婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香

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第9話 語られたのは、罪ではなく

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 王城の大広間は、久方ぶりに満席だった。

 高く掲げられた王家の紋章。
 左右に並ぶ重臣、貴族、神殿関係者。
 そして――中央に設えられた、一つの席。

 「本日、ここに集ってもらったのは――聖女マリエルに関する調査の経過報告と、王太子婚約破棄事件に関わる事実確認のためである」

 国王の声が、広間に静かに響いた。

 ざわめきが、抑えられる。

 その場に呼ばれた者たちは、皆理解していた。
 これは、ただの“報告”ではない。

 ――清算だ。

 *

「……リリアーナ・フォン・エルヴェイン」

 名を呼ばれた瞬間、心臓が大きく鳴った。

「前へ」

 私は、一歩踏み出す。

 ドレスの裾が、静かに床を擦る音。
 視線が、一斉に集まる。

 ――怖くない。

 そう思えたのは、背後に感じる気配のおかげだった。

 長兄アルベルト。
 次兄レオンハルト。
 三兄ユリウス。

 そして、少し離れた場所で、微笑みもせず、ただ“そこに在る”義姉セラフィーナ様。

 私は、深く礼をした。

「……リリアーナ・フォン・エルヴェイン、参りました」

「よい」

 国王は、頷く。

「まず確認する。お前は、婚約者時代――聖女マリエルを害したか?」

 直球の問い。

 広間の空気が、張り詰める。

「いいえ」

 私は、即答した。

「一度も、そのようなことはしておりません」

「では――」

 国王の視線が、鋭くなる。

「なぜ、断罪の場で弁明しなかった?」

 その問いに、私は一瞬だけ言葉を探した。

 そして、正直に答える。

「……信じていただけないと、分かっていたからです」

 ざわり、と空気が揺れた。

「私が何を言っても、“悪役令嬢の言い訳”になると……そう思いました」

 国王は、黙って聞いている。

「それに……」

 私は、少しだけ視線を落とした。

「誰かを責めることで、自分が救われるとは思えなかった」

 沈黙。

 それは、言い訳ではなかった。
 ――事実だった。

 *

「記録官」

 国王が、短く命じる。

「証言を」

 記録官が、一歩前へ。

「はい。リリアーナ・フォン・エルヴェインに関する調査により――彼女が“聖女マリエルを害した”という直接的証拠は、一切、確認されておりません」

 ざわめき。

「むしろ……」

 記録官は、資料を捲る。

「彼女が個人的に援助、助言、庇護を行っていた事例が、多数、報告されています」

 ――来る。

 そう、直感した。

「証言者の一部を、ここに」

 扉が開く。

 現れたのは、
 かつて神殿で出会った人々。
 市場で、庭園で、廊下で――
 ただ、言葉を交わしただけの人たち。

「この方が……」

「助けてくださったのは……」

 一人、また一人と、証言が積み重なる。

 責める声はない。
 恨みもない。

 あるのは――
 静かな、感謝だけ。

 *

 私は、その光景を、呆然と見ていた。

「……どうして……」

 思わず、呟く。

 すると。

「あなたが、覚えていなくても」

 義姉セラフィーナ様の声が、背後から届いた。

「人は、救われた瞬間を忘れません」

 胸が、詰まる。

 *

「王太子アルフォンス」

 国王が、名を呼ぶ。

 アルフォンスは、一歩前へ出た。

「……お前は、この婚約破棄を主導した」

「……はい」

「今、聞いた証言をどう見る?」

 一瞬の沈黙。

 アルフォンスは、ゆっくりと頭を下げた。

「……私の判断は、誤っていました」

 広間が、どよめく。

「私は……彼女を、理解しようともしなかった」

 言葉は、苦い。

「“都合のいい真実”だけを選び、……結果として、無実の人間を断罪しました」

 その告白は、王太子にとって致命的だった。

 だが――
 もう、戻れない。

 *

「よって」

 国王が、宣言する。

「婚約破棄は、王家の過失によるものであったと認める」

 息を呑む音。

「リリアーナ・フォン・エルヴェインの名誉は、本日をもって完全に回復される」

 視界が、滲んだ。

「また――」

 国王の声が、続く。

「聖女マリエルに関する最終判断は、明日、改めて公表する」

 それで、十分だった。

 私は、再び深く礼をした。

「……ありがとうございます」

 ただ、それだけ。

 怒りも、勝利感もなかった。

 あるのは――
 ようやく、言葉が届いたという安堵。

 *

 広間を後にする途中。

「……リリアーナ」

 アルフォンスが、私を呼び止めた。

 振り返る。

「……すまなかった」

 短い言葉。

 私は、一瞬考えてから、答えた。

「……もう、過ぎたことです」

 それ以上は、言わない。

 彼の後悔は、私の人生を、取り戻してはくれないから。

 *

 屋敷へ戻る馬車の中。

「……終わった、のでしょうか」

 私が呟くと。

「違うよ」

 ユリウス兄様が、静かに笑った。

「“始まった”んだよ」

 義姉様が、私の手を取る。

「あなたは、もう“守られるだけの存在”ではありません」

 その意味が、すぐには分からなかった。

 けれど。

 この日を境に、私の名は――
 “触れてはいけない悪役令嬢”から、“誰もが認める、真実の人”へと変わった。

 そして次に、完全に裁かれるのは――
 偽りの光に、すがり続けた者たちだ。




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