婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香

文字の大きさ
10 / 12

第10話 光は、最初からそこにはなかった

しおりを挟む

 裁きの日は、驚くほど静かに始まった。

 王城・第二大広間。
 昨日の喧騒が嘘のように、人の声は抑えられ、張り詰めた空気だけが、天井高く漂っている。

 ここに集められたのは、王族、重臣、神殿上層部、監察官。
 そして――
 中央に、ひとり立たされている白衣の少女。

 聖女マリエル。

 彼女の顔色は、青白かった。
 だが、その瞳には――
 まだ、諦めきれない光が残っている。

 *

「これより」

 国王の声が、淡々と響く。

「聖女マリエルに関する最終審議を行う」

 それは、“審議”という名の断罪だった。

「マリエル」

 名を呼ばれ、彼女は震える声で答える。

「……はい」

「お前は、聖女としての力を、偽り、誇張し、王国の信仰を欺いた疑いがある」

 直球だった。

「……そ、そんな……」

 マリエルは、首を振る。

「私は……私は、ただ……!」

「記録官」

 国王は、遮る。

「提出せよ」

「はい」

 記録官が、厚い書類を掲げた。

「再検証の結果――マリエルの治癒行為の大半は、複数の神官による補助魔術、および事前処置が行われていたことが判明」

 ざわり、と空気が揺れる。

「また、奇跡とされていた事例のいくつかは――治癒ではなく、“自然回復”の域を出ないものでした」

「……嘘……」

 マリエルの声が、かすれる。

「私は……選ばれたの……!」

 その言葉に、神殿代表が、ゆっくりと前へ出た。

「マリエル」

 低く、冷たい声。

「“選ばれた”のではない」

 彼は、視線を落とす。

「我々が……“そう見せた”だけだ」

 その瞬間。

 マリエルの表情が、凍りついた。

 *

「……どういう……こと……?」

 理解できない、という顔。

 神殿代表は、静かに続ける。

「民は、奇跡を求めていた。王国は、象徴を必要としていた」

 淡々と。

「だから、力の“弱い聖女”を、補助と演出で、“完璧な聖女”に仕立て上げた」

 残酷な真実。

「……私は……」

 マリエルは、唇を噛みしめる。

「私は……それでも、信じて……」

「信じた?」

 その言葉に、初めて、アルフォンスが口を開いた。

「……お前は」

 彼の声は、冷えていた。

「“信じた”のではない」

 視線が、鋭く刺さる。

「“縋った”んだ」

 マリエルの肩が、大きく揺れた。

「……私は……怖かったの……」

 絞り出すような声。

「普通の、何もない私に戻るのが……!」

 沈黙。

 誰も、同情の声を上げない。

 *

「だが」

 国王が、静かに言う。

「その恐怖のために、お前は何をした?」

 記録官が、続く。

「――聖女マリエルは、リリアーナ・フォン・エルヴェインに対し、虚偽の被害報告を複数回提出」

 マリエルが、息を呑む。

「また、“婚約者に相応しくない”との印象操作を行い、周囲を扇動した事実が確認されています」

「ち、違う……!」

 叫びは、虚しい。

「私は……奪われるのが、怖かっただけ……!」

 その言葉に、私は、思わず目を閉じた。

 ――ああ。

 やはり、彼女は。

 *

「マリエル」

 私は、国王の許可を得て、前へ出た。

「……リリアーナ……」

 彼女の瞳が、私を捉える。

 縋るような、そして、怯えた視線。

「あなたは、私から、何かを奪ったわけではありません」

 私は、静かに言った。

「あなた自身が、自分を守るために、誰かを踏みにじっただけです」

 マリエルの瞳が、見開かれる。

「……私は……」

「あなたは、救われたかった」

 私は、はっきりと言う。

「でも、誰かを犠牲にする救いは、救いではありません」

 その言葉は、剣よりも、深く刺さった。

 *

「……最終判断を下す」

 国王が、立ち上がる。

「聖女マリエル」

 名を呼ばれ、彼女は、もはや立っていられなかった。

「その位を剥奪する」

 短い宣告。

「また、虚偽報告・王家名誉毀損の罪により、神殿より追放。以後、聖女を名乗ることを禁ずる」

 終わりだった。

 光は、完全に失われた。

 マリエルは、泣かなかった。

 ただ、何もない床を、虚ろな目で見つめていた。

 ――彼女は、“選ばれなかった”のではない。

 最初から、“選ばれてなどいなかった”。

 *

 私は、広間を後にする。

 背後で、扉が閉まる音。

「……終わったな」

 ユリウス兄様の声。

「はい」

 短く答える。

 胸の奥は、驚くほど静かだった。

 復讐の快感はない。
 ただ、歪んだ物語が、ようやく正しい場所へ戻っただけ。

「リリアーナ」

 義姉セラフィーナ様が、微笑む。

「これで、あなたは本当に自由です」

 その言葉に、私は、ゆっくりと息を吐いた。

 ――悪役令嬢は、終わった。

 だが。

 ここから先は、“私自身の物語”が始まる。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

処理中です...