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最終話 居場所は、与えられるものではなかった
しおりを挟む王都を離れる朝は、静かだった。
馬車の窓から見える石畳は、どこまでも穏やかで、数日前まで渦巻いていた噂や視線が、嘘のように遠い。
「……不思議ですね」
思わず、そう口にすると。
「何がだ?」
アルベルト兄様が、新聞を畳みながら視線を寄こした。
「全部、終わったのに……胸の奥が、少しだけ、軽いんです」
笑うと、隣に座る義姉セラフィーナ様が、そっと頷いた。
「それは、“解放”よ」
柔らかな声。
「あなたはもう、誰かの物語の中で、役を演じる必要がない」
私は、馬車の揺れに身を任せながら、目を閉じた。
――悪役令嬢。
いつの間にか、そう呼ばれる存在になっていた。
誰かを引き立てるための悪。
断罪されるための役割。
けれど。
私は、最初から、そんなものになりたかったわけじゃない。
*
屋敷に戻ると、使用人たちが静かに頭を下げた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
その声には、怯えも、距離もなかった。
ただの、“帰還”だった。
「……ただいま」
その一言が、胸に、じんわりと広がる。
*
数日後。
王都から、正式な書簡が届いた。
「……復権、補償、名誉回復……ずいぶんと、律儀だな」
レオンハルト兄様が、苦笑する。
「当然だ」
アルベルト兄様は、短く言った。
「失ったものは、金や称号では埋まらないが……誠意を示す義務はある」
私は、書簡を静かに畳んだ。
「……受け取ります」
兄たちが、同時に私を見る。
「でも」
私は、微笑んだ。
「王都には、戻りません」
一瞬の沈黙。
そして――
誰も、反対しなかった。
*
その日の夕方。
庭園で、義姉様と二人きりになる。
「……後悔は、ない?」
彼女は、紅茶を差し出しながら、そう聞いた。
「ありません」
即答だった。
「私が欲しかったのは、“正しさを証明する舞台”じゃなくて……」
言葉を探す。
「……安心して、息ができる場所、です」
義姉様は、少しだけ目を細めた。
「なら、ここでいい」
その声は、断言だった。
*
数週間後。
屋敷の一角に、小さな診療兼相談所が設けられた。
「……大丈夫でしょうか」
私が不安を漏らすと。
「大丈夫だ」
ユリウス兄様が、即答する。
「君は、もう十分すぎるほど、人を救っている」
特別な力はない。
聖女でもない。
けれど。
話を聞き、寄り添い、必要な人に、必要な場所を繋ぐ。
それだけで、救われる人がいる。
私は、初めて――
“役割”ではなく、“選んだ道”を歩いていた。
*
ある日。
「お嬢様」
使用人の少女が、駆け寄ってくる。
「さっきの方が……“ありがとう”って……」
涙ぐんだ顔。
私は、思わず微笑んだ。
「……よかった」
それだけで、十分だった。
*
夜。
食堂には、兄たちと義姉様が揃っていた。
「……なあ」
レオンハルト兄様が、ふと思い出したように言う。
「お前、もう“悪役令嬢”じゃないよな」
私は、少し考えてから答えた。
「……はい」
「じゃあ、何だ?」
ユリウス兄様が、楽しそうに聞く。
私は、皆を見回した。
守る人。
守られる人。
そのどちらでもあっていい場所。
「――ただの、リリアーナです」
一瞬の静寂。
そして。
「それが、一番だ」
アルベルト兄様が、穏やかに頷いた。
義姉様は、微笑みながら、私の手を取る。
「あなたの居場所は、ここにある」
その言葉に、胸が、温かく満たされた。
*
――悪役令嬢は、もういない。
断罪されるための役も、誰かを輝かせるための影も、ここにはない。
あるのは。
過去を受け止め、未来を選び取った、一人の少女。
そして――
守られ、愛され、それでも自分の足で立つ居場所。
物語は、静かに幕を下ろす。
けれど。
私の人生は、ここから、やっと始まる。
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