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第10話 光は、最初からそこにはなかった
しおりを挟む裁きの日は、驚くほど静かに始まった。
王城・第二大広間。
昨日の喧騒が嘘のように、人の声は抑えられ、張り詰めた空気だけが、天井高く漂っている。
ここに集められたのは、王族、重臣、神殿上層部、監察官。
そして――
中央に、ひとり立たされている白衣の少女。
聖女マリエル。
彼女の顔色は、青白かった。
だが、その瞳には――
まだ、諦めきれない光が残っている。
*
「これより」
国王の声が、淡々と響く。
「聖女マリエルに関する最終審議を行う」
それは、“審議”という名の断罪だった。
「マリエル」
名を呼ばれ、彼女は震える声で答える。
「……はい」
「お前は、聖女としての力を、偽り、誇張し、王国の信仰を欺いた疑いがある」
直球だった。
「……そ、そんな……」
マリエルは、首を振る。
「私は……私は、ただ……!」
「記録官」
国王は、遮る。
「提出せよ」
「はい」
記録官が、厚い書類を掲げた。
「再検証の結果――マリエルの治癒行為の大半は、複数の神官による補助魔術、および事前処置が行われていたことが判明」
ざわり、と空気が揺れる。
「また、奇跡とされていた事例のいくつかは――治癒ではなく、“自然回復”の域を出ないものでした」
「……嘘……」
マリエルの声が、かすれる。
「私は……選ばれたの……!」
その言葉に、神殿代表が、ゆっくりと前へ出た。
「マリエル」
低く、冷たい声。
「“選ばれた”のではない」
彼は、視線を落とす。
「我々が……“そう見せた”だけだ」
その瞬間。
マリエルの表情が、凍りついた。
*
「……どういう……こと……?」
理解できない、という顔。
神殿代表は、静かに続ける。
「民は、奇跡を求めていた。王国は、象徴を必要としていた」
淡々と。
「だから、力の“弱い聖女”を、補助と演出で、“完璧な聖女”に仕立て上げた」
残酷な真実。
「……私は……」
マリエルは、唇を噛みしめる。
「私は……それでも、信じて……」
「信じた?」
その言葉に、初めて、アルフォンスが口を開いた。
「……お前は」
彼の声は、冷えていた。
「“信じた”のではない」
視線が、鋭く刺さる。
「“縋った”んだ」
マリエルの肩が、大きく揺れた。
「……私は……怖かったの……」
絞り出すような声。
「普通の、何もない私に戻るのが……!」
沈黙。
誰も、同情の声を上げない。
*
「だが」
国王が、静かに言う。
「その恐怖のために、お前は何をした?」
記録官が、続く。
「――聖女マリエルは、リリアーナ・フォン・エルヴェインに対し、虚偽の被害報告を複数回提出」
マリエルが、息を呑む。
「また、“婚約者に相応しくない”との印象操作を行い、周囲を扇動した事実が確認されています」
「ち、違う……!」
叫びは、虚しい。
「私は……奪われるのが、怖かっただけ……!」
その言葉に、私は、思わず目を閉じた。
――ああ。
やはり、彼女は。
*
「マリエル」
私は、国王の許可を得て、前へ出た。
「……リリアーナ……」
彼女の瞳が、私を捉える。
縋るような、そして、怯えた視線。
「あなたは、私から、何かを奪ったわけではありません」
私は、静かに言った。
「あなた自身が、自分を守るために、誰かを踏みにじっただけです」
マリエルの瞳が、見開かれる。
「……私は……」
「あなたは、救われたかった」
私は、はっきりと言う。
「でも、誰かを犠牲にする救いは、救いではありません」
その言葉は、剣よりも、深く刺さった。
*
「……最終判断を下す」
国王が、立ち上がる。
「聖女マリエル」
名を呼ばれ、彼女は、もはや立っていられなかった。
「その位を剥奪する」
短い宣告。
「また、虚偽報告・王家名誉毀損の罪により、神殿より追放。以後、聖女を名乗ることを禁ずる」
終わりだった。
光は、完全に失われた。
マリエルは、泣かなかった。
ただ、何もない床を、虚ろな目で見つめていた。
――彼女は、“選ばれなかった”のではない。
最初から、“選ばれてなどいなかった”。
*
私は、広間を後にする。
背後で、扉が閉まる音。
「……終わったな」
ユリウス兄様の声。
「はい」
短く答える。
胸の奥は、驚くほど静かだった。
復讐の快感はない。
ただ、歪んだ物語が、ようやく正しい場所へ戻っただけ。
「リリアーナ」
義姉セラフィーナ様が、微笑む。
「これで、あなたは本当に自由です」
その言葉に、私は、ゆっくりと息を吐いた。
――悪役令嬢は、終わった。
だが。
ここから先は、“私自身の物語”が始まる。
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