裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

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三十七話 本願寺決戦

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『重治、死す!』

という悲報は、途轍もない波紋となって広がっていた。



天正四年に入ると武田家と和睦した上杉家が、織田家との不可侵の条約同盟を破棄。それに加え、本願寺の動きが活発化してきていた。


和睦、同盟破棄など、もし重治が存在していれば、決して起こり得ない出来事であった。


重治の持っている個人的人脈が、織田家にもたらしていた恩恵と効用が、一気に欠き消えたのである。


もちろん、重治が居なくなった事だけが直接の原因ではない。
それらの出来事に関して、影で暗躍する者がいたことなど容易に想像できた。


特に公家たちとの交流パイプを持つ重治が消えた事が、朝廷内での信長の扱いを変えていく結果に繋がっていく。

表向きには配慮をみせながらも、裏では反信長派を纏めるために動いていた。

しかしこの事は、信長自身にも十分にわかっていた事であり、それが織田家、隠居という形に繋がる、大きな要因の一つでもあった。




翌、天正四年(1576年) 一月、それまで織田家に従属していた丹波の波多野家、波多野秀治が反旗を翻したのである。

そして、それに呼応するかのように摂津では、石山本願寺門徒が再挙兵する。


それに対して信長は、春、四月になって、明智光秀、荒木村重、原田直政らの武将を中心に、三万の軍勢で大坂へ向けて出陣を開始した。



そんな春麗らかなる気候となる頃、勝家の統治する越前の国も随分と治安が良くなってきていた。

重治の指示通りに勝家が、一向宗そのものを認め、受け入れさえすれば、共存の可能性はいくらでも存在したのである。


そんな治安が改善された頃、信長の出陣の報は、勝家の元にも届けられていた。


その知らせが届けられる数日前に重治は、勝家を訪ねていた。


「勝家様、お話があります‥‥」


重治は越前を立ち、既に信長の元へ駆けつけるつもりでいた。

重治には、信長の出陣も、この先、信長が窮地に追いやられていく事も、それらの事、全てが事実として始めから頭に入っていたのである。


「ちょうど良かった。‥‥わしのほうからも話がある。お館様が出陣なされた……」


「‥‥はい。私の話しも、その事でした……」



勝家から信長出陣を知らされた重治は、勝家に自分の気持ちを打ち明けた。
もちろん、このあと信長が窮地に立たされかもしれない事など全てを包み隠さずに伝えたのである。


そうして、長い話し合いのあと重治は、最後に勝家と両の手を固く握り締めあい、しばしの別れを告げる。

重治を見つめる勝家の瞳には、別れを惜しむよりも何より、自分が助けにいけない悔しさを強く滲ませていた。

越前の地を離れる事の出来ない勝家は、信長の無事をその思いの全てを重治に託したのである。


重治は、世話になった勝家に別れを告げると、その足で越前の府中をたった。




越前の国もあと僅かで国境に差し掛かかろうかという頃であった。


「……シゲル‥‥シゲル‥‥シゲル!」


重治が振り向くと、そこには、叫びながら重治に近づく馬上の人物が見えた。

その人物を乗せた馬は、あっという間に追いつき、馬上の男は、重治の前に華麗に飛び降りたった。


「シゲル‥‥、いや、重治。‥‥間に合ってよかった。そなた、余りにも水臭すぎるぞ!」


