裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

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四十話 祝宴

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その夜の手取り川近くにある松任城は、大勝利の余韻そのままに、盛大な祝宴が執り行われていた。



手取り川で、勝利を収めた上杉軍は、夜間の追撃は避け、すぐ近くの城、松任城に入城していた。


諸将重臣から雑兵にいたるまで、歓喜のなか雄叫び歓声をあげての堂々とした入城であった。
たった一人だけの例外を除いては‥‥。



「お館様、大勝、めでとう御座りまする」


「……うむ」


祝宴の席にて、織田勢に大勝した喜びを諸将たちは、我先にと謙信の前に現れては、祝辞の口上を述べていた。


そんな、諸将にあわせて、無理やりの作り笑いながらを見せてはいたが、決して、謙信のその目が笑うことはなかった。


「お館様‥‥」


「‥‥なんじゃ、兼続。そちも祝辞か?」


それまで、他の諸将には決して見せなかった辛辣な表情をそばに来た兼続に向けた。


「‥‥いえ、実は、近衛前久公の使いだと言うものが、お館様にお目通りを求めて参っておりまする」


「‥‥はて?‥‥前久公とな……」


この時代の有力大名で、信長と近衛家の繋がりを知らないものはいない。
その前久公からの使いが来たとなると、織田家からの何らかの外交政策と勘ぐることが当然の事となる。


「‥‥兼続、どう思う?」


「はぁ‥‥、やはり上洛に対しての話しとなるのでは‥‥」


「‥‥うむ。……近衛家の使いとなると、無碍に追い返す訳にもいかぬか……」



近衛前久公の使いとして謙信を訪ねた重治は、翌日、日を改めてからの謙信への目通りが許され、その日の夜は、松任城で一夜を過ごす事になったのである。


重治は、案内された部屋で、謙信にどう話しを切り出すか、どう説得するか、どういう形なら面目を潰さずにすむか、いろいろと悩む中、運良く与えられた翌朝までの貴重な時間に、感謝さえ感じていた。


「うーん……、さてさて、どうやって切り出すべきかなぁ……」


「!」


人の気配を不意に感じた重治は、誰も居ないはずの部屋を見回した。


「……」


部屋の中を見回した重治の目が部屋の片隅にて捉えた者は、重治の片腕。いやそれ以上の存在の者、半身と言っても過言ではない人物、伊蔵の姿がそこにはあった。


その姿が、まるで初めからそこに存在したかのように重治は、極々自然に伊蔵に言葉をかけた。


「どういう切り出し文句が良いものなのかなぁ……」


音も無く、城に居るもの誰一人にも気づかれることもなしに、今、重治のそばに控えている伊蔵。
それまで伊蔵は、重治とともに加賀の国に入り、戦場に近づいた時点で、重治とは別れ、別行動をとっていた。


「素直に、そのままの重治様で、良いと思いまするが……」


「そのままねぇ‥‥。うーん、そうかなぁ……」


「!!」


「夜分に、失礼いたす‥‥」


突然に部屋の外から声がかけられた。

謁見が、翌日と知らされていた重治にとって、全く予想していなかった来訪者である。


「‥‥ど、どうぞ、お入りください」


開けられた襖から部屋の中に入ってきた人物は、年若く凛々しい、背の高い青年であった。


「夜遅くに、申し訳ない‥‥」


その青年は、まず最初に重治にむかい、夜更けの訪問を詫び、頭を下げた。


「‥‥いえ、かまいません。‥‥それよりも何用で御座いますか‥‥」


重治は、その青年の詫びにたいして、質問を返した。

青年は、部屋に入ると重治の前に来て、ゆっくりと座った。
その一連の動作の途中、一人きりのはずの部屋の伊蔵の存在に驚き、ちらりと一瞬、目をやりはしたものの、その事に関しては、まるで意に介す素振りさえ見せなかった。


「私は、当主、謙信様の近従で、名を直江兼続と申しまする」


『直江兼続』重治には初対面ではあるが、重治の憧れの戦国武将の一人で、謙信がその才に惚れ込み、自らの手で英才教育をしたと言う、上杉家の中でも一、二を争うほどの強者である。


