の関係を築いていた。
「……な、なんと、その出で立ちは、‥‥もしや、いや、まさか…そんな…」
親子にも似た感情で繋がっていた勝家でさえ、今の重治とふた月前、長篠で消えた重治の姿とでは、多小の面影が残っていようとも、とてもそれが同一人物のものとは思えなかった。
それまで無言であった重治の懐かしさの思いが溢れ出し、ついには我慢が仕切れず声を発してしまう。
「織田家。柴田勝家様とお見受け致します」
「……ふう。やはり、違うのか……」
重治ではないのか?という勝家の思いは、重治の野太い声を聞いた瞬間、消え失せた。
「私に、剣の稽古をつけて頂けぬか‥‥」
「……ふっ、よかろう‥‥」
勝家は、先ほどに見せた、がっかりした表情を引き締め直し、そう重治に返した。
勝家にとっては、ちょっとした気分転換に、若造を軽く揉んでやる程度の思いだったのであろう。
死んだ重治をイメージさせたうえ、がっかりさせた目の前にいる重治に対する八つ当たり的要素も多大にあったのも間違いない。
勝家は、近くに立てかけられてあった自らの槍を手にして気合いを込めた。
それに対して重治も勝家に槍で対抗しようと考えた。
戦国武将の心得として、槍術技を壱から教えてくれた師匠ともいえる勝家に、二年の間に積み重ねた上達ぶりを重治は、見てもらいたかったのである。
重治は、周りを見回し槍を手に持つ足軽番兵を見つけると、その番兵にゆっくりと近づいた。
その番兵にしてみれば、利家に連れてこられた重治は不審者である。
その不審者が近づいて何のアクションも起こさない番兵など、どこにも居はしない。
足軽番兵は、重治に向けて、素早く持っている槍を突き出した。
足軽番兵は、自分の目を疑った。
突き出した槍の先に居たはずの、目標物である不審者が一瞬のうちに消えたのである。
いや、実際には消えたのではない。
重治の体得した実践古武術の奥義の神速、縮地法と言われる技を繰り出していたにすぎない。
重治は槍が突き出された瞬間、加速し番兵の背後の死角に回り込んだ。
「これ、借りるね」
重治は、番兵の後ろからそう声をかけ、番兵の突き出した槍をさっと取り上げた。
「あっ!!」
突然に背後からかけられた言葉に驚いた番兵の手に持たれた槍は、簡単に重治の手に移った。
ほんの一瞬の出来事であった。
その瞬間を一部始終見ていた、勝家の男としての血が騒がぬ筈がない。
「ふふふふ。では、そろそろ始めようか!!」
笑みを浮かべる中にも強烈な殺気を放った勝家が重治に近づいた。
武道の心得は、礼によって始まり、礼によって終わる。
重治も前に出て、敬意を表して勝家に頭を下げた。
「では、ゆくぞ!!」
「おおぅ!とぅりゃあ!!」
重治は、二年もの長き間に一度はあきらめかけた幸せが今目の前ある。
嬉しさのあまり、普段では、まず出すことのない気合いの掛け声を響かせていた。
二人は、お互いに間合いを計りながら少しずつ少しずつ、左に回りながら移動し、距離を詰め合っていった。
重治には、とても不思議な感覚であった。
今までの勝家との稽古では、体格の勝る勝家に勝てる気が全くしていなかった。
しかし今では、体格でもそれなりに追いつき、しかもリーチに関しては、自分の方がやや有利にさえ感じられていた。
その勝負は、ほんの一瞬、たったひと突き、一度きりの攻防で、呆気ないほどに決着がついた。
重治が先手をとって、わずかにリーチの長いぶん間合いを有利に、鋭い踏み込みで槍を突き出した。
勝家は、重治のその動きに対して、右足を後方へと少し引きながら体を斜めにして、槍を斜めに払った。
勝家は、鋭く突き出された重治の槍を最小限の動きの中ではじき、好機を作り出そうとした。
流れるようで自然な動き。槍の達人、勝家ならではの動きで、重治の槍を払いのけた。
いや、それは、払いのけられたはずであった。
勝家にとって重治の突きは、鋭い程度である。そんな攻撃など余裕を持ってさばける筈であった。
しかし実際は、その突きには見た目だけでは判断できない、鋭い高速の回転が加えられており、払ったつもりの勝家の槍は、重治の槍に触れた瞬間、吹つけられるように、巻き取らてしまう結果になってしまったのである。
もちろん、この技は重治が勝家から以前、直々に伝授してもらったものである。
普段の勝家ならば、槍を簡単に手放したりはしない。
重治の巻き取りの威力は勝家の予想を遥かに上回り、槍を奪われたうえに体勢をも崩されたのである。
「勝家様、ご油断ですぞ!」
勝家は決して油断していたわけではない。
手合わせをする時、手を抜かず、相手を叩きのめす事が心情の勝家である。
「まいった‥‥」
勝家は、崩れた姿勢を正したあと足元に落とした槍を拾うと、重治にそう告げた。
猛将といわれる勝家には、たった一度の攻守だけで相手の力量が計れたのである。
驚いたのは、重治のほうである。
師匠から伝授された技を見てもらおうと、まずは手始めというつもりで放った一撃で、勝負が終わるなどとは、思いもかけない事であったのである。
「‥‥ふっ、一段と強くなったのぉ、重治。」
勝家は、せっかく拾いあげ手に持った槍をその場に投げ捨てると、重治に駆け寄り力強く抱きしめた。
「いくら体つきが変わろうとも、いくら声が変わろうとも、誰がなんと言っても、お前は、重治じゃ‥‥」
「…………」
「心配させおって、馬鹿者が……」
勝家は言葉に詰まった。
勝家の言葉は、少し離れた場所にいる利家や足軽番兵たちには届かない。