「……利家様」


利家は、馬に吊された槍を手にとると重治に近づき、その槍を手渡した。


「荷物になるだろうが持って行ってくれ。勝家様から預かってきた物だ」


「……?」


突然に手渡された槍をよく見た重治は驚いた。
それは紛れもなく勝家が愛用している、決して人に触れさせる事のなかった槍である。


「伝言じゃ。この槍はとても大切にしている槍だから、必ず無事に返しに来いとの事じゃ」


利家は、槍を渡され戸惑う重治にそう言うと、ニコリと笑ってみせた。

それに対して重治も、ニッコリと微笑みを返してから答えた。


「利家様。見送り有難う御座います。必ず、無事戻ります。‥‥また、うまい酒を用意しておいて下さるように、勝家様にお伝え下さい」


「うむ。次に呑むときは、わしも一緒じゃからな‥‥」


「はい」


重治は、軽く頷き、嬉しそうに答えたあと、再び歩き出した。

利家は、主であ信長の無事を重治に託し、その後ろ姿が見えなくなるまで見送り続けたのである。



重治は、大坂への最短の敦賀から近江のルートを選ばずに、山越えをして岐阜に向かう道を急いでいた。

手には、利家から預けられた勝家愛用の槍。肩には、七つ道具の袋を担ぎ、重治は山道を急ぐ。
目的は岐阜の屋敷で、伊蔵との繋ぎをつける事であった。


夜通し歩き続けた重治は、翌朝には岐阜の町に入っていた。


「さて、なんと言えば信用されるか……」


重治は、伊蔵の力を借りずに、一人での行動も、もちろん考えた。

しかし、いつか正体が明らかになるにしても、その時までの有効な時間の使い方を考えた時、伊蔵を抜きには考えられなかったのである。


岐阜の武家屋敷町に入って、自分の屋敷が見えてきても、重治の答えは見つからない。


「うーん、さてさてどうするか。やっぱり‥‥」


「???、何か、この屋敷に、ご用で御座いましょうか?」


「!!!!!!!!!!」


重治は、突然の背後からの声に、飛び上がるほど驚いた。


「ただ今、主人は、在宅致しておりませぬが、なにか伝言でもおありでしたら‥‥」


それは、重治にとっては二年ぶりの再会になる、三兄弟の末っ子にあたる末松であった。

ここで、少しの時間も惜しんでいる筈の重治に、妙ないたずら心が湧いてきた。


「‥‥この屋敷の者は、凄い使い手ばかりと聞く。ぜひ、一手、手合わせ願いたい」


自らの証明をするためだけならば、七つ道具の袋の中にしまわれた愛刀を取り出し、末松に見せればそれでよかった。

しかし、ここでもふと閃いた悪戯心が、それまで旅路を急いだ理由、信長の窮地が今も迫っているという事をすっかり忘れさせていた。


「申し訳ありません。そのような申し出は、受けておりません。主が不在である以上、不祥事を起こす訳には参りませぬ。どうか、お引き取りください」


温厚でどこかノンビリした所のある末松が、客人に対してハッキリとものを言う。


「どうした?」


屋敷の中から声が聞こえた。
重治には、すぐに誰の声であるかは判った。才蔵である。

そして、重治の想像通りに、僅かな声との時間差を持って、その姿を現した。

相も変わらず才蔵は、どこか不機嫌そうで無表情であった。


「才蔵殿とお見受け致す。わたしは、些か腕に覚えがありまする。一手、手合わせ願えまいか」


重治は、才蔵の顔を見るや否や、すかさず才蔵を挑発してみた。


才蔵は、一切表情を変えず、重治に丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありませぬ。主人の留守を守る以上、そのような申し出を受けるわけにはまいりません」


