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第3話 王国魔導院、そして“測れない才能”
しおりを挟む王国魔導院は、王都の中心に近い高台に建てられていた。
白い石造りの建物は威厳に満ち、長い歴史と権威を誇示するかのように空へと伸びている。
その正門をくぐった瞬間、リオンは小さく息を呑んだ。
「……すごい魔力の流れだ」
無意識の呟きだった。
だが、その一言に反応した者がいる。
「流れ、だと?」
前を歩いていた魔導院の試験官――壮年の魔導士が、思わず足を止めて振り返った。
「何か見えるのですか?」
「え?えっと……建物全体が、こう……水路みたいに魔力を巡らせてるなって」
試験官の顔が、わずかに強張る。
(見えている……?魔力循環を?)
魔導院全体を覆う魔法構造は、上級魔導士でも「理論として理解する」のが精一杯だ。
それを、目に見えるものとして捉えているなど、あり得ない。
セレスティアは一歩前に出た。
「この子は、少し感覚が鋭いだけですわ」
にこやかな微笑み。
だが試験官は、その言葉を鵜呑みにできなかった。
*
試験は、魔導院の中でも特に厳重な「測定室」で行われることになった。
水晶柱、魔力感知板、耐圧結界――
どれも、王国が誇る最新設備だ。
「まずは魔力量の測定から行います」
試験官の指示に従い、リオンは水晶柱の前に立った。
「手を、そっと触れてください」
「はい」
触れた瞬間、水晶が淡く光る。
次の瞬間――
ひび割れた。
「――っ、結界を強化しろ!」
水晶柱の周囲に張られていた安全結界が、慌てて増設される。
光量は一気に跳ね上がり、測定針は振り切れ、警告音が鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと待って!これは……!」
試験官たちが騒然とする中、リオンは青ざめた。
「ご、ごめんなさい!強く触りすぎましたか?」
「触る、という問題ではありません……」
試験官の声が震えている。
測定不能。
それが、機器の下した結論だった。
(……想定以上ね)
セレスティアは内心でそう呟きつつ、表情には出さない。
*
「次は、制御試験です」
場所を移し、耐久結界で囲まれた演習場へ。
「指定された規模で、魔法を発動してください。破壊は厳禁です」
「壊さない……はい」
リオンは真剣な顔で頷いた。
母の言葉を思い出す。
――魔法は、人を守るもの。
彼は深呼吸し、地面に指先を向けた。
小さな防護結界。
ただ、それだけのつもりだった。
だが。
結界は発動と同時に、空間全体と調和した。
魔力の波紋が広がり、演習場全体が一つの構造体として再定義される。
攻撃も、防御も、破壊という概念すら入り込めない、完全安定領域。
「……これは……」
誰かが、呆然と呟いた。
「“完全防護結界”……?」
「いえ、違う……これは、もっと上位……」
結界の専門家である老魔導士が、震える声で言った。
「攻撃を防ぐのではない。攻撃という“事象”そのものを許容しない空間だ」
沈黙。
王国魔導院の誇りが、音を立てて崩れていく。
「……失敗、ですか?」
恐る恐る尋ねるリオンに、誰もすぐには答えられなかった。
セレスティアは一歩進み出る。
「大丈夫よ、リオン。“壊していない”もの」
その一言が、決定打だった。
*
試験終了後、別室。
魔導院長を含む重鎮たちが集められ、緊急会議が開かれていた。
「測定不能の魔力量」
「再現不可能な制御精度」
「理論を超越した空間構築」
報告が重なるたび、空気が重くなる。
「……育成対象、ではないな」
院長が、低く呟いた。
「これは……管理対象だ」
その言葉を、セレスティアは聞き逃さなかった。
「――お言葉ですが」
静かに、しかしはっきりと。
「私の息子は“物”ではありません」
視線が一斉に集まる。
「この子は、王国のために存在しているわけでも、魔導院の研究対象でもない」
柔らかな声。
だが、反論を許さぬ強さ。
「才能があるからといって、縛る理由にはならないでしょう?」
院長は一瞬、言葉に詰まった。
(この女……)
その気配は、かつて王都を震わせた公爵令嬢そのものだった。
*
その頃、別の場所で。
「……天才、だと?」
王太子――いや、元王太子は、報告書を睨みつけていた。
そこに記された名を見て、眉がぴくりと動く。
「リオン……母親は、セレスティア・フォン・アルヴェイン?」
忘れたはずの名。
追放した女。
「……馬鹿な」
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
*
夕刻。
魔導院の客室で、リオンは椅子に座り、困ったように呟いた。
「母さん……僕、何か変なことした?」
セレスティアは、その問いに少しだけ微笑んだ。
「いいえ。あなたは、いつも通りよ」
ただし――
王国にとっては、想定外すぎただけ。
彼女は息子の頭に手を置く。
「大丈夫。どんな評価をされようと、あなたはあなた」
そして心の中で、静かに思う。
(……もう後戻りはできないわね)
王国は、この才能を放ってはおかない。
だが同時に――
(私も、守る覚悟はできている)
母は、決して譲らない。
この物語は、まだ始まったばかりだった。
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