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第2話 王国への旅路と、規格外の“普通”
しおりを挟む王国行きの馬車は、セレスティアが想像していたよりも質素だった。
外装こそ王家の紋章が刻まれているものの、内装は過度な装飾もなく、実用性重視――まるで「相手を試す」かのような仕様である。
(相変わらず……)
セレスティアは小さく息を吐き、向かいに座る息子を見た。
リオンはというと、緊張とは無縁の様子で、窓の外を流れる景色に目を輝かせている。
「ねえ、母さん。王都って、やっぱり大きいの?」
「そうね。人も建物も……この辺りとは比べものにならないわ」
「へえ……」
それだけ言って、彼は再び外に視線を戻した。
王国魔導院への招聘――普通なら胸を高鳴らせるはずの出来事だが、リオンには野心も期待もない。
ただ、「呼ばれたから行く」。
それだけだった。
(……この子は、本当に変わらないわね)
セレスティアは苦笑しつつも、内心では安堵していた。
名誉に目を輝かせない。
権力に心を奪われない。
それは、母として何より誇らしいことだった。
――同時に、危険でもある。
*
馬車が森へ差しかかった頃、護衛の騎士が御者に声をかけた。
「この先は魔獣の出没報告があります。警戒を――」
その言葉が終わる前に、空気が変わった。
地面が、低く唸る。
次の瞬間、道の先に巨大な影が現れた。
岩のような皮膚、赤く濁った目。
中級魔獣《グラウル》――本来なら、討伐部隊が必要な相手だ。
「――っ、止まれ!」
騎士たちが剣を抜き、魔法詠唱に入る。
だが、動いたのは――リオンだった。
「……あれ、危ないやつ?」
あまりにも素朴な問いに、セレスティアの心臓が跳ねる。
「リオン、待ちなさい!」
しかし彼は既に、馬車を降りていた。
「でも、道塞いでるし……」
少年は首を傾げ、片手を軽く掲げる。
詠唱はない。
魔法陣も、ほとんど可視化されない。
ただ――空気が“整えられた”。
次の瞬間。
魔獣の周囲に、透明な壁が出現した。
音もなく収束し、圧縮され、そして――
消えた。
血も、悲鳴も、衝撃もない。
ただ、そこにあった存在だけが、綺麗に“除去”されたかのように。
森に、沈黙が落ちる。
「……え?」
リオンは自分の手を見下ろし、不思議そうに瞬きをした。
「消えた……?あれ、加減間違えたかな」
騎士たちは言葉を失い、御者は完全に硬直している。
セレスティアだけが、静かに息を吸った。
(結界応用・空間分離・完全消去……)
どれか一つでも、王国魔導院の上位魔導士が数年かけて習得する領域だ。
それを、彼は「加減」でやった。
セレスティアは歩み寄り、そっとリオンの肩を掴む。
「……無茶をしないで、と言ったでしょう」
「ご、ごめん。危ないかなって思って」
「危ないのは、あなたの魔法よ」
きつい言い方になってしまったことを自覚し、彼女はすぐに声を和らげた。
「でも……守ってくれて、ありがとう」
「うん!」
ぱっと笑う息子を見て、セレスティアは胸の奥で覚悟を固める。
(やはり……王国に入れれば、必ず目をつけられる)
*
王都が見えてきたのは、夕暮れ時だった。
高くそびえる白亜の城壁。
魔法灯に照らされた大通り。
行き交う人々の多さに、リオンは目を丸くする。
「すご……人、いっぱいいる」
「ここが王国よ」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。
――かつて、自分がすべてを失った場所。
城門前で待っていたのは、王国魔導院の使者だった。
若いが、明らかに只者ではない魔力の気配を纏っている。
「あなたが……リオン殿ですね」
「はい」
礼儀正しく頭を下げるリオンを見て、使者の目が一瞬だけ見開かれた。
(……もう、感じ取っている)
セレスティアは内心でそう判断した。
この国は、才能を嗅ぎ分けることにかけては一流だ。
そして同時に――利用することにも、長けている。
「母である私も同行いたします」
セレスティアが告げると、使者は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……もちろんです。規定上、問題はありません」
だが、その目にははっきりとした警戒が宿っていた。
(ええ、警戒なさい)
彼女は心の中で微笑む。
(この子の“母”は、飾りではありませんから)
夕暮れの王都に足を踏み入れながら、セレスティアは決めていた。
復讐はしない。
争いも、望まない。
だが――
(この子の未来を脅かすなら)
王国であろうと、聖女であろうと、王太子であろうと。
容赦はしない。
その決意を胸に、追放された悪役令嬢は、再び王都へ戻ってきた。
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