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後日談 狐王の番、王妃となる
しおりを挟むその日は、城全体が静かにざわめいていた。
祝いの喧騒ではない。
噂が、空気を伝って広がっていく、あの独特の気配。
「……今日、だそうだ」
「狐王が、正式に……」
「番を、王妃として」
囁きは、やがて確信へと変わる。
――狐王・玄耀が、番を王妃として公に迎える。
それは、狐族にとって特別な意味を持つ。
番は、私的な存在。
王妃は、公的な存在。
両立することは、稀だった。
だが。
「……紗夜」
名を呼ばれ、紗夜はゆっくりと振り向く。
そこは、城の奥、王族専用の装いの間。
白と金を基調とした衣が、静かに揺れている。
「……綺麗だ」
玄耀は、素直にそう言った。
視線は、紗夜から離れない。
今日の彼は、王としての装束を纏っているが――
その眼差しは、いつもと同じだった。
番を見る目。
「……緊張、します」
「する必要はない」
玄耀は、迷いなく近づく。
「俺の隣に立つだけだ」
そう言って、手を差し出す。
紗夜は、その手を取った。
もう、躊躇はない。
広間は、静まり返っていた。
狐族の重臣、各地の長、そして城に仕えるあやかしたち。
すべての視線が、玉座へと注がれる。
玄耀は、ゆっくりと立ち上がった。
「本日、集まってもらった理由は一つだ」
低く、よく通る声。
「我が番、紗夜を――」
一瞬の間。
「正式に、王妃として迎える」
ざわめきが、抑えきれずに広がる。
だが、それを制するように、玄耀は続けた。
「異論は受け付けない」
きっぱりと。
「これは、決定だ」
その強さに、誰も言葉を挟めない。
玄耀は、紗夜の手を引き、隣に立たせる。
「彼女は、人間だ」
それを、隠さない。
「だが、俺の番であり、俺が選んだ伴侶だ」
金色の瞳が、広間を見渡す。
「狐族の王妃として、これ以上ふさわしい者はいない」
沈黙。
そして。
一人の老狐が、静かに膝をついた。
「……謹んで、お受けいたします」
それを皮切りに、次々と膝が折れる。
「王妃さま」
「番さま」
呼び名が、ひとつに定まる。
紗夜は、胸がいっぱいになって、深く頭を下げた。
「……よろしく、お願いします」
その声は、震えていたが、逃げなかった。
式が終わったあと。
人のいない回廊で、玄耀は紗夜を抱き寄せた。
「……終わったな」
「はい……」
安堵が、どっと押し寄せる。
「……怖くなかったか」
「少しだけ」
正直に答えると、玄耀は小さく笑った。
「それでも、立った」
誇らしげな声音。
「俺の番は、強い」
紗夜は、照れたように目を伏せる。
「玄耀が、隣にいましたから」
その一言で、玄耀の理性が緩む。
「……反則だ」
誰もいないのを確認して、額に口づける。
深くはない。
だが、確かな愛情。
「これからは」
玄耀は、低く囁く。
「城の内も外も、すべておまえの居場所だ」
「……逃げられませんね」
「逃がさない」
即答。
夜。
王妃の間で、二人は並んで座っていた。
まだ、少し落ち着かない。
「……王妃、ですか」
「肩書きだ」
玄耀は、紗夜を引き寄せる。
「俺にとっては、番のままだ」
尾が、自然に絡む。
「……でも」
「でも?」
「皆の前で、ああ言われて……」
言葉に詰まる。
玄耀は、そっと頬に触れた。
「不安か」
「……少し」
玄耀は、真剣な顔で告げる。
「何があっても、俺が守る」
簡単な言葉。
だが、重みが違う。
「王としても、番としても」
紗夜は、胸に顔を埋めた。
「……お願いします」
「既に、そうしている」
くすりと笑って、抱き締める。
――契約結婚から始まった関係は。
番となり、王妃となり。
それでも、変わらないものがある。
毎朝、隣にいること。
毎夜、抱き寄せられること。
甘く、静かで、確かな日々。
狐王と、その番の物語は。
ここで、ひとつの幸福に辿り着いた。
――そして、それは。
終わりではなく、永遠の始まりだった。
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