重治自身が名前を隠す必要を持っている。そう、感じてとった勝家の配慮であった。
不審者に呆気なく負けたうえに、その相手を抱きしめる勝家を利家は、不思議に思った。
しかし、利家も馬鹿ではない。勝家のとる不思議な行為であっても、すべての事に干渉したりはしない。
「利家。この者をわしの家臣とする。世話を頼む」
その夜、重治は勝家にそれまでの事をすべて話した。
織田家家臣の三本柱の一人、勝家にも味方についてもらうことにしたのである。
勝家は、重治の言う黒幕が家康だという話しに、最初のうちは半信半疑で聞いてはいたが 重治が出来事のすべてを話し終える頃には、勝家の目は怒りに燃えていた。
「どうか、お気を鎮めて‥‥。勝家様には、今まで通り‥‥。何も知らない、気づかない、ふりをしていてもらいたいのです‥‥」
「なぜじゃ!?家康の奴には、手が出せないにしても 光秀だけは、許す訳にはいかん」
勝家は怒りに震えながらそう重治に力説した。
重治は、勝家の様子を見て心底嬉しくなった。
織田家の中に何人の敵がいるのかはっきりしない今、本気になって信長の事、重治の事を心配し、怒りをあらわにしている。
そんな勝家を見て重治は、それまで以上に敬愛する思いが溢れ出してきていた。
裏表のない人物の勝家だからこそ、もっとも信頼に足る。
重治は、一つの問題さえなければ、百万の味方を得たようにさえ感じていたであろう。
そう、この勝家の怒りをどうやって宥めるかという難問さえ控えていなければである。
二年の歳月が経とうが、急に酒が強くなったりはしない。
重治が二日酔いのヅキヅキする頭で、布団から這い出し時には、勝家は、すでに屋敷の中には居なかった。
昨日見た勝家の渋い表情が、この越前の国を治めるために手こずってしまっている事を物語っていた。
事実、史実・歴史書にも数多くの一向宗門徒が、信長統治のもとで粛正されたことが記録されている。
これまで歴史上で、恐怖政治のみでの統治が長続きした政権は存在していない。
人を恐怖のみで支配する事は出来ないのである。
重治は、信長の指示がどうであろうとも、その命令に背こうとも、門徒衆に対して、寛大な措置をとるように勝家に進言する事を心に決め、二日酔いで痛むこめかみを押さえつつ、勝家の屋敷を後にした。
屋敷を出て見つけた勝家は、案の定、冴えない表情で利家と話し込んでいた。
「利家様。おはようございます。……竹中、シゲ・ル‥‥そう、竹中シゲルと申します。今後とも宜しくお願い致します」
重治は、利家に対して偽名を使うのを少し躊躇いはしたが、昨夜、勝家との話し合いの中で、重治は死んだ事にしておくのが、現在、最も有効と結論づけたのであった。
「おぉ、‥‥シゲルか。‥‥二日酔いのほどは、どうじゃ?」
勝家は、先ほどからの冴えない顔を一変させ、重治に笑顔を見せた。
「まあ、それなりには‥‥」
重治は、ズキズキと痛む頭を我慢して、笑顔を返した。
「‥‥シゲル殿ですか!?こちらこそ、宜しく頼む。そなたのほどの凄腕に居てもらえれば、頼もしい限りじゃ」
利家は、怪しむ事もなく重治をシゲルとして素直に受け入れた。
重治は、越前統治に関して以前から考えていた思案を勝家に打ち明けた。
勿論、その考えは、信長の出した命令の意に反していた。
しかし、勝家は、一大決心で望んだ重治の助言を全て受け入れた。
その事が、たとえ当主である信長の命令に反していようとである。
信長の命令は、一向宗の徹底的な排除であった。
事実上、その様な事が可能な訳もなく、その事が遺恨を残すことに繋がり、織田家への災いとなっていくとも限らなかった。
重治の提案した統治方法の変更の説得は、もっぱら勝家の与力である利家に向かう事になる。
重治が、自らを重治であると明かしていたならばそれほどの苦労はなかったかもしれない。
それでも勝家と重治の懸命なる説得により、渋々ながらも重治の意見が受け入れられた事により、越前の国の治安は急激に回復していったのである。
重治が何時までも、越前を離れられずにいる頃、この時、信長は朝廷より官位を授かる事となっていた。
天正三年(1575)十一月四日 信長は、権大納言。そして、十一月七日には右近衛大将に任じられている。
大納言と言えば、朝廷組織の最高機関である太政官の一つであり、正三位相当官に値する。
そして近衛大将とは、朝廷常設武官としては最高位になる。
つまりこの時点で信長を、日本の国の武官の中のトップであると朝廷が認めたわけである。
この出来事をきっかけに信長は、織田家の家督を嫡男、信忠に譲ることになる。
しかしこれは、朝廷が鎖の代わりに官位官職を与える事にした信長の朝廷に対する体のいいお断りだったのかもしれない。
織田家の家督は、信忠が継いだ。俺は既に織田家当主ではないという信長の自己アピールだったのである。
同年、十一月二十八日、先に書いた通り信長は、嫡男、信忠に家督、及び美濃、尾張の領地を譲り渡し、隠居を宣言している。
しかし、実質の軍事権、政務権は、握ったままであり、表面上での隠居に過ぎなかったのであった。
この事は、信長自身の負担を減らし、動きを軽くするためにどうしても必要不可欠な事であった。
そう、それまで信長に辛酸を舐めさせ続けた本願寺にたいして、反撃を開始するために。
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