重治の知っている才蔵ならば、手合わせを求められて受けないなど考えられない。


「他に御用がなければ、早々にお帰り願いたい」


「……」


「末。兄上が待っておられるぞ」


末松は、才蔵の言葉に一瞬表情を曇らせた。

末松には、才蔵の言葉からして早急にこなさねばならない仕事があったとみえて、慌てて屋敷に駆け込んでいった。


「しからば、私めもこれで失礼いたす」


重治が消えてからの末松、才蔵は、もはや重治の知る二人ではなかった。

重治が消えてからの半年余りの時が、二人からの甘えを消していた。
決して、これまでの二人に甘えがあり、弱点があったと言う意味ではない。

これまで以上に、より自分を厳しく律していることが、重治には強く感じ取れたのであった。


「お待ち下さい!」


くるりと重治に背を向け屋敷の中に入って行く才蔵を重治は呼び止めた。


「伊蔵殿を、伊蔵殿をお呼び願えまいか!?」


ふいに兄の名前を出された才蔵は、足を止め重治の方を振り向いた。

警戒心を露わにした才蔵は、それまで以上に重治の事を入念に観察しだした。


「………しばらく、お待ちいただこう」


「もちろん」


重治は、一瞬、不思議と緩んだ才蔵の表情を見た。


忍びの観察力は常人では計りきれないほど、飛び抜けた力を有している。

当然、忍びとして優秀である才蔵の集中したときの観察力が常人レベルで有ろうはずはない。


これまでに重治の見せた仕草、言葉づかい。それらを総合して、才蔵の頭の中の計算機がはじき出した答えが、先ほどの笑みに繋がっている。


重治に背を向けた才蔵は、満面の笑みを浮かべ、重治をその場に残し、全速力で屋敷の中へと駈けてだしていた。


『つまんないなぁ、こんなに早くバレるとはなぁ‥‥』


重治は、自分の容姿の変化に絶対的自信をもっていた。
絶対的自信それは、二年前の重治を想像出来る要素は何一つないと思い込んでいたのである。


人間、無くて七癖と言って、本人の気づかないところに、いろいろと癖が出るものなのである。


重治本人は、ほとんど気づかないのであるが、明らかに重治の喋り口調はこの時代にそぐわない。

会話を続ければ続けるほど、そのボロは出てくる。

容姿の違いなど、なんの意味もなさなかった。
重治が、この時代の人間ではないと知る人にとってはである。



待たされる重治にしてみれば、目の前には、住み慣れた愛しい我が家がある。


『中に入ろうか‥‥』


ふと、そんな気に重治がなった時、奥から騒々しいばかりに走る足音が響いてきた。

日頃から礼儀作法にうるさい伊蔵である。

重治でさえ廊下を走って、何度、伊蔵に窘められたことか。


『おいおい、伊蔵に叱られるぞ』


伊蔵からお小言を頂戴する不幸者を心配する重治の前に現れたのは、いつも、そのお小言をくださる伊蔵、本人であった。


「………………」


伊蔵は、重治の前に立ち止まったまま、じっと重治を見つめた。

伊蔵の目が、潤んで光ったのは重治の見間違いでは決してない。


「……………」


「……ただいま」


黙ったまま、何も言わない伊蔵に痺れをきらし、先に口を開いたのは重治の方であった。


「‥‥シ、ゲ、ハ……」


重治に必死で応えようとする伊蔵の言葉は、言葉にはならない。
重治に近づいた伊蔵は、そのまま重治をただ力強く抱きしめた。


きっと帰ってくると信じてはいたものの、何の確証も持ち得ない。
しかも、伊蔵の場合は、目の前で重治の死を目撃していた。

目の前にいる重治が、自分の見知った容姿の重治でなかろうとも、再会出来たという喜びは、伊蔵にとって、それは例えようもないものであったに違いない。


感動の再会を果たした重治は、その日、一日だけ何もかも忘れ、岐阜の我が家で、のんびりと過ごした。

そして、久しぶりの自分らの部屋で、戦国の世に戻ってきてから初めて、家族に囲まれた安心感に包まれ、深い眠りについたのである。



しかし、そんな重治の目覚めは、そののんびりと過ごした一日を悔やむ結果となってしまう。


三万の大軍をもって出陣した信長が、本願寺に大敗したという知らせが飛び込んできたのである。


史実に記されているところの【葦原の戦い】である。

重治に届けられた知らせは、各地に散らばる伊蔵の配下達からの情報収集によりもたらされたものである。


最新の情報が最速で届けられる。この時代の人間の考え方から言えば有り得ない、重治の頼みで伊蔵が作り上げた今でいう情報ネットワークである。


「重治様。昨日、大敗なされた信長様は、天王寺砦に立てこもられたとのよし」


「うむ……」


知らせを聞いて、渋い表情の重治には、始めからこうなる事は解かっていた。
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