2 / 8
第2話 王国への旅路と、規格外の“普通”
しおりを挟む王国行きの馬車は、セレスティアが想像していたよりも質素だった。
外装こそ王家の紋章が刻まれているものの、内装は過度な装飾もなく、実用性重視――まるで「相手を試す」かのような仕様である。
(相変わらず……)
セレスティアは小さく息を吐き、向かいに座る息子を見た。
リオンはというと、緊張とは無縁の様子で、窓の外を流れる景色に目を輝かせている。
「ねえ、母さん。王都って、やっぱり大きいの?」
「そうね。人も建物も……この辺りとは比べものにならないわ」
「へえ……」
それだけ言って、彼は再び外に視線を戻した。
王国魔導院への招聘――普通なら胸を高鳴らせるはずの出来事だが、リオンには野心も期待もない。
ただ、「呼ばれたから行く」。
それだけだった。
(……この子は、本当に変わらないわね)
セレスティアは苦笑しつつも、内心では安堵していた。
名誉に目を輝かせない。
権力に心を奪われない。
それは、母として何より誇らしいことだった。
――同時に、危険でもある。
*
馬車が森へ差しかかった頃、護衛の騎士が御者に声をかけた。
「この先は魔獣の出没報告があります。警戒を――」
その言葉が終わる前に、空気が変わった。
地面が、低く唸る。
次の瞬間、道の先に巨大な影が現れた。
岩のような皮膚、赤く濁った目。
中級魔獣《グラウル》――本来なら、討伐部隊が必要な相手だ。
「――っ、止まれ!」
騎士たちが剣を抜き、魔法詠唱に入る。
だが、動いたのは――リオンだった。
「……あれ、危ないやつ?」
あまりにも素朴な問いに、セレスティアの心臓が跳ねる。
「リオン、待ちなさい!」
しかし彼は既に、馬車を降りていた。
「でも、道塞いでるし……」
少年は首を傾げ、片手を軽く掲げる。
詠唱はない。
魔法陣も、ほとんど可視化されない。
ただ――空気が“整えられた”。
次の瞬間。
魔獣の周囲に、透明な壁が出現した。
音もなく収束し、圧縮され、そして――
消えた。
血も、悲鳴も、衝撃もない。
ただ、そこにあった存在だけが、綺麗に“除去”されたかのように。
森に、沈黙が落ちる。
「……え?」
リオンは自分の手を見下ろし、不思議そうに瞬きをした。
「消えた……?あれ、加減間違えたかな」
騎士たちは言葉を失い、御者は完全に硬直している。
セレスティアだけが、静かに息を吸った。
(結界応用・空間分離・完全消去……)
どれか一つでも、王国魔導院の上位魔導士が数年かけて習得する領域だ。
それを、彼は「加減」でやった。
セレスティアは歩み寄り、そっとリオンの肩を掴む。
「……無茶をしないで、と言ったでしょう」
「ご、ごめん。危ないかなって思って」
「危ないのは、あなたの魔法よ」
きつい言い方になってしまったことを自覚し、彼女はすぐに声を和らげた。
「でも……守ってくれて、ありがとう」
「うん!」
ぱっと笑う息子を見て、セレスティアは胸の奥で覚悟を固める。
(やはり……王国に入れれば、必ず目をつけられる)
*
王都が見えてきたのは、夕暮れ時だった。
高くそびえる白亜の城壁。
魔法灯に照らされた大通り。
行き交う人々の多さに、リオンは目を丸くする。
「すご……人、いっぱいいる」
「ここが王国よ」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。
――かつて、自分がすべてを失った場所。
城門前で待っていたのは、王国魔導院の使者だった。
若いが、明らかに只者ではない魔力の気配を纏っている。
「あなたが……リオン殿ですね」
「はい」
礼儀正しく頭を下げるリオンを見て、使者の目が一瞬だけ見開かれた。
(……もう、感じ取っている)
セレスティアは内心でそう判断した。
この国は、才能を嗅ぎ分けることにかけては一流だ。
そして同時に――利用することにも、長けている。
「母である私も同行いたします」
セレスティアが告げると、使者は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……もちろんです。規定上、問題はありません」
だが、その目にははっきりとした警戒が宿っていた。
(ええ、警戒なさい)
彼女は心の中で微笑む。
(この子の“母”は、飾りではありませんから)
夕暮れの王都に足を踏み入れながら、セレスティアは決めていた。
復讐はしない。
争いも、望まない。
だが――
(この子の未来を脅かすなら)
王国であろうと、聖女であろうと、王太子であろうと。
容赦はしない。
その決意を胸に、追放された悪役令嬢は、再び王都へ戻ってきた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる