王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第2話 王国への旅路と、規格外の“普通”

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 王国行きの馬車は、セレスティアが想像していたよりも質素だった。
 外装こそ王家の紋章が刻まれているものの、内装は過度な装飾もなく、実用性重視――まるで「相手を試す」かのような仕様である。

(相変わらず……)

 セレスティアは小さく息を吐き、向かいに座る息子を見た。

 リオンはというと、緊張とは無縁の様子で、窓の外を流れる景色に目を輝かせている。

「ねえ、母さん。王都って、やっぱり大きいの?」

「そうね。人も建物も……この辺りとは比べものにならないわ」

「へえ……」

 それだけ言って、彼は再び外に視線を戻した。
 王国魔導院への招聘――普通なら胸を高鳴らせるはずの出来事だが、リオンには野心も期待もない。

 ただ、「呼ばれたから行く」。
 それだけだった。

(……この子は、本当に変わらないわね)

 セレスティアは苦笑しつつも、内心では安堵していた。

 名誉に目を輝かせない。
 権力に心を奪われない。

 それは、母として何より誇らしいことだった。

 ――同時に、危険でもある。



 馬車が森へ差しかかった頃、護衛の騎士が御者に声をかけた。

「この先は魔獣の出没報告があります。警戒を――」

 その言葉が終わる前に、空気が変わった。

 地面が、低く唸る。

 次の瞬間、道の先に巨大な影が現れた。
 岩のような皮膚、赤く濁った目。
 中級魔獣《グラウル》――本来なら、討伐部隊が必要な相手だ。

「――っ、止まれ!」

 騎士たちが剣を抜き、魔法詠唱に入る。
 だが、動いたのは――リオンだった。

「……あれ、危ないやつ?」

 あまりにも素朴な問いに、セレスティアの心臓が跳ねる。

「リオン、待ちなさい!」

 しかし彼は既に、馬車を降りていた。

「でも、道塞いでるし……」

 少年は首を傾げ、片手を軽く掲げる。
 詠唱はない。
 魔法陣も、ほとんど可視化されない。

 ただ――空気が“整えられた”。

 次の瞬間。

 魔獣の周囲に、透明な壁が出現した。
 音もなく収束し、圧縮され、そして――

 消えた。

 血も、悲鳴も、衝撃もない。
 ただ、そこにあった存在だけが、綺麗に“除去”されたかのように。

 森に、沈黙が落ちる。

「……え?」

 リオンは自分の手を見下ろし、不思議そうに瞬きをした。

「消えた……?あれ、加減間違えたかな」

 騎士たちは言葉を失い、御者は完全に硬直している。

 セレスティアだけが、静かに息を吸った。

(結界応用・空間分離・完全消去……)

 どれか一つでも、王国魔導院の上位魔導士が数年かけて習得する領域だ。
 それを、彼は「加減」でやった。

 セレスティアは歩み寄り、そっとリオンの肩を掴む。

「……無茶をしないで、と言ったでしょう」

「ご、ごめん。危ないかなって思って」

「危ないのは、あなたの魔法よ」

 きつい言い方になってしまったことを自覚し、彼女はすぐに声を和らげた。

「でも……守ってくれて、ありがとう」

「うん!」

 ぱっと笑う息子を見て、セレスティアは胸の奥で覚悟を固める。

(やはり……王国に入れれば、必ず目をつけられる)



 王都が見えてきたのは、夕暮れ時だった。

 高くそびえる白亜の城壁。
 魔法灯に照らされた大通り。
 行き交う人々の多さに、リオンは目を丸くする。

「すご……人、いっぱいいる」

「ここが王国よ」

 その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。

 ――かつて、自分がすべてを失った場所。

 城門前で待っていたのは、王国魔導院の使者だった。
 若いが、明らかに只者ではない魔力の気配を纏っている。

「あなたが……リオン殿ですね」

「はい」

 礼儀正しく頭を下げるリオンを見て、使者の目が一瞬だけ見開かれた。

(……もう、感じ取っている)

 セレスティアは内心でそう判断した。

 この国は、才能を嗅ぎ分けることにかけては一流だ。
 そして同時に――利用することにも、長けている。

「母である私も同行いたします」

 セレスティアが告げると、使者は一瞬だけ言葉に詰まった。

「……もちろんです。規定上、問題はありません」

 だが、その目にははっきりとした警戒が宿っていた。

(ええ、警戒なさい)

 彼女は心の中で微笑む。

(この子の“母”は、飾りではありませんから)

 夕暮れの王都に足を踏み入れながら、セレスティアは決めていた。

 復讐はしない。
 争いも、望まない。

 だが――

(この子の未来を脅かすなら)

 王国であろうと、聖女であろうと、王太子であろうと。

 容赦はしない。

 その決意を胸に、追放された悪役令嬢は、再び王都へ戻ってきた。




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