「‥‥それで、その直江様が、何用で、ここに?」


重治には、兼続の真意がわからなかった。

明日になれば、否が応でも謙信との謁見は執り行われる。

今夜のうちに合って、話し合う必要があるとは、重治には、どうしても思えなかったのである。


「……では、単刀直入に、申し上げまする」


重治の顔をじっと睨みつけた兼続が、やや間をとり、深く息を吸い込んで話し始めた。


「……あなた様が、近衛公の御使者であるならば、その内容は告げられずとも、わかり申す……」


「……で」


重治は、兼続の真意が掴めぬ以上、言葉を差し控え、次の相手の言葉を待った。


兼続は、再び重治を険しい表情で睨みながら、深く頭を下げ平伏する形をとった。


「この通り、御使者には申し訳ないが、何も言わずに帰っては頂けないか」


「…………」


重治には、兼続が何を伝えたいのか、何がどうなっているのか、まるで検討がつかない。

帰ってくれと言われて、はいそうですかと帰るわけには到底できない。

重治にしても、謙信に拝謁して、何としてでも上洛を思いとどまってもらわなければならない。
そのための、それなりの覚悟さえしたうえでの拝謁なのである。


「直江殿。それは、どういう意味でしょうか。私にも使者としての役割があり、はいそうですか、などと返事のしようがありません」


「…………」


重治は、直江兼続から、それまでには感じえなかった隠して続けていた殺気が、溢れ漏れだした事に気づいていた。


兼続のゆっくりとあげた顔のその表情は、更に厳しいものへと変わっており、最初に見せていた凛とした涼しげな爽やかな印象の欠片も、見当たらなかった。


「では、どうしても……」


兼続から放たれる殺気が一気に膨れ上がった。


「お待ちください」


重治は、さっと右手を上げて、兼続の次への動きを牽制した。


「理由を‥‥理由をお聞かせ願えませんか。‥‥理由も聞かずに、斬られるわけにはいきません」


「…………」


「このまま、私を殺したとして、もし、その事を謙信様が知られて、平気でいられると、お思いですか!?」


「………………」


兼続がいくら腕に自信があろうと、伊蔵がそばにいてくれる重治が、不覚をとる事など有りはしない。

だからといって、ここで騒動を起こせば、やっとの事で手に入れた勅命が無駄になる。

重治のとるべき道は、何としても兼続を説得して、明日の謁見の時を迎えることである。



「…………オヤカタサ…………オヤカタサマは、……」


兼続から発せられていた強烈な殺気は、重治の言葉とともに小さくなっていった。

そして、ながい沈黙を置いて、兼続は、遂に口を開いた。


「‥‥お館様は、‥‥もともとは、織田家と、ことを構える気などありませんでした。」


重治は、今、始まった兼続の話しのなかで、歴史的事実『謙信上洛』の驚愕?の事実を知ることになる。


「‥‥あなたが、近衛公の使いであるならば、織田家におられた‥‥軍神と呼ばれた御方をお知りですか?」


『織田家の軍神!?‥‥もしかして』


「……えっ、‥えぇ、まぁ…。」


重治は、いきなりの質問に戸惑った。

しかも、その質問の内容に自分の事が関わっているなどとは思いもしない。
重治は、兼続の思わぬ質問に焦りから曖昧な答えかたを返した。


「……お館様は、これまで、数え切れないほどの上洛の要請を拒み続けておりました」


「…………」


「……実は、……その、‥‥軍神と呼ばれた御方と、お館様には、深い繋がりがありました‥‥」


兼続の説明は、予定していない突然の事であり、頭の中で、まとめ切れないのか、文脈に繋がりのない説明が、後になり先になりしながら続いていった。


「その軍神、竹中様が、お亡くなりさえならなければ………。お館様は……こんなにも……」


「………………」


「‥‥信長が‥‥信長が、重治様を見殺しにさえしなければ……」


不意に兼続の頬に涙が伝った。


「…………し、失礼いたした」


話しが途絶えた事を詫びたのか、それとも、武士として、涙を見せた恥辱を詫びたのか、兼続は、そのあと口を閉ざしてしまう。


ここまでの話しからして、結論づける事は不可能だとしても、どうみても、自分が長篠合戦で死んだという事がどうも関連している。

重治は、これまで極力、歴史の表舞台に立たないように、名前を残さないように心掛けてきた。

しかし、謙信の上洛の原因そのものが自分にあると知って、驚きを通り越して、呆れて笑うしかないほどの思いに浸かっていた。


長い長い沈黙の時を置いて、その沈黙を破ったのも兼続であった。


「‥‥これ以上の、悩み憂い事を お館様に煩わさせたくはないのです」


言葉の端々に、兼続の決意が感じられた。

主に不幸をもたらす者は、何が何でも排除するという強い意志が。


「……わたしなら、‥‥わたしならば、謙信様の悩みを解決出来るかもしれない」


「…………」


兼続は、更に眉間にしわを寄せ、重治の言葉に不信感を露わにした。


重治は、そんな兼続の態度には意に介せず、伊蔵に目配せした。


合図を受けた伊蔵は、部屋の片隅に置かれた荷物の中から、やっとの事で手に入れた勅命の納められた書簡を取り出した。


伊蔵から勅命書簡を受け取った重治は、兼続の前にそっと差し出した。


「この書簡は、私の使者としての、最も重要な役目の物になります」


「……拝見、致します」


兼続は、差し出された書簡を開けた瞬間、凍りついた。


書状の中身をすべて見ずとも、勅命と表書きに記された書状が偽物であるはずがない。兼続は慌てて、その書状に対して平伏をした。



※ ここで少しだけ勅命に関する説明を。

当時、天皇は、日本の国を造った神の末裔とされ、神と同等として敬われていた。
そして、その天皇に代わり、政治を行い国を動かす組織が朝廷である。
朝廷の役職には、官位という順位があり、その役職を天皇が任命する事を勅命と言った。
この物語の中で勅命と記されものは、神の子である天皇の命令、言葉と考えていただきたい。
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